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R・シュタイナー 『アカシャ年代記より』 高橋巌 訳  (世界幻想文学大系)

「彼らはいわば特定の関係においてのみ、人類の一員であった。(中略)彼らにとって、本来の故郷は地球の上にはなかった。」
(R・シュタイナー 『アカシャ年代記より』 より)


R・シュタイナー 
『アカシャ年代記より』 
高橋巌 訳
 
世界幻想文学大系 26
責任編集: 紀田順一郎+荒俣宏

国書刊行会 
昭和56年9月10日 印刷
昭和56年9月150日 初版第1刷発行
257p 口絵(折込)1葉
四六判 丸背紙装上製本 
貼函 函カバー
定価2,400円
造本: 杉浦康平+鈴木一誌
本文挿画(縁飾): 渡辺冨士雄



本書「あとがき」より:

「本書の内容をなすものは、一九〇四年から八年まで、(中略)雑誌「ルツィフェル=グノーシス」誌上に同じ表題の下に二十一回に亙って連載された諸論文である。シュタイナーの死後、マリー・シュタイナー夫人が、(中略)それを単行本にまとめた際に、彼女はこの単行本(初版、一九三九年)のために、同じ誌上に発表された二つの論文を更にその巻頭と巻末につけ加えた。しかし、訳者は(中略)学術論文的性格をもったこの二篇を、マリー・シュタイナー夫人のまえがきと共に、巻末におくことにした。」


Aus der Akasha-Chronik
スピン(栞紐)付。口絵図版(モノクロ)7点。


シュタイナー アカシャ年代記より 01


本書はだいぶまえに古書店で購入しました。函カバー・月報欠でした。


目次:

アカシャ年代記より
 まえがき
 第一章 われわれの祖先であるアトランティス人
 第二章 第四根幹人類から第五根幹人類へ
 第三章 レムリア時代の人類
 第四章 男女両性の分離
 第五章 両性分離に先行する時期
 第六章 ヒュペルボレイオス期とポラール期
 第七章 現在の地球のはじまり――太陽の分離
 第八章 月の分離
 第九章 若干の必要な補足
 第十章 地球の由来について
 第十一章 地球とその未来
 第十二章 土星紀の生活
 第十三章 太陽紀の生活
 第十四章 月紀の生活
 第十五章 地球紀の生活
 第十六章 四重の存在としての地球紀の人間
 質疑応答

付録1 編集者のまえがき (マリー・シュタイナー)
付録2 霊学の鏡に映した現代の文化 (ルドルフ・シュタイナー)
付録3 自称「科学」の諸偏見 (ルドルフ・シュタイナー)

『アカシャ年代記より』あとがき (高橋巌)



シュタイナー アカシャ年代記より 02



◆本書より◆


「まえがき」より:

「――けれども時間の中で生じる事柄はすべて、永遠の中にその起源をもっている。ただ永遠なるものが感覚的な知覚の手には及ばないだけにすぎない。しかし永遠なるものを知覚する道は万人の前に開かれているのである。自分の中に微睡んでいる力を開発できれば、誰でもこの永遠なるものを認識できるようになる。(中略)このようにして自分の認識能力を拡大した人は、過去の事柄を知るのにもはや外的な証拠に頼る必要がなくなる。(中略)過去の歴史から不滅の歴史へと、その人は進んでいく。勿論不滅の歴史は通常の歴史とは異なる文字で書かれている。グノーシスや神智学はこの不滅の歴史を「アカシャ年代記」と呼んでいる。」
「――霊界を知覚する能力を得た人は過去の諸事象をその永遠の相において認識する。それらの事象は生命を失った歴史資料としてではなく、生命の横溢(引用者注: 「生命の横溢」に傍点)の中で、その人の前に現れてくる。過去においてすでに生起してしまった事柄が今あらためてその人の眼前で、特定の仕方で展開しはじめる――。この生きた書物(引用者注: 「生きた書物」に傍点)を読むことが許された人たちは、外的な歴史が扱う時代よりも遙かに遠い過去にまで眼を向けることができる。」
「あらかじめ以上の前置きを記したあとで、これからいくつかの章に分けてアカシャ年代記の内容を述べていくつもりである。」



「第一章 われわれの祖先であるアトランティス人」より:

「われわれの祖先に当るアトランティス人は、もっぱら感覚世界の認識だけに頼っている人には想像できないほど、現在の人間とは異なっていた。この大きな相違は外見のみならず、精神能力にまで及んでいた。彼らの認識内容、彼らの技術、否彼らの文化全体が今日の時代とはまったく異なっていた。(中略)今日の文化を産み出した論理の力や計算の能力は初期のアトランティス人にはまったく欠けていた。しかしその代り彼らは高度に発達した記憶力(引用者注: 「記憶力」に傍点)の持ち主だった。(中略)一般に、新しい能力を獲得するとき、人はその度毎に別の古い能力の力と鋭さとを失う。(中略)今日の人間はアトランティス人よりも論理的な悟性、つまり規則に従って観念を互に結合させる能力には優れているが、その代り記憶力を減退させてしまった。今日の人間は概念によって考える。アトランティスの人間は形象(イメージ)によって考えた。そして或る新しい形象を心に抱いたときには、これまで体験してきたさまざまな形象の中から、これによく似た形象をできるだけ数多く思い出しながら、その意味を考えた。」
「神智学の文献の中では、アトランティス人の最初の亜人類はルモアハルス人と呼ばれている。この亜人類の人びとが発達させた記憶力は、主として感覚の生き生きとした印象と結びついていた。一度見た色、一度聞いた音が長い間心の中で生き続けた結果、ルモアハルス人は祖先であるレムリア人がまだ所有しえなかった程にまで感情(引用者注: 「感情」に傍点)を発達させることができた。」
「さてこの最初期のアトランティス人の場合、その魂の中には自然力に似た力が働いていた。彼らは後代の人びとよりも一層周囲の自然存在と調和していたのだ、ともいえる。彼らの魂の力は現代人の魂の力に較べればはるかに自然的であり、発する言葉のひびきもまた非常に自然的、根源的であった。(中略)ルモアハルス人の発する言葉には意味(引用者注: 「意味」に傍点)と共に力(引用者注: 「力」に傍点)もまた具わっていた。言葉の魔力という言い方は、現代人の場合とは比較にならぬほど、当時の人間にとって実際的な意味を持っていた。ルモアハルス人が言葉を発するとき、その言葉にはそれが指示する対象そのもののもつ効力同様の何かが生み出された。従って当時の言葉には、病気を治癒し、植物を成長させ、狂暴な動物を鎮める力があったし、それ以外にも類似した諸効力があった。」



「第二章 第四根幹人類から第五根幹人類へ」より:

「神々が秘儀において彼らの「使い」たちと交わした言葉はこの世の言語ではなく、その際顕現した神々の形姿もまたこの世の形姿ではなかった。「焰の雲」の中に高次の神霊が現れて、どのようにして人類を指導すべきかを「使い」たちに伝えた。人間だけが人間の姿で現れることができる。人間をはるかに超えた能力をもつ霊的存在たちは地上の現実界の中には見出せぬ形姿をとって顕現せざるをえない。
そのような啓示を「神の使い」が受け取れたのは、「使い」たち自身も人類同胞の中ではもっとも完全な存在だったからである。大多数の人間がこれから通過せねばならぬ長い道程を、彼らはすでに通過していた。彼らはいわば特定の関係においてのみ、人類の一員であった。彼らは人間の姿をしてはいたが、その魂と霊とは超人間的な特質を具えていた。それ故彼らは神と人間との二重存在であり、(中略)地上に受肉してきた高級霊たちであったのだといえる。彼らにとって、本来の故郷は地球の上にはなかった。――このような存在が人類を導いてきたのである。」



「第三章 レムリア時代の人類」より:

「この人類の場合、記憶力(引用者注: 「記憶力」に傍点)は、全体としてまだ形成されていなかった。人びとは事物や出来事について表象(引用者注: 「表象」に傍点)を作ることはできた。しかしそれらの表象を記憶に保持することはできなかった。(中略)――しかし彼らの表象力は後世の人間のそれとはまったく異なる力を有していた。彼らはこの力を通して、環境に働きかけた。他の人びと、動物、植物、更には生命をもたぬ対象でさえもがこの作用を受け、単なる表象だけによって影響された。だからレムリア人は、言語を用いなくても、他の人びとと意思の疎通を計ることができた。その情報伝達の仕方は一種の「読心術」のようであった。レムリア人は表象のこの力を周囲の事物から直接汲みとった。その力は植物の生長力や動物の生活力から、レムリア人の方へ流れてきた。このようにしてレムリア人は植物や動物の内なる生命のいとなみを理解(引用者注: 「理解」に傍点)した。それどころか、生命のない事物の物理的化学的な諸力も理解していた。家を建てるとき、レムリア人にとって木材の支持力や石材の荷重力を計算する必要はなかった。木材を見(引用者注: 「見」に傍点)れば、それがどのくらいの重さを支えることができるか、石材を見(引用者注: 「見」に傍点)れば、それがどこに置けるか、どこに置けないか、知ることができた。このようにレムリア人は、建築技術なしにも、一種の本能の確かさから、表象の力だけで家を建てた。」

「レムリア時代の女たちが達成した進歩は、次にアトランティス根幹人類が出現したとき、或る重要な役割を女たちが受け持つ原因となった。」
「記憶力、想像力並びにそれらに関連のあるすべての能力は女たちが所有していた。」
「もし自然の徴候を読み取ろうと思うなら、女に相談しなければならなかった。(中略)自然の秘密は或る種の霊夢の中で女たちに開示された。(中略)女たちにとってはすべての中に魂が働いていた。すべてが魂の力であり、魂の姿をとっていた。(中略)彼女たちを行動に駆り立てたのは「内なる声」であり、植物、動物、石、風、雲、木々のざわめきなどの語る言葉であった。
人間の宗教と呼ばれるものはこのような魂の在り方から生じた。」
「次第にこのような女たちは心の内部に生きて働いているものを、一種の自然言語に置き換えることができるようになった。実際言語は歌のような表現から始まった。想念の力が音声の力に置き換えられた。自然の内なるリズムが「賢い」女たちの唇から音声となって流れ出た。人びとはこのような女たちの周りに集まり、彼女たちの歌うような言葉の響きの中に、高次の力が直接語りかけるのを感じ取った。人間の神礼拝がこうして始まったのである。――語られた言葉の「意味」は、まだ問題にならなかった。人びとは響き、音、リズムを知覚した。しかしそれ以上、それについて思いめぐらすことはせず、聴いた言葉の響きを力として魂の中に吸収した。」
「「アカシャ年代記」は以上の点に関して美しい情景を示している。われわれは森の中の巨大な樹木のそばにいる。日が今、東の空を昇りはじめる。棕櫚のようなその巨木は、周囲の場所が切り開かれているので、巨大な影を地面におとしている。恍惚とした表情を東の空に向け、女祭司が珍しい自然石と植物で整えられた座に着いている。彼女の唇からはゆっくりと、リズムをともなって、一定のこの世のものとも思われぬ音声が繰り返し繰り返し流れてくる。その彼女を円く取り巻くように、男女の群れが坐っている。それぞれ顔に夢見るような表情を浮べ、彼女の声に聞き入り、その声の内なる生命を吸い込んでいる。――別の情景も霊視することができる。同じようにしつらえられた場所で、女祭司が同じように「歌って」いる。しかし彼女の音声はもっと力強く響いている。そして彼女を取巻く人びとは、リズミカルに動き、踊っている。これも「魂」が人びとの心の中に宿るときの在り方のひとつなのである。自然の中にひそむ不思議なリズムに耳を傾け、それを自分の肢体の動きで写し取ろうとしたとき、人びとは自然の内部を支配する諸力とひとつ(引用者注: 「ひとつ」に傍点)になった自分を感じたのである。」



「第七章 現在の地球のはじまり」より:

「現在の地球の状態が出現する以前に、一種の地球胚種を考えねばならない。(中略)但しこの地球胚種を、植物の胚種のように、固い素材でできたものであるかのように考えてはならない(引用者注: 「ならない」に傍点)。むしろそれは魂的性質の胚種であった。それは神秘学が「アストラル的」と名づけているあの精妙で、可塑的で、動的な素材から成っていた。――地球のこのアストラル胚種の中には、はじめはただ人間の萌芽だけ(引用者注: 「だけ」に傍点)しか存在していなかった。後の人間の魂の萌芽だけがあった。鉱物、植物、動物として以前の諸状態の中ですでに存在していたそれ以外のものはすべて、この人間萌芽の中に吸収され、融合されていた。(中略)人間はこのような存在として、地球に移動してきた。その地球は、神秘学がもっとも精妙なエーテル(引用者注: 「もっとも精妙なエーテル」に傍点)と呼ぶこの上なく精妙な成分から成っていた。(中略)人間はこのエーエルと結びつき、自分のアストラル的本性をこのエーテルにいわば刻印づけたので、このエーテルそのものがアストラル的人間本性の模像となった。このようにして地球太初の状態である地球エーテルは、本来、このようなエーテル人間からのみ成り立っていた。それはエーテル人間の一大集合体として存在していた。人間のアストラル体(もしくは魂)の大部分は、まだエーテル体の外(引用者注: 「外」に傍点)にあって、外からエーテル体を統禦していた。この時期の地球は、神秘学者の眼から見ると、次のような様相を呈している。それは球体をなし、その球はさらに無数の小さなエーテル球(すなわちエーテル人間)の集合体であった。そして丁度現在の地球が大気に包まれているように、アストラル(引用者注: 「アストラル」に傍点)の外皮に覆われていた。このアストラル外皮(アストラル圏)の中には人間のアストラル体が生きて、そこから自分たちのエーテル模像に働きかけていた。アストラル人間の魂はエーテル模像の中に諸器官を形成し、この諸器官の中に人間のエーテル生命を生ぜしめていた。地球全体はひとつ(引用者注: 「ひとつ」に傍点)の素材状態、つまり精妙なる生きたエーテルとしてしか存在していなかった。神智学の文献の中では、この太初の人類は第一(ポラール)根幹人類と呼ばれている。」

「地球の物質空間の中に、今、次のような光景が展開される。二様の存在が出現する。第一は空気状の形体を示す存在であり、この形体に外から、この存在のアストラル本性が働きかけている。動物的性質をもったこの存在たち、地上に最初の動物界をもたらしたこの動物たちの姿を、具体的に描いたならば、その姿は今日の人間の眼にはかなり奇怪なものに映ったであろう。気体だけから成り立っているその姿は、現存するどの動物の姿にも似ていない。せいぜい貝や蝸牛の殻にどこか似たところがある、といえる程度である。さてこの動物形態と並んで、人体もまた形成されていく。今や一層高次の進化を遂げたアストラル人間が、自分の本性の模像を身体として造り上げる。(中略)この人間模像は、(中略)特定の素材を環境の中から引き寄せて自分の中に摂取し、その後で反発力を通して再び排泄する。この人間模像が摂取し、排泄する成分は、すでに述べた動物界と人間界そのものから取り出されている。(中略)この最初の人間模像は、それ故肉食者であるどころか、人喰いでもあった。」



「第八章 月の分離」より:

「今日の人間が体(からだ)とよんでいる濃縮成分は、ずっと後になって、しかも極くゆっくりと形成されたということである。今問題の発展段階における人体について、ひとつの観念を得ようと思うならば、水蒸気か、空中を浮遊する雲に似たものを想像するのが一番適当であろう。」
「この人間の魂はまだ微睡んでおり、その意識はまだまったく薄暗く、知性、悟性、理性等とよばれるものはすべて、まだこの人間には欠けていた。歩むというよりはむしろ漂いながら、四肢に似た器官を用いて、この人間は前、横、後へと、好きな方向へ移動した。」
「その行動を指導する力である知性は、この存在そのものの内にではなく、むしろその外にあった。この存在よりも一層高次の、一層成熟した存在たちがいわば周囲にいて、彼らを指導していたのである。」




シュタイナー アカシャ年代記より 03


































































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