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G・マイリンク 他 『現代ドイツ幻想短篇集』 前川道介 編・訳 (世界幻想文学大系)

「わたしのそばに奇妙なものが、やわらかな、軟体動物じみた塊りがいるのを見たのだ。そのものは、上の方で一つの醜怪な顔に終っているようだった。こいつには手も足もなく、大きな楕円形の頭といった様子をしていて、これから随意に四方八方にねばねばした肢体があっという間に生え出てくるらしかった。全体は白味がかった緑色で、ほとんど澄明に近かったが、その色が無数の線をなして入り乱れて走っていた。」
(ハンス・ハインツ・エーヴェルス 「C・3・3」 より)


G・マイリンク 他 
『現代ドイツ幻想短篇集』 
前川道介 編・訳
 
Deutsche phantastische Erzählungen der Gegenwart: Gustav Meyrink u.a. 
世界幻想文学大系 13 

国書刊行会 
昭和50年9月1日 印刷
昭和50年9月15日 初版第1刷発行
昭和60年2月15日 初版第3刷発行
357p 訳者紹介1p 
口絵(折込)1葉
四六判 丸背紙装上製本 
貼函 函カバー
定価2,200円
造本: 杉浦康平+鈴木一誌

月報 5:
白昼の妖異(石川実)/壁・闇・死(麻井倫具)/乱世と夢と幻滅 フランス幻想小説の成立――世界幻想文学小史④(稲生永)/日々の泡――編集ノート(鈴木宏)/図版1点、カット3点



口絵図版(モノクロ)12点。
本書所収エーヴェルス「スターニスラワ・ダスプの遺言」はダニエル・シュミットの映画「ラ・パロマ」の原作であります。


現代ドイツ幻想短篇集 01


函カバー文:

「マイリンク、エーヴェルス、
シュトローブルをはじめとする
二十世紀ドイツの多彩な幻想作家たちの
神秘と恐怖、夢と狂気に満ちた
短篇小説のアンソロジー!

「信じてくれたまえ」とオスカー・ワイルドは、魚夫がぼくたちを小船に乗せて戻ってゆくときに言った。
「信じてくれたまえ。疑いの余地はないのだ。君の崇高な人間観など捨てたまえ。
人の一生とそれから全世界史は、ある珍妙な生き物が、
ある異界のものが、わたしたちについて見ている夢にすぎんのだよ」
――H・H・エーヴェルス「C・3・3」より」



函カバー背:

「神秘と恐怖、
夢と狂気を綴る
二十世紀ドイツ
幻想小説
アンソロジー!」



函カバー裏:

「「あれから体温は八十度まで上昇しました……」
教授は、焦立たしげに、何か防禦するような
動作をみせた。それでどうだというのだ?
「患者は十年前にチフス、十二年前に
軽いジフテリヤをやっております。
父親は頭蓋〈シェーテル〉骨折で死亡、
母親は脳震盪で死んでおります。
祖父の死因は頭蓋〈シェーデル〉骨折、
祖母のそれは脳震盪であります!
――患者並びにその家族は、つまるところ、
ボヘミアの出身であります。」
軍医副官は、そんな註釈をつけ加えた。
「所見、体温以外は正常――腹部機能、
総じて緩慢――外傷、後頭部の軽度打撲
以外には認められません。――患者は、
噂によりますと、行者ムクホパダヤの小屋で
オパール色の液体によって……」
――G・マイリンク「灼熱の兵士」より

絢爛たる夢想と圧倒的な幻想とを繰り
広げたドイツ・ロマン派以来、今日に至るまで
ドイツは、西欧諸国のうちで最も豊かな
幻想文学の鉱脈を有する国として識られている。
本書は、この幻想文学の総本山ドイツの
二十世紀を代表する幻想作家の短篇小説を
精選した珠玉のアンソロジーであり、
錬金術と狂気と諷刺の巨人マリンク、
流血と神秘と形而上学に溢れるエーヴェルス、
恐怖とエキゾチシズムのシュトローブルの、
今世紀初頭のグロテスク派の三作家を筆頭に、
ヴァッサーマン、ショルツ、フライ、
シェッファー、ベルゲングリューン、K・マンなどの
多彩な幻想小説、更には、
ライニヒ、アンデルシュなど現在活躍中の作家の
幻想小説が集録されている。本書によって
今世紀ドイツの幻想文学の輝かしい成果は
余すところなく伝えられるであろう。」



目次:

グスタフ・マイリンク (藤井倫具 訳)
 灼熱の兵士
 壜の上の男
 石油綺譚
 ひそかに鼓動する都会――プラークの魅力①
 神秘の都――プラークの魅力②
ハンス・ハインツ・エーヴェルス (石川實 訳)
 C・3・3
 カディスのカーニヴァル
 スターニスラワ・ダスプの遺言
カール・ハンス・シュトローブル (前川道介 訳)
 ファン・セラノの手記
ヴィルヘルム・フォン・ショルツ
 噂 (前川道介 訳)
 窓の顔 (鈴木潔 訳)
ヤーコプ・ヴァッサーマン (石川實 訳)
 ヴィンチガウのペスト
アルブレヒト・シェッファー (石川實 訳)
 ハーシェルと幽霊
アレクサンダー・M・フライ (波田節夫 訳)
 人殺し
クラウス・マン (波田節夫 訳)
 楽しい一日
クリスタ・ライニヒ (前川道介 訳)
 エリダノス号
アルフレート・アンデルシュ (波田節夫 訳)
 ヴェニスの或る暖爐取付け工の身の毛もよだつ体験
ヴェルナー・ベルゲングリューン (深見茂 訳)
 シュペルトの旅籠(はたご)
 踊る足
 冥合(めいごう)の術

ドイツ的恐怖と幻想の文学 (前川道介)



現代ドイツ幻想短篇集 02



◆本書より◆


グスタフ・マイリンク「壜の上の男」より:

「人形管絃楽団とマリオネットたちは、蠟細工のように身じろぎもしない。
フルート奏者は、ガラスのような放心した表情で天井を凝視している。鬘(かつら)をつけ羽帽子をかぶって、耳を澄ますかのように指揮棒を振り上げ、尖った指先をいわくあり気に唇に押し当てているロココ風俗の女指揮者の表情は、恐ろしく淫らな笑いに歪んでいる。舞台の前面にはマリオネットたち――石灰のように白い顔の痀瘻(せむし)の小人、ニヤリと笑(え)みを浮かべる灰色の悪魔、そして、土色に化粧し、ヒビ割れた唇だけが真赤な歌姫――彼らは、鬼畜のごとき陰険な心のうちに、恐るべき秘密を知っているらしい。そして、その秘密が彼らの躰(からだ)を激しい緊張で麻痺させていたのだ。
この動きを失った訳者の一群の上に靄(もや)のように垂れこめているのは、仮死の世界が醸しだす身の毛のよだつような恐怖だ。
壜の中のピエロだけは、不安そうに動いている――フェルトのとんがり帽子を振りまわし、身をかがめ、時おり上方を見上げては、両脚をくんで壜の蓋の上にじっと動かずに坐っているペルシャ王子に挨拶を送ったかと思うと――こんどは、気違いじみた渋面をつくる。彼が飛んだり跳ねたりするたびに、観客は笑い声をあげる――何とグロテスクなことだ!
厚いガラスが、彼の姿をひどく異様に歪める。ときどき、今にも飛び出しそうに不思議な光を放つ大目玉をギョロリとむき出すかと思うと、次にはもう眼球はすっかり消え失せて、額と顎(あご)しか見えない――あるいは、三つに重なった面貌。ときに肥った青ぶくれの姿とみると、こんどは骸骨のように痩せほそり、蜘蛛(くも)のような細長い脚。かと思うと、腹は膨れあがって風船玉になる。
観衆は、自分の視線が落ちるところによって、それぞれ異なったピエロの姿を見るのだった。
ある短い時間に、それと認められるような論理的な脈絡もなしに、舞台の上の人物たちのなかに、幽霊のような一瞬の生命がピクリと動くが、それは忽ちまた、もとのゾッとするような死後硬直のなかへ沈んでゆく。ちょうど、この生命の映像は、死という合間を越えて一つの印象から他の印象へと跳び移ってゆくように見える。――塔の時計の針が、夢幻のごとく、一分また一分と瞬時に動くように。」



グスタフ・マイリンク「ひそかに鼓動する都会」より:

「ひょっとすると、狂気の人間たちのほうが「健全な」人間理性をそなえた人たちよりも、終末に近いところに立っているのであろう。そして、プラークに住むマリオネットたちの大多数は、何らかの形で――まったく人知れず、隠された姿において――狂気にかられているのだ。あるいは、ある種の奇妙な観念に取り憑かれているといっていい。」

「月光が明るくさす夜、わたしはよく何時間も、小河岸(クラインザイテ)――プラークの心臓部ともいうべき、モルダウ河の向う岸の市区――を逍遙したものだ。そのたびに、わたしは道に迷うのだった。太古の宮殿がある。その前に立てば、何十年このかたそのなかには人間が住んでいたなどということはあり得まいと感じるのだ。緑青におおわれた門扉の把手には、それほど厚く灰のような土埃がつもっている。その隣には、オパール色に微光を放つ窓のあるバロック風の館(やかた)がある。(中略)それから再び、漆喰のボロボロに崩れかけた、大人の丈の三倍ほどもある土塀が、無限のかなたへと伸びている。その表面には、この都会の亡霊の手によって、幻想の世界の動物たちの頭や、硬ばったその面貌が描き込まれてきたのだ。それらはじっと動かぬように見えるが、実は、見る者が視線を注ぐたびに、つねにその表情を変えるのである。ジャスミンであろうか、にわとこであろうか、官能を陶酔させる花の香りが空中から舞いおりる。どうやらこの辺りに庭園か、とほうもなく大きな公園が隠されている気配だ。ひょっとすると、それらの庭には、人間の記憶が始まって以来、まだだれ一人として足を踏み入れたものは無かったのであろう。あの庭のなかにある館の、荒廃に瀕した一室には、とうに朽ち果てたベッドがあって、生前こちら側の世界ではその存在がすでに忘却されてしまっていたひとりの女が、ボロボロに崩れた死骸となって横たわっているかもしれない。」

「小路は、肘のところでちぎれかかった腕のように鋭角をなして曲り、嶮しい登りになっている。そして、その頂きに第二の館がそびえているのだ。そのなかには奇妙な人物が住んでいる。かん高い女の声で語り、背が低く、髭もなく、ナポレオンのような風采のその男は、来訪者たちに、ヘブライ文字で書かれた二折判の巨大な書物のなかから予言を授けるのである。わたしは一度この男を訪ねていったことがある。彼の部屋の敷居をまたごうとしたとき、一人の見知らぬ男に片言のドイツ語でしゃべっている彼の声が聞えた。「あの人たちが、その夜、《最後の灯火邸》の塀のまえで聞いた太鼓の響きは、兵士たちが叩いたものではありません。あれは死せるツィスカの打つ太鼓の音です。彼は死ぬ前に、自分の皮膚を剝ぎとって太鼓に張るよう命じたのでした。死後もなお人々が彼の言葉を聞くことができるようにと」――「さっきのお話しで、あなたは何をおっしゃりたかったのですか?」とわたしは彼と二人きりになってから尋ねた。彼は驚いたような素振りをみせたが、あるいは本当に驚いたのだろう。そして、そんなことを言った覚えはないと否定するのだった。後になってわたしは、その男は何でも口にした途端にたちまち全部忘れてしまうのだと聞かされた。彼は、白昼でも――夢遊病者だというのである。」



グスタフ・マイリンク「神秘の都」より:

「「現在は永遠にして、全ゆる解答をば瑕瑾(かきん)なくその胎内に蔵す。過ぎし世を問い、かつまた来るべき世を問う者は、如何なる時たりとも、現在の諸々の事象のうちより解決を得らる。それらの問を正しく呈し、生命の閾を越えて彼岸へ呼びかくる術(すべ)を心得たるかぎりは」――わたしは、以前にそんな言葉をある古いカバラの書物のなかに読んだことがあったのを突然思い出す。」


ハンス・ハインツ・エーヴェルス「C・3・3」より:

「この夜、わたしは馬鹿げた夢を見たのだ。わたしのそばに奇妙なものが、やわらかな、軟体動物じみた塊りがいるのを見たのだ。そのものは、上の方で一つの醜怪な顔に終っているようだった。こいつには手も足もなく、大きな楕円形の頭といった様子をしていて、これから随意に四方八方にねばねばした肢体があっという間に生え出てくるらしかった。全体は白味がかった緑色で、ほとんど澄明に近かったが、その色が無数の線をなして入り乱れて走っていた。こういうものとわたしは話をしたのだが、何のことを話したかはもう憶えてはいない。がとにかく、わたしたちの話は時とともに熱を帯びていった。遂にこの醜怪な顔はわたしに向って嘲りの笑いを見せてこう言った。
『尻尾を巻いて逃げるんだな。お前とお喋りするのは無駄骨だぜ』
『何だと』とわたしは言い返した。『そいつはひどすぎるぞ。わたしの夢の中で生れた馬鹿げた幻影にすぎないものが、そういうずうずうしい態度に出るとはなんたることだ』
醜怪な顔はゆがんでゆき、耳まで裂けた口を開けたにやにや笑いとなって二、三度身を曲げ、それからくつくつ笑って言った。『こいつは驚きだ。俺がお前の夢の中で生れた幻影だと。ちがうな、あわれな奴め、事実はその逆だ。俺が夢を見ているのだ。そしてお前は俺の夢の中の小さな点にすぎんのだ(引用者注: 「俺が夢を~」以下に傍点)』
こう言いながら、そのものはますますにやにや笑いを広げてゆき、頭全体が一つの大きなにやにや笑いになってしまったように見えた。それから顔は消え、空中に浮んだ耳まで裂けた口を開いたにやにや笑いだけが見えていた。」



ハンス・ハインツ・エーヴェルス「スターニスラワ・ダスプの遺言」より:

「スターニスラワ・ダスプが、丸二年というものヴァンサン・ドル=トニヴァル伯爵をひどい目に会わせ続けてきた、というのは本当である。伯爵は、彼女がセンチメンタルな唄を歌っているときには、毎晩一階の一等席に来ていたし、彼女の旅興行の後を追ってゆき、毎月別の町に出かけていった。伯爵の捧げたバラを、彼女は舞台に抱えて出た白い兎に食べさせ、贈ったダイヤは、一座の仲間や、取巻きのボヘミアンに御馳走するために、質に入れてしまった。一度などは、酔っぱらって、しがない新聞記者と一緒に千鳥足で御帰宅の途中、どぶにはまったところを伯爵が引き上げてやったことがあった。すると、この女は彼に嘲笑を叩きつけて言ったものである。「じゃあ一緒においでよ。そんなら、あたしたちのために提灯持ちをしておくれよね」
この女には、どんなに下劣な侮辱でも、伯爵に対してこれだけは控えておこうということがなかった。」

「そうしてある晩、またしても乾いた唇からほんの一声も出せぬほどに声が嗄れてしまって、ここの小屋の連中の掛りつけの医者が、さっと診察した後で、お前さんは結核の末期だ――そんなことは彼女はとっくの昔に知っていた――まだこんな風な放埓な生活を続けるんだったら、二、三ヶ月でお陀仏だろうね、とづけづけと言ってのけたとき、女は伯爵を楽屋に呼んでこさせた。伯爵が入ってくると、彼女はぺっと唾を吐いてから、お前さんの情人(おんな)になる覚悟ができたよ、と言った。手に口づけをしようとして伯爵が身をかがめると、この女は彼を突き退けて、笑い声を上げた。」

「スターニスラワ・ダスプというのはこういう女だった。しかし、この娼婦があっという間に一人の貴夫人になったというのも否定出来ないことである。伯爵はこの女をヨーロッパ中連れ歩き、サナトリウムからサナトリウムへと連れていった。(中略)彼女は死にはしなかったのである。一月また一月と生きのび、一年また一年と生きてゆき、極くゆっくりとではあるが、次第次第に回復していった。」

「スターニスラワは伯爵と結婚した。それから数ヶ月彼女の送った生活は不思議なものだった。自分は彼を愛してはいない――そのことは彼女によく分っていた。それでいながら、彼女はまるで、暖炉の前で柔らかな毛皮の上に静かにうずくまっているような気持だった。この穏やかなほてりが彼女の冷い肉をやさしくさすってくれるのである。彼女は何時もものうい気分だった。それは本当に快いものうさだった。伯爵が暖めてくれる愛の夢うつつの中で、彼女はそうしてぼうっと夢心地でいた。彼女が満足気にごくかすかにひとり微笑んでいると、伯爵はその手に口づけした。彼は、この女は今は仕合せなのだろうと思っていたのである。けれども、彼女が微笑みを浮べたのは、仕合せだったからではなかった。相変らず、あの不可解な愛のことを考えたからなのである。この愛は宇宙のように無限で、彼女はその愛の中で穏やかな微風に軽々と乗って、まるで南風にひらひらと舞う一枚の葉のように漂っていた。この頃は、彼女の心の中のすべての渇望は消え、遠い過去のことはみな姿を隠していった。彼女の信念は大きくなっていった。そして、自分の置かれている状況はよく分っており、彼女のために伯爵の愛のなしえないような事は決して存在しないということを知っていた。
時折、本当にごく稀にすぎなかったが、彼女は、この不思議な愛、このなんでもできる神秘な力を誇ってみた。オトゥーユの競馬場で、ある駄馬に数枚の金貨を賭けたのである。「それは止めておきなさい」と伯爵は言った。「全然値打がないよ」 すると彼女は伯爵をまじまじと見詰め「でもヴァンサン、これがやっぱり勝つんじゃないかしら。勝ってもらいたいの」 そして競走の行われている時は、馬を見ず、下の方の馬の集り場所にいる伯爵ばかりを見ていた。彼が手を組み合せるのを見、彼の唇がかすかに動くのを見ていたのである。その時、彼女は彼が祈っているのだということが分っていた。それから、人気のある馬たちが右へ左へとコース外に飛び出してしまい、みすぼらしい人気のない馬が一等になったとき、これが彼の仕業であり、彼の大きな愛の力であることを悟ったのである。」

「スターニスラワ・ダスプの遺言

我が埋葬より三年の後、我身より残れるものを棺より取出し、礼拝堂の骨壺に納めよ。(中略)時は午後にして、且つ照る日なること。日没に先立ち、我身より残れるものを礼拝堂の骨壺に安置されよ。
――伯爵の我への大いなる愛の記念に(引用者注: 「伯爵の~」以下に傍点)。
ロンヴァルの館にて   ××〇四年六月二十五日。
ドル=トニヴァル伯爵夫人、スターニスラワ」

「庭師たちは慎重に仕事にかかった。深く打ち込んで一区劃全体の地面を切取り、根を下ろしたバラと共にこの土を用心深く持ち上げて、そばの骨壺の横に置いた。(中略)ここかしこに、ちぎられたバラの花が、血の滴のように地面に散っていった。」
「伯爵はゆっくりと池の回りを歩き、時折白樺の下に戻ってきた。彼には、庭師たちが恐ろしくのろのろと仕事をしているように思えた。」
「伯爵が戻ってきたとき、連中のうちの二人は穴の中で肩まで没して立っていたが、それからは仕事の進みが早くなった。伯爵は庭師の間に棺が横たわっているのを見た。彼等は手で湿った土の最後の残りを取り除いていた。それは頑丈な銀製の飾り金具を付けた黒色の棺だったが、銀はとっくに黒くなり、木材は土地の暖かな湿気にひどく侵されて、もろもろねばねばとしたものになっていた。伯爵は、隠しから大きな白絹のハンカチーフを取り出し、老庭師に渡し、この中に遺骨を集めるように言った。
穴の中にいる他の二人はねじを廻しにかかっていた。道具がすべってはずれる度に、きいきいといやな音がした。だが大方のねじは、朽ちた木の中で十分ゆるくなっていたので、指で抜くことができた。さてそれから、庭師たちは棺の蓋を少しばかり上げ、その下にさっと綱をすべりこませ、しっかりと結んだ。一人が穴から飛び出し、老人が蓋を引き上げるのを手伝った。
伯爵の合図でもう一人が遺骸を覆っていた白いリンネルを取り除き、それからさらに首だけを包んでいる二番目のより小さな布を取った。
と、そこにスターニスラワ・ダスプが横たわっていた。――しかも死の床にあったときと同じ姿でそこに横たわっていたのである(引用者注: 「しかも~」以下に傍点)。体全体を包むレースの肌着は湿っている様子で、黒や赤錆色のしみを見せていた。しかしあの華奢な手は、蠟細工のように胸の上に静かに置かれ、しっかりと象牙の十字架を握っていた。(中略)彼女は、名人の手になる蠟人形のように見えた。その唇は息づいてはいなかったが、微笑を浮べていた。」

「伯爵は、振り向くと、眼は西の空低くかかる紅(くれない)の太陽に落ちた。「日の沈む前に」と彼は叫んだ。「急がなくては」」

「「やらなくてはならん、やらなくてはならん。誓ったのだ」
それから、彼は墓の穴へ身をおどらせた。手はぶるぶる震えていた。「聖母様、力をお与え下さいませ」 斧を取り上げ、頭の上高く振り上げ、目を閉じると渾身の力をこめ激しく風を切って打ち下した。
その一撃は手もとが狂った。刃は朽ちた木材に切り込み、砕き、底まで切り裂いた。
そして伯爵夫人はにっこり笑った。」



現代ドイツ幻想短篇集 03



こちらもご参照ください:

種村季弘 編 『ドイツ怪談集』 (河出文庫)











































































































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Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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