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皆川博子 『蝶』

「託された寓意などどうでもよく、甘やかな感傷的な憂愁のなかに漂っていれば満足なのだった。」
(皆川博子 「妙(たえ)に清らの」 より)


皆川博子 
『蝶』


文藝春秋
2005年12月15日 第1刷発行
171p+2p
四六判 角背紙装上製本 カバー
定価1,429円+税
装丁: 柳川貴代+Fragment



短篇集。主人公はたいてい発狂するか自殺するかです。戦時中だろうが戦前だろうが戦後だろうが、戦場だろうが家庭だろうがおなじことです。


皆川博子 蝶 01


帯文:

「死線から
帰還した男は
荒寥たる
海辺で
戦後の
長い
虚無を
生きる

夢幻へ
 狂気へと
誘われる
 戦慄の
八篇」



帯背:

「戦慄の短篇世界」


帯裏:

「インパール戦線から
帰還した男は
ひそかに持ち帰った
拳銃で妻と情夫を撃つ。
出所後、
小豆相場で成功し、
氷に鎖された
海にほど近い〈司祭館〉に
住みついた男の生活に、
映画のロケ隊が
闖入してきた……。

現代最高の
幻視者が紡ぎ出す
瞠目の短篇世界」



目次 (初出):

空の色さえ (「オール讀物」 2001年8月号)
蝶 (同 2004年2月号)
艀(はしけ) (同 2005年2月号)
想ひ出すなよ (同 2003年2月号)
妙(たえ)に清らの (同 2002年10月号)
龍騎兵(ドラゴネール)は近づけり (同 2002年2月号)
幻燈 (同 1999年10月号)
遺し文 (同 2005年10月号)

使用した詩、句などの出典
初出



皆川博子 蝶 02



◆本書より◆


「蝶」より:

「印緬(いんめん)国境を潰走(かいそう)中、友軍とはぐれた。瘴気(しょうき)のたちこめた密林を彷徨(さまよ)っているとき、英軍将校と出くわした。とっさに小銃の台尻でなぐり、昏倒させた。銃剣で腹を突き刺すと皮膚を破る手応えがあり、剣先は肉に沈みこみ、相手は大きく痙攣(けいれん)した。ひきぬくと、臓物がからみついてきた。」


「艀」より:

「「戦争のあいだ、戦争に役に立たない僕は生きている価値がないと思っていた。戦争が終わったら、前向きに明るく力強く、希望にみちていなくてはいけないということになった。絶望して踠(もが)いている気持ちを、なんとか美しい言葉であらわそうとしたのだけれど、そんなのは、悪いことなんだそうです」」


「想ひ出すなよ」より:

「男物の黒い傘の石突(いしづき)は、槍のように細く鋭い。」
「石突の尖端が柔らかいものを突き刺した手応えを感じたような気もするのだが、わたしは思い出さない。傘を抜いたら、血と一緒にどろりとしたものがささっていたような気がするのだが、わたしは思い出さない。
 家が茅屋(ぼうおく)と成り果てるまでの長い歳月が過ぎたような気がするのだが、(中略)わたしはどこかに閉じ込められていたような気もするのだが、戦争があって空襲があったのかもしれないが、もしかしたら、わたしは骨になったのかもしれないが、わたしは思い出さない。」



「妙に清らの」より:

「振り仮名がついているおかげで、学齢前であっても、活字が導き入れる日常から隔絶された世界に棲息することができた。
 まして美術全集となれば、その一頁ごとに、彼を招じ入れる一つの異界があった。」
「幼い彼を最も惹きつけたのは、仄昏(ほのぐら)い浪漫の気配を帯びた絵を蒐(あつ)めた一巻であった。」
「鍾愛(しょうあい)のひとつに、両眼を布で覆った若い女が、水とも雲ともつかぬ靄(もや)だったなかに半分をあらわした球体――地球だろうか――の上に横座りになった、ワッツの絵があった。女が持っているのは粗末な竪琴だが、その絃は切れ、わずかに一筋だけが残っている。画題の『希望』は、この儚(はかな)い糸によって象徴されているのだろうか。
 抱いた竪琴に頭をもたせかけ、女は眠っているように見える。それとも、糸の切れた楽器が奏でる、他者には聴こえぬ楽の音に身を委(ゆだ)ねているのだろうか。
 身にまとった羅衣(うすぎぬ)の繊細な皺は、女の全身をひしひしと縛る糸のようでもある。託された寓意などどうでもよく、甘やかな感傷的な憂愁のなかに漂っていれば満足なのだった。」



「遺し文」より:

「翌朝、朝餉の支度ができたからと離れに呼びにいった加代が、秋穂の死を皆に伝えた。
 秋穂は黒い絽の夏の喪服をまとい、鴇色のしごきで両膝を結わえ、剃刀で喉を割いていた。
 六畳間の畳を二枚裏返した上に油紙を敷き、血溜まりにうつ伏せになっていた。巻紙に墨でしたためられた遺書にも、血痕が散っていた。

 二年後、涼太は、霞ケ浦航空隊に志願、入隊した。
 零戦に乗り、ラバウルで戦死した。」



皆川博子 蝶 03



































































































































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うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
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Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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