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馬場あき子 『世捨て奇譚 ― 発心往生論』 (角川選書)

「まるで奇行を点綴したような一生を通じて、増賀が語ってくれたものは何だろう。あるいは人間は、その内部に忠実に生きようとするとき、行為は多く奇矯(ききょう)になるものなのであろうか。とすれば、人間の心そのものがすでに奇矯なものなのであり、奇行はむしろ正統を誇るべきことなのかもしれない。しかし、奇行がすばらしいという評価とともに見られることは殆(ほとん)どない。にもかかわらず、奇行に自己を託する剛腹(ごうふく)な、醒めた批評精神は、その凄怪(せいかい)な内面を伝えるべくなお魅力ある方法としてわれわれの前に屹立(きつりつ)する。」
(馬場あき子 『世捨て奇譚』 より)


馬場あき子 
『世捨て奇譚
― 発心往生論』
 
角川選書 98 

角川書店
昭和54年2月28日 初版発行
252p 
四六判 並装 カバー 
定価760円
装幀: 杉浦康平
カバー・表紙・扉イラスト: 井上洋介



本書「解説」より:

「本書「世捨て奇譚」は、雑誌「芸術生活」に昭和四十八年連載、四十九年芸術生活社から「穢土の夕映え」として刊行された。」


本書「あとがき」より:

「私は、いつかこうした説話を熱読しつつ、私の好みが、なぜか宗教と円満に添いとげられなかった不運な遁世者や、自己の内面の切実な声に耳を傾ける求道的姿勢の純一さゆえに、〈世〉のものなる宗教とは一風変った歩みとならざるを得なかった上人たちの、荒く哀しい生へと傾いてゆくのをみつめていた。
 こうした人々の生のすがたに、限りない共鳴と哀しみを感じるのは、たぶん私自身がそうした要素を内攻しているからにちがいない。」



馬場あき子 世捨て奇譚


カバー文:

「現代人の魂に甦える世捨ての思想

目前で生きた雉子の皮をむしり、焼き食べるという無慈悲の限りをつくし、厭世の情を自ら煽ぎ、発心する寂昭法師。
いもがしらを食うことで自己解放を遂げる盛親僧都。亡き父の冤罪をはらした後、その骨を首にぶら下げ
海道を駆ける橘逸勢の女。著者は仏教説話から奇譚だけをとり上げ、その奥に潜む真実を明らかにする。
暗闇の時代中世期に絶望を感じながらも、まっとうに生きようとするが故に、奇行、佯狂に走らざるを得なかった人々の
苦渋にみちたドラマがある。現実批判の最後の意思表示として世を捨て、行きつくか定かでない浄土を望みながら、
不安と迷いの道程を彷徨う魂の叫びは、明日の光明を見いだせない現代人の心をも、大きく揺さぶるにちがいない。」



カバーそで文:

「〈世〉のものなる宗教とは一風変った歩みとならざるを得なかった
上人たちの、荒く哀しい生のすがたに、
限りない共鳴と哀しみを感じるのは、
たぶん私自身がそうした要素を内攻しているからにちがいない。
私は、私の内がわにひそんでいるもう一人の私を、
陽の光の中に誘い出し、
ゆっくり対面し語り合ってみたい思いを
いつしか持ちはじめていたのである。――「あとがき」より」



カバー裏文:

「奇行は決して狂気ではない。
その反日常的行為の中に敢えて日常のひずみをあらわすという大まじめの警世の声である。
奇行者の奇行のかずかずに、生き生きとした熱い生命感があふれているのに目を止めるならば、
同じくはそれが何に向けられた自己主張であるかをも見なくてはならないだろう。
――「三章」より」



目次:

序章 よみがえる地獄――命終の火焰車
一章 見者の虹――寂昭法師〈石橋〉を渡らず
二章 襤褸の聖者――野たれ死にの思想
三章 奇行上人(一)――増賀上人の華麗な挑発
四章 奇行上人(二)――内記上人の諷刺と涙
五章 悪人往生――武者の発心
六章 天狗幻術――魔往生の犠牲者
七章 遊女成仏――汚穢の菩薩
八章 賤の超克――餌取法師の彼岸
九章 入水の思想――即身成仏の苦しみ
十章 女人落飾――黒髪のかなしみ
十一章 罪と罰の円環――三人法師物語
十二章 無常の虎――白骨を抱く女
終章 高貴なる愚鈍――生きながらの死

解説 (松田修)
あとがき




◆本書より◆


序章より:

「発心(ほっしん)という行為が、世を捨てるという思想が、最も消極的に見えていて実は最も根深い、かたくなな現実批判であるとすれば、発心者はおそらく地獄に現実を見、現実に地獄を見ていたにちがいない。極楽のイメージが、時に平穏とともに本当の死の静謐(せいひつ)を思わせることを思えば人々はひそかに死による休息を憧(あこが)れていたのかもしれないのだ。しかし、ともかく発心とは、そうした安息な世界を求める心の入口を示すものであるが、浄土往生という理想世界は双六(すごろく)の上がりのような波乱の彼方に、行きつけるかどうかの不安とともにしか望みえないのだ。」


一章より:

「日本においては一介の発心者、寂昭法師が仏教のために寄与した功績はもちろん皆無である。まさに何もない。ひたすら穢土たる日本をきらって、より高い次元への飛躍を求めつつ、突然海を越えて入宋(そう)し、はるかな伝説の彼方へと歩み去ったのである。ここには、故国を望んで不遇に泣いた渡海僧の詠歎もなければ、道に達した者の安心立命の貌(かお)もない。あるのは明らかに穢土日本を捨てて海を渡り、さらに宋土においても満たされず、伝承の中にのみ生きている寂昭法師の後影だけである。いさぎよいまでに何もないそのあとを眺(なが)めて、人々はだが、なぜか長い時間をかけて入宋後の伝説を創作した。まるで、日本からの脱出者、俗世から跡を絶った失踪(しっそう)そのものの正当性が主張されてでもいるように、寂昭はその説話の中で厚遇され優待されている。それはもはや、単なる発心出家者のあとを見送る好奇や詠歎のまなざしではない。とおくはるかな時間のベールをすかしてみるようなまなざしをしつつ、宋地の寂昭について語るとき、人々は出家者の足跡に重ねつつ、自らの失踪への夢を語っているようにもみえるのだ。」


二章より:

「鎌倉初期からさかのぼりつつながめるとき、鴨長明らにとってはこれらの遁世者の放浪は、ひどくなつかしい無用者の貌(かお)と重なるイメージがあったように思われる。いったい、捨てる上にも捨てるという「出家遁世」の志とは何であったのだろう。無住法師の『沙石集』は明遍僧都のことばを次のように伝えている。「遁世と申事は何様に御心得候やらむ。――世も捨、世にもすてられて、人員(ひとかず)ならぬこそ其(その)姿にて候へ。世に捨てられて世を捨てぬは只非人也。世をすつとも世に捨てられずは、遁(かく)れたるにあらず」と。また同書は、高野上人(空海)の語として遁世とは三段階の捨てが全うされてはじめて捨てた人と言えるのだともいう。つまり、一段階では〈世を捨つ〉ということで、これはたいしてむずかしくない。あるいは貧しくて、あるいは哀別離苦の経験から、動機もさまざまだが、このような人々は意外に多いといえる。第二段階の捨ては〈身を捨つ〉ということで、しかしこれも、思い切って乞食非人に身を落とし、飢えや寒さを体験し克己の精神を養い、人間としての器量さえあれば、まことに捨てた姿として立派に見えよう。むずかしいのは第三段階の〈心を捨つ〉ということである。それは名聞・利益を前にしても一向心にひびかず、執心執着もなく、すべてこの世のことは仮象なのだと観念しえた人こそ本当に捨てきれた人というのだ、というものである。」

「しかし、このように自信にみちた安心とともに語られながら、汚穢襤褸はやはりなお哀(かな)しみなのであって、どうして歓(よろこ)びでありえよう。ただ明らかに、ここにはその対極へ向けてのアピールがあり、憤怒(ふんぬ)があるゆえに、襤褸は自ずから理由を生じ莞爾(かんじ)として微笑されていなければならないのである。彼ら汚穢襤褸の上人たちがことごとく往生の素懐をとげたという説話くらい哀しいものはない。その半ばは杳(よう)として行方がしれないと語られ、半ばはその野たれ死にの姿を人目にさらして終ったのである。野たれ死にとは、無為の思想であり最大無策の体制への対応の姿勢である。王道の荘厳(かざり)として時めく虚飾にみちた仏教への反逆がそこにはあったが、しかし、かといって、宇宙の真理の前に、「一文不知の愚どんの身」となって一向念仏することが、どれだけ魂の救いになったかをはかるのはむずかしい。」
「虚飾にみちた世間に生きることをいさぎよしとせず、決然と野たれ死にの生を選ぼうとした人々の自負とは、いいかえれば、現象の一切は仮象にすぎぬという世界観の中で、垢穢(こうあい)にまみれつつ自然化の道をたどる生を、あえて、安らぎと呼びうる自信であったと思われる。」



三章より:

「奇行者は必ずしも奇人とはいえない。奇行とは、性情にかかわる自然発生的なものもあるが、奇行の奇行たる面目は、私はむしろその自覚された作為性にあると思うし、佯狂ほどの陶酔や韜晦(とうかい)をもたない醒めきった立場にあると思う。
 思えば僧であること自体が、すでに異形であり奇行でもあるわけだが、じゅうぶんに政界に対立しうる別次元の僧社会を樹立して、強固な体制の中に組み込まれていった僧たちは、たちまちその異端異形の精神を喪失してしまったのだ。僧でありながらさらに遁世の必要が生まれ、出奔放浪の乞食行(こつじきぎょう)のうちに生を終らねばならぬような求道精神が生まれていったのも、つまりはそうした現世の栄誉を求める傾向が深くなっていった僧社会からの脱出が、内面的欲求をみたすための課題となっていったからである。」
「奇行は決して狂気ではない。それはアピールの方法であり、喩であり、諷刺である。そのうえ奇行の面目は、見られるためのものであり、見せるためのものでなければならない。奇行とは捨て身にして果敢な現実対処の姿勢であり、批判である。そしてこの常識の円環から突出し、常軌を逸して滑稽(こっけい)である奇行の目的は、その反日常的行為の中に敢えて日常のひずみをあらわすという、大まじめの警世の声であるところに価値がある。」
「私が、韜晦者とは類を異にする奇行者の、明晰(めいせき)きわまりない生きざまに関心を持ったのは、『徒然草(つれづれぐさ)』に登場する真乗院の盛親(じょうしん)僧都にこの上ない魅力を感じてからである。
 僧都とよばれているからにはれっきとした僧界の管理者のひとりであり、真乗院は格式の高い仁和寺(にんなじ)の院家であった。そうした地位と立場にありながら、盛親僧都のいもがしら好きは度合いにおいてはるかに常識を超えていた。仏書の講義の座に上がっても、いもを食わねばいられず、大きな鉢(はち)にうず高くいもを盛って、食いながら講義をする。また病気になれば治療のため人を遠ざけ、七日でも半月でもいもばかり食っているうちに治ってしまうというぐあいで、そのうえこのいもがしらだけは、決して人に食わせたりはしなかった。
 生活はきわめて貧しかったが、師匠の僧が死ぬとき、僧坊と銭二百貫を残してくれた。僧都はこれをもらいうけ、坊を百貫で売り払って三百貫の銭を手にすると、これを全部いも代に当ててしまった。明けても暮れてもたっぷりといもを食って、まもなく三百貫はつかいはたしてしまったという。おもしろいことに、この師匠の財産を食いつぶしたいも好き僧都はなかなか人気が高く、「まことにありがたき道心者なり」というのがその世評であった。いったいどこが道心者だというのであろう。師匠の僧坊、銭二百貫、いずれにせよ貧者にとっての無二の財産を、いもがしらの購入費に当てて身を養うということの中に、人は世間体など問題にしない激しく強い主体的な人間性をみていたのである。つまり盛親僧都は、いもがしらに執をつないだのではなく、むしろ財に執さず、いもがしらを食うことの中に自己解放を遂げたのである。
 しかし、この僧都の奇行の本領は、そうしておとなしくいもを食っているときにあるのではない。むしろ公式の法事に列席した後の饗膳(きょうぜん)につく時などに盛大に発揮されるのであり、他人のことは一向おかまいなしで、自分の前に膳が置かれるやいなや食べはじめ、終ればさっさと帰ってしまう。儀式の席も何もあったものではないというところに、「世をかろく思ひたる曲物(くせもの)」としての面目を打ち出しているのである。」
「食うことにおける盛親僧都の自在な振舞は、何も饗宴の場に限ったことではなく、食いたい時は夜半、暁でも、寝たい時は昼、日中でもかまうことではなかったといわれ、起きていたければ幾夜でも眠らずに居たといわれる。」
「世間に対する徹底的な侮蔑(ぶべつ)、それが奇行を生む温床であったことはまちがいない。もちろんここで世間という認識は、人間を忘れ、心を忘れた権威や、空虚なしきたりであることはいうまでもない。しかし、それからの解放をねがうがゆえに出家した志は、長い年代にわたって、何度となく個々の内面的葛藤のはてに累積し確固としてゆくものであって、出家者が必ずしも権威や栄誉への憧れを捨てたものであるとはかぎらない。むしろ、その反対の場合の方が、実はずっと多かったにちがいないのであり、そうした悲憤すべき情況の中で、はじめてこうした奇行の説話は語られ、讃歎される価値が生まれているのである。」



六章より:

「天狗はたしかに仏界には特別な悪感情をもっていたらしいが、それは仏法そのものを否定しているのではなく、体制の権威のかたわらに寄生して栄える宗教そのものへの非力な挑発なのである。だから、それは多くは身に痛みのかえる滑稽な失敗にならざるを得ず、仏に化けて柿の木に坐っていた天狗は、右大臣の眼光に正体をみぬかれて打ち殺され、叡山の権威に挑(いど)んだ天狗は全身打撲(だぼく)、骨折の傷害をうけた。あるいはこうした古代的天狗もまた、近世民話の中にとぼけた人なつっこさで登場する羽団扇(うちわ)をもった怪人の一面を、切実に内攻しつつ人交わりを求めていたのかもしれない。」

「後冷泉院(ごれいぜいいん)の頃、天狗の出没の甚だしい時期があった。叡山西塔に住む老法師が所用のため京に出た帰り、東北院の北の大路を通りかかると、数人の子供がどうしたことか年を経た古鳶(こえん)をつかまえて打ち叩いている。どうするのかときくと、殺して羽を取るのだという。あまりに不憫(ふびん)に思えたので、老僧は持っていた扇と引きかえに古鳶を子供からゆずりうけ逃がしてやった。
 ところが、帰途もの暗い藪(やぶ)のかげから異様な法師が歩み出て、昼間命を助けられた嬉(うれ)しさに何か恩に報じたいといい、自分は小神通力を得ている天狗だが、決して危害を加えるものではないから、安心して望みをきかせてくれという。少々うす気味悪く思いながらも興味深く思ったので、老僧は「自分は現世的な名誉や利益はもはや全く関心にない。その上、年も七十に達した。日頃思うことはただ、釈迦如来(しゃかにょらい)が霊山(りょうぜん)の会座(えざ)に説法をなさったその時の有様はどんなにすばらしかったろうということだけである。ついてはその場面を演技してみせてはくれまいか」と頼んでみた。天狗は喜んで、「そうした物まねこそ最も得意とするところ。ただ、決して、まちがっても信仰の心などは起こさぬよう」と繰返し注意を与えて峯に登っていった。
 老僧はいわれたとおり目を閉じて座していると、世にも尊げな説法の声がきこえたので、見ると自分の周囲はすっかり、かの聖地霊山にかわっていた。紺瑠璃(こんるり)の地には七重の宝樹が立ち、獅子(しし)座には釈尊が、普賢(ふげん)と文殊(もんじゅ)を従えて座し、菩薩聖衆は雲霞(うんか)のごとく、帝釈(たいしゃく)四王、竜神八部、すきまもないくらいに充(み)ち満ちていた。澄んだ虚空のきわみから四種の薫花は降りしきり、香ばしい匂(にお)いは風にしたがってゆれ、紫雲に乗った天人が音楽を奏ではじめる。釈迦は蓮華に座して、深甚無窮の仏法を講演しはじめた。
 老僧はしばらくの間、何たる美事な演技かと驚歎していたが、いつか感動はこれが演技であることを忘れ、随喜の涙は頬(ほお)を伝い、身内にこぞって信仰の血は熱くたぎった。忘我の境のうちに法悦の陶酔は絶頂に達し、老僧は手を額に当てて、「帰命頂礼釈迦牟尼仏(きみょうちょうらいしゃかむにぶつ)」と叩頭(こうとう)の礼をもって帰依(きえ)の心をあらわした。するとその時、にわかに烈風が吹きすさんで全山は音響とともにはためきさわぎ、紅紫金銀宝玉をもって彩(あや)なされた霊山の大会(だいえ)は空中に飛散し、一瞬のうちに貧寒たる暮色の山間は日常の風景に戻ってしまった。
 私はこの話が好きで、もう何度も読み、筋書きは一つのこらず覚えている。しかし、読むたびに何ともやりきれない義憤めいた感情と哀しみに捉えられ、幻影の大会を蹴散らした仏の真実に反逆の思いを昂(たかぶ)らせる。もちろんこうした真実の主張は説話の語り手の恣意(しい)を反映したものにすぎないが、それにしてもこの天狗幻術と、老貧僧のみじめな敗北は、みじめすぎてかえって美しいとさえ思われる。
 天狗を助けた老僧に落度はなく、天狗の報恩の申し出にも偽りはない。大会を見ることを憧れた僧の求めも、偽せ物にすぎないことを忠告しつつ演出した天狗の幻術も、それに思わず感泣した老僧も、すべてはあたたかな、人間的いたわりと希求の中に進行していたことなのだ。」
「いったい、このようにして天狗の演技に帰依の心をおこした老僧と、天狗の迎講を信じて随喜の涙とともに従った三修禅師と、はたまた芸人の演ずる迎講に導かれて陶酔のうちに浄土に行った丹後の上人との間に、どれほどの質的差異を論ずべきなのであろう。われとわが心をたぶらかして忘我の往生を遂げることも、天狗にたぶらかされて来迎の輿(こし)をうけ入れることも、そしてまた偽せ物と知りつつ帰命頂礼の随喜の涙にひたることも、もし疑うことを知らぬ純粋を尊ぶ宗教的見地からすれば、全く同じことなのであり、かの場において、芸術と宗教はめでたき合一に達していたのである。
 あり得ぬ本物よりも、ありうる偽せ物を磨きあげ、理想の幻を仮託するのはむしろ仏教芸術の常識であった。」
「幻術の中の浄土をよろこんだ天狗往生も、また往生でなくて何であろう。」




◆感想◆


『書物の宇宙誌 澁澤龍彦蔵書目録』で本書の存在を知ったので、アマゾンマケプレで70円(+送料340円)で売られていたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。
美術評論家の坂崎乙郎などとも共通する、いかにも1970年代な、反体制的情念を感じさせるやや大仰な美文調です。坂崎乙郎も馬場あき子も澁澤龍彦と同じ1928年生まれです。
『書物の宇宙誌』には、本書の解説を担当している松田修(1927年生)の『日本逃亡幻譚』も記載されているので、それも本書とともに『高丘親王航海記』の資料となっているのかもしれないです。




こちらもご参照ください:

馬場あき子 『鬼の研究』 (ちくま文庫)





















































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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