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青柳いづみこ 『ドビュッシーとの散歩』

「変ニ長調という頭がくらくらするような調性で、いつも波間に漂っているような、いや、音楽そのものがどこかで人しれず発生した波のようで、ひねもすのたりのたりしながらときどき膨れて水しぶきを飛ばし、しかしまた何ごともなかったようにくねくねとうごめく。」
(青柳いづみこ 『ドビュッシーとの散歩』 より)


青柳いづみこ 
『ドビュッシーとの散歩』
 
Promenades avec Debussy 


中央公論新社 
2012年9月10日 初版発行
214p+3p 
18×12cm
丸背紙装上製本 カバー
定価1,400円(税別)
装丁: 永井亜矢子(坂川事務所)


「初出: ヤマハ会員情報誌『音遊人(みゅーじん)』(2006年4月号~2012年9月号)連載
「4 アナカプリの丘」「17 イギリス趣味」「35 対比音のための」「36 抽象画ふうに」「37 イヴォンヌ・ルロールの肖像」「38 ゴリウォーグのケークウォーク」「39 スケッチブックから」は書き下ろし」



青柳いづみこ ドビュッシーとの散歩


帯文:

「ドビュッシーの作品を
私たち日本人が弾くと、
どこかなつかしい感じがする――

生誕150年。ドビュッシーのピアノ作品40曲に寄せて、モノ書きピアニストが綴る演奏の喜び」



目次:


1 亜麻色の髪の乙女
2 沈める寺
3 ミンストレル
4 アナカプリの丘
5 水の精――オンディーヌ
6 西風の見たもの
7 雪の上の足跡
8 パゴダ
9 スペインもの
10 デルフィの舞姫たち


11 月の光
12 雨の庭
13 五本指のための
14 グラドス・アド・パルナッスム
15 金色の魚
16 妖精はよい踊り手
17 イギリス趣味
18 グラナダの夕
19 パスピエ
20 野を渡る風


21 カノープ
22 コンクールの小品
23 ボヘミア風ダンス
24 風変わりなラヴィーヌ将軍
25 水の反映
26 しかも月は廃寺に落ちる
27 ロマンティックなワルツ
28 喜びの島
29 葉ずえを渡る鐘の音
30 アラベスク


31 音と香りは夕暮れの大気に漂う
32 八本指のための
33 帆
34 月光の降りそそぐテラス
35 対比音のための
36 抽象画ふうに
37 イヴォンヌ・ルロールの肖像
38 ゴリウォーグのケークウォーク
39 スケッチブックから
40 花火

エレジー――あとがきにかえて




◆本書より◆


「8 パゴダ」より:

「ドビュッシーは若いころ、パリの万国博覧会でジャワやカンボジアの舞台に接して、すっかり夢中になってしまった。」
「十九世紀末のパリではオリエンタリズムが流行していた。とくに絵画の世界は、中国や日本の美術を知って強い刺激を受け、新しい発展をとげた。遠近法にゆきづまりを感じていた画家たちは、広重や歌麿の版画の独創的な構図や単純化された線、平面分割法をとりいれた。」
「音楽の世界でも、同じようなことが起きた。作曲で遠近法に当たるのは、長調、短調の違いをくっきり分けたり、コードを立体的に組み立てたりする技法だが、十九世紀後半には飽和状態になってしまい、作曲家たちは新しい方法を捜していた。そのよりどころのひとつとなったのが東洋の音楽で、ドビュッシーはジャポニズムをとりいれた最初の作曲家だった。
 ドビュッシーは、短調のかわりに全音音階を使ったり、東洋ふうの五音音階を使ったり、四度を重ねたりして調性感がなるべくあいまいになるように工夫し、並列的でスタティックな音楽をつくろうとした。
 ドビュッシーの死後、メシアンやジョン・ケージ、クセナキスがこぞって東洋の旋法やリズムを作品にとりいれるようになるが、ドビュッシーはその先駆者だった。
 ドビュッシーの作品を私たち日本人が弾くと、どこかなつかしい感じがするのは、こんなところからきているのかもしれない。」



「12 雨の庭」より:

「ドビュッシーの「雨の庭」の中間部には、フランスでは誰でも知っているという童謡「もう森へ行かない」のフレーズが使われている。
 「もう森へ行かない、なぜならお天気がとても悪いから」
 作曲していて、表の通りから聞こえてきたポピュラーソングをちゃっかり曲の中に組み込んでしまったのはモーツァルトだが、ドビュッシーだって、そのあたりのお遊びはちゃんとこころえている。」



「13 五本指のための」より:

「ドビュッシーというのは希代の皮肉屋で、言っていることや書いていることをそのまま受け取ってはならないのだ。」


「24 風変わりなラヴィーヌ将軍」より:

「「風変わりな」にあたるフランス語は「エクサントリック」だが、作曲したドビュッシー自身も相当にエキセントリックな人物だったらしい。」
「周囲の証言を総合しても、内向的、人みしり、無口、うたぐり深い、傷つきやすい、冷淡、臆病、躁鬱気質……等々、どう考えてみてもお友達にしたくなるようなタイプではない。
 しかしいっぽうで、リムスキー=コルサコフ『シェーラザード』の初演後にドビュッシーと会食した作家のコレットは、すっかり音楽に魅せられた彼の様子をこんなふうに描写している。唇をぶんぶんいわせてオーボエの動機を探したり、ピアノの蓋を叩いてティンパニの効果を出したり、コントラバスのピツィカートを真似しようとしてワインの栓をガラス窓にこすりつけたり。」



「38 ゴリウォーグのケークウォーク」より:

「「ゴリウォーグ」のイントロでは、両手がユニゾンで「タラン、タッ、タッタッ」のリズムを弾き、高いところからだんだん下がっていって、最後にスフォルツァンドの和音でしめくくる。
 我が師、安川加壽子先生は、このイントロの弾き方がめちゃくちゃ上手だった。
 額の上ぐらいまで両手をふりあげ、えいやっとばかりにうちおろしながら、一気に「タラン」と弾く。黒鍵の幅は一センチくらいしかないのだが、先生は名手だから、もちろん音がはずれたりはしない。必ず命中する。
 打ちおろしたと思ったら、腕はまたはずんでおでこのあたりまではね上がっていく。

 せっかく跳ね上げたのに、弾くのは「タッ」の部分だけ。
 もったいないなと思っていると、腕はまた跳ね上がって「タッタッ」と打ち下ろす。

 これがくり返される。
 最後の和音がまた、すごい。両腕を、ちょうどバレーボールのサーヴのような形にそろえてバサッと叩きつける。
 ケークウォークはジャズの前身だから、シンコペーションのリズムにも遊びがなければならない。腕を振り上げて打ち下ろすと、そのぶん自然の間合いができる。それが、ケークウォークのリズムの遊びにぴったりなのだ、と安川先生はおっしゃっていた。」



「39 スケッチブックから」より:

「私自身、ドビュッシーを弾くときは特別な感覚がある。モーツァルト、ベートーヴェンやショパン、シューマン、ラヴェル……など、他の作曲家の作品を弾くときに比べるとずっと意識的ではない、意識的ではないほうがうまくいくというか。
 自分の磁場をなるべくしなやかに、どんなものにも対応するようにするする拡げておくと、そこにドビュッシーの音楽がいつのまにか忍びこんできてくれる。そして、一緒になってのびひろがってくれる。
 だからやっぱり、降霊するという感じなのだろうか。
 そんなエクトプラズム感が一番よくあらわれていると思うのが、中期の小品『スケッチブックから』である。
 変ニ長調という頭がくらくらするような調性で、いつも波間に漂っているような、いや、音楽そのものがどこかで人しれず発生した波のようで、ひねもすのたりのたりしながらときどき膨れて水しぶきを飛ばし、しかしまた何ごともなかったようにくねくねとうごめく。」





こちらもご参照ください:

ジャン=ジョエル・バルビエ 『サティとピアノで』 相良憲昭 訳
青柳いづみこ 『ドビュッシー ― 想念のエクトプラズム』 (中公文庫)
ロオトレアモン 『マルドロオルの歌』 青柳瑞穂 訳 (講談社文芸文庫)
『江戸川乱歩全集 第7巻 黄金仮面』










































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