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種村季弘 『不思議な石のはなし』

「かつて生きていて、いまは形あるまま仮死状態にあるようにみえる化石は、(中略)形あるまま眠っているのだから、(中略)いつかは目を覚まして動きだすかもしれない。」
(種村季弘 「呪われた石」 より)


種村季弘 
『不思議な石のはなし』
イラスト画: 瀬戸照


河出書房新社 
1996年9月13日初版印刷
1996年9月25日初版発行
80p 
四六判 角背紙装上製本 カバー 
定価1,500円(1,456円)
装幀: 中島かほる
イラスト: 瀬戸照



本書「あとがき」より:

「石のはなしをいつかは書いてみたいと思っていた。といっても宝石や銘石のような、多少とも様式化された石のはなしではない。(中略)しかしここにいう石のはなしの主人公になる石は、そういう由緒来歴のある石ではなくて、そこらに転がっている何でもない石である。」
「そういう石のはなしを書いてみたいと思っていた。その矢先に「石の固い話」というタイトルで連載エッセイを書かないかという某誌のお誘いがあって書き始めたのが、本書の原形である(「トランヴェール」一九八九年五月号~一九九〇年四月号)。」
「それにしても話は固くならずに、小さな石の巨大な世界にこちらが一匹の虫のように極微のものになってもぐり込んでゆく、地下の迷宮めぐりのような話になった。そしてその度に幸運にも、瀬戸照さんに精密な美しい石のイラストを描いていただいた。そしてこのあたりからそろそろ「ただの石のはなし」が「不思議な石のはなし」に化けはじめてきたようだ。」



本文アート紙。カラー図版12点。


種村季弘 不思議な石のはなし 01


帯文:

「小さな石たちが語る、巨大な迷宮の世界。
恋する石、石の夢、石の薬効、食べる石……、
石をめぐる古今東西の豊饒な伝説。」



帯裏:

「道端にざらに転がっていて、ふつうなら見過ごしている石。それがふと気になって、何かの拍子に思わず拾ってしまう。するとごろんと転がしたまま研磨も彫石も受けていない、不格好な形の、どうかすると欠け目や傷だらけの石の不完全さそのものから、……汲めども尽きせぬ雑多な記憶がこんこんと湧き上がってくる。
(本書「あとがき」より)」



目次:

石の中の絵
石の雨
恋する石
柘榴石の魔力
石の夢 あるいは木内石亭
石の薬効
食べる石
産む石
世紀末の石
贋の石
孤児の石
呪われた石

あとがき ただの石のはなしということ



種村季弘 不思議な石のはなし 02



◆本書より◆


「石の中の絵」より:

「とりわけ「フィレンツェの石」とか「トスカナの石」と呼ばれた特産の大理石や瑪瑙(めのう)があった。石理には美しい、ときにはまがまがしい波紋や裂け目がしるされていて、それがある風景や廃墟、さらにはそのなかにいる人間や動植物を髣髴(ほうふつ)とさせるのである。」
「石のなかに閉じこめられた世界像、あるいは石の絵。ルネサンスからバロック時代にかけて、この種の珍奇な石のコレクションが熱病のように流行した。」
「フランスの美術史家ユルギス・バルトルシャイティスの「石のなかの絵」というエッセイには、この種の石細工の珍品がいくつも紹介されている。一例が「ソドムとゴモラの破壊」。旧約聖書のエホバの怒りに滅ぼされた二つの都市の廃墟が石の上にまざまざと描きだされている。自然石そのままではないが、それに若干の手をくわえて壮大なパノラマを出現させるのである。」
「そういえば十八世紀初頭に成立したフェラーラ大理石による「都市風景」や「廃墟都市」もおもしろい。当時は存在するはずもないニューヨークか東京のような摩天楼ならび立つ超近代都市が前者では整然と描かれ、というより石の偶然の紋様のなかに浮かび上がり、後者では見る影もなく破壊されている。(中略)古代の亀甲占いの亀裂のヴィジョンにまでさかのぼる自然物の予言の力は、石にうけつがれる。歴史の経過する間私たちは、はじまりの前にすべてを見通している石の千里眼にたえず見つめられているのではあるまいか。」



「石の雨」より:

「そういう「石の雨」の一種である隕石についても、学者と農民の間で意見が分かれた。意外なことには、科学者たちはかなり最近まで隕石が天空から降ってくるとは考えていなかったのである。(中略)隕石が空から降ってくるなどというのは、無知蒙昧な「民衆の迷信」にすぎない。それかあらぬか十八世紀の学者たちは、隕石が宇宙空間から落下したと信じて阿呆あつかいにされるのをおそれて、前時代の標本コレクションからわざわざ隕石を外して捨ててしまったという。」
「その点では、隕石をあくまでも神のつかわした石の雨、火の雨とみていた民衆の「迷信」のほうが直感的に実情をつかんでいたのである。」



「恋する石」より:

「石が生きて成長するというイメージはしかし、なにも東洋的アニミズムに特有のものではない。ヨーロッパ人も古くは、ということはキリスト教以前の時代には、そう考えていた。「石は地中で植物のように成長している。どんどん伸び、大きくなる。むかしはそうだった。そこへ救世主キリストがきて、石の成長をとめた。それ以来、石は不変不易の物質となったというのである。」
「ことほどさように、キリスト教以前の世界では石は生きていた。しかるにキリスト降臨以後、石は死んだか、すくなくとも仮死の状態に封じこめられたわけである。それならば石は死もしくは仮死の状態から復活することもあり得るのではないか。石の生命がふたたびよみがえり、生きて動き、のみならずぐんぐんと成長することもあり得はすまいか」



「柘榴石の魔力」より:

「フランス東部のフランシュ-コンテ地方にふしぎな伝説上の蛇がいる。ヴイヴルという名の大蛇だ。ヴイヴル蛇は頭の天辺に柘榴(ざくろ)石の王冠をかむっているか、それとも目が柘榴石の一つ目であることになっている。」
「もちろんヴイヴルも、まして柘榴石の王冠も、そうそうたやすく手に入りはしない。しかしかりに手中にしたとすれば無限の富を約束されたも同然である。魔法の光をはなつ柘榴石は山の精や侏儒(こびと)の棲んでいる地下世界をすみずみまで照らしだし、人目にかくれた宝石や貴重な鉱物のありかを掌(たなごころ)を指すように教えてくれるからだ。」

「ほとんど万能といっていいほどの「真の柘榴石」に欠点があるとすれば、それは存在しないか、すくなくともこれを見たという人間が一人もいないことだった。」



「石の夢 あるいは木内石亭」より:

「時は寛保元年正月十八日夜のことである。(中略)市中を通りすぎて、ある古鉄店の前にさしかかった。店先に青々とした葡萄の実が糸で吊り下げてある。近づいて見ると葡萄の実と見えたのはじつは石だった。葡萄石。値段をきくとべらぼうに安い。かねて念願の葡萄石を手に入れて、してやったりとばかりほくそえむ。そこで目がさめた。夢だったのだ。夢の顛末を石マニアの同好の士に話すと一笑にふされた。
 ところが、これが正夢だったのである。翌年の同じ正月十八日、今度は大津高観音初詣の途上、去年の夢に見たのとそっくりの古鉄屋の前にさしかかった。見ればその店先に夢のなかとそっくりの葡萄石が吊り下がっているではないか。値段も夢のなかと同じように、夢ではないかと思うくらい安い。」

「木内石亭の主著『雲根志』は、江戸期髄一の鉱物図鑑(石譜)として知られている。ついでながら石が「雲根」と呼ばれるのは、空の雲が岩石を根にして湧きでると考えられていたからで、これを逆にいえば石が雲の根ということになる。雲母も、雲を産む母体と思われていたから雲母である。
 とまれ『雲根志』には、当時知られていた石という石で記載されていないものはなかったといっていい。石亭は八十五歳の長い生涯の間に、二千余とも三千ともいう石を集めた。」



「石の薬効」より:

「石は、当事者をつけねらう魔や邪視から身を護ってくれる。そのために肌身につけた。(中略)とりわけ病魔が魔除けの対象だった。宝石は医療器具として(も)つかわれたのである。
 どんな宝石(あるいは石)が、どんな病気を寄せつけないかについては定石らしいものがあった。たとえばエメラルドは癲癇(てんかん)に特効がある。琥珀は胃痛に効き、ダイヤモンドは狂気から身を護ってくれる。」

「石の治癒力というのは、そもそもが小宇宙である人間の肉体をもふくむ、世界の衰弱・病気を前提にした危機の乗り越え策である。ヒルデガルト(引用者注: 『自然学』に様々な石の効能をしるしたヒルデガルト・フォン・ビンゲン)は紀元一一〇〇年以後、世界は老化し、死に向かってまっしぐらに転落しつつあると考えており、それに対して始源の汚れなき力を保持し続けている石の治癒力に期待をかけたのであった。」



「食べる石」より:

「なによりも石や鉱物を食べられるのでなければ、仙人にはなれない。(中略)その最高が金。とりわけ液化した金を飲めば、たちまち身は天に舞い、さまざまの精霊を使役して、不老長生がかなえられる。」
「なかにはしかし変わり者の道士もいる。鉄を金に変える奥義伝授を目の前にしながら、くるりと回れ右をして命限りある俗界のほうに帰ってしまう。
 呂洞賓という仙人がそれだった。」
「幸田露伴の呂洞賓伝(『諭仙』)のなかにもこの逸話は引かれている。「曰く、不老長生神通遊戯、此もまた得べきか。曰く、問ふことを休(や)めよ。老を長生といふ、老いずして豈(あに)長生あらんや」。
 鉄は鉄、金は金、それぞれをそれとして愛(め)でるのが真の博物誌的精神であるとするならば、青春は青春、老年は老年として、それぞれこれっきりかけがえなく生きるのが人生というものだ、老いないで長生もないものだ、というほどの意味だろう。つまるところ、そういう生き方が金だったのである」



「産む石」より:

「石は産むのである。あるいは産むと考えられていた。石は神々や英雄や人間を産むだけではなく、石そのものをも産む。これが孕み石とか子持石とかいう小石が入れ子になった石だ。大きな石が長年のうちに風雨に削られて、なかの砂礫が露出してくる。それがぼろぼろ落ちてくるのが石の分娩に見えた。」
「ことほどさように石は子を産み、増殖し、生まれた小石は成長して巨大な巌になり、それがまた子を産んで、というふうにどこまでも石は反覆発生してやまないのである。すくなくとも人びとがそう固く信じていた時代があった。」



「世紀末の石」より:

「その領主と領主夫人は、「魅せられた庭園」に、二人べつべつの宮殿(みやい)に立てこもっていた。いずれの宮殿も贅美のかぎりを尽くして飾り立てられ、しかもなかにいる二人はそれぞれ完璧な孤独に閉ざされている。」
「ことほどさように、領主夫妻の周囲には生きとし生けるものの気配はまるでない。ものみな死物。真珠、金襴、雪花石膏(アラバスター)、オパール、宝石、身の回りをことごとく選びぬかれた金属と鉱物とで絢爛と飾り立てながら、それゆえに生ある外界との接触を絶たれている。」
「ドイツの世紀末詩人シュテファン・ゲオルゲの詩集『第七の輪』のなかの「魅せられた庭園」の一節である。」
「ゲオルゲにかぎらず世紀末詩人たちは、その作品にことばの石をちりばめ、ことばの金属をはめこんだ。(中略)生のたそがれの闇のなかで、地下の石や鉱物がほのめき明るみはじめるのである」



「孤児の石」より:

「オルファヌスという宝石がある。ふつう単玉石と呼ばれている大きなダイヤモンドだが、もともとの意味は「孤児」。両親のいないみなしごである。天上天下唯我独尊。どこから生まれてきたのか分からず、横のつながりもない。過去がなく、人びとと共有する現在もなく、それゆえに世界にただ一つしかない石。ということは何者にも属さず、それ自体だけで存在してすべてに君臨する帝王の似姿という意味にもなる。そこでふつうオルファヌスといえば、ドイツ皇帝の王冠に輝く宝石のことだった。
 オルファヌスは、その昔は夜になるとキラキラ光った。しかし、そのことを報告しているアルベルトゥス・マグヌスは、自分は石の光る現場を見たことがない、といっている。中世が衰退しかけていたアルベルトゥスの時代には、それはただの石ころのようにもう輝かなくなってしまったのだ。
 オルファヌスは錬金術師の著作にも登場してくる。それは、魂の夜のなかに投げ出されてひとり闇なのかをさまよいあるき、艱難辛苦の果てに離別した父や母にふたたびめぐりあってみずからの高貴な身許を確認する孤独な魂である。ということは一寸先は不明の闇のなかを手探りで探究してゆく(錬金術)道士その人の分身でもあるだろう」

「たった一つしかない石は、二つになり三つになり、(中略)分離・結合をいつ果てるともなくくり返す。このように(中略)オルファヌスも「この精神の石の部分」である無数のわれわれを一つにした一つしかない石であり、それならわれわれが、つまりは世界が、分裂しているときには輝かず、調和した瞬間には(中略)闇のなかに燦然と輝くだろう」



「呪われた石」より:

「かつて生きていて、いまは形あるまま仮死状態にあるようにみえる化石は、(中略)形あるまま眠っているのだから、(中略)いつかは目を覚まして動きだすかもしれない。」


「あとがき ただの石のはなしということ」より:

「道端にざらに転がっていて、ふつうなら見過ごしている石、それがふと気になって、何かの拍子に思わず拾ってしまう。するとごろんところがしたまま研磨も彫石も受けていない、不格好な形の、どうかすると欠け目や傷だらけの石の不完全さそのものから、洗練された完全な石の一糸乱れぬ端正な純粋さにはない、汲めども尽きせぬ雑多な記憶がこんこんと湧き上がってくる。(中略)そしてそのただの石を媒介にした記憶の喚起作用がすみずみまで行き届くと、ちょうどさまざまの雑多なこまかい支流を集めて悠然と流れる大河小説を読み終えたときのような満足感を覚えて、いまさらのようにただの石という小さな物体の内臓しているメモリーの容量に驚くのである。」




こちらもご参照ください:

斎藤忠 『木内石亭』 (人物叢書 新装版)



















































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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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