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アイヒェンドルフ 『改訳 愉しき放浪児』 関泰祐 訳 (岩波文庫)

「ぼくの心はちょうど永遠の日曜日のようだった。」
(アイヒェンドルフ 『愉しき放浪児』 より)


アイヒェンドルフ 
『改訳 
愉しき放浪児』 
関泰祐 訳
 
岩波文庫 赤/32-456-2 

岩波書店 
1938年4月5日 第1刷発行
1952年11月5日 第6刷改訳発行
2015年2月18日 第16刷発行
136p
文庫判 並装 カバー
定価420円+税



本書「解説」より:

「ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ(Joseph von Eichendorff)は一七八八年三月、北獨シュレージエンのルボーヴィツ(Lubowitz)に生れた。」
「アイヒェンドルフは後期浪曼派の詩人として數多くのすぐれた作品を遺したが、中にも感情に富んだ抒情詩と數篇の小説とは、香氣高い佳品として彼の名を愛すべき不朽のものたらしめた。實際、彼のような純眞な心をもって、小鳥のように自由に朗らかに、旅情とあこがれをうたった詩人は少いであろう。」
「小説においては、(中略)そのおもしろい構想と、朗らかな氣分と、ゆたかな抒情とによって、特に彼の代表作のように愛好されているのは「愉しき放浪兒」(原名、のらくら者の生涯より。Aus dem Leben eines Taugenichts)であって、ただに彼の傑作であるばかりでなく、概してドイツ浪曼派文學中の珠玉の篇として名聲が高い。一八二六年の作であるから、詩人がすでに圓熟の境に近い三十九歳のときのものである。」
「自由と旅を愛する一人の靑年が、一挺のヴァイオリンを携えて廣い世界へとび出し、たまたま道連れになった美しい令嬢に心をとらえられてからは、そのひとに對するあこがれに絶えずあえぐのであるが、そのあこがれはついに充たされるのである。」
「本書は、昭和十三年の文庫版を全體にわたって推敲、改譯したものである。」



旧字・新かな。
本書は honto で注文しておいたのが届いたのでよんでみました。


アイヒェンドルフ 愉しき放浪児


カバーそで文:

「自由に憧れ広い世界にとび出した若者と美しい令嬢との恋の顚末。抒情的で朗らかな雰囲気にみちたドイツ・ロマン派文学の白眉。」


内容:

愉しき放浪児
 第一章~第十章

解説




◆本書より◆


第一章より:

「父の水車小屋の車は、ざあざあと、もうまたとても愉しげな音をたてて廻りだし、雪は解けて盛んに屋根からしたたり、そのあいまに雀がさえずったり、とびまわったりしている。ぼくは戸口の敷居に腰をおろして、さて寢ぼけ眼をこすった。暖いひなたの快さったらない。そこへおやじが小屋から出てきた。おやじはもう夜明けから中でてんてこやっていたのである。寢帽を横っちょにかぶっている。そして言った。
 「こののらくら(引用者注: 「のらくら」に傍点)者め! もうまたひなたぼっこをして、だるそうに骨を伸ばしてやがる。そして仕事はみんなわし一人にさせるのだ。もうこれ以上お前なんざ食わせておけない。春も戸口に來ているし、ひとつ、お前も世間へおん出て、自分でくらしの道をたてろい。」
 「ええ、」とぼくは言った。「のらくら者と仰しゃるなら、それも結構です。そんならひとつ世間へ出て、自分で運をためしてみましょう。」
 實際のところ、それはぼくにとって、もっけの幸いだった。というのは、少し前からぼくは自分で旅をしようと思いついていたからである。」

「ぼくの心はちょうど永遠の日曜日のようだった。やっと廣い野原に出ると、ぼくは愛するヴァイオリンをとり出して、國道を歩きながら彈いてうたった。」

「そのうちにやっと園丁がやってきて、ひげの下から、何だか雇人や百姓たちのことをぶつくさこぼしていたが、ぼくを庭園のほうへ連れていった。――途中彼は、ほんとうにまじめで勤勉でなくちゃならないの、世間を流れ歩いたり道樂藝やつまらぬことはするものでないの、そうすれば追々いつか一かどのものになれるのと、そういう説教をながながと聞かせ、そのほかにもまだいろいろと結構な適切な有益な教訓をしてくれたが、その後ぼくは殆どみんな忘れてしまった。」
「園丁が行ってしまって、ひとりぼっちになると、ぼくはいつもすぐに短いパイプをとり出して坐りこんだ。そして、もし自分が紳士であって、ぼくを邸宅へ連れてきてくれたあの若い美人と一緒にここを逍遙するのだったら、どんなふうにお相手をしたものかと美しい鄭重な言い廻しを考えたり、また蒸し暑い午(ひる)さがり、あたりはしんとしてただ蜜蜂のぶんぶんうなる聲だけが聞えるようなときには、仰向けに寢ころんだまま、頭のうえを雲が故郷の村のほうへ流れていったり草や花が搖れたりするのを眺めながら、あの美人のことを想ったりした。すると實際に、その美人が手にギターか或は書物をかかえて、天使のように靜かに、おおらかに、やさしく、庭のはるか向うを通ってゆくようなことも時にはあって、夢かうつつかよくはわからないのだった。」

「令嬢を見ないで幾日かが過ぎ去った。彼女はもう庭にも窓べにも姿を見せなかった。おまけに園丁はぼくを怠け者だといって叱りとばすし、ぼくは癪にさわってしまった。神の廣々とした世界を眺めると、自分自身の鼻先さえ邪魔になってしょうがない。」

「一同は岸へつき、紳士淑女たちはみんな舟からおりた。若い紳士たちの多くはぼくがうたっているあいだじゅう、淑女たちの前で、僕を侮辱するような狡猾な顏つきをしたり私語(ささや)いたりしているのにぼくは氣がついていた。(中略)美しい令嬢はぼくがうたっているあいだじゅう眼を伏せていたが、いままた一言(ひとこと)もいわずに行ってしまった。――ぼくはうたっているうちにもう涙が眼にうかんで、恥かしさと悲しさのために、うたう胸もはりさけんばかりだった。令嬢はあんなにも美しく、そして自分はこんなにもみじめで世の中からあざけられ見棄てられているというような、いろんなことが急に思い出されたからである。」



第二章より:

「ぼくは、春がはじまろうとするときいつでもそうであるような、なぜとは知らず大きな幸福か或は何か途轍もないことが起ろうとしているような、たえずそわそわした嬉しい氣持だった。とりわけ厄介な計算に至っては、いまはもう全然はかどらなかった。そして日光が窓のそとのカスタニエンの木をとおして綠金色に數字のうえに落ち、すばやく、繰越高から〆高まで、上から下へ、下から上へと加算するようにちらつくと、ぼくはまったく異様な考えにとらえられて、ために頭はすっかり混亂してしまい、ほんとうに三までも數えることができなかった。なぜなら、8はいつも、大きな髪飾をつけ胴をコルセットできつくしめた肥った淑女のように見えたし、意地惡の7は、永久にうしろを指(さ)す道標か絞首臺のように見えたからである。――一番おかしなのは9で、うっかりしているとたびたび面白そうに逆立ちして6になっているし、2は疑問符みたいに、狡猾(こす)そうな眼つきでにらみながら、ぼくにこう訊こうとしているようだった。「けっきょく君はどうなるんだい? 可哀そうな0(ゼロ)君! 彼女が――あのすらっとした1にしてすべてである彼女がなかったら、君は永久に0(ゼロ)じゃないか!」

「そこはひどく暗くて寂しかった。一本の高いポプラが絶えず銀色の葉をふるわせながら囁いているばかりだった。邸宅からはおりおり舞踏の音樂がひびいてくる。人聲もまたときどき庭に聞えるが、それは幾度もすぐぼくの身近かまできたかと思うと、やがてまた急にひっそりとしてしまった。」
「いま令嬢は踊っていると、ぼくは樹の上でひとり考えた。そしてとっくにぼくのことも、ぼくの花のことも忘れてしまっているのだ。みんなはあんなに愉しそうにしていて、誰ひとりぼくのことなんか構ってくれやしない。――どこへ行っても、またいつでも、ぼくはこうなのだ。(中略)ぼくはどこへ行ってもここぞというところもなく、いわばどこへ行ってもあとの祭で、世界じゅうがぼくのことなどてんで勘定に入れてくれないかのようだ。――」

「なぜかは知らず――急にまた以前の旅行欲、すなわち、あらゆる昔の憂愁と歡喜(よろこび)と大きな期待とが、ふたたびぼくを捕えた。同時にふとぼくは、今ごろは美しい令嬢は上のお邸で花につつまれ絹夜具にくるまって眠っているであろう、そしてそばにはひとりの天使が朝の靜けさのなかにベッドに寄り添っているであろう、などと考えたが、――「いや、」と叫んだ。「ぼくはここから出ていかなくちゃならない。空が靑々としているかぎり、どこまでもどこまでも!」」
「家のなかも周圍もみんなきのうぼくが出ていったときのままだった。花畑は花がむしりとられたまま荒れはてており、部屋のなかには大きな會計簿がまだ開けたままになっていた。そしていままでほとんど忘れていたヴァイオリンも、塵をあびたまま壁にかかって、朝日が向うがわの窓からまともにきらきらと絃にあたっていた。それを見ると、ぼくの胸は高らかにひびきだした。「そうだ、」とぼくは言った。「さあおいで! おまえ、忠實な樂器よ。ぼくたちの國はこんな世界じゃないんだ!」――
 ぼくは壁からヴァイオリンをとりおろすと、會計簿も部屋着もスリッパもパイプも日傘もそこに殘したまま、かつて來たときと同じように着のみ着のままで家をとび出し、かがやく國道をさまよい出た。
 ぼくはそれでもたびたびふり返った。まったく妙な氣持だった――ひどく悲しいような、それでいてまた籠から逃げだした小鳥のように無性に嬉しいような。もうだいぶ歩いて廣々とした野原へ出たとき、ぼくはヴァイオリンをとってうたった。」



第三章より:

「――概して世間のことをよく知っているあの選帝侯鼻の門番は、よくぼくに言ったっけ。「尊敬する收税吏君! イタリアは美しい國だ。そこでは神樣が何もかもみてくださる。ひなたに仰向けに寢ころんでいると、乾葡萄が自然に口のなかへ生えてくるし、タランテルという蜘蛛に嚙まれると、日頃ダンスの心得のない者でもとてもしなやかに踊れるようになる」って。――「そうだ、イタリアへ! イタリアへ」と、ぼくは愉しさでいっぱいになりながら叫んだ。」

「どんどん道をいそぐうちに、ぼくは次第に街道から外(そ)れて、とうとう山のまん中へはいりこんだ。いそいで歩いてきた樵夫路(そまみち)も盡きると、殘ったのはただ人跡稀れな一つの細い小徑だけで、あたりには人影も見えず物音も聞えなかった。しかしそのほかは、歩くにはとても氣持がよくて、樹々の梢はさやさやと音をたて、小鳥はいとも美しくうたっていた。そこでぼくは神の導きにまかせて、ヴァイオリンをとり出すと、愛唱の曲を殘らず彈きまくったので、寂しい森はいかにも朗らかに鳴りひびいた。」
「ぼくがようやくとある小さな牧場(まきば)の谷に出たときには、陽はもう斜めに樹の幹のあいだから射しこんでいた。牧場のその谷は、まわりをぐるっと山にとりかこまれ、赤や黄の花が一面に咲きみだれて、その上には無數の蝶々が金色の夕陽をあびながらひらひらと舞っていた。ここは浮世を何百哩も遠く離れているように寂しく、ただ蟋蟀だけが鳴くなかに、牧人がひとり向うの高い草のなかに寢ころんで牧笛を吹いていた。哀調をおびたその音(ね)は、聽く人の胸を憂愁のためにひきさかんばかりだった。そうだ、ああした懶け者ほど世に幸福なものがあろうか! ぼくたちのような者は知らぬ他國をほっつき歩いて、いつも氣を遣っていなければならないのに! とぼくはひそかに考えた。――ぼくと牧人とのあいだには美しい淸い流れがあって、渡ることができなかったから、ぼくは遠くから次の村はどこかと呼びかけた。しかし彼はいっこうにおかまいなく、ただ草のなかからちょっと頭をもちあげただけで、牧笛で向うの森を指し、靜かにまた吹きつづけた。」

「月は皎々と照り、山々からは靜かな夜のなかを樹立のざわめくのが聞え、樹々と月光とに埋もれたような向うの谷間の村ではときおり犬が吠えている。空を仰ぐと雲の片(きれ)が二つ三つゆるやかに月光のなかを流れ、ときおり遠いかなたで星が落ちる。この同じ月が、とぼくは考えた、おやじの水車小屋のうえにも、伯爵の白い邸宅のうえにも、このように照っているであろう。あのお邸ではいまごろはもう何もかもひっそりとして、令嬢は眠り、庭の噴水も樹々もあのころと同じようにさやさやと音をたてつづけているであろう。そしてぼくがそこに居ようと他國に居ようと、或は死んでしまおうと、みなにとってはけっきょく何のかかわりもないのだ。――そう思うと、世界は急におそろしく廣く大きなものに思われ、そのなかに自分はまったく獨りぼっちなのだという氣がして、胸の底から泣きたくなった。」



第五章より:

「――「神のみ心のままに!」
とぼくは叫んだ。」




◆感想◆


ドイツには、青年が艱難辛苦を経て成長するというビルドゥングス・ロマン(人格形成小説)の伝統がありますが、本書の主人公は全篇を通して全く「成長」なんかしないし、何一つ学ばず、すべて神様(運)まかせで、唯一の特技であるヴァイオリンの技術にしても、物語が始まった時から「とてもうまく弾ける」とあるように、天性の才能なので、努力などする必要がないです。そういうわけで、本書は反ビルドゥングス・ロマンであり、反「アリとキリギリス」であり、のらくら者がのらくら者のままで幸福を手に入れるという、まったく夢のような小説でありまして、たいへんありがたいです。




こちらもご参照ください:

ビューヒナー 『ヴォイツェク ダントンの死 レンツ』 岩淵達治 訳 (岩波文庫)
Robert Walser 『The Assistant』 tr. by Susan Bernofsky




























































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