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川村湊 『闇の摩多羅神 ― 変幻する異神の謎を追う』

「つまり、「宿神」は具体的には「翁面」として表され、歴史神話的には秦河勝であり、それは摩多羅神でもありうるということになるのである。」
(川村湊 『闇の摩多羅神』 より)


川村湊 
『闇の摩多羅神
― 変幻する異神の
謎を追う』


河出書房新社
2008年11月20日 初版印刷
2008年11月30日 初版発行
239p 付記1p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,200円(税別)
装幀: 市川衣梨
カバー画: 「摩多羅神」より(日光山輪王寺宝物殿蔵)


「この作品は書き下ろしです。
 写真(図版)は出典を明示しているもの以外は著者撮影および所蔵。」



本文中図版(モノクロ)81点。
本書はあとがきを増補した新装版が出ています。


川村湊 闇の摩多羅神 01


帯文:

「謎の摩多羅神とは何か?
天台宗系寺院の常行堂などの「後戸」に秘められた
秘仏である摩多羅神。大陸由来の、秦氏と深く関わる、
申楽の後戸の神であり、宿神、翁神でもある“踊る神”の謎に、
文献研究とフィールド調査から本格的に迫る。」



目次:

はじめに 摩多羅神(マタラジン)の世界

第一章 広隆寺の摩吒羅神(マタラジン)
 一 秦河勝伝承
 二 広隆寺牛祭

第二章 摩多羅神はどこから来たか
 一 摩多羅神の変名
 二 諸母天神の世界

第三章 延暦寺常行堂(じょうぎょうどう)
 一 天狗怖(ヲド)シの夏
 二 宿神と翁

第四章 赤山(せきざん)明神と新羅(しんら)明神
 一 近江・園城寺(おんじょうじ)(三井寺)
 二 赤山法華院――山東半島の道

第五章 毛越寺(もうつうじ)常行堂・多武峯(とうのみね)常行堂
 一 みちのくの摩多羅神
 二 延年のなかの摩多羅神

第六章 東照大権現と摩多羅神
 一 東照宮への道――日光・二荒山(ふたらさん)
 二 久能山東照宮
 三 雨引山のマダラ鬼神

第七章 玄旨帰命壇灌頂(げんしきみょうだんかんじょう)
 一 玄旨帰命壇
 二 摩多羅神と二童子

第八章 江戸の摩多羅神
 一 東叡山寛永寺と東照宮
 二 山王一実神道の秘義
 三 妙見神と摩多羅神

おわりに 踊る神の由来
あとがき
テキスト・参照論文・参考文献・参拝社寺等一覧



川村湊 闇の摩多羅神 02



◆本書より◆


「はじめに」より:

「摩多羅神という神がいる。唐様の烏帽子(えぼし)に、狩衣(かりぎぬ)姿の貴人が左手に小鼓を持ち、右手でポンと撃ちそうな構えをしている。その前で、二人の童子が笹(竹)と茗荷(みょうが)を持って舞っているのだ。貴人の顔には、笑顔が張り付いているのだが、どこか不気味で、下卑た印象さえ受ける。
 あるいは、衣の袖をひるがえして踊っている烏帽子姿の貴人がいる。ところどころ色のはげた彫刻像で、小さなものだが躍動感は激しい。褪色のため顔の表情はよく分からないが、少し笑っているようだ。神様の肖像で、笑い顔というのは珍しいのではないか。口を少し開いているのは、歌っているのだろうか。鼓を撃ち、歌い、踊る神。摩多羅神というのは、そうした珍奇で、不思議な神様なのである。」



「第二章」より:

「摩多羅神という名称については、西欧神話学の方法論を身につけた神話学者の彌永信美(いやながのぶみ)が『大黒天変相』(中略)において、こう書いている。

 語の音から考えるならば、「摩多羅」という語は、明らかにサンスクリットの matarah すなわち matr (母)の複数形の音写であって、いわゆる「諸母天」(「七母天」または「八母天」)を意味したものに違いない。(中略)」

「摩多羅神が、大地神につながる女神、母神ではなかったかということは、中世史家の筑土鈴寛(つくどれいかん)が、直観的に書いている(「芸能と生命様式」)。」
「摩多羅神の両義性というより、大地母神が「生」と「死」の両方を司(つかさど)る両義的な存在であることを語っているのだが、こうした生む(産む)神としての産神と、「暗い煩悩」を象徴する神、それはまさに羅刹女であり、天竺・震旦・本朝において代表的な女神、母神として信仰され続けてきた鬼子母神(きしぼじん)を想起させずにはおかない。「歓喜的・光明的なものと、悲劇的・暗黒的なもの」との双方を抱え込む大地神としての摩多羅神。」

「こうした原始母神としての摩多羅神が、なぜ後の世に踊る狩衣(かりぎぬ)の男神としての姿に変身していったのかは、彌永信美と同様に疑問として残さざるをえないのだが(新羅明神、赤山明神、秦河勝、大威徳明王、牛頭天王などとの習合の経緯などが考えられるが)、一つ、私が思いつくのは、摩多羅神のこうした女神という神格が、日本に伝わった際に、別の神として説明され、習合させられてゆく過程において、女神から中性神、男神へと変わっていったのではないかという仮説だ。(中略)しかし、その原初の神格として、女神であり、母神であったことは疑いのないことであった。
 たとえば、前述したように、マターラ神はその語源からして、訶梨帝母、すなわち鬼子母神などの仏教系の母神、女神としてメタモルフォーゼすることは容易だった。あるいは、訶梨帝母、鬼子母神こそが、「マターラ神」の本性だったともいえる。」
「マターラという音そのものが、マリアやマヤ(摩耶)夫人、マーツォー(媽祖)などのMAという音を頭文字として持つ世界の各地域、各宗教の女神や母神の信仰につながるものであり、それはすべてのものを生み出す母胎の力であると同時に、鬼子母神や荼枳尼天の一面としてあるように、死と破壊の神でもあり、信じる者には生と福とを授けながら、信じない者にはあらゆる「障礙(しょうげ)」を与えることをいとわず、生きている人間を“喰う”ような、怖ろしく、おぞましい死の破壊の神にほかならないのである(M音を頭文字とする聖母神の系譜という指摘は、詩人の西川満の教示による)。
 インドのヒンドゥー教の世界に「マターラ神」という独自の神様がいるわけではない。」
「諸母天、あるいは七母天や八母天の名前からもわかる通り、さまざまな女神、母神の集合的な名前であって、(中略)民間信仰の多くの母神たちの総称ということなのだ(そういう意味では複数以上の女性神を表す道教の娘々(ニャンニャン)神と似ている)。
 訶梨帝母、すなわち鬼子母神が、左手で胸に小児を抱き、右手に石榴(ざくろ)を持つという像型から、やはり石榴の実を母性の象徴とする古代ギリシアの母神、さらにキリスト教の聖母マリアの信仰とつながってゆくことは間違いないだろう。つまり、根源的な大地母神のシンボルは、ギリシア世界から東西へと流れていったのであり、その一つの流れが、日本では慈覚太子・円仁(えんにん)が中国で密教修行をしての帰国の船のなかに、摩多羅神として登場したのである。もちろん、この時には円仁にとって、それが自分を慈しみ、育ててくれた母性の神であったことは明白だったが、その母胎内のような秘密の暗闇のなかで、その神は次々と、“変態、変身”していったのである。それが、新羅明神であり、赤山明神であり、牛頭天王であり、山王神であったのだ。それは、猿楽(申楽)の系統においては、宿神(しゅくしん)であり、翁面となっていったと思われるのである。」

「摩多羅神のメタモルフォーゼとは、こうした女神・母神から、父祖としての翁神、宿神、舞踏神となり、また一方では大黒天から夜叉神、摩訶迦羅天や吒枳尼天となり、さらに防疫神から疫神、牛頭天王から星辰の神、またさらに民俗の世界へ入って鬼神、天狗の類にまで変貌、変遷を繰り返すのである。それはまさに中世神話というにふさわしい神々の変遷と流竄(るざん)の物語であったのだ。」



「第三章」より:

「摩多羅神が「障礙神」であることは、摩多羅神自身が慈覚大師の目前に現れて語ったことで、「障礙」する力があるからこそ、その力は天狗などの「障礙」を破却するものとしての霊力を持っているのである。障礙神としての敵であったら怖い神であるが、いったん味方となれば、「天狗」などの雑多の邪魔な「魔」を逆に斥けてくれる強い守護神。それが比叡山の常行堂における摩多羅神の信仰の基本だったのである。」




こちらもご参照ください:

川村湊  『補陀落 ― 観音信仰への旅』
中沢新一 『精霊の王』







































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