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田中優子 『江戸の音』 (河出文庫)

「サワリというのは「障」ですから、そうした障害装置をつくって、それがあることで逆に自己に限定されないで済む。これは僕はなかなか面白いのではないかと思うんです。」
(武満徹 対論「江戸音曲の広がり」 より)


田中優子 
『江戸の音』
 
河出文庫 た 14-1 

河出書房新社 
1997年8月25日 初版印刷
1997年9月4日 初版発行
205p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価580円(税別)
デザイン/フォーマット: 粟津潔
カバー装幀: 菊地信義
カバー装画: 喜多川歌麿「虫籠と美人」


「本書は一九八八年三月に小社より単行本として刊行されたものです。」



モノクロ図版12点。


田中優子 江戸の音 01


カバー裏文:

「伽羅の香と毛氈の緋色、遊女の踊りと淫なる声、そこに響き渡った三味線の音色が切り拓いたものはなんだったのか……?
アジア、中国、ヨーロッパを見据え、江戸に越境したモダニスムの淵源を、音楽の変容を通し地球規模で探る、近世文化論の傑作。江戸文化の根幹に存在する音曲の問題を自在に展開した名著の待望の文庫化。特別対談=「江戸音曲の広がり」(武満徹)」



目次:

はじめに
第一章 三味線と越境するモダニズム
第二章 歌舞伎または夢の群舞
第三章 《対論=武満徹》江戸音曲の広がり
第四章 伝播と涵養、花開く技法

文庫版に寄せて



田中優子 江戸の音 02



◆本書より◆


第一章より:

「「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」という浄瑠璃もしくは芝居には、最後に陰惨な殺人の場面があります。殺人者が殺そうとする相手を追いかけて追い詰めて、そしてなぶり殺しにするのですが、殺している間の時間がとても長い。その殺している間にバックミュージックがずっとかかっている。ところがそのバックミュージックは、殺人のストーリーにからまったバックミュージックではなくて、それとはまったく無関係に、遠くのほうで鳴っている夏祭の音なのです。そうすると、こっちで殺しをしている、向こうでは夏祭をしているという、この関係とこの距離感、世界の中にまったく無関係な祭と殺人というのが同時にここにある、そしてそれがまったく交わらない、そういうものとして音が使われるのです。」
「説明的な要素がまったくない。象徴であったり、登場人物と同じであったりする。(中略)音そのものが登場人物のひとつになり、主人公になる場合すらある。いわば、音が生命を持ったものになることさえあるということです。」

「さっきサワリについて言いましたけれども、声でサワリを出すのと同じように、三味線やその他の日本の楽器には、まずだいたいの場合にはサワリというものがある。それも、楽器そのものにサワリがついている場合もあるけれども、そのときだけサワリをつけるという方法もテクニックとしていくつかあります。どんな状況で、どこでサワリをつけるかということは、演奏している状況とたぶん切り離せない、そういうことがたくさんあると思うのです。
 三味線にはもともと構造的な意味でのサワリがあって、これは、三本の糸がちゃんと駒の上に載った状態で沖縄から入ってきたのを、駒を削ってしまって、一の糸(いちばん低い音)だけはずしてしまったわけです。だから弾いているときにその糸だけ振動が激しくなって、ビリビリというような音がする。これは技術ではなくて、楽器をつくりかえることによってサワリをつくっているのですから、誰が弾いてもそうなるというサワリです。これが三味線のいちばん大きな雑音。あとは、ズーズーと呼ばれるサワリがあって、これは押さえている左手のほうで弦を擦る音のことをいうらしくて、これは自分でつくることができるわけです。
 それから、シュッというふうにいわれる音がある。これは「あたかも蜻蛉が水面を掠めるように」と説明されているけれども、シュッと掠めるように弦を指で擦る方法です。それからもうひとつ、ビンビンと呼ばれる方法があって、これは左手の人差し指を弦の下に入れて触れさせて、要するに、もっとサワリを強くするということだと思います。こういうふうにサワリを強くするテクニックはいくつかあって、そうやって、楽器の改造ばかりでなくて、その状況に合わせてサワリを強くしたり大きくしたりということができるようなやり方をするのです。
 三味線の場合にはもうひとつ、撥(ばち)の操作による雑音のつくり方があります。普通シタール系統の楽器というのは、爪(中略)をつけて、ギターのようにその爪で一本ずつ弾くのが原則です。ところが、それをしないで、大きな琵琶用に使っていた撥を撥皮にあてて、叩きながら弾く、そういう雑音のつくり方をしていた。そうやって三味線を雑音楽器にしていったのです。」
「考えてみれば、江戸時代によく使われていた他の楽器でも雑音性の強い楽器がある。たとえば尺八なども、普通フルートなどだったら、吹いたときにメロディーが奏でられる状態の澄んだ音がするのだけれども、尺八の場合には、メロディーを連想させるのではなくて、音の合間から洩れてくる風の音のほうが問題で、そっちのほうが重要になってしまっている。だから音そのものはどの音程で吹いていようとあまり気にならない。(中略)あれは風がその竹を通る音、それを聴いているのだと思うのです。」
「尺八も元は中国のものだけれども、中国には日本の尺八のような音はないようですから、たぶんこれも日本に渡ってきてからもっと空気が洩れるような楽器になったはずだと思うのです。(中略)日本人にはいわゆる音楽ではない音感覚、音楽と対立するというか、噪音的な音感覚がかなり根強くあって、入ってきたものをそちら側に寄せてしまうということが起こっているようです。」



第二章より:

「こうやって三味線が、芝居小屋と遊廓とに同時に入ってきた。そしてずうっと江戸時代を通して、三味線は芝居小屋と遊廓のもの、悪所のものなんです。ですから、後に三味線の音は「淫声」といわれるようになる。」
「「淫」という言葉について少し説明をしますと、太宰春台の言っているようなことを聞くと、とにかく淫らで下品で、どうしようもないというふうなニュアンスがある。けれども、もともと「淫」という言葉には、人の心を惑わすというような意味や、秩序を乱すとか、秩序が乱れて交わってしまうといった意味もあるわけです。それとはまた別に、潤っているということや、艶があることとか、それから溢れる、浸すというような意味もあるわけです。
 もちろんこの場合には、淫声という言葉は攻撃するために使われるのですけれども、しかし淫なることであるということ自体には、いままでの秩序にはまらない音であるということや、潤って艶があって、そのためにすごくエロティックな音であるというようなことが入っているのだと思います。ですからエロティックな音であるということは、それだけ人の心をとろかす音なんだけれども、逆にいえば非常に不道徳な音だと見られるようになるわけです。
 それをほかの表現で言った人がいます。それは八文字屋本で有名な江島屋其磧という人なのですが、この人は三味線について、「まことに三味線と蛸は血を狂わすものぞかし」といっている(大田南畝『仮名世設』に報告されている)。蛸が血を狂わすというのは、女性(および性そのもの)が血を狂わすという意味です。三味線も血を狂わすし、蛸も血を狂わす。まさに淫であるということは、エロティックであるというおとなしい意味だけでなくて、もうそれを超えてしまって、もしかしたらほんとうに人を狂わせてしまうかもしれないという破壊的な意味がある。江島屋其磧は攻撃するために言っているわけではなくて、自分でもうほとんど三味線に酔って言っているわけです。」



第三章より:

「田中――(中略)ネットワークとしての「連」というのは、ほかにも「社」とか「座」とか、いろいろ言葉があるから、他の言葉でもいいわけです。ところがこのネットワークは、人が集まるという意味だけでなくて、人が集まることは集まるのだけれども、その集まっている一人一人の人間は、いわゆる集団的な構成をしているわけではないのです。一人一人が全然違うことを考えていたり、違うことをしていたりする。集まるときのモチーフ、動機が狂歌だったり、音楽だったり、いろいろあるわけだけれども、そのときに虚であるとしか言いようのないつながりの糊みたいなもので集合している。」
「実際は一人一人になると、全然違う人格がそこにある。もっと別の面をたくさんもった人格がそこにある。だから集団的につながっているのではなくて、一人一人があって、別々にやっていてつながっているというふうに考えると、たとえば音楽でいえば、それはオーケストラではないわけです。むしろ日本音楽の、たとえば能の鼓と笛と太鼓の関係に近い。あれはオーケストラの関係とは全然違うわけです。三味線連中や社中もそうですが、全然違う。そういうふうな人間関係の基本から違うという気がするんです。」
「それが音楽の質に関係してくる。それは音楽だけではなくて、そういう人間関係のうえでものをつくるという意味では浮世絵もそうであるし、江戸文芸もそうだ。そうすると、「連」というのは人間関係であって、しかも創造の工房であって、しかも出来上がってくるものをみますと、さっき言いましたように、全体がひとつの理念で構成されているのではなくて、ひとつの目的があって、それに向かって一つ一つががっちりと組み合わされているわけではなくて、どこへいくかわからない、どこでどう変わってしまうかわからないというものをいつも抱え込んでいる。
 音楽を例にとりましても、鼓がやっていて笛がさっと横から入ってきたときに――逆でもいいのですが――そこで鼓の音の質が変わっちゃうかもしれないわけです。自分がどこで変わるかわからない。そうすると、そこでは一貫した自己というのは考えられないわけで、ないことを前提に生きているんだとも言えると思うんです。それはいままで否定的に見られてきたわけだけれども、私は、ないことを前提に生きているという社会はとても楽しい社会だという気がしてしょうがないのです。」

武満――日本の音楽で、ことに他の国にない音楽の享受の仕方で、ユニークな態度というのは、爪弾きや口ずさむというのももちろんそうなんですが、それと同じように、遠音(とおね)を楽しむということがあるんです。遠音がいちばん綺麗だという考え方があるわけです。たとえば尺八などはなるべく遠音がいい、遠音を聴く、ということがあるわけです。それから木遣なども遠音がいちばん美しいとされている。
 それでは遠音というのは、実際に物理的にどういうことなのかというと、遠くでやっている音でしょう。すると、近くでやっている音と何が違うのかということなんですが、そこでいちばん面白いのは、遠音の場合には、弱い音とか強い音という、いわゆる西洋音楽にとって非常に大事なダイナミック、フォルテとかピアノとかいうのは、ほとんど意味をなさない。つまり、そこから聞こえてくるのは音色だけなんです。木遣なんかの遠音というのは、集団で歌うわけですから、集団で歌っている木遣を遠くから聴くということではほとんど固有の音楽ではなくなる。遠音になると、他の雑音と混じってしまう。他の雑音とほとんど同じように楽しむという享受の仕方がある。そうした態度が、ある時期、ことに江戸時代に成立したのではないか。表層に出てきているかどうかは別として、江戸音曲をつくった背後にはそうしたことがあるのじゃないか。」
「それから、サワリということについていえば、三味線におけるサワリということは、寛政年間あたりでうるさくいわれたわけですね。ところが能などでも、能管などは、わざわざ一本一本調律を狂わせて吹奏する。雅楽で使われている竜笛に、竹の舌のようなものをいれて、一本一本の笛の調律を狂わせてしまう。それによって、あの気迫のある音をつくりだす。
 それはずいぶん昔から、かなり意図的にそういう仕掛けをつくっていく。サワリというのは「障」ですから、そうした障害装置をつくって、それがあることで逆に自己に限定されないで済む。これは僕はなかなか面白いのではないかと思うんです。

田中――始めと終わりということについても不思議に思うことがよくあるんです。始めと終わりがないんです。

武満――まったくないんです。

田中――あれをどう考えたらいいのか。普通は作品という概念は、始めがあって終わりがあるから作品になるんですが、そうではないから、日常と連続しちゃうのかなという気もします。始めは始まればいいんだから始まれるでしょうが、終わりがないんですね。それは俳諧もそうなのです。しようがないから数であわせるんです、百とか五十とか三十六とか。そして無理やり終わらせるわけです。(中略)続けようと思えば、いくらでも続けられるような構成の仕方でできている。」

武満――(中略)他のアジアの音楽と比べて日本の音楽が顕著に違うところは、これはまったく僕自身の勝手な空想かもしれませんが、音階というものにこだわらないことです。
 つまり中国においては、音階というものと政治形態は常に密接で、政権が変われば音階も変わるほど、厳密であったわけです。インドの場合などは昔から、千以上のラーガ(旋法)があるわけです。しかもそのひとつひとつに固有の意味がある。
 ところが日本では、そうした音階は生まれようもない。もちろん音階はあります。日本の音階はペンタトーニク、五つの音階で、ことに江戸時代には都節(みあyこぶし)の音階とかいろいろあるわけだけれども、日本では、どちらかというと、所属している音階の中の音を、そこから何か別のものにしようというような意図があるのではないかと思うんです。
 実際に学者たちは、民謡にしても、昔からのいろいろなものを採集して、五線譜に採譜したりしているけれども、実際そんなものでは採譜できない音というのがあるんですね。
 それでは、日本の音楽は西洋の音楽に比べて、一般にいわれているような意味で、まったく非合理なものかというと、僕はそうじゃないと思う。「間」ということにしても、西洋的な意味での合理性、あるいは整合性というものとは違うかもしれないけれども、非常に理にかなったものなのではないか、それは解き明かせるものではないか、と思っているんです。音階にしても同じです。これは前にも書いたことだけれど、日本の音は、それが所属する音階を常に拒み続けているように思えてならないんです。」

武満――(中略)僕自身、別に日本的なものにそれほどこだわっているわけではないんです。(中略)たまたまサワリというような日本の音楽を考えるうえでのある考え方はあります。ただこれもサワリというものを生み出した人間がたまたま日本人であるだけであって、ほんとうはそんなに単純にひとつのことで括ることはできない。音楽は非常に多様なあり方であるわけで、その多様さを学んでいくと、ますますそれがひとつことでは括れないことがわかって、それが面白いのです。それによって相互に相対化していくという仕事に興味がある。
 僕は最初は全否定的に日本というものを毛嫌いしていたわけだけれども、いまもカッコ付きの日本なんてものには、実は何の興味もない。そういうことではなくて、たまたま江戸の音曲というものが、世界史的にみても非常に不思議な文化の現れ方をしている。それを媒介にして、それを知ることでヨーロッパを相対化していきたいという気持があるんです。」
「だから純音思考というのではなくて、僕はどちらかというと、雑音思考で、それでものを考えていきたいと思っています。」

田中――(中略)古代からずっと、日本文化というのは、日本文化として自立しているわけではない。だからすごく日本的なものと見える、ある特別な傾向――音楽の面などは特にそうなんですが――があるのは確かなんですけれども、それは日本だからそうなんだということではなくて、私は、人間はこんな側面もあるのだというふうにして見ているんです。」
「そういうふうに見ているから、いま、たとえば政府が日本文化というものをはっきりさせて、外国に宣伝しようとか、学校教育で日の丸を大事にしましょう、というのが始まっていますけれども……。

武満――危険な兆候はずいぶんあるんですね。日本というものをなんとなく狭めていくような……。

田中――そうなんです。それと同時に英会話をやらせるんですね。私は、それを総合すると、要するに、東南アジアに出ていく商社マンになる子供たちというのを連想するんです。そういう人材を育てようとしている。そういう計画をする人たちが何をやりたいか。たとえば私の本がブームになったり、中世ブーム、古代ブームというのがなぜあるかといえば、日本というのはこういう素晴らしい国なんだ、と外国に説明するためなんです。もちろん、外国から見た自分の国に自己満足する、ということもある。でも、私のやろうとしているのはその逆の仕事で、そんな説明は簡単にはできないんだということを言いたい。

武満――それはたいへん嬉しいことで、僕もそう思っています。基本的にそういう視点がなければ、僕らが田中さんの書いたものを読んで感動するわけはないんですから。
 先日、アメリカの作曲家のジョン・ケージと対談をしました。ご存知のように、彼は昔から日本に興味をもっている。もちろん彼にとっては日本も興味の一部分であることは間違いないんだけど、「何に興味があるか」と訊いたら、「連歌の連だ」といった。ニューヨークに住んでいるアメリカ人でもそういうふうに意識しだして、はからずもそういう言葉が出てくる。」

田中――そうですか。そういうものが特別に「日本のものだ」と意識されることなく、どんどん流出し、混じり合い、また返って来て、新しいスタイルが生み出されて行く、なんていうのがいちばん面白い。」



第四章より:

「日本音楽のひとつの特徴は、状況で聴くということがあります。(中略)芸者さんたちが座敷で三味線、唄、太鼓、笛、踊りをやると、これはもう私が思っていた以上に、たいへんに享楽的な世界がつくられます。賑やかというのとは少し違うのですけれども、遊廓などでいえば、居続けになって、うちへ帰らなくなって、破産したり、もうここで死んでもいいという、そういう気持になってしまうのがよくわかった。
 日常世界とはまったく違う空間がつくられる。ただ座敷があるとか、芸者さんがいるというだけではそうはならないのですけれども、そこで三味線が鳴っている空間がつくられると、日常とは違う快楽が生まれる。それは、私たちが近代や現代になってから好むようになった刺激的な快楽とはまったく違う意味での快楽なのだということに気がついたのです。
 それはどういうことかというと、三味線を鳴らしながら小唄を歌っているというのは絶望の表現なのです。人生をなげちゃっている、しかもなげた結果暴れまわるとかそういうことではなくて、まったく違う表現、つまりなげている自分を唄にしてしまう。未来に希望を託すのではなく、今しかない、今だけを見つめる気持そのものが唄になる。絶望という言葉を遣っていいのかどうかわからないけれども、つまりはそういうことなのです。手のうちにしっかり絶望をにぎっている、それそのものが唄になる、それが情感になる。そのものの中にある情感を歌う、そうした表現に適していったんだなということに気がついたのです。」
「絶望とか、矛盾とか、葛藤とか、不快感とか……そうしたことが問題提起されて、討論して、解決しましょうとか、そういった方法ではなくて、そのものを表現してしまう。それはそれとして、そういうものがともかく存在するのだというところで表現してしまう。たぶん近代だったならば、たとえばそういう矛盾とか絶望感というものを、そういうことはさておいて前に進みましょう、もっと前向きに生きましょう、もっといいところをみてこれからの人生を明るく送りましょう、という話になるのだと思うけれども、江戸時代の浄瑠璃や唄はどうもそういうふうにはいかない。人間の明るくないところにも入り込んで行って、それを表現してしまう、それを情感にしてしまう、情感に形式をそこでつくってしまう、ということが行われたのではないかと思うのです。」





こちらもご参照ください:

田中優子 『江戸の想像力』 (ちくま学芸文庫)
「すばる」 石川淳追悼記念号































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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趣味: 図書館ごっこ。

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