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内田百閒 『百鬼園座談』 全二冊

「病気はつまり人生の愛嬌だね。」
(内田百閒 「薬剤金融椿論」 より)


内田百閒 
『百鬼園座談』


論創社
1980年6月25日 1刷発行
1980年9月25日 2刷発行
iii 314p 口絵(モノクロ)1葉
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価1,600円
装丁: 田村義也



内田百閒 
『続・百鬼園座談』


論創社
1980年8月10日 初版印刷
1980年8月25日 初版発行
iv 335p 口絵(モノクロ)1葉
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価1,800円
装丁: 田村義也



ヤフオクで百鬼園座談(正続)・百鬼園戦後日記(上下)計四冊が1,588円(送料無料)で出品されていたので落札しておいたのが届いたのでよんでみました。


内田百閒 百鬼園座談 01


『百鬼園座談』帯文:

「多士済済、稀代の雅人粋人を同座同舟に迎え詩・琴・酒を論じて色即如何に及び、悲喜交歓迂路を盡くす捧腹絶倒の談論三昧境。百鬼園座談十四篇初の集成!」


『続・百鬼園座談』帯文:

「猫にマタタビ、百鬼園先生に御酒と琴と汽車とやら、好尚の赴くところ喋喋喃喃の応酬。恩師夏目漱石回想を首尾に据えた、哄笑渦巻く愉しき座談の世界。」


『百鬼園座談』目次:

貧乏ばなし 昭和二十一年
 中村武羅夫 長谷川仁 内田百閒
ユーモアコンクール 昭和二十二年
 徳川夢声 高田保 内田百閒
琴・漱石・ノーベル賞 昭和二十二年
 辰野隆 河盛好蔵 内田百閒
人間喜劇 昭和二十二年
 辰野隆 高田保 坂西志保 徳永直 内田百閒
春宵世相放談(ちかごろのうきよばなし) 昭和二十三年
 徳川夢声 高田保 内田百閒
酒仙放談 昭和二十三年
 井伏鱒二 三木鶏郎 内田百閒
金の借り方つくり方 昭和二十四年
 獅子文六 森脇将光 内田百閒
ほろ酔い炉辺鼎談 昭和二十五年
 難波久太郎 井上友一郎 内田百閒
逢坂閑談(おうさかかんだん) 昭和二十五年
 三淵忠彦 宮川曼魚 内田百閒
駅長と検校 昭和二十五年
 宮城道雄 加藤源蔵 内田百閒
大博士呆談 昭和二十五年
 辰野隆 藤原咲平 内田百閒
雅俗併存 昭和二十五年
 前田晁 井上慶吉 内田百閒
薬剤金融椿論(やくざいきんゆうちんろん) 昭和二十五年
 神鞭常泰 久米正雄 内田百閒
旧師の敬い方の研究 昭和二十五年
 北村孟徳 中野勝義 内田百閒

編者あとがき (平山三郎)



『続・百鬼園座談』目次:

漱石をめぐって 昭和二十六年
 安倍能成 小宮豊隆 和辻哲郎 内田百閒
問答有用 昭和二十七年
 徳川夢声 内田百閒
金銭有情 昭和二十七年
 一万田尚登 内田百閒
私は日銀と取引がある 昭和二十七年
 辰野隆 徳川夢声 林髞 内田百閒
汽車の旅 昭和二十七年
 戸塚文子 堀内敬三 内田百閒
鉄道今昔ばなし 昭和二十七年
 木村毅 青木槐三 内田百閒
一日だけの駅長 昭和二十七年
 阿部真之助 小汀利得 内田百閒
ぶた小屋の法政大学 昭和二十七年
 多田基 奥脇要一 内田百閒
倫敦(ロンドン)塔を撫でる 昭和二十八年
 宮城道雄 内田百閒
西小磯雨話 昭和三十一年
 吉田茂 徳川夢声 内田百閒
深夜の初会 昭和三十一年
 古今亭志ん生 内田百閒
一人一話 昭和三十二年
 徳川夢声 辰野隆 林髞 内田百閒
虎の髭 昭和三十五年
 古賀忠道 内田百閒
新涼談義 昭和四十年
 戸板康二 内田百閒
歯は無用の長物 昭和四十一年
 高橋義孝 内田百閒
漱石先生四方山話 昭和四十一年
 高橋義孝 内田百閒

編者あとがき (平山三郎)



内田百閒 百鬼園座談 02



◆本書より◆


『百鬼園座談』より:


「貧乏ばなし」より:

「―― 長谷川さん、日本の画家はあまり貧乏していないんじゃないですか、文壇と比較すると……。
長谷川 やはり貧乏しておりましょうナ。むしろ洋画家などは絵が売れなくて貧乏になれてるんですから貧乏はあまり問題にしない。その代表が熊谷守一みたいな人でしようね。湯沢三千男さんが熊谷びいきで、今年の正月一緒に行こうというのででかけましたが、帰りが非常などしゃ降りのなかを熊谷君はコウモリもささずミノカサで池袋の方の駅まで送ってきました。モンペをはき朴歯(ほおば)の下駄で歩いている、腰には折たたみの犬の皮をはった腰かけを下げている、いま長崎の千早町におりますがね、アトリエなんてものはなく、田舎家の一室を板張りにして戸はやはりガラス窓にはしていますが、日本のダ・ヴィンチみたいな生活をしています、いろいろな道具をもっている、金具をいろいろ拾ってきて、これは震災のとき拾った、これはこんどの戦争の空襲で拾ったとかいってます。自分でパイプを作ったり、ライターを作ってみたり、やすりを沢山集めたりしてね。
百閒 私の友人に谷中安規(たになかあんき)という版画家がおりました。もう亡くなりましたがね。これは貧乏なんて特別の状態を貧乏となづく、というようなことをいうと谷中画伯がおかしく思うような徹底した貧乏人でしたね。この間九月九日に亡くなったがやはりたべ物がなくて亡くなったらしいですね、風船画伯というんです。
長谷川 熊井守一という人は昔から絵を描かない、描けばみんな喜んで貰うんですが、いついってみても日向ぼっこばかりしている、大変気楽なんですね、大きな五十号か百号くらいのを頼まれたといってキャンバスは張ってあるが、いつ行っても白くなっている。(笑)手をつけようとしない。
 それでいて当人は決して怠けてるんじゃない。気楽な人なんですね、儲けようと思ったり、金がいるというのであればいくらでも入るんです。絵を描けばなかなか人気はあるんです。
百閒 そうでしょうね、楽しむというより気にならないんですね、不自由が。貧乏というのは一握りのご飯の問題じゃありませんな、一升の酒だって一ダースのビールだって同じことで不如意が貧乏なんですよ。不如意にはお金があっても同じことですから、そうでなくてもっといわゆる生活程度の低い人で晏如(あんじょ)として不自由を感じない人もあるんですからね、だからそういう貧乏文士とか貧乏画かきというものをほかの気持の人がみて気の毒がっても或は清貧に甘んじているというので尊敬しても、見当ちがいだろうと思うな、僕は。」



『続・百鬼園座談』より:


「漱石をめぐって」より:

小宮 先生はうちの者から変人だとか変り者だとか、始終言われていたらしい。それで先生の方でも、自分は世の中と調子を合わせて生きて行くことのできない人間である。職業を選ぶ以上は、世の中が必要とするもの、世の中が向うから調子を合せて来るような職業を選ばなければ、自分は生きて行かれないだろうと考えたのだそうだ。その時分になんでも佐々木東洋とかいう医者がおった。それが大変な変り者で、お世辞も何も言わず、誰にでも遠慮会釈なく勝手放題のことを言う。然し当人はなかなかの名医なもので、患者はどんどんやって来る。そういう例がちゃんとあるので、先生は考えたのだそうだ。自分は医者は嫌いである。医者にはなりたくない。やるとすれば何か趣味のあるもので、世の中が自分を必要とし、且つ自分の方へ調子を合せてくるような職業がやりたい。それには建築がよかろうというので建築をやる気になったんだそうだ。
安倍 別に建築に興味があったというわけではなかったのだね。
小宮 そうじゃないらしい。
安倍 しかし建築家として或る程度まで成功する素質は、あったろうね。
小宮 それはあったろうと思う。先生は高等学校時代は数学が大変よくできたのだそうだ。」



「問答有用」より:

百閒 (中略)……野鳥を鳥かごにいれることは、動物愛護会あたりからは目にかど立てて怒られますけどね、むかし農商務省で調べたところでは、野鳥の寿命は三、四年ですってね。ところがぼくが飼ってたメジロは、十二、三年、その後のも六、七年ですよ。あとのほうは、市ヶ谷と四谷のあいだの土手に落ちてるのを、近所の子供がひろって持ってきたんです。空襲のはげしい時に、そでかごという小さなかごにいれて、抱いて逃げましたよ。ときどき鳥かごのそとへ出ることもあったけれども、人の音なんかすると、ビックリしてかごへ入っちゃう。つまり、かごのなかが一番安全な場所なんです。人なんかあすこへ入れませんからね。(笑)
 小鳥っていうのはね、夢声さん、あんまり人になじんでもいけないし、敵意を持ってもいけないんですよ。せいぜい鳥と人間とは、横むいてつきあっていなきゃならない。ウグイスなんか、かごのなかのとまり木ととまり木のあいだを飛ぶ時のスピードは、音がするくらいです。人間をこわがっているのでもないし、人間に見せようとするのでもない。適当にウグイスは人間を警戒するし、人間はウグイスを大事にしていればいいわけです。」



「虎の髭」より:

百閒 古賀さん、僕は東京の動物園はごぶさたしていますが、大阪の動物園は近年行ったんですよ。行って見たが大阪の動物園は置き方が楽しくないですね。虎なんかも案外狭い中にいたり、それから何という猿だったか、おりの中を行ったり帰ったりばかりしている。おりに入れられてしかたがないかもしれないけれど、見物する人間の方で気になるような動き方なんです。なんだ、こんな中に入っていいことしてやがるなと人間がうらやましがるようにしなければいけない。つまりこの格子さえあれば人間その他に迫害されないという安心で、動物があの中にいるようでなければいけない。」
「この格子があるから人間が入ってこないという安心を動物に与えなければ駄目だ。」
「ところで夜は上野の諸君もみんなどっかへ入ってねるんですか。おかしいね。彼らは夜の方が起きているんじゃありませんか。
古賀 普通は夜は寝部屋の中に入れるんですよ。大体オスとメスと一緒に入れています。野生のときはおもに昼間ねるんでしょうけど、動物園では昼も夜もねてるんですよ。
百閒 つまり彼らはものをたべるときと交尾するときのほかはねているのが普通でしょう。人間がその隙をねらって起きているからいろいろ事がめんどうになる。ねるくらい他に害を及ぼさなくていいことはない。
古賀 今のおはなしのように、動物はねているのが本態だという説がありますよ。それに何か刺激があると起きる。だから全体的にみて、動物は起きているのが本態か、ねているのが本態か、それはねているのが本態だという。
百閒 ねているのが本態で、起きている人間が見にくる。」

百閒 しかし、大は象、河馬から小はハミング・バードまでずいぶんお骨折りですね。もっとも動物の方もほめなければ……。
古賀 動物をほめる……まったく。僕は大体人間なんてろくなやついないと思う。ほんとうに利口ならそういうことをやらんかもしれないけれども、いわゆる利口になればなるほどへんなことをやる。」



「新涼談義」より:

百閒 (中略)泥棒の話をしよう。つい二、三日前の新聞で見たのだが、野菜泥棒が一句よみました。「魔がさして取るや夜明けのなす、きゅうり」……いい句だね。夜明けのなす、きゅうり――冷たくて露をおびたやつを取ったところをつかまったのかな。」




こちらもご参照ください:

『谷中安規 モダンとデカダン』 瀬尾典昭 他 編
熊谷守一 『蒼蠅 増補改訂版』









































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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