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大室幹雄 『遊蕩都市 ― 中世中国の神話・笑劇・風景』

「美しい、けれども不思議な出来事――。われわれにとって大切なのは語られている事実ではなくて、物語ることによって意味されているものである。物語ることの中から湧き、あるいは溢れ出て世界を涵(ひた)し漾(ただよ)わせるものの総体をその場にあって受けとめることのほかに言説に接する構えはない。」
(大室幹雄 『遊蕩都市』 より)


大室幹雄 
『遊蕩都市
― 中世中国の
神話・笑劇・風景』

歴史の中の都市の肖像Ⅵ

三省堂
1996年12月20日 第1刷発行
8p+681p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価7,000円(本体6,796円)
装幀: 間村俊一



本文中図および図版(モノクロ)61点。
本書はヤフオクで4,000円(送料込)で出品されていたのを落札しておいたのが届いたのでよんでみました。


大室幹雄 遊蕩都市


帯文:

「新しい唐帝国(タン・エンパイア)像の誕生
8世紀初頭、世界の中心は女帝武則天のバロック都市洛陽から、玄宗と楊貴妃のロココ都市長安へと回帰した。玄宗の興慶宮は、首都長安を黄土色にくすむ陰鬱な檻獄都市から、牡丹色の芳香にむせぶ艶麗優美な遊蕩都市へと華麗に変身させた。温泉完備のホスピス華清宮には、皇帝陛下専属の介護婦(ヘルパー)、楊貴妃の艶姿もあって……。
爛熟の唐帝国、その優雅なる
没落の歳月を鮮烈無類のイメージで描き、
従来の唐帝国像を一新する。」



目次:

序章 武則天バロック残照
第一章 大周女性革命パロディ――青春末期
第二章 帝都長安の園林化――中年時代Ⅰ
第三章 世界の完成と帝国水上博覧会――中年時代Ⅱ
第四章 遊蕩都市の笑劇と祝祭――中年時代Ⅲ
第五章 天宝ロココの内臓的コスモス――中年時代Ⅳ
第六章 象徴の現前と神話の再現――更年期Ⅰ
第七章 工芸品としての帝国――更年期Ⅱ
第八章 牡丹の都の風俗誌――更年期Ⅲ
第九章 廷臣官僚の良い趣味と生の気分――白居易たち
第十章 風景と読書人パーセプションの成立――王維と柳宗元
終章 再び干潟幻想のほうへ――老残期





◆本書より◆


第三章より:

「花蕚相輝楼と四つの屋敷とが構成する、いたって風流な空間を場として玄宗と兄弟たちとはどのような時間を過ごしたか。同じことだが、どんな生活を享受したか。その消息を寧王李憲の伝記は簡潔につぎのように語っている。「玄宗が時に楼に登って、諸王が音楽を愉しんでいる音声が聞えると、みんなを楼上に召して同一の榻(ベンチ)に坐って宴を開いて謔(たわ)むれ、或いはそのまま彼らの第宅へ幸して、金を賜与し帛(きぬじ)を分配して歓賞(よろこび)をさらに深めた。諸王は毎日興慶宮の側門で玄宗に朝見し、帰宅の後は、音楽を奏し気ままに酒を飲み、撃毬を遊び闘雞を楽しみ、或いは近郊に鷹狩りに出かけ、或いは別墅(べっしょ)に勝景を尋ねて、こういう生活が年中つづき、彼らが足を運んで遊ぶ所へは、玄宗が遣わした宦官の使者がひきもきらず連なったのである」――。一言で放蕩が彼らのライフ-スタイル、遊蕩が彼らの生の全体であった。それはたいそう自然なこと、いわば彼らの生の必然だった。遊興以外に彼らの生を満たすべき何があったというのか。
 いちはやく嫡長子の資格による王権継承を放棄した寧王は、それ以後政治への干預を厳に慎み、廷臣や官僚たちとのいっさいの交際を断ったという。ほかの兄弟たちにしても同断、相違はそういう処身を寧王が自ら選んだのに対して、彼らの場合はそのように選択したのかどうか必ずしも明らかでないことである。だが、饗宴だの、奏楽だの、賦詩、撃毬、闘雞、房事、蒲博(すごろく)、狩猟といった贅沢でたあいもない遊興に歳月を過ごしていたのは兄弟全員に共通していて、客観的には、そう生きるよう彼らは強制されていたのだ、むろん皇帝によって。諸王がつねに寄り集まって暮らしているのを見咎めた群臣が、恒例によって皇帝の一族は首都から外へ引き離し、どこぞの州の剌史に任ずるべきだと建議すると、皇帝は彼らを州剌史に任命して一度は赴任させる、が、彼らには大綱を見させるだけで自余の業務はすべて属官たちに管理させるという具合、要するに政務の現場から、むしろ政治そのものから隔離して、おおむねは首都の花蕚相輝楼の西側の蕚の位置に、いわば園芸的なイメージの感覚と手法によって彼らを列植して遊ばせておいたのだった。そのために費用を吝(おし)んでならないのは無論であった。造園や園芸に莫大な出費は不可避なのだ。」
「こういう玄宗の処遇が寧王李憲その他の兄弟たちに感謝すべきものだったか、逆に息苦しい制扼であったか、その精確な事情はまるで判からない。彼らの誰もが自分たち李一族の惨たる過去は知悉していたから、政治などという汚い分野から疎外されて、「富貴」の余滴に潤いながら他愛もない遊興に日々を送っている生活をこのうえもない仕合せとして満足していたのが実態だったかも分からない。」
「だが、彼らの皇帝対諸侯王という君臣の関係、この関係にまつわる彼ら一族の歴史がこういう兄弟同士の交歓にやはり政治的なものの影を射し入れてしまうのだった。」
「現に諸王兄弟たちは、花蕚相輝楼とそれを西方から環状に支え囲む各自の邸宅とが構成する園芸的な居住の、諸記録が筆尖をそろえて「近古の帝王の友愛の道、与(とも)に比べる無し」と称えてやまない、花-蕚-相輝の園芸的ツィクルスにおいて皇帝によって四六時中監視されていたのである。」
「公平に眺めて、天子の兄弟はつねに酔楽を極めてあれ、わが安全のために、という玄宗の期待に応ずるべく諸王たちは十分に努力したといってよかろう。」



第六章より:

「犯罪の影は(中略)謹慎して暮らした皇族たちの身辺にも徘徊していた。たとえば、玄宗の長兄寧王李成器の場合、かつて長安郊外鄠(こ)県の界(はずれ)で狩猟を楽しんでいた折、林の中の草むらで厳重に扃鎖(とざ)された一個の櫃(ひつ)をみつけた。発(ひら)いて視ると、ひとりの少女が現われ、姓は莫氏といって、叔伯(おじ)の「荘居」、荘園づきの屋敷に昨夜「光火賊」が押し入って劫略されてきたのだという。盗賊のうち二人は僧侶であったと語って、少女ははなはだ艶冶であったから、寧王は驚き悦び、自分の後ろに彼女を乗せて帰ったのだが、櫃には生け捕りにした熊を入れてもとどおり固く鎖しておいたのである。三日後、京兆尹から皇帝のもとへ報告があった。鄠県の一食店に二人の僧が訪れ、銭一万で一日一夜店を賃(か)りたが、法事を行なうのだという口上で、ただ櫃をひとつ舁(かつ)ぎ込んだだけ、その夜半、腷膊(どたばた)と声がするから、店戸の主は怪しんで、日が出てからみると、門戸が啓(ひら)かないのだ、で、戸を撒(はず)すと、熊が人を衝いて走り出て、二人の僧はすでに死に、骸骨が悉(ことごと)く露(あら)われていた――。この報告に接して、玄宗は大いに笑った。そうして寧王に書簡を送り、「寧哥大(ねいにいさん)は此の僧どもを能(うま)く処置された」といいやったが、実をいえば、これら不運な盗賊の獲物はすでに玄宗の所有に帰していたのだ。読者ご存知のように、このころ玄宗は使者を各地に飛ばして「極色」を求めていた。それで寧王は林でみつけた少女が「冶態横生する」美女で、「衣冠の子女」だったから、即日彼女を皇帝に献上、彼女を見出した次第も奏上してあったのである。
 何のことはない、これでは皇帝こそ事実上帝国最大の泥棒だったことを明かしているような逸話だけれど、「光火賊」とは首都と洛陽を股にかけて広く各地を荒らしまわった特異な集団であったらしい。劫盜に押し入ると、彼らは必ず人を殺してその肉を食うのだが、そうしないと、夜人家へ入ったとき、昏倒して魘(うな)されて覚めないことがあるからなのであった。」



第七章より:

「穆宗朝の出来事だという。
 禁中の殿前に植わっている牡丹が花を開いた。一朶千葉(いちだせんよう)というから、すばらしく美事な株立ちで、紅い大輪の花花は香気人を襲ったのである。人間(ひとのよ)に未(いま)だ有らずと天子も感歎していると、爾来夜毎に黄白の蛺蝶(あげはちょう)が花間に万数も飛び集まって、光輝は照り耀やき、暁方(あけがた)に去っていく。宮嬪たちが競って羅(うすぎぬ)の巾(キャップ)で撲(う)つのだが、誰も獲(とら)えられない。天子が空中に網を張らせて、やっと数百匹を殿内にいれ、嬪御たちに気ままに追い捉えさせて娯楽にしたところ、遅明(よあけ)に視れば皆な金玉なのであった。その細工は比類なく精妙だったから、宮女らは争ってその脚に絳(あか)い縷(いと)を絆(つな)いで首飾りにした。夜になると粧奩(けしょうばこ)の中で光が起きるのである。そののち宝廚(たからびつ)を開くと、金銀やら玉屑の内にちょうど蝶に変化しつつあるものが覩(み)られた。」
「美しい、けれども不思議な出来事――。われわれにとって大切なのは語られている事実ではなくて、物語ることによって意味されているものである。物語ることの中から湧き、あるいは溢れ出て世界を涵(ひた)し漾(ただよ)わせるものの総体をその場にあって受けとめることのほかに言説に接する構えはない。」

「本章の冒頭に読んだ穆宗の禁中、いいかえれば天下=世界の中心に出現した宝玉のメタモルフォーゼの綺譚を顧みよう。あの無意味なほどに奇異に明るい椿事の豪奢な華やぎは、彼の帝国が一個の工芸品にほかならなかったことを象徴的にか症候的にか読者に語りかけているであろう。」



「注」より:

「読書人パーセプションとは、都市とその文明から外部へ逃亡するための生と文化の作法、趣味と気分の形式なのであるが、この概念は本書につづく連作の諸篇において、主要なモチーフのひとつとして改めて展開されるであろう。」




こちらもご参照ください:

大室幹雄 『劇場都市 ― 古代中国の世界像』
大室幹雄 『パノラマの帝国』




















































































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将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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