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Mark Dery 『Born to Be Posthumous: The Eccentric Life and Mysterious Genius of Edward Gorey』

「I"ve always had a rather strong sense of unreality. I feel other people exist in a way that I don't.」
(Edward Gorey)


Mark Dery 
『Born to Be Posthumous:
The Eccentric Life and
Mysterious Genius of
Edward Gorey』


William Collins, An imprint of HarperCollins Publishers, London, 2018
viii, 503pp, 24x16cm, hardcover, dust jacket
Book designed by Marie Mundaca
Jacket design by Jim Tierney
Printed and bound in Great Britain



マーク・デリーによるエドワード・ゴーリー評伝。
モノクロ図版43点(写真図版17点、作品図版25点、Don Bachardy によるゴーリー肖像デッサン1点)。

本書はアメリカ版もありますが、イギリス版の方が安かったので(2,416円)注文しておいたのが届いたのでよんでみました。アマゾン新品なのにカバーに破れがあったのは残念でした。


mark dery - born to be posthumous - edward gorey 01


Contents:

INTRODUCTION
 A Good Mystery
CHAPTER 1
 A Suspiciously Normal Childhood: Chicago, 1925-44
CHAPTER 2
 Mauve Sunsets: Dugway, 1944-46
CHAPTER 3
 “Terribly Interectual and Avant-Garde and All That Jazz”: Harvard, 1946-50
CHAPTER 4
 Sacred Monsters: Cambridge, 1950-53
CHAPTER 5
 “Like a Captive Balloon, Motionless Between Sky and Earth”: New York, 1953
CHAPTER 6
 Hobbies Odd - Ballet, the Gotham Book Mart, Silent Film, Feuillade: 1953
CHAPTER 7
 Épater le Bourgeois: 1954-58
CHAPTER 8
 “Working Perversely to Please Himself”: 1959-63
CHAPTER 9
 Nursery Crimes - The Gashlycrumb Tinies and Other Outrages: 1963
CHAPTER 10
 Worshipping in Balanchine's Temple: 1964-67
CHAPTER 11
 Mail Bonding - Collaborations: 1967-72
CHAPTER 12
 Dracula: 1973-78
CHAPTER 13
 Mystery!: 1979-85
CHAPTER 14
 Strawberry Lane Forever: Cape Cod, 1985-2000
CHAPTER 15
 Flapping Ankles, Crazed Teacups, and Other Entertainments
CHAPTER 16
 “Awake in the Dark of Night Thinking Gorey Thoughts”
CHAPTER 17
 The Curtain Falls

Acknowledgments
A Note on Sources
A Gorey Bibliography
Notes
Index



mark dery - born to be posthumous - edward gorey 02



◆本書より◆


「Introduction」より:

「"I'm a terrible creature of habit," he admitted. "I do the same thing over and over and over and over. I tend to go to pieces if my routine is broken."」
「Gorey was a bookworm. Waiting in line, killing time before the curtain went up at the ballet, even walking down the street, he went through life with his nose in a book. (His library, at the time of his death, comprised more than twenty-one thousand volumes.)」
「He had good friends, but whether he had any *close* friends is an open question. With rare exception, he was silent as a tomb on personal matters - his childhood, his parents, his love life. Even those who'd known his for decades doubted they truly knew him.」


(「僕は習慣の奴隷だ。同じことを何度も何度も何度も何度も繰り返す。決まり事を守っていないとどうしたらいいかわからなくなってしまう」(ゴーリー)。
ゴーリーは本の虫で、列に並んでいるときも、道を歩いているときも、本をよみながら人生を通り抜けた。蔵書数は二万一千冊に達していた。
友人はいたが、「親友」がいたかどうかは謎だ。少年時代、両親、愛など個人的なことに関してはごく稀にしか語ろうとしなかった。何十年の付き合いがある人でもゴーリーのことをほんとうに知っているとは思っていなかった。)

「On occasion, he even doubted his own existence: "I"ve always had a rather strong sense of unreality. I feel other people exist in a way that I don't."
 Then, too, Gorey was a Doubtful Guest in the sense that he seemed as if fe'd been in the wrong time, maybe even on the wrong planet.」
「"In one way I"ve never related to people or understood why they behave the way they do," he confessed.」


(ゴーリーは自分自身の存在さえ疑った。「いつも強い非実在感がある。他の人たちは自分とは違うふうに存在しているように感じる」。
するとやはり、ゴーリーは、自分がいるべきでない時代、自分がいるべきでない惑星にいるようだったという意味で「うろんな客」だったのだ。
「僕は人との結びつきを感じたことがないし人がなぜあんなふうにふるまうのかも理解できないでいる。」)


「Chapter 2」より:

「Of course, Gorey was the *least* regular guy imaginable, an unapologetic oddity who thought of himself as "a category of one."」

(もちろん、ゴーリーは考えうるかぎり最もふつうでない人物で、自分一人だけのカテゴリーに属する堂々たる変り者だった。)


「Chapter 4」より:

「Gorey "was already eccentric and individual when I first knew him," said Lurie in 2008.」
「"He had a lot of friends," she notes, ( . . . ) but "was solitary in the sense that he didn't form a partnership with anybody."
Not that there's anything wrong with that, she says. "Not everybody wants to wake up in the morning and there's somebody in bed with them, you know? Some people value their solitude, and I think Ted was like that. He wanted to live alone; he wasn't looking for somebody to be with for the rest of his life. He would have romantic feelings about people, but he wouldn't really have wanted it to turn a full-blown relationship, and that's why it never did." He wasn't a recluse, she emphasizes, just solitary by nature.」


(「若い頃からすでにゴーリーは独得な変り者だった」(アリソン・ルーリー)。
「友人はたくさんいたけれど、特に誰かと親密になることはなかった。でもそれは悪いことではない。孤独を大切にする人もいるのだから。テッド(ゴーリーの愛称)は共に生涯を過ごす相手など求めていなかった。他人に対するロマンティックな感情を抱くことはあったかもしれないけれど、全面的な関係にまで持って行こうとはしなかった。ゴーリーは世捨て人なのではなくて、生まれつき単独行動の人なのだ」。)


「Chapter 6」より:

「"Nothing to communicate, no way of communicationg, must communicate," says Beckett in *L'Innommable (The Unnamable)*, a book Gorey owned.」「"If I had to say I'm like anyone I suppose it'd be Gertrude Stein and Beckett," Gorey once observed」

(「コミュニケートすべきことは何もない、コミュニケートする手立ては何一つない、コミュニケートしなければならない」とベケットは『名づけえぬもの』で言う。「ぼくが誰かに似ているとすれば、それはガートルード・スタインとベケットだ」とゴーリーは述べたことがある。)


「Chapter 14」より:

「Things imperfect, impermanent, incomplete: these were the sorts of things Gorey loved best.」
「Gorey loved rocks. ( . . . ) "If you were to die and come back as a person or thing," ran one of the question in *Vanity Fair*"s Proust questionnaire, "what would it be?" "A stone" was Gorey's reply. "I had a terrible trauma this week," he told the *New Yorker* writer Stephen Schiff. "I didn't know what had become of my favorite rock. And I thought, 'Oh my God, I can't live.' Fortunately, it was found."」


(ゴーリーが最も愛したものは、長続きしないもの、どこか欠けたところがあるものだった。
ゴーリーは石が好きだった。「生まれかわるとしたら」という質問に対してゴーリーは「石ころ」と答えた。
「今週ひどいトラウマ的出来事があった、お気に入りの石がどこかにいってしまったんだ。「もう生きていけない」そう思った。見つかってよかった。」)

「Chapter 17」より:

「Everyone who encountered him assumed he was gay, yet he maintained, to his dying day, that he was a neutral. Nonetheless, his crushes, as we know, were entirely male.」

(ゴーリーと知り合った人はみな、彼を「ゲイ」だと考えたが、ゴーリー自身は自分は「中性」だと言い続けた。とはいうものの、ゴーリーが恋愛感情を抱いた相手がみな男だったことは、本書で述べた通りだ。)


「Yet it's also possible that Gorey was *ahead* of his time, and not just his but ours as well. Was the radical doubter - who questioned not just who he was but *whether* he was - raising a skeptical eyebrow about this whole business of constructing identity ( . . . ) around sexuality?」
「Connect the dots of Gorey's responses to the are-you-gay question and they add up to asexuality, which is, in a way, very Taoist of him. In a world built on philosophical binaries, bisexuality is threatening enough, as White points out. Bisexuals, he contends, "keep a low profile, not because they're ashamed but because everyone distrusts and fears them. Tribes have only two ways of treating interstitial members; they either make them into gods or banish them." Asexuality is beyond interstitial; it steps outside the sexual continuum altogether. Asexuals are the Bartlebys of human sexual response; like the protagonist of Melville's novel, they simply "prefer not to."」


(ゴーリーは彼の時代のみならずわれわれの時代より先へ行っていた可能性もある。自分がどういう存在であるのかのみならず自分の存在自体さえ疑うほどラディカルな懐疑主義者だったゴーリーは、セクシュアリティ(LGBT)にアイデンティティを求めようとする現代の風潮を疑わしく思っていたのではなかろうか。
ゲイ疑惑に対するゴーリーの反応を総合すれば「アセクシュアル」に行き着くが、それはいかにもタオイストであったゴーリーにふさわしい。エドマンド・ホワイトが指摘するように、哲学的二元論の上に築かれた世界においてどっちつかずの存在であるバイセクシュアルは脅威であり、おとなしくしていないと神格化されるか追放されるかどっちかだが、アセクシュアルはさらにその上を行って、セクシュアリティそのもののの外部へ突き抜けてしまう。アセクシュアルはセクシュアリティにおけるバートルビーであって、メルヴィルの小説の主人公のように、ただひたすらなにもしないでいることを望むのである。)



◆感想◆


著者の興味はゴーリーの「ゲイ」問題に集中しているようで、結論的には、ゴーリーは「ゲイ」だが、ゲイ体験の試みに失敗して「アセクシュアル」になることを選んだ、ということのようです。しかしながら、わたしなどもアセクシュアルですが、生まれつきのアセクシュアル者であれば誰しも一度は「自分は同性愛者なのではないか」と悩むものなのではなかろうか。つまり、わたしの見るところ、ゴーリーは生まれつき「アセクシュアル」だったものの、当時はアセクシュアルなどという概念がなかったので、他人に「ゲイ」だと言われ、自分でも「ゲイ」なのではないかと思いこまざるを得なかった、ということなのではなかろうか。同様に、高機能自閉症(AS)などという概念がなかったころには、他人に「変り者(eccentric)」だと言われ、自分でも「変り者」なのではないかと思いこまざるを得なかった……まあ、変り者であることに間違いはないので、それはそれでよいです。
そういうわけで、わたしの興味は「ゲイ」としてのゴーリーにではなく「高機能自閉症者」としてのゴーリーにあるので、そういった意味では本書には不満がありますが(※)、アリソン・ルーリー(Alison Lurie)宛書簡で報告されているというゴーリーのゲイ体験についてとか、絵本『蒼い時』の背景となったトム・フィッツハリス(Tom Fitzharris)との交友について書かれているのは情報としてありがたいです。とはいうものの、引用は断片的にすぎるし、『蒼い時』のキャラクターが描かれていたというフィッツハリス宛の封筒の画像はぜひとも掲載してほしかったところですが、たぶん大人の事情があるのでしょう。
さらに無いものねだりをすれば、期待していた変り者エピソードがほとんどないことと、図版が少ないことで、そのへんはアレクサンダー・セルー(Alexander Theroux)のメモワール本(『The Strange Case of Edward Gorey』)の方が珍しい図版も多いし、変り者エピソードも多いですが、本書の著者によるとセルーの本には事実誤認が幾つかあるということで、しかし事実誤認ということでいえば、本書にもたとえばアルフォンス・アレー原作の「Story for Sara」とシャルル・クロス原作の「The Salt Herring」について両者とも英訳はゴーリーによるものだとしていますが(「Gorey translated both books in addition to illustrating them.」)、ゴーリーの絵本「The Salt Herring」(燻製にしん)には英訳者名はアルフォンス・アレーと記載されています。
それともう一つ残念なのは、わたしがゴーリーを知るきっかけになった、ゴーリー生前にリリースされたマイケル・マントラー(Michael Mantler)のアルバム『The Happles Child』(ヴォーカルはロバート・ワイアット)に関する記述が一切ないことです。序文で言及されているゴーリーにインスパイアされた「an avant-garde jazz album」というのはマックス・ナグル(Max Nagl)の『The Evil Garden』(ヴォーカルはジュリー・ティペッツ)のことでしょう。タイガー・リリーズ(Tiger Lilies)とゴーリーの関係についてはやや詳しい記述があります。

それはそれとして、失われた子ども時代を取り戻すかのように人形芝居に夢中になっていた晩年のゴーリーの姿はたいへん感慨深いです。

※ 著者は「Gorey was a Doubtful Guest in the sense that he seemed as if he'd been in the wrong time, maybe even on the wrong planet.」などと書いているくせに(「wrong planet」はトッド・ラングレンのアルバムのタイトルですが、自閉症スペクトラム者のためのオンライン・コミュニティーの名称でもあります)、ゴーリーは自閉症ではない、とあっさり断言しています。その根拠としてウタ・フリス(自閉症研究の権威)からのメールの返事を掲載していますが、フリスは、故人を診断するのは難しいとしながらも、ゴーリーが自閉症ではない理由として「1. ゴーリーの特徴であるアイロニーは自閉症者が苦手とするものである(Gorey's hallmark irony is incompatible with autism.)」「2. 自閉症者は婉曲な表現を機敏に察知するのが苦手である(A keen eye for subtle cues is incompatible with autism.)」「よそよそしい態度や世間話に興味がないことは理論的には自閉症によるものと考えることもできるが、よそよそしさにはさまざまの理由があり得る(As for his "cool, aloof style, uninterested in chitchat," this could, in theory, be a consequence of autism, ( . . . ) "but there can be more than one reason for aloofness.)」をあげています。著者はゴーリーが「ゲイ」であったということを証明するためにはどんな些細な証拠をもないがしろにしないのに、自閉症に関してはよくこんなおざなりな説明で納得したものだと感心せずにはいられません(というのは遠まわしな皮肉であります)。
自閉症者は反語的な言い方をされても言葉そのままに受け取ってしまう傾向があるので、たとえば「いい度胸してるね」などといわれると褒められたと思ってよろこんだり、「やる気がないなら帰れ」といわれるとさっさと荷物をまとめて帰宅してしまったりするわけですが、しかし何度も同じような皮肉をいわれているうちにはさすがに「これは皮肉というものであるな」と気づきます。そして「よし自分もひとつ皮肉というものを言ってやろう」と考えるものなのではないでしょうか(それがうまくいくかどうかは別問題です)。アイロニーということでいえば、あの『ガリヴァー旅行記』の著者スウィフトはアスペルガー症候群であったとする研究もあります。
それはそれとして、ゴーリーの作品は「アイロニー」というよりは、いわゆる「奇妙な味」というものなのではなかろうか。
ここでウタ・フリス編著『自閉症とアスペルガー症候群』からアスペルガー症候群の診断基準の概要を引用すると、

「1 社会性の欠陥(極度の自己中心性)
2 興味・関心の狭さ
3 決まったパターンの繰り返し
4 言葉と言語表現の奇妙さ
5 非言語コミュニケーションの問題
(a 身振りの使用が少ない
b 身体言語(ボディ・ランゲージ)のぎこちなさ/無神経さ
c 表情が乏しい
d 表現が適切でない
e 視線が奇妙、よそよそしい)
6 運動の不器用性」

これなどはそのままでゴーリー作品の特徴リストになるのではないでしょうか。
さらに同書より成人のアスペルガー症候群の診断基準の抜粋。

「・狭く個人的な性格をもつ、変わった「独得な」興味。(中略)物の収集や、事実の記憶を含むことが多い。
・社会的に認められた慣習、とくに通常は暗黙に了承されている慣習に従って振る舞うことの困難。」

なにをかいわんやであります。
本書でも紹介されている、お気に入りの石ころを失くしてしまったゴーリーが大げさなまでに途方に暮れるエピソードや、ニューヨーク・シティー・バレエに通い続けたゴーリーが、バランシンが死んでしまったら自分はどうやって生きていけばいいのかと本気で不安がるエピソードなどは、「ゲイ」では説明できないですが「自閉症」でなら簡単に説明できます。本書の内容そのものが「ゴーリーは自閉症ではない」という著者の断言を裏切る形になっています。
著者は、アメリカ文化に多大な影響を与えてきた「ゲイ」芸術の系譜にゴーリーを位置付ける(situating him in an artistic continuum whose influence on American culture has been profound.)ことを目論んでいるようですが(そしてそのためにゴーリーは「ゲイ」であって生まれつきの「アセクシャル」や「自閉症」ではない、と主張したいのだと思いますが)、わたしとしてはゴーリーを「artistic continuum」ではなく「autistic continuum」に、樽の中のディオゲネス以来人類文化に多大な影響を与えてきた自閉症文化の系譜にゴーリーを位置付けたく思っています。
そういうわけで、たいへん残念なことではありますが、その道の権威であるウタ・フリスの「お墨付き」を得たかのような著者の断言が、今後のゴーリー研究の布石とならぬことを切に望む次第です。

















































































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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