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村松定孝 『あぢさゐ供養頌 ― わが泉鏡花』

「ここには、あきらかに魔界にこそ、いや、俗世間界に訣別した存在にこそ、真心の宿りがあるという作者の人間解放の理念が打ち出されている。」
(村松定孝 『あぢさゐ供養頌』 より)


村松定孝 
『あぢさゐ供養頌
― わが泉鏡花』
 


新潮社 
昭和63年6月5日 発行
昭和63年7月15日 2刷
187p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価1,200円
装画: 百瀬寿


「昭和六十二年九月号「新潮」掲載に増補加筆。」



村松定孝 あじさゐ供養頌


帯文:

「鏡花との出会いに心をうたれ、その研究に生涯をかけた著者の、自らの道程を、鏡花の人と文学の軌跡に重ねて、怨念と魔界の美学の根源に迫る、畢生の評伝!」


目次:

序章 麹町下六番町訪問
第一章 『捐館記事』前後
第二章 初恋の茂への手紙
第三章 好敵手樋口一葉の死
第四章 青春の血と慵斎山房
第五章 寺木ドクトル昔語り
第六章 柳暗花明への招待
第七章 芥川龍之介を哭す
第八章 晩年の鏡花とその周辺
第九章 清方・雪岱との親交
第十章 怨念と魔界の美学
終章 紫陽花は母の香り




◆本書より◆


「序章 麹町下六番町訪問」より:

「書斎兼客間の八畳、紫檀の文机わきの桐の火鉢を前に、煙管(きせる)を、はたきながら、快くむかえられて、床の間を背に座布団をいただく。」
「「西洋の小説では誰のをおたしなみで?」
 「メリメが好きです」
 「これは、うれしい。こちらもプロスペル・メリメだ」
 ついと座を立つと、そそくさと小走りに、隣室へ。朝顔の花弁を散らした図柄の押入の引戸を開けると、なかは上下二段とも、ぎっしり書籍の山。その山積みから、目的の一冊をみつけるのに、さして手間どらなかった。
 取り出してこられたのは、まさしく明治のフランス文学者・石川剛の訳書『シャルル十一世の幻想』であった。
 ぱらぱらと頁を繰って、ラストの一節を小声で朗読された。
 「ねえ、この亡霊が眼前から消えうせたあとに、〈ただシャルルの上履(うわばき)に一点の血痕をとどめた〉なんてとこは、巧(うも)うがすな。なかなか、こうは書けませんや。こう、こなくっちゃあ……」」
「やがて、はやくも陽がかげり、手摺に面した障子に黄昏の色がみえ初めた頃、話題は、いつか江戸期の戯作の作風に及んで、――自分は西鶴のてんごう(引用者注: 「てんごう」に傍点)書きより、上田秋成の手口の妙味を愛する――と推賞されてから、『雨月物語』の一篇『青頭巾』を挙げられた。
 「ご存じでしょう。快庵禅師が青頭巾を杖で打ちすえる、あの仕上げは、とても並みの作者の知恵や量見で、たちうちできるもんじゃない。
 ――そもさん、何の所為ぞ、と一喝して他(かれ)が頭を撃給へば、忽ち氷の朝日にあふがごとくきえうせて、かの青頭巾と骨のみぞ草葉にとどまりける。かの青頭巾と骨のみぞ草葉にとどまりける」
 その末尾の一節を繰り返し、感嘆久しくされた。
 やがて、『雨月物語』から、さらに転じて、井原西鶴の『好色二代男』巻二の『百物語に恨が出る』というコントの批評に入った。
 それは、こんな筋である。
 ある夜、ひまな遊女たちが集って、百物語を始めたが、話がすんでも物の怪(け)が出てこない。そこで、今夜は、めいめいが客を騙したときのことを語り合い、我と我心の鬼の物すごさに身をふるわせていると、にわかに屏風や襖が鳴動し、四方の隅から青雲が湧き、遊興の果てに落ちぶれ見るかげもなくなった男達の幻(まぼろし)があらわれた。皆、生きた心地もなく、ふるえおののくうち、ひとりの物賢い遊女が、「各々揚屋の算用(揚げ代)の残りは」と声高に叫ぶと、うつつにも借銭ほど好かぬものはないとみえ、さすがの亡霊もぱっと消え失せたというのである。
 「ねえ、そんなことくらいで消える幽霊なんて、何処にいるものですか。西鶴には幽霊は解らない。だから計算ずくで幽霊をあつかったりするんです。うつくしく読ませようという気配りがありませんな。尤も、ちかごろのもの(引用者注: 「もの」に傍点)書きにも、ひどいのが居ますがね。こないだ誰かの小説を読んでたら、――たちはだかって――なんて言葉を平気で遣っている。しかも、それが女の描写です。はだかる(引用者注: 「はだかる」に傍点)といえば当然、その音律から裸を連想します。裾をまくったり、着物を脱いだ女になってしまう。(中略)たやすいことをいう場合も、朝飯前という、ちゃんとした言い方があるのに、赤児の腕をねじるも同然と書く人がいますが、それではいたいけな子供がねじられて、ひいひい泣いてるようでよくありません。玉石混淆ならいいが、味噌も糞もでは聞くだけで、胸が悪くなりませんか。(中略)西鶴は、テンポの早い名人で、紅葉先生なども感心されてましたが、どうも親しめません。あんな幽霊を書くようじゃ、仕様ありませんよ」
 まさに、それは元禄の西鶴のリアリズムに対する明治の鏡花のロマンティシズムの激しい挑戦の一瞬であった。」



「第十章 怨念と魔界の美学」より:

「寺木氏(引用者注: 寺木定芳)の語ったところによると、芝の松本楼で、『金色夜叉』の連載を記念して、読売が紅葉の揮毫会の催しを明治三十三、四年頃、愛読者相手に開いたことがあったらしい。その頃は既に鏡花も有名になりかけていたが、鏡花は先生よりも早く会場へ出向いて、他の門下生らと大広間に緋毛氈(ひもうせん)を敷きつめたり、大きな硯の墨をすったり、色紙の用意をしたりしていた。会場には揮毫を求める客は、まだちらほらだったが、そこへひとり田舎じみた客の一人が近づいてきて、「尾崎先生がお見えになるまえに、泉先生にも何かお書きねがえんでしょうか」と、せがまれた。そういう機会は弱輩の鏡花には初めてのことで、とても色紙に文字を書く自信もなかったが、しきりに懇望されると、悪い気持では無く、自作の俳句かなんぞを、つい一枚書きかけた。そのとき、紅葉先生到着の報せで、他の弟子や読売の係の人たちは、さっと玄関口に出迎えに立って行ったが、鏡花はおり悪しく揮毫の最中だったので、書き上げてから立つつもりで、気をあせらせながらも、つい出迎えに加わらなかった。そこへ、いきなり、どかどかと紅葉が乗りこんできて、大喝一声、雷がおちた。「泉、きさま、そこでえらそうに何をしている。今日は誰の揮毫会だ。ひとの使う色紙を横どりして、きさまごときが出る幕か。巾着切の真似などしやがって」と、さんざんな剣幕に、鏡花に揮毫を頼んだ客も、おろおろするばかり。鏡花は言葉もなく、早々にその場を退散したのだという。
 よほど、その日は紅葉の虫の居所がわるかったのであろうが、ひとつには当時『辰巳巷談』が上演されたりしたことで、仲間の嫉妬から鏡花が近頃大家ぶってると紅葉に中傷する者がいたらしかった。また月評家の宮崎湖処子などは、「紅葉は想が枯れて、鏡花に代作させている」などとの噂を立てたりした。それに、宿痾の胃病もわざわいして、紅葉は相当いらだっていたのかもしれない。
 そんな次第で、その日は鏡花にとっては、さんざんな不首尾だった。紅葉のほうでは、その日のことなど、二、三日すれば、けろりと忘れていたかもしれないが、先生に巾着切呼ばわりされたのは、さすがに身にこたえたことだったろう。一般世間の常識では、若いときは、なにごとも辛抱して、先輩に従ってさえいれば、やがて芽のふくこともあるというのが哲理になっている。ところが文学の世界は日々の怨みつらみ、喜怒哀楽がそのまま創作の要素につながるわけで、いやなことをあっさり忘れたのでは筆勢がわくものではない。(中略)己の傷のふかさをみずから手をさし入れて量るような悲愴な念いこそ、小説家の持って生まれた宿命であり、芸の根源なのである。
 鏡花の場合は、それがひと一倍激しかったし、貧苦に耐えた時間も永かったから巾着切呼ばわりされたり、或いは売婦(ばいた)とできたと罵られれば、それだけ、苦界に身を沈めざるをえなかった相手の境涯と一体となって、世を呪わずにおくものかの情念が燃えさかったのであったろう。これが私小説的に、じかに出れば『婦系図』だが、その期を過ぎて、大正期になると、『夜叉ヶ池』『海神別荘』『天守物語』のような妖精の横行する幻想の世界へと作風に変化を見せ始める。」
「『海神別荘』の竜神の妻となる人身御供の美女も、『夜叉ヶ池』の白雪姫も、『天守物語』の富姫も、この世に怨みを残して死んだ女たちの化身に他ならない。『海神別荘』の美女の霊魂は竜神に輿入れして、真の愛に生き、『夜叉ヶ池』の白雪は、権勢と迫害の犠牲となって山ふかき池に身を沈め、その池の妖精たちの女王と化して、わが恋のため村里に洪水をもたらす。また『天守物語』の富姫は戦さにやぶれた国の上臈が落人となって逃れるとき、好色なる姫路城主に手籠めにされようとし、舌嚙みきって果てた怨みが精霊と化して、城の天守に棲みつき、人間界を嘲笑するという設定が暗示されている。
 このように、この世で生き完(おお)せなかった女たちの怨念を象徴し、魔界の存在化するところに鏡花の美学が成立したのだと私の思考は進んで行った。
 たとえば『夜叉ヶ池』の白雪姫は「恋には我身の生命も要らぬ。……義理や掟は人間の勝手づく、我と我が身をいましめの縄よ。……鬼、畜生、夜叉、悪鬼、毒蛇と言はるゝ私が身に、袖とて、褄とて、恋路を塞いで、遮る雲の一重もない!」と絶叫するし、『天守物語』の富姫は主君に命令で鷹をさがしに天守に昇ってきた若き鷹匠の図書之助に、「天守は私のものだよ。鷹には鷹の世界がある。露霜の清い林、朝風夕風の爽かな空があります。決して人間の持ちものではありません。諸侯なんどと云ふものが、思上つた行過ぎな、あの、鷹を、唯一人じめに自分のものと、つけ上りがして居ます。世間へなど、もうお帰りなさいますな。……私の生命を上げませう」と、魔界の虜にしてしまうのである。
 ここには、あきらかに魔界にこそ、いや、俗世間界に訣別した存在にこそ、真心の宿りがあるという作者の人間解放の理念が打ち出されている。実はこうした思考は大正期の妖精劇からにわかに始まるのではなく、既に明治三十年四月に「新著月刊」に寄せた『化鳥』に、そのいち早き兆しがうかがわれうると考えてもよいだろう。作中の母子は橋の袂に番小屋を建て、通行人から橋銭を取って細々と暮している。雨の日、外へ遊びにいけない幼児は窓の外を通る人を眺めているとそれが蕈(きのこ)や猪にしか見えない。反対に小鳥の鳴く声が話し声として、ちゃんと聞える。それを学校の先生に話しても理解して貰えない。そんなことから、周囲では番小屋の媽々(かか)もこの子も何うかしてると嘲るばかり。ある日、幼児は川へ落ち、溺れかけたのを誰かに救われる。母に聞くと、それは五色の翼の生えた美しい姉さんだと教えられ、その姉さんをさがしに山へ入って行く。いつか幼児は唇がさけて翼が生えて鳥になっている。その幻想からさめたとき、美しい姉さんは母さんだったのだと気づくというのが一篇の筋である。(中略)人間を獣あつかいにして、動物の心がわかる神通力。これを母子が修得した所以について幼児は次のような語りを読者につたえている。
  「こんないゝことを知つてるのは、母様(おつかさん)と私ばかりで、何うして、みいちやんだの、吉公だの、それから学校の女の先生なんぞに教へたつて分るものか。人に踏まれたり、蹴られたり、後足で砂をかけられたり、苛められて責(さいな)まれて、煮湯を飲ませられて、砂を浴せられて、鞭うたれて、朝から晩まで泣通しで、咽喉がかれて、血を吐いて、消えてしまひさうになつてる処を、人に高見で見物されて、おもしろがられて、笑はれて、慰にされて、嬉しがられて、眼が血走つて、髪が動いて、唇が破れた処で、口惜しい、口惜しい、口惜しい、口惜しい、畜生め、獣めと始終さう思つて、五年も八年も経たなければ、真個(ほんたう)に分ることではない、覚えられることではないんださうで、お亡(なくな)んなすつた、父様(おとつさん)とこの母様(おつかさん)とが聞いても身震がするやうな、さういふ酷いめに、苦しい、痛い、苦しい、辛い、惨酷なめに逢つて、さうしてやうやうお分りになつたのを、すつかり、私に教へて下すつたので。(中略)其をば覚えて分つてから、何でも、鳥だの、獣だの、草だの、木だの、虫だの、蕈(きのこ)だのに人が見えるのだから、こんなおもしろい、結構なことはない。しかし、私にかういふいゝことを教へて下すつた母様(おつかさん)は、とさう思ふ時は鬱ぎました。これはちつともおもしろくなくつて悲しかつた、勿体ない、とさう思つた。」
 これは、どう考えても、単なる童話ではない。幼児の声を借りて、俗界への憤りを告発しているかにみえる。」
「要するに『化鳥』の母親の延長線上に、『夜叉ヶ池』の白雪姫も、『天守物語』の富姫も結実したという見方も成立する。」





こちらもご参照ください:

日夏耿之介 『鏡花文学』
「国文学 解釈と教材の研究」 特集: 泉鏡花 魔界の精神史










































































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