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『世界文学全集 23 ジロドウ/クノー』

「彼は目を閉じて、彼の心の奥底に横たわっている真っ黒な巨大な空虚に勇敢に立ち向かおうとした。」
(クノー 「きびしい冬」 より)


『世界文学全集 23 
ジロドウ/クノー』

中村真一郎・白井浩司・大久保輝臣 訳

集英社
昭和40年8月28日 印刷
昭和40年9月28日 発行
533p 口絵(モノクロ)1葉
四六判 丸背クロス装上製本 貼函
定価520円(特価480円)

月報 8 (8p):
ジロドウの肖像のために(諏訪正)/レイモン・クノー(三輪秀彦)/次回配本



集英社版「20世紀の文学 世界文学全集」第八回配本。二段組。ジャン・ジロドゥ「天使とのたたかい」「シュザンヌと太平洋」、レイモン・クノー「人生の日曜日」「きびしい冬」所収。栞に「天使とのたたかい」「人生の日曜日」の「主な登場人物」一覧。


ジロドウ クノー 01


帯文:

「「――小説は面白くなければいけない」
映画演劇界にも活躍する2巨匠集」



帯裏:

「人の心の純粋さを追求する「オンディーヌ」のジロドウ……
天使とのたたかい なんの苦しみも迷いもない純真な少女マレナは恋におちたとき天使(彼女自身)と戦わねばならなくなった……
シュザンヌと太平洋 田舎娘が懸賞に当選、招待旅行に出かけたが船が難破してしまった。人間のいない所で人生を学ぶ明るい幻想物語。

人生に無類のおかしみを探り出す「地下鉄のザジ」のクノー……
人生の日曜日 ブリユ君のところへオールドミスの押しかけ女房がやってくる。ところが、こんなさえない出発点が、なんとまあ…!
きびしい冬 戦争をへてなにかを失ってしまった男の恋、そして失恋。しかし既に中年の彼の胸から14才の少女の面影が消えない。」



目次:

ジロドウ
 天使とのたたかい (中村真一郎・三輪秀彦・小佐井伸二・諏訪正 訳)
 シュザンヌと太平洋 (中村真一郎 訳)

クノー
 人生の日曜日 (大久保輝臣 訳)
 きびしい冬 (白井浩司 訳)

クノーとジロドウの世界 (白井浩司)



ジロドウ クノー 02



◆本書より◆


「人生の日曜日」より:

「………人生の日曜日こそがすべてのものを平等にし、すべて邪悪なものを斥ける。これほど上きげんになれる人間が心底からの悪人であったり、下劣な人種であったりするはずはない。
ヘーゲル」

「この小説に登場する人物たちは現実に存在するので、かりに架空の人間とそっくりであるにせよ、それはすべて偶然である。」



「きびしい冬」より:

「ガス灯に照らされているデュテルトル夫人の店は、長く、うす暗いカジミール=ペリエ通りにうかび上がり、近視の眼のように弱々しく瞬いていた。遠くからみるとこの店は、汚いボンボンやノートの置いてある棚のおかげで貧弱な駄菓子屋にみえた。近よってみると、間違いなくそれは、知識や文化や文明のアジトであることがわかる。ガス灯に照らされて、デュテルトル夫人は、この地方の数少ない好事家のために古本からなるちょっとした図書館を開いていた。
 平和のときにもまばらだった顧客(とくい)は、戦時になるとほとんどいなかった。黴臭い匂いなどル・アーブル人の与(あずか)り知らぬことだった。土地の金持ちは、ベルナルダン=ド=サンピエール通りにあるゴンフルビル書店とか、町の中心部で買うのだが、そのほかの人びと、つまり一般庶民は、小金を持っている者でさえ、近代作家の著書とか、新聞雑誌類で得る知識で満足していた。
 夫人はものごとを深刻にうけとる性質(たち)ではなかった。彼女は結構たのしんでいた。セーヌ川を越え、コー川のかなたからやってきた彼女は、いつも、ル・アーブル人を馬鹿で鈍感で非常に視野の狭い見方しかできぬ、教養のない人種だと思っていた。」
「後家さんのデュテルトル夫人は、独りぼっちで暮らし、縫いものをし、洗濯をし、掃除をし、料理を作った。それから、本を読みながらきそうもない客を待った。」

「「でも、すっかりいやんなっちゃったわ。人間なんてどうしようもないものだわ」
 「そりゃそうですね」
 「わたしが人間という意味は、ブルジョワもプロレタリアもふくめてですよ。だけど、このブルジョワというのは間抜けで、ごろつきですよ。早い話が、わたしのところの家主ね。わたしが家賃を払わないからって雨もりも直してくれやしないのよ。でもどうやって払えばいいの?」
 ルアモーはなにもいわなかった。彼は銀行の支払い停止をフリーメースンの仕業(しわざ)であり、不正中の不正だと思っていた。」

「ルアモーが、デュテルトル夫人の店に入っていくと、ちょうど夫人にお気に入りの療法で風邪の治療をしているところだった。彼女はハンカチをふんだんに使い、そのハンカチにたっぷりと硫酸銅を塗っていた。この療法の講釈をし終わると、夫人は、くれぐれも今日見た一部始終をだれにも話さないでほしいといった。というのは、愚か者のお笑い種(ぐさ)になるのも、ル・アーブル人に変にとられるのも困るからというのだった。
 「わたしはすぐに気違いばあさんだと思われますからね。よほど向こうのほうが馬鹿者なのにね」
 ルアモーは、この老友の神秘主義的先入観念には軽蔑感を抱いていたが、いまの言葉には賛成した。」

「飼い主の気に入られようと努める、素直な動物のように、彼の足は自然にデュテルトル夫人の店にまできてしまった。彼はなかに入った。なんだかぼんやりしたようすで、病気のために手足が硬直し、地面に倒れるてんかん持ちのような顔つきだった。しかし、デュテルトル夫人は、そんなことに少しも気がつかなかった。
 「悪党め!」彼女は、彼を見るが早いか金切り声を上げた。「畜生! 人でなしめ! わたしの猫が殺されちゃったのよ」
 こんな罵りを聞いても、まだ自分のくりかえしている考えからぬけきれなかったので、ルアモーはたずねた。「だれが殺したんですか?」」
「「だれがですって? あなたは、それがいったいだれだとお考えです? わたしの近所の人間、あの汚ならしいル・アーブル人たち、屑のようなやつらのことですよ。わたしは、あのかわいそうな猫が、腰をやられて、即死してるのをみつけたんですよ」
 「犬かもしれないな」まだぼんやりしたままのルアモーは、そうほのめかした。
 「あの野蛮人どもが、なんだって犬なぞ飼う必要があるんです? ただ、わたしの猫を殺すために、あいつらは犬を飼うんですよ。ああ、ルアモーさん、なんてこわい世の中なんでしょう。ルアモーさん、いまの人たちって、なんて卑劣なんでしょう。ああ、ルアモーさん! 生きるってことは、悲しいことだわ。責任があるのは自然ではありませんよ、だって自然は良きものだもの。責任があるのは自然ではなくて、人間どもなんですよ。人間どもときたら、手のつけようがないんだから。どんなにすばらしい観念であれ、どんなに高潔な思想であれ、人間どもは、そんなものから何をつくりだしたっていうんです? 血なまぐさい混乱か、それとも灰燼が関の山ですよ。人間どもが、キリストをどうしたかごらんなさい。彼らは、キリストを、その真珠とともども、はりつけにしたんですよ、(中略)それから、ソクラテスはどうなんです? 人類が、ソクラテスに対してしたことといえば、彼に毒を盛ったことですからね。(中略)それから、ジャンヌ・ダルクはどう? やき殺されちゃったわ。ジョーレスは? 殺害されたじゃないの」」

「店の戸のうしろに立って、デュテルトル夫人は雪が降ってくるのを見た。溜息をつき、もどって坐るとまた読書を始めた。こんなに寒く厚みのある静けさをつき破って、常連のだれかが姿をあらわすという望みは、ほとんどなかった。彼女は身ぶるいし立ち上がると、暖炉には石炭を、もう歌わなくなった湯わかしには水を入れに行った。彼女は、もう一度雪の降ってるのを見るため、立ち止まった。もとの席にもどると、また読書を始めた。だが、サチュルネットという名の新しい猫がなにをしてるかを見るために、すぐに彼女は読書を中断した。サチュルネットは、夫人の毛皮にくるまって暖炉の蔭で眠っていた。デュテルトル夫人は、彼女のこんどの猫は、とくに利己的だと思った。彼女は溜息をついた。店のショーウィンドーにならべた古い版画越しに、雪の降るのを見るために、目を上げた。それから再び読書を始めた。
 彼女は、ほんとうに一人ぼっちだと感じていた。
 三時ごろになると、カジミール=ペリエ通りは、完全にまっ白になってしまった。」
「人間は、歴史から絶対に逃れられないんだわ、彼女は人間に絶望していた。たった三年前のことだけれど、自分たちは幸福であるだけでなく、ずっとこのままでいられるどころか良くなって行くとすら考えてる人びとがたくさんいたのだった。また、別の人びとは、平和が地上に降りてきて、これから永久にとどまるだろうと思っていたのだった。デュテルトル夫人は溜息をつき、また読書を始めた。」
「そのとき、デュテルトル夫人は、ルアモーの姿が眼に入った。
 彼は店に入る前に鼻をかみ、靴底についた凍った泥をとるために、敷居に靴をうちつけた。
 「まあおどろいた。うれしいわ」デュテルトル夫人は、よろこんで本をとじながら叫んだ。「少なくとも、六週間はお会いしてませんね。お悪かったんじゃないでしょうね。いらしてくだすって、ほんとうにうれしいわ。あなたにお会いできないので、死ぬほど寂しかったですよ。ほんとうにうれしいですよ。暖まるように、グロッグを作ってあげましょうか? あれ、湯わかしにお水入れとくのを忘れましたよ。ちょっとお待ちになって。お水入れますからね、すぐですよ」
 それで、彼女は湯わかしに水を入れた。
 「さて、ルアモーさん」彼女は言葉をついだ。「お目にかかれなかったあいだに、いったいどうしてらしたんです? あなたをわたしの手のとどかないところにひきとめて、ときどきわたしのとこにきてくださるのを邪魔だてしたのは、あなたの恋愛のせいですか?」
 ルアモーは考えた。
 「ああそうですよ」彼は微笑しながら答えた。「恋愛のためですよ」
 「話してくださいな」
 「多少は、そのためにきたんですよ。少なくとも、一つ二つあなたにお知らせしたいことがあるんでね」
 「まあ、うかがわせていただくわ!」
 「第一のニュース、デュテルトルさん、ぼくは婚約したんです」」

「「ぼくは前線にもどるので、(中略)これが二つ目のニュースですが、ぼくの恢復期は終わったんです。ずいぶん長かったですよ」
 「まあ、前線へもどるんですって。ほんとうに、なんという戦争でしょう。なんてことでしょう。」」
「「一度にニュースがありすぎだわ」彼女はつけ加えた。
 哀れな幽霊のように床にすべり降りると、彼女は軽い音を立てだしたお湯で二人分のグロッグをつくりに行った。二杯のグロッグは、黙ったままで味わわれた。雪は、もってりしたぼたん雪となって降り続いていた。
 「なんてお天気だろう! なんてお天気だろう!」デュテルトル夫人は、呟いた。
 「冬の天気ですよ」ルアモーは、明るくいった。「二月の天気ですよ。雪が冬に降らなかったら、いったいいつ降ればいいんです? 夏によりも冬に降ったほうが、まだましだとは思いませんか?」
 「そうね。人生なんて、そんなふうに受け取るべきでしょうね。なるほど。でも人生はね、(中略)人間の一生は、天気みたいなわけにいきませんよ。あるときからずっと、雪が降り続く。降って降って、もう降りやまないと、それは想像できないくらいのひどい苦しみになるんです。晴れなんぞに、もうなりっこなくて、それが確実なんですからね」
 「若いときよりも、年をとってから雪が降るほうが、まだよいと思いませんか? それに、雪はきれいですよ、ほんとうの雪は」
 「あなたはお利口さんになったのね」デュテルトル夫人は、苦々しく呟いた。」

「「では、お別れしますよ。これから、フィアンセに会いに行くので」
 デュテルトル夫人はなにもいわず、まるで凍ったように目をすえていた。
 「わたし、ほんとうに一人ぼっちだわ」と彼女は呟いた。」
「「では、奥さん、さようなら。ぼくも、皆と同じように戦争に行きます」」














































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ねたきり読書日記。

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。


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