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A・ブラックウッド 『ブラックウッド傑作集』 紀田順一郎 訳 (創元推理文庫)

「その身を焼きつくす炎の中で、存在の奥底にキラリと輝く金属の先端のように、たった一つ焼きつくされぬものこそ、彼の本質だった。この輝いている不滅の核心こそ、彼の――童心(イノセンス)なのであった。」
(アルジャナン・ブラックウッド 「黄金の蝿」 より)


A・ブラックウッド 
『ブラックウッド
傑作集』 
紀田順一郎 訳
 
創元推理文庫 527-1

東京創元社
1978年2月24日 初版
368p
文庫判 並装 カバー
定価360円
カバー: 日下弘



スピン(栞ひも)付です。栞ひも付の文庫本というと、新潮文庫と、今はなき福武文庫が栞ひも付でした。創元推理文庫は、当時は初版のみ栞ひも付だったような気がします。


ブラックウッド傑作集 01


扉文:

「日常的で、ありふれた物事や経験の中から神秘的な超自然の幻影をひきだす恐怖文学の巨匠ブラックウッド。前世の記憶によって猫の町にひきよせられる男の怪しい体験を描いた「いにしえの魔術」、はげしい恋が奇怪な人狼事件をひき起こす「犬のキャンプ」、この推理小説的合理性をもった代表作二編をはじめ、恐るべき生霊現象を描く「ウェンディゴ」、黒魔術の恐怖「邪悪なる祈り」、作者の信仰告白の書ともいうべき「黄金の蝿」など、ラヴクラフトが絶讃する鬼才の代表的傑作九編を収録するファン必読の作品集!」


目次:


いにしえの魔術
黄金の蝿
ウェンディゴ
移植
邪悪なる祈り
囮(おとり)
屋根裏
炎の舌
犬のキャンプ

解説 (紀田順一郎)



ブラックウッド傑作集 02



◆本書より◆


「いにしえの魔術」より:

「小さな街の通りをそぞろ歩きしているうちに、彼はこの街の個性であるやすらぎの精神の中に、だんだん深くのめりこんでいった。あてもなく、彼は足をはこんだ。九月の日ざしが屋根の上に傾きかけていた。うねうね曲がりながらくだって行く路の両側には、傾いた破風や開いた窓が続き、そのふもとの方向にちらりと、まるで桃源郷をのぞくようなぐあいに広い草原が見え、緑の牧場や黄色の雑木林が、まるで夢の中の風景のように霞の中に浮かんでいる。この街には、過ぎ去った世界の魔力がいまだに生きつづけていることを、彼は実感した。」

「その音楽全体には、一種奇妙な人を呪縛する力があった。それはどこか技巧を絶していた。彼が連想したのは風にそよぐ木立であり、電線や煙突を震わせる夜風であり、姿の見えない船の網具の間を吹きぬける風であった。――と、突然彼の想像力の中に鮮やかなイメージがとびこんできた。この世のどこか、人外境で月に向かって吼えている獣たちのコーラスである。また彼は夜な夜な人家の屋根の上で、不気味な音程の鳴き声をあげたりさげたりしている猫たちの、なかば人間のような叫び声をなんとなく聞きつけたように思った。そして遠く木立を隔てて聞こえてくるその音楽が、杳(はる)か空の彼方の屋根の上で、奇妙な動物たちの群れがたがいに厳粛な歌をうたい合ったり、月に向かって合唱しているようなぐあいに聞こえるのであった。」

「「というのは、わたしが突然感づいたのは、この街ぜんたいがそれまでわたしの見ていたものとは別のものではないかということでした。人々のほんとうの活動力と関心は、どこか見かけとはちがう別のところにあるようでした。彼らの実際の生活は、わたしの目の届かないところにあるのです。忙しげに動いているのは、本音を隠す仮面なのです。物を売ったり買ったり、食べたり飲んだり、道をぶらついている一方では、彼らのほんとうの生活の流れは、わたしの視界のおよばない、地下の秘密の場所に隠されているのです。(中略)連中の生活は(中略)、隠れた神秘的な源から生まれ、見えない未知の軌道を走っているのです。(中略)彼らのエネルギーの主流は別のところを流れているのです。」」
「「さて、こうしてわたしの眼がいくらか開いてくると、ほかにもおかしなことがいくらでもあるのに、気づき出したのです。第一にこの街全体の異様なまでの静けさです。たしかに、この街には防音装置がしてあるようです。通りには小砂利が敷いてあるのですが、人々はこの上をひっそりと、ふんわりと、まるで猫のようにやわらかな足どりで歩いているのです。騒音などたてる者はありません。あらゆるものがしーんと静まりかえり、おさえつけられ、啞のようになっています。声そのものも静かで音程も低く、まるでゴロゴロ咽喉を鳴らしているようなぐあいなのです。この小さな丘の街を寝かしつけているような、柔らかな、とろんとした夢のような空気の中では、騒々しい、激しい、高い調子の声はまったく存在しえないのです。」」
「「とはいえ、連中が無気力で怠惰だという気配はどこにも見られません。みんな活動的で、すばしこいのです。ただ何といおうか、奇妙な、薄気味のわるい柔らかさが、呪文のように誰の上にも覆いかぶさっているのです」」

「彼女の眼は、なおじっと彼の眼をのぞきこんでいたが、その顔は(中略)しだいに変化し、大きくなってきた。
 「あなたが街の人たちに監視されていると感じるのは、みんなの考えがあなたの魂としじゅう戯(たわむ)れているからなのです。眼で見張りをしているわけではないのです。あの人たちの内部の生活の目的が、あなたを求めているのです。ずっと、ずっと古い昔、あなたはみんなのお仲間だったのですよ。そして、いまあの人たちは、あなたにもう一度還って欲しいと思っているのです」」
「「でも、ぼくはここにまったく偶然に来たので――」彼は自分がそう言っているのを聞いた。
 「いいえ」と彼女は熱っぽく叫んだ。「わたしがお呼びしたから来たのです。何年ものあいだ、あなたをお呼びしていました。そして、あなたは背後にある過去の力に押されて、ここへいらしたのです。」」

「窓の下の庭にも、いまや黒い影のような生き物が忍びこんでいた。いずれもガラス戸のある玄関へと動いていた。壁にぴったり沿っているので、はっきりした形はわからなかったが、その影がホールに入って巨大な群れの形をなしたとき、あの向かいの窓ガラスに映っていた生き物であることがわかった。彼らはこの街のあらゆるところから、屋根や敷石づたいに、あるいは屋根から屋根へと定められた会合の場所へ集まって来たのであった。
 そのとき、新しい音が彼の耳をとらえた。見ると彼のぐるりにある窓という窓がひそやかに開け放たれ、そこから一つずつ顔がのぞいているではないか。一瞬後、その連中も大いそぎで下の庭へと跳びおりはじめた。彼らは窓から跳びおりるときは人間の形をしているのだが、ひとたび地上におりるや目にとまらぬ早さで四つ足となり――巨大な、ひっそりとした猫になるのだ。この連中もまた、向こうのホールをめざし、一団となって駆けて行くのだった。」
「それ以上に不思議だったのは、彼がけっして驚いてはいなかったことである。彼はこうしたことのすべてを覚えていた。(中略)すべてはそのままの形で、何千年という昔に起こったことだった。彼自身、ああした連中の仲間に加わっていたのであり、その熱狂の経験すら記憶していた。と、建物の外形が変わり、中庭も大きくなっていき、彼は煙のたちこめる中で非常な高みから見おろしているような気分になってきた。そして、なかばうつらうつらしながら見ているうちに、何やら遠い昔の古傷が、甘く疼くように激しく胸をしめつけてくるのであった。そして踊りへの呼び声を耳にしたとき、彼の血は妖しく騒ぎ、さきほどイルゼが自分の傍らで舞ったときの、いにしえの魔術の力をあらためて思い起こした。
 とつぜん、彼はハッと身を引いた。大きく柔らかな猫が、下の物蔭から窓枠にいる彼の眼の前に、フワリと跳びついたのだった。そして、彼を人間の眼でじっと見すえた。「おいで」とその猫は言っているようだった。「さあ、いっしょに踊りに行こう! 昔の姿におなり! さ、早く昔のようになって、行こうよ!」この獣の声なき呼び声が、彼にはよくわかるのだった。」



「黄金の蝿」より:

「この「全世界の崩壊」というのが、彼のたどりついた観念だった。彼は家を出て、孤独への道をたどり、一面にヒースの生い茂るニュー・フォレストの保養地へとやって来た。そこで彼は、小さな松林の蔭に、疲れた身を横たえた。そして、崩壊した世界もまた彼とともに横たわっていた。」
「尻のポケットに入れたピストルがじゃまなので、それをとり出すと、彼は仰向けに寝そべって流れ行く雲を見つめた。すーっと意識を吸いこまれてしまうような、目も眩むような気持で空に見入った。香(かぐわ)しい風が、耳のあたりにひっそりとたわむれていた。ヒースの蜜の匂いがした。金色の蝿が、空中に静止していた。ちょうど夏の青いカーテンの上に、黄金色のピンをとめたようなぐあいだった。蜻蛉(とんぼ)が飛行機のようにとびかいながら、そのきらきらブロンズのように光る胴を、糸のような模様に織りなしていた。鍋鳧(なべげり)がせわしない鳴き声をあげながら、茂みからパッと飛び立った。足元には小川がさらさら流れて、泥炭を含んだ岸辺に暗褐色の細波(さざなみ)をたてていた。どこを見ても詩があり、平和があり、何ものにも煩わされない憩いがあった。
 自然のこの威厳にみちた無関心は、彼の心を鎮め、限りない慰めをもたらした。人間のいかなる苦痛も、いかなる審判も、この水の流れを変えることはできず、鍋鳧の叫びをやめさせることもできず、ましてや空を漂っている霞のような雲の一群れを、一インチだに動かすこともできなかった。大地は過去何世紀にもわたり、太陽に向かって膨らんできたように、いまもまた膨らみつつあった。その着実な歩みの能力と壮大な静けさは、いたるところにおごそかに息づいていた。――何ものにも惑うことなく、いそぐことなく、強固たる確信にあふれて……。
 そして、金蝿の輝きにも似たある考えが、ぱっと鮮やかに心に浮かんできた。くよくよ思い煩っている小さな世界は、頭の一隅にきれいさっぱり片づけてしまおう。自分がその外側に出てしまえば、もう存在しないも同じことだ。」
「激しい苦痛はもはや燃えつきて、別のものになってしまったかに見えた。怒りは、その別のものによって消されてしまった。彼の視界を覆っていた一枚の紙のようなものは燃やされ、一握りの灰になってしまった。もつれていた心の中が、かなりよく透いて見えるようになった。そのずっと奥のほうに、彼ははじめて――光を見た。これまで、あんなに大きく写っていた彼の内面が、望遠鏡をさかさに見るように、遠く小さくなってしまった。重要だと思いこんでいたものが、別の視点から眺めることにより、とつぜん様相が一変した。(中略)その身を焼きつくす炎の中で、存在の奥底にキラリと輝く金属の先端のように、たった一つ焼きつくされぬものこそ、彼の本質だった。この輝いている不滅の核心こそ、彼の――童心(イノセンス)なのであった。残りの部分は、おのれを裏切っていた、つまり世論というものの残骸であった。彼はこれまで、微細な原子を宇宙全体と見誤っていたのだ……。」
「じっさいの“世界”は、彼がいままであからさまに見ることのできない、壮麗にして千古不滅なる何ものかなのであった。」
「そのものは、彼のすぐ傍らにあるようでいて、同時に遠く地平線の彼方にもあるように思われた。それはどこにでもあった。中天を満たし、雲の峰にあるかと思えば、彼のすぐ間近にも迫ってくるのだった。それは鍋鳧(なべげり)の鋭い叫び声の中にも、小川のせせらぎの中にもあった。松風のそよぎの中にも、いたるところの日だまりの中にもあった。それは輝かしく、純粋で率直だった。彼に強い力が蘇ってきた。」
「彼はもはや、なみの苦痛では打撃を蒙ることはなかった。彼がいまや理解した苦悩とは、自分の生活に新しい関係を持つものであり――喜んで受け入れ、世間の考えなどにはまったく関係なく取り組むべき何ものかであった。世間が何を言い、何を考えようと、それは彼らだけの話である。自分には関係ないのだ。無に等しいことなのだ。」
「彼はこの抵抗のエネルギーを、風や日光やありふれた夏の美しさの中から得たのであった。その安らぎと強靭さが、彼の内部へ浸透したのである。(中略)彼はピストルを水たまりに蹴こんでしまった。自然がそれを隠してしまった。そして、自然は、今後とも彼が弱気におちいるときに、常にそこに存在するだろう。それはすばらしいことだった。」



「ウェンディゴ」より:

「神学生であるシンプソンは、この事件についてあまり科学的ではないにせよ、いちおうのもっともらしい結論を引き出した。未開の辺境では、ある種の凶暴な、真の意味における原始性が残存している。どういうものか、人間の属性を昂揚したような形で残存している何かが、未熟で奇怪な生き物の形をもって立ち現われる。彼はその時代を巨大な薄気味悪い生霊が、いまだ人の心にのしかかり、大自然の力がいまだ飼い馴らされず、原始の宇宙に呪われた神の力がいまだ退出しない、先史時代であるかのように思い描いた。後年、彼は説教の中で、「人の魂の背後は荒々しく怖ろしい可能力(ポテンシー)というものが潜んでおり、それ自体は悪ではないが、存在する限りにおいて人間性に対する本能的な敵意を抱いているものだ」と述べている。」


「囮」より:

「それは、ある種のたちの悪い迷信にからみつかれているような、すこぶる感じのよくない家で、とくに目的のない限りはとうてい住む気など起こりそうになかった。(中略)よく見ればがっしりとした造作で、しかも公園の森も小さく見せるような巨大な外観をそなえていたが、けっきょくその建物の最大の特徴はといえば――目だたないということにつきるのであった。
 ケント州の森林地帯の一角にある、小さな丘の上からも、その家の無表情な窓が晴雨にかかわらず望見できた。冬の日には荒涼としており、春になってもなおもの寂しく、夏の日ざしにも祝福を受けぬかのようだった。何か巨人の手によって運命を操られ、飢餓のため死へと追いやられたかのようなこの田舎の館は、何人もの広告屋が惹句(じゃっく)に頭を悩ましたあげく、いまだに買手がつかないでいた。――魂が失せている、と誰かが言った。自殺者を出したことがあるじゃないか、と別の者は言った。以前、そう考えながらもこの家を買ったある男は、悪質な遺伝に負けたのか、みずからも書斎で命を絶ってしまった。」



「解説」(紀田順一郎)より:

「この大自然ということばは、日本的な自然観では説明できない。しいていえば自然神のようなものであり、エマソンのいう大霊(オーバーソウル)に通じるものであろう。ブラックウッドは幼年期から青年期にいたる間の特異な体験や思想遍歴により、人為的な文明に対比すべき超自然的なものに対する感性を、鋭くとぎすましていたのである。
 その自然が、人間といかに関わるかを、さまざまなモチーフと手法で描いたのが彼の作品群である。ブラックウッドは、自然が強烈な意志を持っていて、隙あらば人間を侵し、ついに荒廃へと導くものとしてとらえる。荒廃といったが、自然の意志から見れば、人間が本来の原始状態に回帰し、本質的なるものに還元されたことを意味する。ブラックウッドの作品系列を見ると、自然が人間を侵す恐怖を描いたものと、人間が自然に回帰する喜びを描いたものに大別される。」





こちらもご参照ください:

萩原朔太郎 『猫町 他十七篇』 (岩波文庫)
『日影丈吉選集Ⅳ 猫の泉』 種村季弘 編
富士川義之 『ある文人学者の肖像 ― 評伝・富士川英郎』
















































































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