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ボリス・ヴィアン 『日々の泡』 曾根元吉 訳 (新潮・現代世界の文学)

「「これが人生なんだ」とシックは言った。
 「いや、そんなことはない」とコランは言った。」

(ボリス・ヴィアン 『日々の泡』 より)


ボリス・ヴィアン 
『日々の泡』 
曾根元吉 訳
 
新潮・現代世界の文学


新潮社 
1970年10月20日 発行
1995年4月5日 15刷
266p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,000円(本体1,942円)



本書「『日々の泡』とボリス・ヴィアンのこと」より:

「『日々の泡』は“L'Écume des jours”の翻訳である。」
「訳出のためのテクストには一九六三年のジャン=ジャック・ポヴェール版と10/18叢書版とを併用した。挿絵はオドゥジュ・プレス版の『日々の泡』を飾ったリュシー・ユタン Lucie Hutin の素描である。」



挿絵5点。


ヴィアン 日々の泡 01


帯文:

「芸術への夢に結ばれた三人の青年と三人の少女――その華やかで痛ましい青春の真実! サルトル、ボーヴォワールが絶賛した異色のフランス小説」


帯裏:

「『墓に唾をかけろ』で現代の悲痛な青春を描いたボリス・ヴィアン――彼はまた、歌手で、俳優で、ジャズのトランペット吹きでもあった。素朴柔軟な心のひだで文学や芸術を尊ぶコラン、当代の大作家ジャン=ソール・パルトルの熱狂的蒐集家シック、料理の芸術を徹底的に追求する変り者のニコラ――三人の青年は美しい三人の少女、アリーズ、イジス、クロエと愛を語り、友情を交し、人生の夢を結ぶ。パリの若者たちがかもしだす青春特有の夢と現実、幻想と実存を新しい音楽的手法で描き、レーモン・クノーが「現代の恋愛小説中もっとも悲痛な小説」と評した傑作である。」


内容:

日々の泡
 1~68

『日々の泡』とボリス・ヴィアンのこと (曾根元吉)




◆本書より◆


「まえがき」より;

「人生でだいじなのはどんなことにも先天的な判断をすることだ。まったくの話、ひとりひとりだといつもまっとうだが大勢になると見当ちがいをやる感じだ。(中略)お話は隅から隅までぼくが想像で作りあげたものだからこそ全部ほんとの物語になっているところが強味だ。」


「1」より:

「コランはおしゃれの仕上げをおわるところだ。湯あがりにまとったゆったりした厚地タオルからは脚と上半身とがはみでている。ガラス棚から噴霧器をとりだして色のあわい金髪に香料入り液体ポマードをふきつけた。その絹糸さながらの塊(かたまり)を琥珀(こはく)の櫛(くし)でオレンジいろの長い線に分けると、それがまるで上機嫌のお百姓がフォーク一本で杏(あんず)ジャムの中に作ってみせる畝溝(うねみぞ)のようだった。」


「2」より:

「「このうなぎのパテは驚くべきもんだね」とシックは言った。「これを作る思いつきは誰がきみにくれたんだい」
 「思いついたのはニコラだ。うなぎがいるもんだから――というよりうなぎがいたわけで――そいつが毎日ニコラの洗面台に水道管を通ってやって来てたんだ」
 「妙なことだね。どうしてかな」
 「頭だけ出して練歯みがきのチューブの上にのしかかると歯を使ってえぐるんだ。ニコラはアメリカ製のパイナップル香料入りの歯みがきしか使わない。このパイナップルが奴をひきつけてたにきまってるね」
 「どうやって摑まえたのかい」
 「チューブのかわりにパイナップルまるごとを置いた。歯みがきをむさぼってたときは、ぐっと呑みこんですぐ頭をひっこめることができたが、パイナップルじゃぁそうはいかない。ひっぱろうとすればするほど歯がパイナップルに食いこんでしまう。そこで、ニコラが……」
 コランは言葉を止めた。
 「ニコラがどうしたの?」
 「それを話すのは躊躇するね。たぶん、きみの食欲を害するだろう」
 「言ってくれよ。食欲が大して残ってるわけでもない」
 「この時ちょうどニコラが入ってきたんだ。それで、カミソリの刃で頭を切断した。それから、水道栓をひねると、残りの分が出てきた」
 「それだけかい。パテをもっとおくれよ。パイプの中にそのうなぎの一族郎党が大勢いるんじゃないか」」



「24」より:

「「あの人たちは、あたしたちを好いていないわね」とクロエは言った。「ここを出ていきましょうよ」
 「彼らは労働してるんだ……」とコランが言った。
 「そんなこと理由にならないわよ」とクロエは言いかえした。」



「25」より:

「「あの人たち、どうしてあんなに人を小ばかにしてるの」とクロエはきいた。「労働してるからってそれがそんなに正しいとは思えないわ」
 「労働は正しいと聞かされているんだな。一般には正しいと考えられているんだが、実際は、だれもそう思ってやしない。習慣でやっているわけだ。」」



「32」より:

「クロエは、ひどく透きとおった顔色になって、婚礼の美しいベッドに、やすんでいた。眼はあいていたが呼吸は困難だった。アリーズが彼女と一しょにいた。イジスは、ニコラが料理全書にもとづいて何か気付けの飲み物を作っているお手伝いをしていたし、ハツカネズミは寝酒をこしらえようと草の実を鋭い歯で嚙み砕いていた。」


「38」より:

「クロエは彼の腕にかかえられて、ほんの少しずつ歩んでいくのだった。彼女が二歩すすむとコランは一歩すすむのだった。
 「うれしいわ」とクロエは言った。「太陽はいっぱいだし、樹の香がぷんぷん匂ってるわ」
 「ほんとだね。春だよ」とコランは言った。
 「ほんとに?」とクロエは彼にいたずらっぽい眼つきをしてみせた。
 ふたりは右に折れた。病院地区に出るまで、まだ建物の群れを二つも通りぬけねばならなかった。百メートルも先から、麻酔剤の臭いが漂いはじめていて、風のある日だと、さらにもっと遠くからも流れてくるのだった。歩道の様子も変りつつあった。このへんでは、目の詰った細密な柵になったコンクリート造りの格子蓋でおおわれた幅広い平坦な暗渠が歩道になっているのだ。柵の下には、エーテルとまざったアルコールが流れて、膿や血膿や時には血液に汚れた脱脂綿を運んでいた。半ば凝固した血の繊条が揮発性の水流のそこかしこを染めて、ほとんど分解した肉の切れっぱしが自転しながら、溶けすぎた氷山のようにゆっくりと通りすぎていった。どこもかしこもエーテルの臭いばかりだった。ガーゼや包帯の束もまた、どんよりした渦を巻いて水流をくだっていった。どこの建物も右側には、排水管が暗渠のなかへ放出されていて、これらの管の排出口をちょっと観察してみれば、そこのお医者の専門がはっきりすることもあった。くるくる廻転する目玉のような泡が、しばらくの間、ふたりを見つめてから、病気のクラゲみたいな、ふにゃふにゃした赤っぽい木綿の布ぎれの蔭に消えていった。」



「40」より:

「「睡蓮なんだが」とコランは言った。「どこであんな睡蓮を拾ったのかな」
 「クロエが睡蓮をどうかしたのか」疑わしげにニコラはたずねた。
 「右の肺にできてるんだ。はじめ先生は単に何か動物みたいなものだと思っていたんだ。ところが、それが睡蓮なんだ。スクリーンに映ったのを見たよ。もうかなり大きくなっているが、どうしたってこいつを取り除けなくてはならんのだ」
 「なるほど」ニコラは言った。
 「あんたはどんなものか分りっこないわ」クロエはすすり泣きをしていた。「あれが動いたりすると痛いったらありゃしないのよ」」



「46」より:

「《愛するコラン、
 《あたしは元気で、お天気は晴れです。ただ一つうんざりするのはユキモグラです。雪と地面とのあいだを這いまわる動物でオレンジいろの毛皮で夜になると大きな啼き声をあげます。ユキモグラが雪の小山をきずくのでだれでもつまずいてころぶんです。ここには太陽がいっぱいで、まもなく帰れるようになるでしょう》」



「50」より:

「イジスはもう一度ベルを鳴らした。ドアの片側で、小さな鋼鉄(スチール)の戸たたき金がわずかに震動していることに気づいていた。彼女がそっと押すとドアはさっと開いた。
 中にはいった途端に彼女はコランにつまずいた。彼は床に長くなり顔を横向きに伏せ、両腕を前に伸ばして、じっと寝ていたのだ……眼は閉じてしまっていた。玄関は薄暗かった。窓の周辺には、明るい光の暈が見えていたが、室内へは入りこんでこないのだった。彼はしずかに呼吸していた。眠っているのだった。
 イジスはかがみこみ、彼のそばに膝をついてその頰をやさしく撫でた。その肌はかすかにふるえ、眼がまぶたの下で動いた。彼はイジスを見つめてから、ふたたび眠りこんでいくらしかった。イジスは彼をかるく揺すった。起きて坐ると彼は口に手をあてて言った。
 「ぼくは眠っていたんだ」
 「そうよ」イジスは言った。「あんたはもうベッドで眠っていないの」
 「そうだ」とコランは言った。「ぼくはお医者を待ってここにじっといようと思ったんだ。それから花を買いにいこうと思ってね」
 彼はすっかりうろたえきった様子だった。
 「どうしたのよ、いったい」とイジスは言った。
 「クロエが」とコランは言った。「また咳をするんだよ」
 「炎症が少し残ってるのよ」とイジスは言った。
 「そうじゃないんだ。もう片方の肺なんだよ」」



「56」より:

「コランが遠ざかっていくのを見守りながら、アリーズは心の中で力のかぎりにさよならをさけんでいた。彼はあんなにもクロエを愛している、彼女のために、彼女に花を買ってやれるように、また彼女の胸をむしばんでいく恐ろしい物と闘うために、彼は仕事を探しにいくのだ。コランの広い肩もわずかに衰えて見え、ひどく疲労しているようだった。その金髪にしてももう昔のようにきちんと手入れして分けられてはいなかった。」


「66」より:

「コランはがっくりとなって膝をつき、頭をかかえていた。石ころの転がりこむ鈍い響きがきこえてくるのだった。巡警と御堂番と二人の運び屋とは手をつなぎあって墓穴の周囲を輪舞(ロンド)でひとおどりしてまわった。やがて不意に連中は小径へ駆けこみ、南仏田舎踊りの足どりで退場していった。御堂番がふといクルムホルンを吹き立てていて、そのじゃりつくような笛の音が冷えきった空気をふるわせるのだった。
 土塊(つちくれ)はしだいに崩れ落ちて二、三分後に、クロエの遺体はすっかり見えなくなってしまった。」



「68」より:

「「彼は水の岸にいるの」とハツカネズミは話した。「彼は待っているの、そして時間がくると、橋板の上にいく、そして、まんなかで立ちどまるんだわ。そこで何かが見えるのよ」
 「大したものは見えやしないよ」と猫は言った。「睡蓮さ。そうだろう」
 「そう。睡蓮をやっつけようとして浮んでくるのを待っているのよ」
 「ばかばかしいよ。ぜんぜん気乗りしないね」
 「時間がすぎてしまうとね」とハツカネズミはつづけた。「岸にもどって、写真を見るのよ」
 「彼はまるきり食事しないのかい」
 「しないわ。彼はとても弱ってきているの。わたしは耐えきれないわ。そのうちいつか、あの広い橋板を踏みはずしてしまうんだわ」
 「きみを心配させてることは何かね。彼が不幸だからかな」と猫はきいた。
 「彼は不幸じゃない」とハツカネズミは言った。「彼には苦しみがある、そのことがわたしには耐えきれないのよ。いずれは水中に落っこちてしまうわ、身を乗りだしすぎてるんだもの」」



ヴィアン 日々の泡 02




こちらもご参照ください:

『ボリス・ヴィアン全集 3 うたかたの日々』 伊東守男 訳
ジャン=ルネ・ユグナン 『荒れた海辺』 荒木亨 訳



























































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Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
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分野: パタフィジック。

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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