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『パウル・クレー だれにも ないしょ。』 (2015年)

「むしろ彼は、上手くいかなかったもの、生まれそこなったものだけがもつ可能性に敏感に反応していたのではなかったか。」
(石川潤 「愚か者の助力」 より)


『パウル・クレー 
だれにも ないしょ。』

Paul Klee: Spuren des Lächelns

編集: 石川潤、藤原啓、河田亜也子、相良周作
翻訳: デイヴィッド・ノーブル、柿沼万里江、萩原イルカ
制作: 美術出版社 デザインセンター
発行: 読売新聞社、美術館連絡協議会
2015年
286p
24.2×24cm 
角背紙装上製本
デザイン: 川野直樹、森重智子


2015年7月5日―9月6日
宇都宮美術館
2015年9月19日―11月23日
兵庫県立美術館



本書「ごあいさつ」(主催者)より:

「クレーは秘密を愛した画家でした。本展「パウル・クレー だれにも ないしょ。」は、その「秘密」に正面から向き合おうとする試みです。
 1990年頃から研究の進展により、いくつかの作品を集めるとそれらがパズルのピースのようにつながったり、作品の下塗りの層や裏側にもうひとつ別のイメージが組み込まれていたりなど、この画家が自らの作品に仕掛けた暗号が、次第に明らかになってきました。そうした成果を踏まえつつ、本展では、「仕掛け」の先にあるもの、つまり描かれた世界そのものの謎に分け入ることを目指します。」
「国内初公開31点、国内のコレクションを含む約110点を展示いたします。」



本書「ごあいさつ」(ペーター・フィッシャー)より:

「異なる世界の間を行き来する者。パウル・クレーは自分をそのような存在と見なしていました。「この世で僕を捉まえることはできない/僕は死者たちのもとに/そして未だ生まれていない者たちのもとに住んでいるのだから/常の世よりはいくぶんか、創造の核心に近づいた/それでも、十分というには程遠い」。幾度となく引用されてきた1920年の銘文はまた、彼の芸術信条を言い換えたものでもあります。死者の叡智に満たされ、それが未だ生まれざる者の無限の可能性とひとつに結び付いているクレーの作品は、おそらく、捉まえようがないものなのです。クレーの芸術には、一見してそう見える以上のものが、つねに存在しています。単純さの背後では深淵が口を開け、子どもらしさは不気味なものへと転調し、軽やかなものはいまにも崩れ落ちそうで、戯れは突如として厳粛なものに変わります。ひとことで言えば、表層が開かれ、複雑な深層が顔を覗かせるのです。」
「素晴らしい予感にみちた展覧会の題名「パウル・クレー だれにも ないしょ。(ドイツ語の副題は「ほほえみのあしあと」)」からは、本展の焦点が、クレー作品の謎めいた部分、(中略)入り組んだ多層性に当てられたものであることが察せられます。」



本書「小さな詞華集」より:

「本展のドイツ語サブタイトル「Spuren des Lächelns (ほほえみのあしあと)」は、(中略)谷川俊太郎氏の作から拝借した。」


谷川俊太郎「彼女は吠え、僕たちは遊ぶ 1928」より:

「せんのみちにまよいながら
こころはほほえみのあしあとをさがす」



展覧会図録。出品作品図版(カラー)113点。参考図版5点(カラー3点、モノクロ2点)。
本文中図版(モノクロ)48点、「略年譜」に写真図版(モノクロ)9点。


クレー だれにもないしょ 01


内容:

ごあいさつ (主催者)
Greeting (The Organizers)
Grußwort (Die Veranstalter)
ごあいさつ (ペーター・フィッシャー パウル・クレー・センター館長)
Vorwort (Peter Fischer)
パウル・クレー 2015年の日本で (アレクサンダー・クレー)
Paul Klee in Japan 2015 (Alexander Klee)
謝辞

秘密の作法――クレー作品の隠された次元をめぐって (石川潤)
パウル・クレー 見出された幼年時代 (ミヒャエル・バウムガルトナー/訳: 柿沼万里江)

図版 (各章解説: 石川潤/作品解説: 河田亜也子、藤原啓)
第1章 何のたとえ?/Klee, allegorish/The Allegorical Klee
第2章 多声楽(ポリフォニー)――複数であること/Klee, polyphon/Multiples
第3章 デモーニッシュな童話劇/Klee, dämonisch/A Demonic Fairy Tale
第4章 透明な迷路、解かれる格子/Klee, kristallen/Transparent Labyrinths, Open Grids
第5章 中間世界の子どもたち/Klee, wieder-kindlich/Children of the In-Between World
第6章 愚か者の助力/Klee, selbstironisch und freundlich/The Assistance of Fools

小さな詞華集――ことばで編むクレー
 彼女は吠え、僕たちは遊ぶ 1928 (谷川俊太郎)
 sie brüllt, wir spielen 1928 (Shuntarô Tanikawa/Übersetzt von Eduard Klopfenstein)
 薔薇の風 (辻井喬)
 まどのそと (アーサー・ビナード)
 最後に (パウル・クレー/高橋文子 訳)
 Letztes (Paul Klee)

クレーの森 「ほほえみのあしあと」をたどって (奥田修×柿沼万里江)
1961年――クレー展、はじまりの季節 (前田恭二)

Secret Methods - The Hidden Dimensions of Klee's Work (Jun Ishikawa)
Paul Klee, Die Entdeckung der Kindheit (Michael Baumgartner)
The Forest of Klee Pursuing "The Traces of a Smile" (Osamu Okuda×Marie Kakinuma)

略年譜
参考文献/Bibliographie/Bibliography
作品リスト/Liste der Exponate/List of Works



クレー だれにもないしょ 02



◆本書より◆


「5 中間世界の子どもたち」より:

「「この世で僕を捉まえることはでいない。僕は死者たちのもとに、そして未だ生まれていない者たちのもとに住んでいるのだから」(Der Ararat 1920, S. 20; Zahn 1920, S. 5)。
 クレーの墓碑にも選ばれ有名となったこの言葉は、1920年、彼のキャリアの画期となった年に公にされた。」
「「ただ無常なものからの抽象だけが残った。その題材はこの世だが、目に見えているこの世界ではない」(日記1081番/1917年・高橋訳)。」
「それにしても、「この世だが、目に見えているこの世界ではない」というのは、一体どのような場所なのだろう。おそらく、そここそが、クレーを語る際つねに引き合いに出される、あの「中間の世界(Zwischenwelt)」なのだ。
 「僕が言おうとしているのは、たとえば未だ生まれざる者と死者の国、来ることができ、来たいと思っているのだが、しかし来なければならない筋合いはない者たちの国、つまり中間の世界だ。少なくとも僕にとっては中間の世界だ。そう呼ぶわけは、人間の五感が外的に捉えることのできる世界の隙間に、僕はその世界を感じ取るからだ。(中略)子どもや狂人、未開人には、その世界が今なお見えている。もしくは今ふたたび見えるようになっている」(Schreyer 1956, S. 171; 223頁)。」



「6 愚か者の助力」より:

「自己批評や自己諧謔を身上とするクレーの作品で「失敗」が果たしている意義については、どんなに重視してもしすぎることはないだろう。例えば、自作にハサミを入れて切断したり、その断片を組み換えたりするクレーの制作法は、果たして、失敗を矯正するために行われた操作だったのだろうか。むしろ彼は、上手くいかなかったもの、生まれそこなったものだけがもつ可能性に敏感に反応していたのではなかったか。そしてまさにそこから、もはや操作できない人格性を具えた、奇妙な使徒が現れることを期待していたのではなかったか。」


クレー だれにもないしょ 04


「《窓辺の少女》と《墓地》は、元は大きな一枚の絵が複数の部分に切り離されて、それぞれ独立した作品となったものである。同じ絵から、この2点の他に少なくとも4つの作品が目録に登録されている。」


クレー だれにもないしょ 03


「《天使、まだ手探りをする》部分」




兵庫県立美術館「パウル・クレー | だれにも ないしょ。」展
https://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_1509/index.html




























































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ねたきり読書日記。

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将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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