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吉本隆明 『初期歌謡論』

「ブレイクの〈有心〉の彼方に、浄界か練獄かを意味する〈無心〉がふたたびある。そのふたたびの〈無心〉の直前にある境位が、「有心様」の世界であった。「有心様」の例歌はいずれも生々しい感性が直体で歌いくだされているが、歌そのものとしては破たんをかえりみない風体に占められているのはそのためだとおもえる。」
(吉本隆明 『初期歌謡論』 より)


吉本隆明 
『初期歌謡論』


河出書房新社 
昭和52年6月20日 初版印刷
昭和52年6月25日 初版発行
491p
四六判 丸背布装上製本 貼函
定価1,800円
装幀: 菊池薫



本書「あとがき」より:

「本書は雑誌「文藝」の昭和四十九年十月号から五十年四月号にわたって本書の見出し通りの形で、各章ごとに連載された文章に、補筆と訂正を加えて成ったものである。」


吉本隆明 初期歌謡論


帯文:

「〈あはれ〉〈かなしみ〉に象徴される“日本的感性”はいかに定着したか。古代歌謡から万葉集を経て古今・新古今にいたる詩意識の変容と和歌の成立過程を包括的に解明し、言語の共同性への著者の独創的な構想力の展開と深化を示す大著」


帯背:

「和歌成立史へ
の画期的論究」



目次:

Ⅰ 歌の発生
Ⅱ 歌謡の祖形
Ⅲ 枕詞論
Ⅳ 続枕詞論
Ⅴ 歌体論
Ⅵ 続歌体論
Ⅶ 和歌成立論

あとがき




◆本書より◆


「Ⅰ 歌の発生」より:

「神話の物語や歌謡には、物語ることと歌うことが、実際の行為と区別できなかった時代が埋もれている。それを探すには、伝えられた物語や歌謡から、後につけくわえられたもの、編者の意図が強調されすぎた個所、また、編集のさい新しく創りあげられたものを削りおとしてゆかなくてはならない。」

「その未明のころの和語は、あることをより微細にあらわしたければそれをさす言葉を、ただ畳み重ねればよかった。〈今日〉という日が生き生きとした、満ちあふれるような日であったなら「今日の生(いく)日の足(た)る日」といえばよかった。」

「この〈畳み重ね〉は、(中略)和語の本質に根ざした普遍的な意義をもっていたと推定される。そして〈枕詞的なもの〉の初原でもあった。では、なにが和語にとって普遍的な意義をもっていたのか。すくなくとも、この時期までは、和語は大陸の漢語にくらべて遙かに地を這うような未開の言語であった。いいかえれば具体的な〈物〉を離れてあまり抽象的な概念をあらわすことができなかった。その代りに、語の〈畳み重ね〉によって、それに近傍(あるいは同一対象についての異った言葉)の概念を〈重ね〉て、わりに自在で、ひろい対象の〈空間〉を指す語をつくりうる言葉であった。そこで、ひとつの対象を指す表現を途中で懸垂させ、ふたたびおなじ対象をべつの視角から指すという屈折と反覆の仕方に、律化の最初の契機をみてもよかったのである。」



「Ⅱ 歌謡の祖形」より:

「時間を遠く遡行していったどこかに、(中略)断絶も文化的な背景のちがいもない場所があり、そこでは詩歌はただ詩歌として存在した。詩歌はただ神話的行為のあいだに、ふと吐きだされる吐息や合図の声であった。神話もまた、部族ごとに時間の無いころの象徴の行為であった。言葉の重さは、ただトーテムとおなじ重さであったし、言葉の時間は胎内をかけめぐっているだけであった。そのとき詩歌はどういう形で存在しており、どういう統一した感性をはらんでいたか、それはいつの時代か? 不可能な夢でも、こういう課題へ接近したいという欲求には、切実な現在の思いがこめられている。すべての編集され記録された神話は、白けはてた作為と、堕落した荘厳化の作業におおわれている。物語が荒唐無稽だから虚偽なのではない。露骨につじつまがあっているために虚偽なのだ。神話的行為に、夢の時間と空間の展開様式をみたいのに、しばしばあさはかな作為に、夢は中断させられてしまう。言葉もまた作為を負わされていて、文字の形象でさえ意味有り気にとりかえられている。ほんとうの〈神話〉は『神話』の記述を削りおとして組みかえなければ、ほりおこせない。おなじように〈歌謡〉の原型も『歌謡』を削りおとさなければ、ほんとうの姿をあらわさない。」

「真淵の考え方をつづめてみれば、いくつかに要約することができる。ひとつは、歌の初めの形は、言葉もかざらず、また短かかったにちがいないということである。」
「もうひとつは、古くからの歌は、おおむね四言であり、これを言葉を長くしてうたえば、声を引くところでととのえられて、音声の上では五拍七拍になるかもしれないが、「やくもたつ」のような歌は、音声をまたずに五・七の言葉が調っており、これは歌の心も五七五七七にととのっていたことを意味するので、書かれた歌の始めとはいえても、歌の始めとはいいいがたいというものであった。真淵によってはじめて、歌われたとき五拍音、七拍音に律が近づいてゆくということと、書かれたときに五音数や七音数であるということとは、まったく別だということが識知された。音声によって拍音は引きのばしたり縮めたりすることができる。書かれるばあい意味にならない音数を挿入することはできない。そうだとすれば、書かれた歌が「八雲たつ」のように、すでに五・七の音数律をもって、しかも定型を保っているということは、新しいものとみなすほかはない。ただ、強いていえば詩句の繰返しがある(「八重垣」のような詩句)ことに、ある程度の古さをみとめられるだけである。真淵のいうように、「詞もかざらず、句もみな三句のみにして、しかも詞の數も定まらざる」大久米命と伊須気余理比売の応答歌のような歌が、はるかに古層を保存していることは、はっきりしている。」
「この真淵の見解ではじめて、詩歌の起源の問題が、神話や伝承からも解放され、また、〈書かれたもの〉と〈音声でうたわれたもの〉との区別の意識のうえに、おかれたといってよい。」
「歌の起源にかぎらなくても、在満にはじまる近世初頭の歌をめぐる論議のうち、現在もなお意義を失わないのは、真淵の見解だけであった。(中略)かれは堂上歌学によって大事に守られてきた神話や古伝承の囲いからじぶんを解き放つことができていた。その意味で画期的なものであった。」
「わたしの知っている限りでは、真淵の見解とほぼおなじところから発して、さらに歌の起源の問題を遠くまでひっぱっているのは、折口信夫ひとりである。折口の方法もまた「推し量り」によるものだが、方法的な一貫性と学殖と想像力によって、遡りうる極限のところまで、歌の起源をひっぱいっていった。」
「ところで、歌謡の起源の形をもとめることは、それほど魅力的であろうか。わたしはうまい言葉でいうことができないが、魅力があるとすれば、〈詩〉は神話の編成時代にはるかに先行するというモチーフを充たすことである。また、それを確めるために神話の地の文ときりはなすとき、意外にもきわめて平凡なそれでいて思いがけない古歌謡がすがたをあらわす。それは、とうてい名跡あるものの作ではなかった。村落や海や山あたりに住む何でもない人々が、いつの間にか時間に淘汰された歌謡をもったというべきである。」

「わたしたちもまた空想しようとしている。(中略)現在の『記』『紀』歌謡に、尾びれ背びれがあればこれを削りおとし、ぜい肉があれば切りとり、ほんとうに基層の歌謡の姿が出土するとすれば、それだけが遠い時間への遡行にたえるものと思ってきた。わたしたちの根拠は、『記』『紀』の神話的な物語や歌謡は、そんなに古い形のものではないし、そこで使われている言葉も基層の時間に話されていた言葉から変貌しているにちがいないという認識だけである。よほど巧みな排除をほどこさないと、たぶんわたしたちは、自身の神話や歌にゆきつかないし、ほんとうは自身の言葉にさえゆきつかないかもしれない。そういう危惧がわたしたちの方法である。」



「Ⅳ 続枕詞論」より:

「枕詞が枕詞として独立するためには、(中略)ある地域的な共同体の内部で、枕詞自体が共同幻想の象徴(中略)になり得なければならない。すくなくとも、枕詞が成立した初原の時期ではそうであった。」


「Ⅵ 続歌体論」より:

「たとえば『金葉集』には

    八月ばかりに月あかゝりける夜 あみだの聖のとほり
    けるをよびよせさせてさとなる女房にいひ遺しける
  あみだ佛ととなふる聲に夢さめて西へかたふく月をこそみれ

 これは〈八月の頃、月が明るく照っている夜に、浄土門の巡行僧がとおりかかったのを、屋敷に呼び入れるようにと云いつけた折、里に帰った侍女に云ってやった〉という歌である。そういうことが風習として貴族や王族たちのあいだであったとすれば、すでに天台教義いがいになかった法華経の理解を、浄土門的によみかえる風潮は社会的な上層にまで滲透しつつあったと解してよかった。空也上人のような存在は数多くいて、念仏をとなえながら巡行していた。きっと普通の門付けをしていたにちがいないが、貴族や王族たちも後生を願うためにこういう僧侶を、屋敷内に招じて読経や念仏の一遍を乞うということもあったのである。あるいは門前で念仏を称えさせていくばくかの金品を喜捨するということだったかもしれない。定家の〈有心〉(的なもの)は、こういう浄土門の興隆を大衆的な背景として、はじめて成立したメタフィジィクであった。「定家十体」が「有心様」を他の歌体のうえにおいたとき、その背後をささえたメタフィジィクは天台教義の解体と、新興の浄土教的な感性によって象徴される生々しい〈こころ〉―〈在る〉の思想であった。「あみだの聖」たちが説いてあるいたのは、現世が厭離すべき欲念や不善にみちているからに、念仏して急ぎ浄土を求むべきことであった。「有心」という意味をメタフィジカルに解するかぎり、現世のいとうべき欲念の諍いや利害にあざなわれたあさましい姿をうけとめる〈心〉をもつことを意味した。そしてもっとつきつめていえば、そういう穢汚にみちた現世の姿を、〈はかなさ〉や〈あわれさ〉や〈いとわしさ〉として知る〈心〉をさしている。さらにそこから浄土をすすんで求める〈心〉をも意味していた。西行が「心なき身にもあはれは知られけり」と詠んだときの〈無心〉は、すでに現世の欲念と汚辱のあさましさをそれとしてうけとめて、生きながら来世に〈心〉を置いた生きざまのことをさしている。あたかもウイリアム・ブレイクが〈無心〉の詩というときは、現世を明るい肯定的な表象でとらえた詩、〈有心〉の詩というときは現世を悲しみや暗い心のひだでとらえた詩をさしているのとにていた。

  子供らの声声が 緑の野原で聞かれ
  高らかな笑いが 丘の上で聞かれるとき
  わたしの心は わたしの胸にやすらぎ
  ほかのものはみな しずまっている
       (「乳母の歌(無心)」寿岳文章訳)

  子供らの声声が 緑の野原で聞かれ
  ささやきが 谷のそこここにあるとき
  青春の日が わたしの心に むらむらよみがえり
  わたしの顔は 生気を失い 色あおざめる
       (「乳母の歌(有心)」寿岳文章訳)

 ブレイクの〈有心〉の彼方に、浄界か練獄かを意味する〈無心〉がふたたびある。そのふたたびの〈無心〉の直前にある境位が、「有心様」の世界であった。「有心様」の例歌はいずれも生々しい感性が直体で歌いくだされているが、歌そのものとしては破たんをかえりみない風体に占められているのはそのためだとおもえる。」



「Ⅶ 和歌成立論」より:

「〈古今的なもの〉の世界では、すでに修辞的な虚構が自在になっていた。あるひとつの叙すべき〈心〉があれば、その中心にむかって修辞をあつめることができた。言葉だけしかなくても〈心〉の真実性だけが詩的な真実であるというところまで歌は到達していた。」
「わすれては夢かとぞ思ふ思ひきや雪ふみわけてきみを見むとは
       (『古今集』巻十八・九七〇)」
「もうここでは歌枕のような共同の幻想にかかわる地名や景物はまったく登場しない。いきなり「わすれては夢かとぞ思ふ」という心の告白が下句に懸けられている。これを保証しているのは心的なリアリティだけである。(中略)歌枕のような共同の景物ではないありふれた自然物が仮構され、そのリアリティを保証しているのは、だれでもどこでも日常眼にふれる対象が択ばれているということだけである。だれでもが体験するなにげない慣れきった対象が択ばれているという意味で、共同の現実(引用者注: 「現実」に傍点)が実在している。歌枕のように共同の幻想(引用者注: 「幻想」に傍点)が呼びこまれてはいない。これは歌のうえでは画期的なことだった。(中略)感性的な自然だけは、すべての歌の風姿を貫いて『古今集』の成立を本来的な〈和歌〉の成立にまで導いたのである。」











































































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うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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