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E・M・シオラン 『時間への失墜』 金井裕 訳 (E・M・シオラン選集 4)

「わたしたちに残されている唯一の手段は、(中略)行為そのものを放棄することであり、非生産性を厳守し、わたしたちのエネルギーと可能性の大部分を利用せぬままにしておくことだ。」
(E・M・シオラン 『時間への失墜』 より)


E・M・シオラン 
『時間への失墜』 
金井裕 訳
 
E・M・シオラン選集 4

国文社
2004年7月1日 改訂版第1刷発行
172p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,000円+税



本書「訳者あとがき」より:

「本書は、E. M. Cioran: La chute dans le temps, Éditions Gallimard, 1964. の翻訳である。」


本書「改訂版あとがき」より:

「再版に当り、旧訳の全面的見直しを行った。」


改訂版(初版は1975年刊)。九つの章で構成された長篇エッセイです。
本書は「honto」で注文しておいたのが届いたのでよんでみました。税込2,160円-17ポイントで2,143円でした。


シオラン 時間への失墜


エデンの「永遠」の世界から追放された「人間」(アダム)は、「時間」へと失墜し、「歴史」的存在になって「文明」を築きましたが、シオランによれば「人間」とか人間の「文明」とかいうのはどうしようもなくひどいものなので、人間は前向きに努力すればするほどひどい結果をまねくことになります。人間は「文明」を拒絶し、「植物」のようになることによって、「時間」のうちに安らぐこともできたかもしれないですが、しかしすでに手遅れです。「人間」はやがて「時間」からさえも失墜して、さらにひどいことになってしまうであろう、というのが本書の結論で、シオラン自身が同胞たちに一歩先んじて陥った無間地獄からの現場報告です。本書の冒頭にもあるように、「人間が自分は人間であると何事につけ思い起こすのはよくないことだ。」というわけで、うつ状態がひどいときは自分はのらねこであると思い込むのがよいですが、シオランなどはその点、〈人間的・あまりに人間的〉なので、人間のことが気になって仕方がないようです。


目次:

生命の樹
文明人の肖像
懐疑論者と蛮族
悪魔は懐疑論者か
名誉欲と名誉嫌い
病気について
最古の恐怖――トルストイについて
知恵の危険
時間から墜ちる……

訳者あとがき
改訂版あとがき




◆本書より◆


「生命の樹」より:

「もし人間が、(中略)どんなにわずかでも永遠への適性をもっていたならば、その親しい交わりのなかで幸運を恵んでくれた神に満足したことであろう。だが人間は神から自分を解き放ち、神から離脱しようと願った。そして予期以上の成功を収めた。楽園の一体性(ユニテ)を破壊し終わると、人間は地上の一体性の破壊にとりかかり、地上の秩序と無名性とを破壊せずにはおかぬ細分化の原理を導入した。」
「人間は日ごとにかつての無垢から少しずつ遠ざかり、絶えず永遠から堕ちつづけている。(中略)そして人間が実際に恐るべき存在になったのは、その退化の能力がとどまるところを知らなかったからである。火打ち石だけで思いとどまり、技術の洗練については手押し車だけにとどまるべきだったのに、人間は悪魔のように巧妙に、さまざまの道具を発明してはそれを操っているが、(中略)こうも巧みに有害ぶりを発揮することになろうとは、だれにも見抜くことはできなかったであろう。被造物の階梯で人間が保持している地位を本来しめるべきだったのは、人間ではなく獅子か虎であった。(中略)人間が何事につけ大言壮語し、誇張が人間において生きてゆく上で不可欠のものであるのは、人間がそもそもの初めから方向を失い、無拘束であって、(中略)現実を認め受け入れるときには必ずそれを変形し、極端なものにせずにはおかぬからである。(中略)人間は、自然全体のなかに、一個の挿話、余談、邪説として、また座興を殺ぐもの、常軌を逸したもの、道を間違えたものとして姿を現す。」
「饒舌で騒々しく、雷のように喧しいこの動物、喧噪(騒音は原罪の直接の結果である)のなかで有頂天になっているこの動物は、言葉を封じられてしかるべきだろう。なぜなら、言葉と協定を結んでいる限り、この動物は生命の未侵犯の源泉に決して近づくことはないからである。」
「明日への盲目的崇拝に生きる者に未来はない。現在からその永遠の次元を剝ぎ取ってしまった以上、彼らに残されているのは、その大いなる拠りどころ、すなわち意志だけであり、そして大拷罰だけである。」



「文明人の肖像」より:

「文明人がいわゆる文明の遅れた諸民族に寄せている関心は、うさんくさい最たるものである。(中略)〈進歩〉しなかったという彼らの幸運をとくと考えてみた結果、文明人は彼らに対して、狼狽し、心おだやかならぬ無鉄砲者の怨恨を抱くのである。何の権利があって彼らは別のところにいるのか。文明人がかくも長いあいだ堪え忍び、しかもうまく逃げおおせることのできなかった堕落の過程の外にとどまっているのか。文明人の成果であり、その狂気である文明は彼には刑罰のように見えるが、彼は自分に科せられたこの刑罰を、今度は、いまのいままでそれを免れていた連中に科してやりたいと思う。「文明の災禍を共有しに来たまえ、わたしの地獄に連帯責任をもちたまえ」、これが彼らに対するその心遣いの意味であり、その厚かましさと熱意の本質である。我が身のさまざまな欠陥に、そしてそれ以上に自分の〈知識〉に疲れきっている文明人は、幸いにもそんなものとは縁のなかった連中にそれらを無理にも押しつけるまでは引き下がらない。」
「前方へのすべての歩み、あらゆる種類の活力には、何か悪魔的なものが含まれている。つまり〈進歩〉とは、「堕罪」の現代的同義語であり、堕地獄の世俗版である。」
「運動とはひとつの邪説であることをわたしたちは知っている。そしてまさにそれゆえに、運動はわたしたちをそそのかし、わたしたちはそこに身を投ずるのであり、取り返しのつかぬほど堕落してしまったわたしたちは、魂の平穏(引用者注: 「魂の平穏」にルビ「キエチュード」)という正統よりも運動を好むのである。わたしたちは植物のように生活し、無活動のなかで花ひらくように生まれついていたのであって、速度のために、そして衛生学のために身を滅ぼすために生まれついていたのではなかった。」
「わたしたちは、わたしたちの麻薬である文明にすっかり中毒しているので、文明へのわたしたちの執着は、習慣の現象に見られるいくつかの特徴、すなわち恍惚と憎悪の混淆を呈している。このようなものとして文明は、必ずやわたしたちに止めをさすだろう。文明を放棄し、文明からわたしたちを解放することについて言えば、それは今日ではかつてないほど不可能である。」
「あらゆる欲求はわたしたちを生の表面に導き、わたしたちに生の深みを覆い隠しながら、価値なきものに、価値をもちえぬものに価値を与える。文明は、そのすべての仕掛けとともに、非現実的なものへ、無益なものへと向かいがちなわたしたちの傾向にその根拠を置いている。もしわたしたちが欲求を減らすことに、必要なものだけで満足することに同意するなら、文明はたちどころに崩壊し去ることだろう。そうであればこそ、文明は持続するために、わたしたちに絶えず新しい欲求を作り出させ、ひっきりなしにそれを増大させようとするのだ。」

「わたしたちに残されている唯一の手段は、行為の成果のみならず、行為そのものを放棄することであり、非生産性を厳守し、わたしたちのエネルギーと可能性の大部分を利用せぬままにしておくことだ。」



「悪魔は懐疑論者か」より:

「ルシフェルの行為は、アダムの行為と同じように――一方は「歴史」に先立ち、他方は「歴史」の端緒となるが――神を孤立させ、神の世界の信用を失墜させるための戦いの、重要な瞬間を象徴している。この世界は、未分割のなかに宿る非反省の至福の世界であった。わたしたちは二元性の重荷を背負うのに耐えられなくなると、いつもきまってこの世界に思いをはせるのである。」


「名誉欲と名誉嫌い」より:

「わたしたちは、自己放棄の意志を英雄的行為にまで押し上げ、ますます世に隠れて生きることに、閲歴のどんなわずかの痕跡、吐息のどんなわずかの思い出をも消し去ることにエネルギーをそそぐ。わたしたちにまつわりつく者、わたしたちを当てにする者、あるいはわたしたちから何かを期待する者、こういう連中をわたしたちは憎む。(中略)いずれにしろ他人は、自我の酷使を避け、意識の入口にとどまり、決してそのなかには入りたくないというわたしたちの欲望を、原初の沈黙の最深部に、不分明な至福のなかにうずくまっていたい、言葉(ヴェルブ)の喧噪の始まる前、万象が横たわっていた甘美な無感覚のなかにうずくまっていたいというわたしたちの欲望を理解することはできないだろう。身を隠し、光のもとを去り、すべてのもののなかで最後の者でありたいというこの欲求、(中略)あの慎ましやかさへの熱狂、未発現のものや無名なものへのあの郷愁、――後方への跳躍によって、生成の震動に先立つ瞬間を再び見いだすために、進歩によって獲得されたものを清算しようとする、こういったさまざまなやり方を理解することはできないだろう。」

「彼は自分の痕跡をすこしも残さぬために、その企てをただひとつの目的に、つまり自分の身元の隠滅に、自己気化に向ける。(中略)もうだれのためにも存在せず、いまだかつて生きたことがなかったかのように生き、事件を追放し、どんな瞬間、どんな場所も利用せず、永遠に屈服しないこと! (中略)自由であるとは、何者でもなくなるように自分を鍛えることである。」

「美点の過剰、すぐれた資質の堆積、こういうもの以上に有害なものがあるだろうか。自分の欠陥をかかえていよう。そして人は、悪癖の過剰によるよりは美徳の過剰によってずっとたやすく滅びることを忘れないようにしよう。」

「楽園とは人間の不在である。このことを自覚すればするほど、アダムの振舞いは、わたしたちにはますます許し難いものになる。動物に囲まれながら、そのうえ何を望みえようか。」
「わたしたちが限りなく深いみずからの孤独と向かい合い、実在はわたしたちの最深部にしか存在せず、その他のものはすべて罠にすぎないということを発見すれば、そのとき、わたしたちは事物に対する展望を変える。この真理を深く理解した者、他人はこういう者に、すでに彼の持たない何を与えることができるだろうか。」



「知恵の危険」より:

「正常で健康であるためには、わたしたちは賢者ではなく子供を範とすべきであり、地面の上を這いまわり、泣きたいときにはいつでも泣かなければならないだろう。泣きたいと思いながら、泣く勇気がないほど嘆かわしいことがあろうか。(中略)確かだと思われるのは、わたしたちを苦しめる宿痾の一部、あの油断のならない、手がかりとてない、拡散した病のすべては、わたしたちは自分の怒りや苦しみを外に表してはならず、自分のもっとも古い本能に身をゆだねてはならないとするわたしたちの義務が原因である、ということである。」


「時間から墜ちる……」より:

「自分が生きていることを知らないすべての生き物、意識をもたないあらゆる種類の生命、こういうものには何かしら聖なるものがある。いまだかつて植物に羨望を感じたことのない者は、人間の悲劇の外を通ったのである。」

「古代人は、わたしたちの運命が星辰のなかに刻み込まれていると信じ、わたしたちの幸福にも不幸にも、即興の、あるいは偶然のどんな痕跡もないと信じていたが、わたしたちはこの古代人をどんなに褒めたたえても足りないだろう。これほど高貴な〈迷信〉に〈遺伝の法則〉しか対置できなかったわたしたちの科学は、このために永久に名誉を失墜したのだ。わたしたちはそれぞれ自分の〈星〉をもっていたが、いまやわたしたちはおぞましい化学の奴隷である。これは運命という観念の究極の堕落である。」

「わたしがあまりに時間を謗(そし)ったために、時間は復讐する。つまり、わたしを物乞いの境遇に落とし、時間を懐かしむように強いる。どうしてわたしは時間を地獄と同じものと見なすことができたのか。地獄とはこの動かぬ現在、単調さのなかのこの緊張、何ものにも、死にさえも通じていない転倒されたこの永遠である。それにひきかえ、流れ、繰り広げられていた時間は、たとえ不吉なものとはいえ、少なくともある種の期待の慰めは提供していた。だがここで、これ以上墜ちるどんな手段も、もうひとつの深淵への希望もない失墜の底の極みで、何を期待しようというのか。」

「人間は真の永遠を台無しにしたあげく時間のなかに墜ちたが、時間のなかで繁栄することはともかく、少なくとも生きることには成功した。確かなのは人間が時間に順応したということだ。この失墜と順応の過程が「歴史」と呼ばれているものだ。
 だが、いまやもうひとつの失墜が人間を脅かしており、この失墜について、人間はいまだにその大きさを測れずにいる。いまや人間にとって問題は永遠からの失墜ではなく、時間からの失墜である。(中略)それが人間の宿命になったとき、人間は歴史的動物ではなくなるだろう。このとき人間は、真の永遠の、自分の最初の幸福の思い出までをも失って、その眼差しを別のところに、時間の世界に、自分が追放されたあの第二の楽園に向けることになるだろう。」





こちらもご参照ください:

Robert Burton 『The Anatomy of Melancholy』 (Everyman's University Library)


















































































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