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ジョン・ミルナー 『象徴派とデカダン派の美術』 吉田正俊 訳 

「彼は天の星の道をじっと見つめている人のように、あこがれつづけて疲れきってしまった。」
(D・G・ロセッティ 「手と魂」 より)


ジョン・ミルナー 
『象徴派と
デカダン派の美術』 
吉田正俊 訳 

PARCO 出版局
1976年5月10日 第1刷
1987年4月20日 第5刷
164p
A5判 並装 カバー
定価1,400円



本書「訳者あとがき」より:

「本書は John Milner, Symbolist and Decadents, Studio Vista, 1971 の全訳である。」


二段組。モノクロ図版118点。「パルコ・ピクチュアバックス」シリーズ。


ミルナー 象徴派とデカダン派の美術 01


目次:

はじめに
イギリス
フランス
ベルギー
オランダ
分離派――ドイツとオーストリア
追記――ゴーギャンとムンク

訳注
訳者あとがき
原注
索引



ミルナー 象徴派とデカダン派の美術 02



◆本書より◆


夢の国
  エドガー・アラン・ポオ
  福永武彦、入沢康夫 訳

暗く人けない道を過(よ)ぎり、
ただ悪霊の天使の群につき纏われ、
そこに「夜」と呼ばれる一つの「まぼろし」の
黒い玉座にあってたじろがず治めるところ、
私は遂にここに達した、この土地に、ごく近頃、
おぼろげなテューレの国の涯(はたて)から――
荒びた宿運の風土から、その荘厳に位置するところは、
「空間」のそと――「時間」のそと。」



「はじめに」より:

「「世紀末(ファン・ド・シエークル)」は単に作家や画家の流派であったばかりでなく、十九世紀末の諸芸術において、デカダンおよび象徴主義の芸術をはじめ、ダンディズムと耽美(たんび)主義運動をも含んだムードであった。イギリスにおいてはオスカー・ワイルドがこの三者を要約していた。」
「「世紀末」の根本には物質主義への不満があった。だから芸術家たちは自分の個性的な夢、態度、象徴の意義を主張しようと努めた。夢と悪夢にいたるとびらは、暗示力をもつイメージの上に開かれた。芸術家は、感覚が近づきやすい形を理念にまとわせたり、凝った異国風の環境の中に引きこもったり、ダンディになったりした。あるいは実際に何人かは官庁の顕職についていた。だが個々の場合がどうであれ、想像力はボードレールのことばによれば「諸能力の女王」であると考えられていた。想像力がおのおの結んだ実は、当時の物質主義に対する不満の形態と同じように多様である。「世紀末」は運動というよりも雰囲気であった。この中で「デカダン派」と「象徴派」の芸術家たちが、物質主義的観点に反抗したのである。」



「イギリス」より:

「象徴派とデカダン派の運動は絵画および文学をその多様な発酵素として育ったとはいえ、その支持者たちはいずれも想像力に満ちた人生を送りながら、当時の物質主義を避けようとつとめた、というひとつの共通点をもっている。芸術家は、想像力と感性に導かれながら、内なる旅に乗り出したのである。もはや芸術は明示的ではなくなった。それは暗示的、表現的になり、個人の知的、精神的経験を喚起し、幻想の世界を求めて目に見える世界を棄(す)てた。」

「フランスの文芸誌『デカダン』は一八八六年に次のように記している。「男はより繊細、より女性的になり、かつ神格を帯びてくる。」これは象徴派およびデカダン派のサークルの中では定期的に起る現象であった。(中略)詩人アーサー・シモンズはソロモンの素描を論じながら次のようにいった。「これらの顔は中性的で、情熱の幽霊にまじわって深い思いに沈み、それら自身が幽霊になってしまった。徳や罪のエネルギーは彼らの中から消え去り、彼らは欲望の抜けがらとして、かわいた音をたてながら宙に浮いている。」」



「フランス」より:

「秩序、構造、意味を生み出すのは想像力である。これがボードレールにとって可能になったのは、音、香り、雑音などによって表わされる関係、つまり彼のいわゆる「普遍的類似(アナロジー・ユニヴェルセル)」を暗示する相互関係を定義したことによる。ボードレールの万物照応(コレスポンダンス)の理論は、諸感覚と、その感覚が彼岸の世界について暗示するものとの間に彼が認めた関係にもとづいている。」

「「ただ見えないものだけ、ただ感じるものだけ」を信じると告白したモローにとって、想像力はこの上なく重要であった。」
「モローがイギリスのラファエル前派に抱いた関心は、彼の画面に住む多くの人物が男女いずれともつかぬ顔をもつという事実に現われている。これはレオナルドの『洗礼者ヨハネ』やボッティチェリの人物たちのみならず、遠く中世の芸術の影響でもある。」
「ビザンチウムや古代神話の英雄たちによせるモローのヴィジョンは、デカダン派文学者がその中に認めたような悲観主義、倦怠(けんたい)、死と憂愁の信仰などによって広がっている。」

「デカダン派と同じように象徴派の作家もまた「現代はただその物質主義のゆえに苦痛に満ち、かつ醜い」と思った。彼らは、自分たちの夢や想像力が固体のような現実的存在をもっていると主張した。」

「ピュヴィ・ド・シャヴァンヌの作品の中に自分たちの考えが絵として現われていることを認めた象徴主義者もいる。若い詩人テオドール・ド・ウィゼヴァはこう書いている。「我々は夢、情感、詩情への渇きに心を打たれた。あまりに生き生きしたまばゆい光には飽きた。我々は霧にあこがれた。この時にこそ、ピュヴィ・ド・シャヴァンヌの詩的で霧深い芸術にほれこんだのである。」」
「一八八三年にユイスマンスはピュヴィのなかに「月光にむしばまれ、大雨に沈んだ古いフレスコ画のような絵を描く薄明りの画家」を見出した。」

「若い批評家アルベール・オーリエ(中略)は象徴主義芸術の五つの必要な条件を列挙するに至った。
一、理念的であること、なぜならば絵画の唯一の理想は、理念の表現であるから。
二、象徴的であること、なぜならば絵画はその理念を形態において表現するから。
三、総合的であること、なぜならば絵画は、これらの形態、記号を一般的理解の方法にしたがって表わすから。
四、主観的であること、なぜならば絵画においては、客観的事物は決して客観的事物として考えられず、主観によって知覚された観念の記号として考えられるから。
五、(したがってその結果)装飾的であること、なぜならエジプト人、そしておそらくはギリシア人、およびプリミティフ芸術家たちの考えていたような、いわゆるほんとうの意味での装飾絵画は、同時に主観的、総合的、象徴的、理念的である芸術の表明にほかならないからである。
 オーリエの目には、画家は生命力の表示、物質的価値とたたかう人間の想像力の表示として映った。「画家はある意味で理念(イデ)の代数学者であり、その作品は奇蹟的な方程式ではなかろうか。」」

「サール・メロダク・ペラダンはその『規律』の第四規則の中で、こう宣言していた。「薔薇(ばら)十字会にとっては“外国の”という語は意味をなさない。この展覧会は最高級の国際的性格を帯びているからだ。」」



「ベルギー」より:

「クノッフがクルス大通りの自宅に工夫して作った住居を見れば、彼の神秘主義をデカダンの世捨人デ・ゼッサントや、あるいはモンテスキウの貴族的ダンディスムと比較することができる。そのすまいは異国風で、日常的現実とかけ離れており、まったく彼自身の趣味に合わせたものだった。彼の画室にはヒプノスにささげられた祭壇が立っていた。(中略)そこには“ON N'A QUE SOI”(人は自分自身しか持たない)と刻まれていた。このインテリアに属する古代風の頭部彫刻は『私は私自身に扉(とびら)の鍵(かぎ)をかける』の中に見ることができる。」


「分離派――ドイツとオーストリア」より:

「古典神話から採ったベックリンの人物たちは、粗野で残忍なエネルギーに動かされ、邪悪な生の歓喜(ジョワ・ド・ヴィーヴル)を吹きこまれている。その半人半馬たちや人魚たちは、おのれのグロテスクな容姿に少しも気づかずに、もつれ、よじれ、水に戯れる。」
「しかしながら、ベックリンの芸術には死の優雅と静寂を冷たく表現するという、別の面もあった。これが数年後に若いデ・キリコの心を占めることになる。ベックリンの『死の島』は、彼の作品のこの側面を端的に表わしている。」

「クリンガーの版画作品は回を追うにつれ夢のような物語を展開していき、そこではいろいろなイメージが、異なった規模と視点を用いながら、しばしば閉所恐怖症的な空間もしくは目がくらむほど空虚な空間を創造している。彼が構築した空間はしばしば悪夢の空間であった。」

















































































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ひとでなしの猫

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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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