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渡辺隆次 画・文 『きのこの絵本』 (ちくま文庫)

「唐突なはなしだが、ぼくは、この世には居候している、といったおもいが漠然とある。」
(渡辺隆次 「ヤグラタケ」 より)


渡辺隆次 画・文 
『きのこの絵本』
 
ちくま文庫 わ-5-1 

筑摩書房 
1990年9月25日 第1刷発行
237p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価890円(本体864円)
装幀: 安野光雅
カバー装画: 渡辺隆次


「この作品はちくま文庫のためのオリジナルである。」



きのこ画(カラー)23点、きのこデッサン20点、目次頁にきのこカット。


渡辺隆次 きのこの絵本 01


カバー裏文:

「静かなアトリエを求めて八ヶ岳山麓に移り住んだ一人の絵描きは、いつしか四季折々のきのこのとりこになってしまっていた。華奢で美しい色のウラムラサキ、恐しい毒で人を地獄に落とすドクササコ、名前がかわいそうなバカマツタケ……。42種のきのこをめぐるエッセイと美しいスケッチ。絵描きならではのまなざしが、きのこの新たな魅力をひきだし、山歩きをしたくなる一冊。カラー多数。」


目次:

梅雨から晩夏へ
 キツネタケ 狐茸
 ムジナタケ 貉茸
 カワリハツ 変わり初
 ドクベニタケ 毒紅茸
 クロハツ 黒初
 ヤグラタケ 櫓茸
 ケシロハツ 毛白初
 チチタケ 乳茸
 アイタケ 藍茸
 ヤマドリタケ 山鳥茸
 アカヤマドリ 赤山鳥
 ヤマイグチ 山猪口
 オニイグチ 鬼猪口
 ウラムラサキ 裏紫
 アンズタケ 杏子茸
 キチチタケ 黄乳茸
 ヤケアトツムタケ 焼跡紡錘茸
 サナギタケ 蛹茸
 タマゴタケ 卵茸
 ドクツルタケ 毒鶴茸
 ドクササコ 毒笹子
 ベニテングタケ 紅天狗蕈

秋、冬、ふたたび春へ
 ハツタケ 初茸
 アミタケ 網茸
 マツタケ 松茸
 バカマツタケ 馬鹿松茸
 ハタケシメジ 畑湿地
 サクラシメジ 桜湿地
 ハナイグチ 花猪口
 オトメノカサ 乙女の傘
 ホテイシメジ 布袋湿地
 アシナガヌメリ 足長滑り
 クロカワ 黒皮
 コウタケ 香茸
 キシメジ 黄湿地
 ムラサキシメジ 紫湿地
 シモフリシメジ 霜降り湿地
 エノキタケ 榎茸
 アミガサタケ 編笠茸
 ヒトクチタケ 一口茸
 キクラゲ 木耳
 ハルシメジ 春湿地

あとがき
参考文献

解説 人生居候心得 (種村季弘)



渡辺隆次 きのこの絵本 02



◆本書より◆


「ドクベニタケ」より:

「赤い切り餅や和菓子、それに完熟トマト、これらはみな、生前の父が苦手としていた食べ物だ。「父さんはね、変なひとなんだよ」。その父を、母はいつもぼくら子供に向ってとりなしていた。赤味をおびた食べ物を、かたくなに手さえつけなかった父の原因が、なんであったかいまとなっては知るよしもない。」

「キノコ狩りでなんといっても、一番眼につくものは赤い色をしたキノコだろう。
 暗い林床が、赤い傘のキノコで一面に占められてしまうようなことがある。発生地も針葉樹林、広葉樹林を問わない。湿度や気温の他に、どんな条件が重なるのか、年に一、二度は赤いキノコのすさまじい群生の場に出会う。そんなときは、眼も覚めるような鮮やかな赤を、美しいとばかりはいっていられない。なにかキノコたちのたくらみの渦中に巻き込まれてしまったかと、不安にさえなる。」



「クロハツ」より:

「大昔のひとびとにとって、流れ星はさぞかし神秘的であったろう。そのためにしばしば、隕石は崇拝の対象になり、なかでも黒色のものが尊ばれたという。メッカにあるイスラム教徒の聖石、カーバはその代表的なものである。
 黒への崇拝は、そのまま夜の闇への畏怖にも通ずる。幼い頃、あれほど身近にあった夜の闇も、嘘のように忘れ去り、いつのまにか大人になっていた。
 山麓のアトリエ開きは、十三年前の七月下旬、梅雨も終わりよく晴れわたる夏の一日だった。おそい日没と共に、眼前の鳩川渓谷が漆黒の夜気で埋まるのを見て息を呑み、第一夜にして先がおもいやられた。しかし気持を取り直して仰ぐ夜空に、音を立てるほどの星座の瞬きがあり、思い詰めた胸の張りもゆるんだものだ。夜の闇も、もともと昼の光と同じ比重で存在しているのだ。」

「黒は、万物を生み出す力、そして生も死も、光も闇も呑みこむ色彩以前の根源的な色を象徴するようだ。」



「ケシロハツ」より:

「その頃のぼくたちの遊び場のひとつは多摩川だった。八高線の鉄橋近く、滑(なめ)と呼ばれる一帯があった。そこには、河原の石と異なる白い物体がせせらぎに洗われ点々と連なり、夏の日差しを受けて鈍く光っていた。水浴びの際には、義経の八艘飛びと興じたり、馬の鞍に見たて跨ったりもした。足の裏や裸の肌に、ざらざらとした独特な感触だった。
 長じて、ここは古層がむき出しになった場所で、白い物体は実は、全長一六メートルの、クジラの化石であったと知った。」



「ヤケアトツムタケ」より:

「昭和二十年、終戦の年には、東京、大阪をはじめ各地の都市のほとんどが、キレイさっぱり焼野原になった。言うまでもなく、B29の執拗な爆撃による戦禍である。都市といってもその頃までの日本の街並みは、ほとんどが木と竹と紙で建てられていたようなわけだから、ひとたび火が付けば造作もなく灰に帰した。内部がすっかり燃えつき、黒焦げになったコンクリート建てのビルが点在する以外は、視界を遮るものとてない。どこからでも海や川、山が間近に眺められ、都市とは作物(つくりもの)であったかと、変にさっぱり得心した思い出を持つ人も多いのではないか。
 ヤケアトツムタケをはじめ、火の跡に生えるキノコの仲間たちにとっては、この年ほどわれらの繁栄を謳歌できたことはない。悦ばしさに小さな傘を、うちふるわせていたことだろう。焼土にキノコ、抜けるばかりの青空を背景に、コスモス、ヒマワリばかりがやけに輝く。巨大なキノコ雲があらわれたのもこの年だ。」



「サナギタケ」より:

「冬虫夏草を、いままで紹介してきたキノコのカテゴリーから説明することはできない。キノコは多く樹木の根などと共生関係にあるが、冬虫夏草では、いわゆる寄主になるものが、アリ、トンボ、カメムシ、ハチ、ガのサナギなどである。しかも、かならず生きた昆虫類にとりついて、これを殺し、その死体から栄養をとってキノコを発生させる。一方的関係で、「殺生(さっせい)」という特異なものである。
 お観音山から持ち帰ったのは、冬虫夏草の中でも代表種のサナギタケというものだった。里山から高山まで発生分布は広く、主として北半球の温帯以北に集中する。棍棒形のキノコの高さは二~一〇センチ、朱橙色の他に明るい橙黄色もあるという。頭部はつぶつぶに一面おおわれ、柄は頭部より細く、その根もとはサナギの頭や胸にしっかりとつく。死体からニューッと、昆虫の魂が伸び出たように見える。」
「冬虫夏草の世界的権威、清水大典氏は次のように言う。
 「出る場所には何十年とつづけて毎年出る。しかしそこから五〇メートル離れると、もう発生しない」。生きた昆虫にキノコの胞子がどのようにして寄生するのか、同じく氏の研究によるが、実に驚くべきメカニズムが展開される。
 胞子は死んだ昆虫に寄生するのではない。すべて生きている虫にとりつき、虫は電流を受けた時のように待ったなしの状態で殺される。例えば、椿の小枝の先をアリが行列をつくりなにごとか労働に励んでいる。夏の庭などでよく見かける光景だ。と、そこへ胞子が襲い、アリたちは行列の歩みそのまま等間隔で死ぬ。やがてその一匹一匹のアリの体からキノコが発生してくる。シャクトリムシの伸び上った体、尻から針を出したままのハチの体からも発生する。種類にもよるが、キノコが出るまでの期間は五~十年かかる。小枝から落ちるとか、外敵との死闘に列を乱すとかいう姿はない。」



「ドクツルタケ」より:

「ドクツルタケの異名は、「殺しの天使(Destroying Angel)」である。姿が真っ白のうえ形もととのった美しいこのキノコが猛毒とは、一見して誰でもがいぶかる。(中略)味や匂いは特別どうということもなく、一命をとりとめた人の話からは、むしろおいしかったという。」


「ドクササコ」より:

「一般的にいって、毒キノコを誤食し徴候があらわれるまでの時間は、通常二十分~数時間後、長くて十時間ほどだといわれる。(中略)ところがドクササコは、食後数日から一週間もたって症状があらわれてくる。」
「毒は神経系に作用する末端痛紅毒で、手足のさきが赤くはれ、そこへ焼け火箸か針をキリキリ突き刺すような激痛が襲う。(中略)日夜の境もなく耐え難い激痛が、一か月、もしくは二か月近くも続くため、七転八倒、断末魔の地獄絵になる。関節運動、接触などにより、痛み、灼熱感はさらに増強される。それほどでありながら、体温や血圧、その他の一般的所見に異常はない。なす術もなく、はれあがった手足を冷水につけ、それも実に一か月、二か月の長期にわたるため、手足の肉は白くぶよぶよにふやけ、ついには骨が出てくる。そこから黴菌が入り、二次感染で、あるいは衰弱して亡くなる人もあるという。
 ドクササコのなんの怨念がこれほど人間を痛めつけるのか、いまだにその正体もよくは分らない。」



「ハタケシメジ」より:

「採ってきたハタケシメジの株を、黒い食卓の上に一晩、置き放しにしたことがある。翌朝、持ち上げてみると、傘裏のヒダから舞い落ちた白い胞子が、黒い食卓上の表に不思議な紋様をつくっている。緻密なヒダそのまま、白い刃(エッジ)状の放射線をくっきり残すもの。あるいはまた、閉め切った室内で、胞子が微かな空気の流れを映す、遠い彼方の星雲のようなグラデーション。キノコによって一夜のうちに描き出された、思いがけない造形(胞子紋――sporeprint――)を眼前に、ぼくはしばし呆然とした。
 その後もさまざまなキノコを採ってきては、寝しな、食卓上に置いてみた。夜明けにつづく夢のように美しい胞子紋を見るため、ぼくは飽きもせず繰り返した。」



「アミガサタケ」より:

「麗らかな日差しを浴び褞袍(どてら)姿の村の老人が、石垣にもたれて日向ぼっこをしている。
 「やっとしのぎやすくなりましたね」
 老人の赤く火照った笑顔が、相づちを打ちながら返ってくる。
 「長い冬の間、どうしてたんです」
 「寝ていたさ。するこたぁねえし、へぇ、それが一番ズラ」
 なるほど、冬眠からいま老人は目覚めたということか。おせっかいにも、老人の一日の睡眠時間を訊ねてみたぼくは、少し呆気にとられた。それによると、冬の間は時計の針が午後三時を過ぎれば寝床にもぐり、翌日の昼近くになって起き出すという。」
「老人のお陰で、ぼくが積年抱いてきた疑問が一つ解けた。大昔、山麓一帯に住んだ縄文人たちは竪穴住居にこもり、冬の間は寝ていたのだ。」





こちらもご参照ください:

種村季弘 『人生居候日記』
『山渓カラー名鑑 日本のきのこ 特装版』






























































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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