FC2ブログ

藤井貞和 『古日本文学発生論 増補新装版』

「毎回、じぶんのよくわからないことばかりを、くるしみながら書きすすめている。わかったように書いているのではない。疑問を、こじおこしているのにすぎない。」
(藤井貞和 「古日本文学発生論」 より)


藤井貞和 
『古日本文学発生論 
増補新装版』
 


思潮社 
1992年4月1日 発行
230p 索引12p
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,400円(本体2,330円)
装幀: 芦澤泰偉



本書「あとがき」より:

「本書を構成した礎稿は、
 ① 「古日本文学発生論」(『現代詩手帖』連載、昭51・10~11、52・1、3~7、9~11、十一回)
 ② 「『亡滅の歌』――古日本文学発生論・番外――」(『現代詩手帖』、昭52・2)
 ③ 「神話のかげ――日本神話と歌謡――」(『解釈と観賞』、昭52・10)
 ④ 「南島古謡の魅力――古代歌謡と私――」(『解釈と鑑賞』、昭50・9)
 の四篇で、①を主体とし、②~④を附篇として、加筆を大幅にほどこしながらからくも長篇的な一冊にすることができた。」



本書「あとがき……増補新装版のために」より:

「本書は一九七八(昭53)年九月の初版がそののち廉価版になっていたものの増補新装版である。池宮正治氏を中心とする科研の報告書(一九八九・三)に執筆した「文学の発生論と琉球文学」を改正してここに増補し、これからの読者にむけて心をこめた発信をする。」


藤井貞和 古日本文学発生論


帯文:

「日本文学の
発生の究明、
始原への旅

日本の古代文学はどこに発生の基盤をもつか。共同体の幻想と伝承にみちた神歌・呪謡・神話など蒙々たる南島古謡の闇の中を、からだごとの実地踏査や数多くのテクスト・クリティークで具体的に探究しつつ、詩的直観による大胆な仮説と、緊密な論理考証で鮮かにあざなう。時代に先がけて展開された構造的な物語学、沖縄学の名著の増補新装版。」



目次:

滅亡の歌声
 詩と鋳型
 古代詩と近代詩
 亡滅の研究
異郷の構造
 〈思ひ〉の呪術
 世と常世
叢の底から
 サク神信仰
 大荒(サケ)大明神
 常世の蟲信仰
南のうたの方へ 神歌私注(上)
 問題の所在
 古代村落の隣
 祖神の祭り
いずみを覓めて 神歌私注(中)
 神話的空間
 村立て神話
 村立て神話・続
 神歌が並行して
シルエットの呪謡 神歌私注(中の二)
 巫者の領域
 巫者の領域・続
 叙事の部分
英雄の死 神歌私注(下)
 呪謡から儀礼へ
 宮古島の史歌
 勇者をうたう
寿と呪未分論(上)
 読歌の二首
 ヨムの原意味
 ゆんぐとぅ・ゆみぐとぅ(奄美)
 ゆんぐとぅ・ゆんぐどぅ(八重山)
寿と呪未分論(下)
 ゆんぐとぅ・続
 唱えごとからうたへ
 祭式外歌謡の発展
 更級日記の猫
原古の再現ということ 神話から物語へ(一)
 ふたたび「亡滅」について
 神話の叙事歌謡
 「昔」語りの拡がり
歌謡のゆくえ 神話から物語へ(二)
 「古こと」と新意と
 おもろの独自性、その末路
 地方のおもろ歌唱者
古代文学の誕生 神話から物語へ(三)
 神話的充実の喪失
 童謡(わざうた)の成長
 語部(かたりべ)の位置
 異郷論、ふたたび
 詩をつらぬく特徴、おわりに

附篇一 「亡滅の歌」 黒田喜夫覚え書き
附篇二 日本神話と歌謡
附篇三 南島古謡の魅力
増補新装版附篇 文学の発生論と琉球文学

引用・参考文献目録
あとがき
増補新装版あとがき
総合索引




◆本書より◆


「叢の底から」より:

「原生信仰とでもいったらいいのか、このサク神(じん)の信仰は、古代統一朝廷による中央からの支配のもとに忘れ遺(のこ)され、信濃の国を中心にひろく残存している最古の原始信仰で、上は縄文時代の石棒などの信仰につらなり、草深い部分での性信仰(性器崇拝)・田神信仰に習合、あるいはその実体としてつたえられた。
 柳田国男が先駆的に注意した石神(しゃくじん)である。」
「古い地主神や産土神の最も素朴なるもので、新来の神々にとってかわられるべき恰好のえじきとなったにちがいない。古い地主神が新来の神にとってかわられる話は『古語拾遺』中の一例が有名である。「……宜しく牛の宍(しし)を以て溝口に置きて男茎形を作りて以て之(これ)に加へよ」云々と新来の御歳神が古い大地主神に命じている。古い大地主神自身がかつてそのように祭祀されていたことをあらわしていよう。「男茎形……」とは石棒のたぐいであろう。この『古語拾遺』中の大地主神はおそらく当のサク神である。それが新来の神々によって、当然のごとくとってかわられる。古い神々はしかしそのままに放置すれば祟りをなすであろうから、土俗的段階で依然として信奉され、安産や子供の守護神として、まあ識者からみれば淫祠ということになるのだろう、草深い部分では生きつづける。
 『古代諏訪とミシャグジ祭政体の研究』はこのサク神信仰を、それを支えていたとする土着の洩矢(もりや)族(守矢(もりや)族)への考察に押しすすめ、古代祭政体とでもいうべき部族国家段階に照明をあてようとしているものらしい。」
「ともあれ守矢氏は諏訪先住の豪族として、新来の神をいただく一族と戦ってやぶれ、ついでそれに習合していった。諏訪信仰の実質をなす最も陰靡な部分が実にサク神信仰によって占められていることは習合ということの意味をよく語っている。」

「世阿弥『風姿花伝』中、秦河勝(はだのかわかつ)を、いわば申楽(さるがく)家の始祖として伝える、始祖伝承の部分は、もちろん史実ではない。大和猿楽の芸能者たちが秦氏の後裔であることを自称してふくらましていった伝承として理解されるのが至当である。」
「河勝は、どのようにして芸能民たちの始祖になっていったか。

   彼の河勝、欽明・敏達・用明・崇峻・推古・上宮太子に仕へ奉る。此芸をば子孫に伝へ、化人(けにん)跡を留めぬによりて、摂津国、難波の浦より、うつほ舟に乗りて、風に任せて西海に出づ。

 この「うつほ舟に乗りて」云々は、密室化された舟で海に入ることで、死から再生への通過を意味している。なぜ河勝は、ここでうつほ舟に乗らなければならないのだろうか。うつほ舟は、古事記あたりにも痕跡をのこしている、古い葬送儀礼であったように考えられる。死者として海に流されたのであろう。舞台はかわって――

   播磨の国坂越(しゃくし)の浦に着く。浦人、舟を上げて見れば、形、人間に変れり。諸人に憑き祟りて奇瑞をなす。

 海から迎えた荒々しい神がいた、ということが出発点をなす事実で、その神が、巫覡を通じて、自分は秦河勝の化身であることを、表明すればいいのだ。それはただちに、神未生以前、すなわち河勝の事蹟や伝説にむすびついてゆくであろう。「人間に変れり」、とは人間のものとちがった異形のかたちをした神になっていた。異郷から来たものは、鳥のかたちをしたり、蟲のかたちをしていたりするものと想像されている。「坂越(しゃくし)」に上陸した。今、赤穂市に編入さrている、坂越(さこし)。故郷の近い柳田国男が『石神問答』中で、最初に(引用者注:「最初に」に傍点)注意した地名であることはいうまでもない。荒神となって、祭祀を要求する。

  則ち、神と崇めて、国豊かなり。大いに荒るると書きて、大荒(さけ)大明神と名づく。

 なまえからすれば、まさにサク神にほかならない。地名「坂越(しゃくし)」からもそれは確言されるであろう。今、大酒神社、祭神は秦河勝であるという。サク神の一例を兵庫県に見いだすばあいである。古いサク神信仰へ、海上から寄り来た、新来の神が、習合していったという事情をかいまみさせてくれるものであろう。「今の代に霊験あらたかなり。本地、毗沙門天王にてまします」。

  上宮太子、守屋の逆臣を平らげ給ひし時も、かの河勝が神通方便の手に掛りて、守屋は失せぬ、と。 (風姿花伝第四・神儀)

 「河勝が神通方便」とは、河勝が早く、巫覡たちの信奉するところとなっていたことをあらわしているので、それが、芸能民たちを巻き込んでいったというのが習合の実態である。」
「この守屋退治の伝説は、はるかな聯合が、モリヤという語を想像力の起点として、諏訪守矢氏の敗北ということとのあいだに、行われている可能性が、無しとは言い切れないと想われる。もしそうであるとすれば、古代中世芸能民の想像力のかたちを、ひとつ明らかにすることがらであるといえよう。
 服部氏「宿神論」は古代以来中世の日本の芸能民が奉祀してきたシュクシンというものの実態にメスを加えた。いうまでもなくサク神のすえである。古代以来の芸能者がサク神~シュクシンをいつきまつっていたということには無視しえない重要なことがらが含まれている。芸能者の古い出自が先住民族にあり、その服属儀礼として芸能の発生がある、ということとそれは関係してくる。」

「秦河勝といえば、史上では、ただちに想い出すのが日本書紀・皇極三年七月条、「常世の蟲」を祭った「大生部多(おほふべのおほ)」を悪(にく)んで打った(うちほろぼしたのであろう)という記事で、左に引いておく。

   秋七月に、東国の不尽(ふじ)河の辺の人大生部多、蟲祭ることを村里の人に勧めて曰はく、「此は常世の神なり。此の神を祭る者は、富と寿(いのち)とを致す」といふ。巫覡等、遂に詐きて、神語(かむこと)に託(の)せて曰はく、「常世の神を祭らば、貧しき人は富を致し、老いたる人は還りて少(わか)ゆ」といふ。
    (中略)
   都鄙の人、常世の蟲を取りて、清座に置きて、歌ひ儛ひて、福を求めて珍財を棄捨つ。都(かつ)て益す所無くして、損(おと)り費ゆること極て甚し。是に、葛野(かどの)の秦造河勝、民の惑はさるるを悪みて、大生部多を打つ。其の巫覡等、恐りて勧め祭ることを休む。」

「この蟲は(中略)、橘の樹に生る、というのが要点で、常世から来た蟲で、常世神なのだ、というふうに考えられたのであろう。橘は、ときじくのかくの木(こ)の実(み)の生る樹で、田道間守(たじまもり)が常世から将来したとされ(記・紀)、「トコヨモノこの橘のいや照りにわご大君は今もみるごと」(万葉集、四〇六三番)などとあるとおり。
 大生部多は、人心をたぶらかそうとしたのではない。富と寿命とをねがい、村里の人々にすすめたのである。常世信仰が最も露骨にあらわれているものとして注目すべきではなかろうか。
 秦河勝は常世信仰という前代なるものを打ったのである。」
「これは史上の河勝であり、前述の大荒(さけ)大明神の祭神になってゆく「秦河勝」なるものとは、一応、無関係だ。
 しかし、サク神信仰も、常世信仰も、前代的なるものとして非常によく似た立場にあったということがいえるであろう。」



「寿と呪未分論(上)」より:

「ヨミウタは古事記(允恭条)に「読歌」として二首出ているけれどももちろん「読」字は解釈された字面であって、それにとらわれないようにしよう。ヨムの語義は、深い多層に、暗く下りていて、容易につかめない。」

「ヨムは「忌(い)む」と関係ふかい語であったであろう。」
「「いふ(言ふ)」という語の語幹「い」にもかかわっているはずで、くちに出して言いたてることは、本来的に呪的な行為ではなかったかとかんがえられる。ヨムという語と語型分化がすすむ以前のイフ・ヨム両語は近かった。
 ヨムは、もし漢字を宛てるとすれば「呪言(よ)む」とでもするのが本来的な、原初のニュアンスであったとかんがえられる。ことばに呪力をこめて発言することで、賀歌にもなりうるのであった。賀歌はその呪性によって賀歌たりえている。」



「寿と呪未分論(下)」より:

「奄美のゆんぐとぅ(呪言)は、シャーマン発生以前の段階をなす庶物の精霊の生きていた世界を髣髴とさせる。
 それを、ふつうに言いならわしているアニミズムという語でここでもあらわすことにする。それはひとつの固有の世界であり、単なる未開の一段階なのではない。だから、単純な段階論によってアニミズムの段階と、シャーマニズムの段階とを分けることをするつもりはないが、アニミズムが、シャーマン発生以前の信仰をなす、固有の世界としてあり、シャーマニズムの母胎であったということをみとめたい。
 それは唱えごとであった。唱えごとはまだうたというほどのものでない。うたとうた以前の状態との未分化な世界というものについて、充分に想像をめぐらしておくことが必要だ。」
「唱えごとからうたへ、という発展成長は、そうした呪的な唱えごとの管理者がはっきりしてきてからあとだ、と想われる。」
「呪的な唱えごとを専門的に管理するようになってきた管理者とはシャーマン、巫者であるが、その始原状態について、ほとんど知るところがない。(中略)現代にのこるシャーマニズムの諸例を併考するしかないが、おそらく原シャーマン的存在がシャーマニズムのなかのシャーマンへ成長してきた重要なきっかけは、村落共同体が、部落の内部でも、外部でも、諸矛盾をかかえ込むようになったときであった。」

「ヨムは、朗読したり、作歌することを意味した。作歌をヨムというのは声に出すからであろう。発声、ということの呪的意味はまったくうしなわれつくしてはいないはずで、発声によって良い歌を獲るという思想であり、数や月日を勘定することをヨムというのもまた、発声したことにもとづくのだと想われる。」
「物語草子は見る(引用者注:「見る」に傍点)ものだ、と前回にのべたことについて、更級日記のなかの次の有名な一文はどう解釈したらいいのか。

  五月ばかりに、夜ふくるまで、物語をよみて(引用者注:「よみて」に傍点)起きゐたれば……

 もちろん、菅原孝標(たかすえ)の娘は、物語を、声に出して(引用者注:「声に出して」に傍点)朗読していたのである。五月の夜更けにひとり起きて、物語の美しい文章を、黙読でなく、声に出して読んだ。声に出さずにはいられなかったのだ。しかし、声を出すということは呪的な行為であった。五月は、一年のうちで最も危険な月である。厳重な物忌みが課されていた不吉な月であった。孝標の娘はここで、声を出すことによって、何かを呼び出したのではないか。はたしてあやしい猫がどこからともなくあらわれる。

   ……来つらむ方も見えぬに、猫のいとなごう啼いたるを、おどろきて見れば、いみじうをかしげなる猫なり。

 もし黙読していたら、この、大納言殿の姫君の化身だという霊妙な猫は、けっしてここにあらわれなかったはずである。
 ヨムの語義の追求は、けっして古代空間に限定されるものでない。前田愛のすぐれた仕事のひとつに「近代読者の成立」を考究した一連のものがあり、近世から近代へ、音読から黙読の成立を論じた要点は、いまや定説化しつつある。しかし、「見る」という語は絵のようにそれを眺めることで、黙読を意味したとかんがえられる。古代にも、黙読はあった。問題そのものはそこにあるのでなく、むしろ、近代においてすら、読むという行為は、一種呪術的ななにものかではないかというところにある。読書とはなにか、読者とはなにか、という今日的な課題にたいして、そこに一種呪術的な空間をかんがえることができるのではないか。ヨムの追求は、そうした近代における読むことの根底をおそい、ゆるがすものとして、見えてくる。」



「古代文学の誕生」より:

「中国史書の影響のもと、日本書紀の皇極・斉明・天智紀に、「童謡」「謡歌」が一〇首あまり採録されている。これに類似したものに「時人歌」などいくつかあって、わざうたの裾野は広範囲にひろがっている。
 大毘古命(大彦命)が聞いた少女の歌は、社会不安を敏感にさきどりした歌謡で、わざうたの一類であると認定される。少女は「吾(われ)勿言(ものいは)ず。唯詠歌為耳(ただうたひつるのみ)」と答えてすがたがみえなくなった、という怪異を示しているが、古代巫覡の活躍を暗示する(『記』中、『紀』崇神十年条)。」

  「品陀の 日の御子、大雀 大雀 佩かせる大刀。本つるぎ 末ふゆ、冬木の 素幹が下木の、さやさや」

  「さゐがはよ くもたちわたり うねびやま このはさやぎぬ かぜふかむとす (狭井川よ 雲立ち渡り、畝火山 木の葉さやぎぬ(引用者注:「さやぎぬ」に傍点)。 風ふかむとす)

  うねびやま ひるはくもとゐ ゆふされば かぜふかむとそ このはさやげる (畝火山 昼は雲とゐ、夕されば 風吹かむとそ、木の葉さやげる(引用者注:「さやげる」に傍点))

 木の葉のさやぎは、夜にちかづくとともにおぞましく想い出される無秩序時代への後退であって、社会不安の原動力が、そのような無秩序のかなたに由来するものであるように感じられているとすれば、不安の予兆たりうるものであった。草木の言語をやめさせることで秩序時代がひらかれてきた、というのが当時の神話的説明にほかならなかった。
 こうしたわざうた的なるものの背後に古代巫覡の活躍がある。(中略)〈うた〉が神話ばなれしつつ、社会にたいしてちからを持つように複雑化、高度化されてゆく過程に、重大な規模で参加していったのがかれらではなかろうか。そうしたうたかずを、中国史書の眼からとらえかえせば、謡歌(わざうた)になる。
 巫覡の活躍は、しかしながら、秩序の強力な再編、回復の方向へと、結局、荷担してゆくようにはたらいた、ということもまたまぎれもなく歴史的事実がおしえるところであった。」
「古代巫覡の活躍について、さきにすこし述べたところへ、ようやく帰ってゆく。常世蟲の信仰は、古い異郷幻想の神話をベースにして、現世利益の思想化をもくろむ新興的な宗教に成長した。すでに原生的な段階ではないわけで、史上の秦河勝によってうちほろぼされた。このときの「時人歌」がつたわっている。もういちど書きあらわしておけば、

  太秦は 神とも神と 聞え来る 常世の神を 打ちきたますも (『紀』、歌番一一二)

 これは「時の人」の「作歌」とあるけれども、多田一臣もいうように、一種の童謡(わざうた)であって、「常世神を信じた人々と同一レベルの人々によって生み出されたもの」(多田)と解するのがいい。」

「さいごに、異郷幻想へと、叙述はめぐるようにして帰還する。神話の源泉にあるこの世ならぬ楽土、豊穣・生命のいっぱい詰まっている幻想上の他界を〈異郷〉としてとらえた。
 常世信仰、根の国信仰、さらに妣国とも称されるそれのこまかい区別は、いろいろと調べてみても、ついによくわからない暗面をもつ。〈異郷〉は社会観念の成長につれてどんどん進展しているのだ、ということがいえる。〈異郷〉をそのような動態においてとらえようと想う。そうでなければ、また常世信仰や根の国信仰が、古代日本において急速に、ばらけるようにして亡滅し去ったことを説明しにくくなる、と想われる。
 南島諸地方にいまなお生きている海彼の〈異郷〉の信仰が、古代の日本列島の中央部で早く亡滅したのは、いうまでもないことだろうが、海洋的性格を、古代の日本列島の中央部が、うしなっていった、あるいははじめから持ちあわせていなかったからであった。海彼の〈異郷〉が早く亡滅したことと対照的に、山中他界観は古代から近年にいたるまでよく保存せられてきた。海は古代のしょっぱなにおいて大きく後退していった。
 神話が固定的な詞章としてあり、それがふる(=古(ふる))こと(引用者注:「ふること」に傍点)であると観念されるのは、そうしたものが過去のものになりつつあることを示している。神話が過去的なものに決定的になってゆく時点で「ふること」を集大成するというたてまえの古事記は編纂せられ、詞章の固定が最終的にこころみられた。
 〈異郷〉が見うしなわれて、悲哀にみちた喪失の感情とともにそれのふたたび帰らざるものであることがひとりひとりのなかに確認されたとき、物語文学ははじまる、というふうにかんがえることができるのではないか。」
「物語文学の舞台は、神話とちがって、現世的で、人間を主人公ないしテーマにしているということが最大の特徴だ。このことについてはとりたてていうまでもない。舞台の中心が人間界にすえられている、ということとともに、注意しておかなければならないことがある。それは、物語文学の、えがかれざる舞台のそとがわに、〈異郷〉界が意識されている、という感じであって、その意味で、物語文学は、神話性をやはりかかえ込んだ文学なのだ、という一点であった。
 竹取物語の女主人公かぐや姫は、〈異郷〉月の都から来て、またそこへ帰還した。その通過する地上に舞台は限定せられ、天女かぐや姫は地上で人間生活をともにし、しだいに人間感情を理解するようになるが、時いたって天上に帰還する。〈異郷〉界との緊張関係において地上は舞台たりえている。
 物語文学は、〈異郷〉を、喪失から、はげしく奪還しようとする運動でもあると見かたをかえていうことができよう。宇津保物語や源氏物語の主人公たちが物語のなかにうちたてようとしたこの世の楽土とでもいうべき荘厳をきわめた富の集中は、〈異郷〉幻想を現世にもたらそうとする、地上の神話とでも称すべき世界であった。」





こちらもご参照ください:

吉本隆明 『初期歌謡論』
谷川健一 『南島文学発生論』
中沢新一 『精霊の王』
斎部広成 撰/西宮一民 校注 『古語拾遺』 (岩波文庫)

























































































関連記事
スポンサーサイト



プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本