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ミシェル・レリス  『ゲームの規則 Ⅱ 軍装』  岡谷公二 訳

「守られていたい、庇護されていたいというある種の欲求こそは、たぶんつねに変わらぬ僕の特徴の一つだ。」
(ミシェル・レリス 「スポーツ記録板」 より)


ミシェル・レリス 
『ゲームの規則 Ⅱ 
軍装』 
岡谷公二 訳


平凡社
2017年11月10日 初版第1刷発行
287p 著者・訳者略歴1p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,200円(税別)
装幀: 細野綾子



Michel Leiris "La Règle du jeu II: Fourbis" (1955)
本書はアマゾンマケプレで1,965円(+送料257円)で売られていたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。


レリス ゲームの規則 2


帯文:

「フルビ
死を飼い馴らし、正しく振る舞い、
おのれの枠を超え出る……
〈生きる/書く〉信条の一件書類」



目次:

死(モルス)
スポーツ記録板
「おや! もう天使が……」

訳者あとがき




◆本書より◆


「死」より:

「夜に対するおびえ。闇に対するおびえ。しかし問題となっているのは、物がはっきり見えないとか、闇の黒い塊しか見えないということではない。一日の時刻の中で眠りが支配する謎めいた部分についての思いがそこにはある。それこそは神秘の世界であり、その異常さは、自分ひとりは目ざめていて、他の人々はもはや限られた生しか生きていないと気づくとき実感される。(中略)夏の夕方、たそがれといわれる時刻(覚醒の世界と眠りの世界の国境地帯であると同時に、昼と夜のはざま)に、四十五年ほど前にはまだかなり田舎だった郊外を散歩するのは、たしかに、僕がいつもそうであったような不安に襲われやすい子供にとっては、あまり安心できることではなかった。まず夕暮という、一日の中で、不安にはお誂えむきの時(大人になってからでさえ、アフリカへの最初の旅から戻ってきて、パリの夕暮に再び馴染むのにある種の苦労をしたとき、僕はそのことを実感した。夕暮というものがほとんど存在しないといっていい熱帯地方に比べ、パリの夕暮はあまりにも長く、物悲しく、耐えがたかった)。それから、町の幼い住人であった僕の目に、たかが郊外にすぎなかったが、見慣れていた都会の外観より様子がずっと鄙びた風景の帯びていたエキゾティシズム。最後に、夜が近づく頃合、ヴィロフレのような村のごく近辺ですらが、両親が住んでいた、当時はとても静かだった界隈にいてさえ、町の通りのある種の賑わいに慣れていた子供にとっては強い印象を与えたほど、寂漠として、ひと気がなかったという事実。」

「他の一切が眠りこんでいる(あるいはそう見える)とき、異様にもひとり目ざめている者。時間を端折る(あるいは否定する)ことができたと信じる者のめまい。地下世界というあの逆さの世界での、閉ざされた空間の広大さへの一瞥。」

「目を背けようとしている――にもかかわらずそこにあることを知っている――この死は、僕の人生をそれが終わる前にもう変質させてしまっているのだから、恐怖を抑え、眼を大きく開け、明晰な精神をもって、迷うことなく、自分を待っている運命を避けようとせず、勝負を賭ける気持で、それが来るのをみつめるという根本条件がみたされないかぎり、この人生をなにか価値あるものにしようとするのは、愚の骨頂ということになろう。だから僕がしなければならない転換は、一切を変革するほど重大なものとなる。その転換とは、先祖代々形成されてきた集団への帰属は死の保証だからといって家族を憎む――一種子供っぽい拒否の念から――かわりに、血統に逆らうことなく、共通の恐怖に同調しないことによって自分を他の遊星の一員にしたいのなら、それとは反対に死を軽蔑しようと努めるといったたぐいのものであろう。」
「僕を捕えないかぎり、死は総じて、遠ざけるべきではなく、むしろ飼い馴らすべき観念だ。」



「スポーツ記録板」より:

「競馬に情熱を燃やしたこの時期を通じて、兄と僕とは、大きくなったら騎手になるといつも考えていた――貧しい界隈の多くの少年たちが自転車競技の選手やボクサーになることを夢見るように。宗教の創始者や偉大な革命家や偉大な征服者と同様、宿命のもとに生まれ、そしてもっとも恵まれない階層の出身であることの多いチャンピオンのめくるめくようなその出世は、梯子を一気に駆け上り、普通の人間が、たとえ生まれつきどれほど恵まれていようと、常識で考えて期待できるものとは桁の違う社会的地位――たしかにいくらか埒外のものではあるが――に達することを許す例外的な幸運――あるいは魔法の力――のしるしのように思われる。ある点で、チャンピオンは魔法使い、とくに一般にアルカイックと呼ばれている社会のシャーマンを思わせる。シャーマンもまた、多くの場合、最初は単なる不遇な人間にすぎなかったのに、他の人々とは違って彼ひとりだけが精霊たちと結ばれているという事実によって、運命に対してめざましい復讐をとげる人物なのだ。」

「レースの大きな楽しみは、競走馬のうちの一頭が他を制しつづけるのを見ることではなく、それが順位を上げて、他の馬を一頭ずつ、時にはやすやすと、時には苦心して抜いてゆくのを見ることにある。長いこと後れをとっていたのに、(中略)すでにレースに勝ったと思われていた相手をゴール寸前で抜き去るとなれば、喜びは頂点に達する。」
「このように急に飛び出してくる馬、有望株(カミングマン)(中略)、若いので身をかばう必要のないこのような人間は、周知のように、真っ向勝負を挑み、そして(頭角をあらわすため、著名な闘牛士になったらもう冒さないような危険を冒す新米(ノヴィレロ)のように)、つねに全力を尽くす。だから、彼の呼び起こす熱狂的な関心には一種の愛情が加わる。それは、(中略)そのやり方にまだ駆引きのない人間に対する共感であり、栄光の座に収まり返っている連中をそこからひきずり下ろしてくれるかもしれない者への期待である。」
「僕が現在、支配階級に対してチャレンジャー(引用者注: 「チャレンジャー」に傍点)の位置に立つ抑圧された階級に共感を抱くとき、また、長年世に認められてきた大天才よりも、数世紀にわたって待機レースをしている――もしかすると、彼が考えさえしなかったかもしれない勝利を知るには、あまりにも早く死んだ――呪われた作家や芸術家を好むとき、まったく違った心の動きに従っているとは思わない。」



「「おや! もう天使が……」」より:

「たぶん、僕が情熱よりもむしろノスタルジーの人間だからだ。それに対する欲求を抱きつづけるためやそれを懐かしむために、物事を遠くに置いておくこと。(中略)つねに幸福感を求め、力や支配は決して求めないこと。欲求する主体や欲求された客体の破壊をひき起こしかねないので、わがものにしようと努めるかわりに、味わい楽しむのに夢想や絶えざる思いの対象とすること。漠たる思いを抱く人間、未開の土地へ向かっていつも飛び立つ(ただしほとんど動くことなく)人間のままでいること。」




ミシェル・レリス  『ゲームの規則 Ⅲ 縫糸』  千葉文夫 訳





























































































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ひとでなしの猫

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うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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