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『アポリネール傑作短篇集』 窪田般彌 訳 (福武文庫)

「ムッシュウ、何もこわがることはありませんぜ。わしは悪者じゃないですからな。とても不幸な人間なんですよ。」
(アポリネール 「鷲狩り」 より)


『アポリネール
傑作短篇集』 
窪田般彌 訳
 
福武文庫 あ 0201 

福武書店 
1987年1月10日 第1刷印刷
1987年1月16日 第1刷発行
277p 
文庫判 並装 カバー
定価480円
装丁: 菊地信義
カバー写真: 瀬尾明男



「訳者あとがき」より:

「本書は詩人ギヨーム・アポリネールが生前に発表した異色短篇集『異端教祖株式会社』(L'Heresiarque et Cie, 1910)と『虐殺された詩人』(Le Poete assassine, 1916)を中心にして編み、それに前記二冊の短篇集以後に書かれた作品六篇を加えた。」
「私の全訳『異端教祖株式会社』と『虐殺された詩人』は、前者には角川文庫版(昭和三十六年)、晶文社版(昭和四十七年)、後者には白水社版(昭和五十年)があり、これらは「拾遺コント集」と一括して青土社版『アポリネール全集Ⅱ』(昭和五十四年)に収録されている。本傑作選においては、青土社版を底本としたことをお断わりしておきたい。」



アポリネール傑作短篇集


カバー裏文:

「比類なき反逆精神で既成芸術を否定し、アヴァンギャルドの旗手として活躍した、夭折の詩人・小説家アポリネールの傑作短篇集。現実と空想が奇妙に交錯し、不思議な味わいを醸し出す23篇を収録。」


目次:

プラーグで行き逢った男
ラテン系のユダヤ人
魔術師シモン
ケ・ヴロ・ヴェ?
ヒルデスハイムの薔薇
オノレ・シュブラックの失踪
アムステルダムの船員
詩人のナプキン
贋救世主アンフィオン

月の王
ジォヴァンニ・モローニ
影の出立
死後の婚約者
青い眼
聖女アドラータ
おしゃべりな回想
鷲狩り

《ジオコンダの犠牲者》によるサン・ラザール駅のロビンソン・クルーソー
影の散歩
オレンジエード
整形外科
妖婦
鉢植え

訳者あとがき




◆本書より◆


「プラーグで行き逢った男」より:

「――私はさまよえるユダヤ人です。きっともうそんなこともおわかりになっていたことと思いますが。」
「未来も死もこわがってはいけません。人間は絶対に死ぬというもんじゃありません。一体あなたは、死なないのは私だけだと思っているんですか! エノクや、エリヤや、エンペドクレスや、テュアナのアポロニウスのことを思いだしてみて下さい。ナポレオンが今なおこの世に生きていると信じている人間が、世界中に全くいないでしょうか? また、あの不幸なバヴァリアの国王ルードヴィッヒ二世は! バヴァリア人にきいてごらんなさい。かれらはみんな断言しますよ、気の違った気品高い国王は、今も生きていると。だからあなた自身だって、もしかすると死なないかもしれません。」

「ぼくは、かれのがさがさした長い手を握った。
 ――さようなら、さまよえるユダヤ人、幸せな、いずこの当てもない旅人。あなたの楽天主義も大したものですよ。あなたのことを、悔恨にやつれ、つきまとわれたぺてん師などと思っている奴は、狂人のたぐいですよ。
 ――悔恨ですって! なぜですか? 魂の平和をお保ちなさい。そして悪人になることです。善人どもは、きっとあなたに感謝しますよ。キリストなんてものは! 私はかれを嘲笑してやったんです。だから、かれは私を超人にしたのです。さようなら!……」



「ヒルデスハイムの薔薇」より:

「かれの奇妙な行状はじきに、ハイデルベルヒの教授や学生たちの気をひいた。かれの仲間でない連中は、遠慮会釈(えしゃく)なく、あいつは気が狂っているといった。仲間のものたちは弁護してくれたが、その代り、ネッケル河のほとりで今なお人々の語り草となっている決闘が、次々と数知れず行われた。それから、かれについて噂があれこれと伝わった。一人の学生はあるとき、野原を散歩するかれのあとをつけた。その学生は、エゴンが一匹の牡牛に近寄り、次のように話しかけた、と語った。
 ――ぼくはケルビム天使を探しているんだよ。似ているってことはぼくを感動させる。ぼくがみつけたのは牛さ。でも、本当に、ケルビム天使というのは、翼をつけた牛なんだね。ねえ、草を食べている美しい牛よ……きみの善良な性質のなかには、天国の最も高貴な階級の一つを占めている、あの動物たちの知恵があるのかもしれない。さあ、教えてくれないか、クリスマスの伝説は、きみの種族の間で永く永く残っているのではないかね? きみの一族の誰かが、秣桶の子を息で温めたということを、きみは誇りとしているのではないかね? そうなら、ケルビム天使に似せて創られた高貴な動物よ、きっときみは知っているんだろう? どこに三博士たちの黄金が隠されているかを知っているんだろう? ぼくはその宝を探しているのだ。その神聖な富で金持にしてもらいたいのだ。おお牡牛よ、ぼくのただ一つの希望よ、答えておくれ! ぼくは驢馬(ろば)たちにもきいてみたよ、でもかれらは所詮動物さ。(中略)あの元気のいい動物ときたら、たった一つの返事しかできないんだからな。「ヤア」というドイツ語のしゃがれた肯定語をくり返すだけさ。
 夕暮も終りかけるころだった。遠くの家々にはランプの灯がついていた。まわりの村々も次々と輝き始めた。牡牛はゆったりと首のむきをかえ、モーとうなった。」

「この小さな町なかを橇(そり)が何台も滑る、氷の張ったある朝、エゴンの両親が暮しているドレスデンから発送された一通の手紙が届いた。イルゼの父は眼鏡(めがね)がみつからなかったので、彼女が高い声で読みあげた。その便りは悲しく、短いものだった。エゴンの父は、息子が恋のために気が狂ったといってきたのだった。それから、息子が身命を賭しても手に入れようとした三博士たちの宝の話や、狂乱状態のかれをさる精神病院に軟禁したが、気が狂ってもイルゼの名をくり返し呼びつづけていることなどが書いてあった。
 この便りを読んでから、イルゼは眼にみえて衰え始めた。(中略)家事も裁縫も、何もかもしなくなった。いつでもピアノをひいているか、あるいは物思いにふけっていた。そして二月のなかばごろ、ついに床につかなければならなくなった。」



「オノレ・シュブラックの失踪」より:

「――びっくりしたかね! とかれはいった。しかし、きみには今やっと、なんでぼくがこんな変てこな服装をしているかがわかったろう。でも、ぼくがどうやって、きみの眼の前で完全に消えてしまったかはわからなかったろう。そいつはとても簡単なことさ。擬態現象というやつを考えてくれればいいんだ……自然はやさしき母だ。彼女は自分の子供たちのなかで、危険にたえず脅かされ、そのくせ自分を守るにはあまりに弱いものたちに対し、自分をとりまくものと一つになることのできる能力を与えた……(中略)蝶は花に似ているし、ある昆虫どもは木の葉と区別がつかない。カメレオンは自分を最もよく隠してくれるものの色になってしまうし、われわれが田畑にみる野兎に劣らず臆病な北極の兎は、一面に氷の張ったその地方と同じ白色となるから、逃げるときはほとんど眼にもつかないというわけさ。
 こんなふうに弱い動物たちは、その外貌を変えてしまう器用な本能がそなわっていて、それで敵から逃れることができるのだ。
 そしてね、ぼくもたえず敵に追われているのだ。だがぼくは弱虫で、闘って自分を守ることなんかとてもできないことを知っている。まさにぼくは、あの弱い動物と同じさ。だからぼくは望むときに、とりわけ恐怖を感じたときには、いつでも周囲のものと一体になることができるのだ。」



「月の王」より:

「すぐにバヴァリア王ルードヴィッヒ二世だと私が気がついたこの男の言葉が高まるにつれて、私はバヴァリアの民衆たちが固く信じている考えが――つまり彼らの不幸な狂王はスタンベルグ湖の暗い水底に死んだのではないという考えの正しさを認めるにいたった。」


「ジォヴァンニ・モローニ」より:

「その頃、私は七歳でした。父は私に綴りを教えようとしました。ところが、私は父の手ほどきにいっこうになじめず、たった一人でイタリア拳をしているほうが好きでした。一人でイタリア拳をするのは無理なことですけど、できなくはないのです。
 イタリア拳をしない場合には、自分でミサを行ないました。椅子を祭壇とするわけですが、私はその祭壇をベッファーナが持ってきてくれた小さな枝つき燭台や、聖体器や、鉛の聖体顕示台で飾ったものです。ときには、先端に馬の頭がついている棒にまたがったりしました。そして、とうとう遊びという遊びに倦(あ)きてしまうと、マルディーノと一緒にどこか片隅に身を隠しました。この人物は私の生活のなかで大きな場を占めていました。彼は緑と黄と青と赤にぬりまくられた操り人形です。私は他のいかなる玩具よりも、この人形が好きでした。なにしろ、わが育ての父がそれを彫るのを、この眼で見ていたんですからね。」
「人形をマルディーノと呼ぶようになったのは、どうしてだかわかりません。わたしは自分の注意を惹いたものにはなんにでも、勝手に名前をつけていたのです。あるとき台所のテーブルの上に一匹の魚を見つけました。私は長いあいだ考えぬいて、ビオヌロールという名前をその魚につけたものです。
 ある日、私はマルディーノとおしゃべりをしてみる気になりました。というのは、操り人形は返事をしてくれると、そう私は思いこんでいたからです。」



「鷲狩り」より:

「ところが私は郊外で道に迷ってしまい、あれこれまわり道をしたあげく、やっとのことで人影もない、広く薄暗い通りに出た。一軒の店が目にとまった。その店は非常に暗く、空家(あきや)のようにも思えたが、道を尋ねるために中に入ってみる決心をした。そのとき、私を軽く押しのけながら追いこしていった一人の通行人が私の注意を惹いた。彼は小柄な男で、肩に将校用の短い外套を翻していた。私は足をより早め、彼に追いついた。横顔がうかがえた。しかし、その顔付きが見分けられたとたんに私は後ずさりしてしまった。人間の顔どころではなかったからである。私の横に立っていた男は鷲の嘴(くちばし)をつけていたのだ。曲がっていて丈夫な、恐ろしく、そして極度にいかめしい嘴を。

 恐怖を抑えて、私はふたたび歩きはじめたが、人体に肉食鳥の頭をつけているこの奇妙な人物を注意して観察していた。彼もまた私の方に顔を向け、じっと見すえながら、老人の声をふるわせて、次のような意味の言葉をドイツ語で言い放った。
 「ムッシュウ、何もこわがることはありませんぜ。わしは悪者じゃないですからな。とても不幸な人間なんですよ。」」



「影の散歩」より:

「もうすぐ正午になろうというときだった。影が一つ、こちらにやってくるのが眼に入った。ところが驚いたことに、その影はいかなる肉体のものでもなく、ただ一人、気ままに進んでくるのだった。
 影は地面の上に斜めに伸びていた。歩道に近づいたかとおもうと突如二つに折れ曲がり、ときに壁のそばにくれば、まるで誰かに挑戦するかのように、まっすぐに立ちあがった。」
「全く人気のない通りの曲がり角で、影は何かためらうようにして折れまがり、姿を消していったが、私はその瞬間に後を追ってみる気になった。」





こちらもご参照ください:

アポリネール 『異端教祖株式会社』 窪田般彌 訳
アポリネール 『虐殺された詩人』 窪田般彌 訳 (小説のシュルレアリスム)
ギヨオム・アポリネール 『贋救世主アンフィオン』 辰野隆・鈴木信太郎・堀辰雄 共訳



































































































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うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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将来の夢: 石ころ。

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