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松前健 『出雲神話』 (講談社現代新書)

松前健 
『出雲神話』
 
講談社現代新書 444 


講談社 
昭和51年7月20日 第1刷発行
昭和53年4月25日 第4刷発行
204p
新書判 並装 カバー
定価370円
装幀: 杉浦康平+鈴木一誌



本文中図版(モノクロ)5点、図2点、地図1点。章扉図版(モノクロ)7点。


松前健 出雲神話


カバー文:

「国引き、八岐大蛇、国譲りなど
日本神話のなかで出雲の果たす役割はなぜか大きい。
大和朝廷にとって幽界の地出雲とは、
どのような意味を持っていたのか。
本書は、記紀、風土記、神賀詞などの文献資料と
歴史学、神話学の蓄積を縦横に駆使しながら、
巫覡祭祀(ふげきさいし)説によって出雲神話の実像を明らかにする。
スサノオ、オオクニヌシ、スクナヒコナなど
なじみぶかい神々の世界をとおして
日本神話に新たな視点と
生命を与えた。」



カバーそで文:

「二つの出雲神話の食い違い――『出雲国風土記』の多くの
伝承の中で、記紀に共通もしくは近似の伝承があるかというと、
ほとんど見出せない。また逆の場合もそうである。また記紀と
共通して登場する神格にも、同じ物語は、ひとつも
見あたらない。これは不思議なことである。簸(ひ)の川の
上流のできごととされるスサノオの有名な八岐大蛇の話も、
『風土記』の大原郡斐伊郷(ひいのさと)の条を見ても、触れられていない。
『古事記』のオオナムチの生(お)い立ちの話にある、
八十神(やそがみ)によるさまざまな迫害や、根の国での試練の話も、
『風土記』にはない。神々の神統譜も、どうやら記紀のそれとは
かなり異なったかたちで考えられていたらしい。――本書より」



目次:

はじめに

1 出雲神話の謎
 記紀の出雲神話とは何か
 記紀の出雲神話の政治的性格
 神々の闘争の神話
 出雲神話作為説
 信仰的世界観に基づくという説
 史実の中核存在説
 巫覡信仰宣布説
 諸説のまとめと問題点
2 二つの出雲神話
 虚像と原像の出雲神話
 原出雲神話としての『風土記』伝承
 二つの出雲神話の食い違い
 外から見た出雲世界と内から見た出雲世界
 記紀の神統に見られる出雲パンテオン
 宗教王国としての出雲
 三輪と鴨の神々の出雲化
 出雲の海人とワニの信仰伝承
 出雲地方の考古学
3 出雲国造家の台頭と自家の売りこみ
 出雲国造の神賀詞
 神賀詞奏上の古い意味
 出雲国造の世継ぎ式
 出雲国造の仕える神
 神賀詞奏上の政治的動機
 神賀詞奏上式はいつ始まったか
4 スサノオの神話
 高天原のスサノオ
 スサノオと宮廷の祭祀
 出雲神話へのつなぎ
 ウケイの神話の成立
 八岐大蛇の神話
 人身御供譚の意味
 八岐大蛇と蛇神の祭り
 神婚の神事
 八岐大蛇と鍛冶部
 『出雲国風土記』のスサノオ
 紀伊の大神スサノオ
 スサノオと根の国
 熊野海人の活動と熊野大神
 須佐氏族の出雲進出
 出雲の他界信仰の変遷
5 オオナムチの神話
 オオナムチの異名
 オオナムチの人間性
 オオナムチの原像
 山の女神のオオナムチ
 オオナムチと海洋
 スクナヒコナと常世の国
 オオナムチの生い立ち
 オオナムチと八十神
 根の国での試練
 オオナムチとスサノオの出逢い
 オオナムチの色ごのみ
 出雲の平定と統一
6 国譲り神話と諸氏族
 国譲り神話とその舞台
 コトシロヌシと国譲り
 アジスキの神話
 アメワカヒコと歌舞劇
 フツヌシの神話と物部氏
 タケミカズチの割りこみと中臣氏
 タケミカズチとタケミナカタ
7 出雲土着の神々
 国引き神話とオミズヌ
 出雲の生成母神としてのカミムスビ
 出雲大社の造営
 佐太大神の誕生
 佐太大神の社
 まとめ――私の出雲神話論

参考文献




◆本書より◆


「出雲神話の謎」より:

「神代における出雲は、国つ神の総帥(そうすい)であるオオナムチとその眷属(けんぞく)神の根拠地であるとともに、皇祖アマテラスとタカミムスビの支配する天上のパンテオン、高天原(たかまのはら)の世界に対する、反対勢力の拠点でもあった。」
「実際の史実はどうであったかは別として、少なくとも説話の面では、天孫の国土降臨以前の日本国土には、オオナムチを総帥とする国つ神たちが、一種のパンテオンを形成し、諸国に住み、その政治的中心が出雲にあったのを、後に高天原にパンテオンを形成していた天つ神のグループたちが、皇祖のアマテラスとその御子とを奉じ、それを征服・支配させたという思想が、この出雲神話全体の構成を通じて窺(うかが)われる。」
「このような神々の二つのグループ同士の争闘や、二つのパンテオンの対立というようなモチーフを持つ神話は、諸外国にも珍しくない。(中略)ギリシア神話におけるオリンポスの天つ神々と、クロナス神の率いる巨魔(ティタン)族との闘い、インドのヴェーダや叙事詩の中での、天つ神と阿修羅(あしゅら)・羅刹(らせつ)軍との闘い、またアイルランド神話における、ダナン神族と巨魔族フォモリアンとの闘い、およびダナン神族とミレッド族との争いなどみなこれである。
 ダナン神族がミレッド族との闘いに敗れ、丘や山などに隠棲し、妖精族となってしまったとか、メキシコの文化神クエツァルコアトルが、大神テズカトリポカとの闘いに敗れ、海のはてに去ったというような話は、やはりなんらかの実際の闘争の史実が、反映しているような感じを受ける。」

「巫覡信仰宣布説」
「この説を要約すれば、出雲国は、特別な政治的な勢力や武力があったのではない。シャマニズムやこれに基づく医療・禁厭(まじない)などの呪術を持つ特殊な信仰文化の中心(センター)であり、それは地縁的な、従来の氏神信仰とは異なり、出雲から中国、九州、近畿、北陸、東国などにいたるまで、全国的に、巫覡(みこ)らによって宣布されたのであり、これが大和朝廷によって、大きな宗教的勢力として映った。大和の三輪や鴨の神、諏訪の神などをも、オオナムチの眷属神としているのは、たんなる朝廷側の机上のデッチあげではなく、出雲人(いずもびと)と称する巫覡たちの活動によって、それらの地方的大神の崇拝が、「出雲化」された結果なのである。出雲国造は、この新しい「出雲教」の最高司祭、巫祝王(ふしゅくおう)ともいうべき存在で、この司祭家が、オオナムチの祭祀権と同時に、出雲全体の支配権を掌握した由来話が、国譲り神話であるというのである。」



「二つの出雲神話」より:

「記紀の説話が『風土記』に載らなかった理由としては、いくつかの理由が考えられる。」
「しかし、いちばん大きな理由としては、大和の貴族たちに映じた出雲像と、出雲土着の人たちの頭にある出雲像との、根本的な相違、言いかえれば、両者の抱く世界観の根本的相違によるものと考えられる。」
「中央の眼から見た出雲世界は、(中略)神々の世界を二分し、天上、光明、生命などに関係づけた高天原世界に対立し、地下、暗黒、死などに関係づけた特別な世界だと考えられたのであった。」

「記紀の出雲神話にも散見されるが、むしろ『風土記』に、とくに色濃く出ている要素は、出雲の海人(あま)文化である。(中略)『古事記』の因幡の白兎の説話や、『出雲国風土記』の語臣猪麻呂(かたりのおみいまろ)の説話などに見える、ワニなども、海人系の信仰伝承であろう。猪麻呂の話は、この人物の娘が安来(やすき)の毘売埼(ひめざき)でワニに食われたので、猪麻呂は憤(いきどお)り、神々に祈ったところ、たくさんのワニにかこまれた一匹のワニがあらわれた。鉾(ほこ)で突き殺すと、腹から娘のハギが出てきたという話である。」
「『風土記』には、ワニの話としては、他には仁多郡の恋山(こいやま)の伝説がある。恋山の話はワニが女神タマヒメを恋い、川を溯(さかのぼ)るのであるが、女神が石で川を塞(ふさ)いだので、会えなかったと伝えている。『肥前国風土記』にも、川上にいる世田姫(よたひめ)という女神に、海神のワニが川を溯って会いにいく話があり、また『日本書紀』でも、コトシロヌシがワニに化して、ミゾクイヒメに通う話がある。記紀の豊玉(とよたま)姫も正体はワニであると語られるから、ワニは海の神の姿であるとされたのであり、海人らの信仰であろう。恋山の話なども、もとは一種の神婚譚であったのであろう。
 出雲には、後世にもワニの話が散見する。有名な鰐淵寺(がくえんじ)の縁起にも、昔、智春上人(ちしゅんしょうにん)がここの飛龍の池に臨み、閼伽(あか)を供えようとして誤って皿を滝壺におとしたところ、水が湧き反って大きなワニが皿をくわえて浮かびあがったという伝説がある。現在山陰地方でサメをワニと呼んでいるので、これらはサメの話だとされているが、川を溯ったり、産屋(うぶや)ではいまわったりする姿は、サメとは別の動物のように感じられる。
 因幡の白兎の話がインドネシアの民譚に類話があることは、つとに松本信広、松村武雄などの諸氏によっても指摘されており、これが南方系のものであることは明らかであるが、インドネシアの民譚では、だまされる動物は鰐魚(クロコダイル)である。(中略)東南アジアや中国の江南地方には、鰐が多いから、その伝承の記憶が、海人の間に残ったのではなかろうか。」



「スサノオの神話」より:

「日本神話での最大の人気者はスサノオである。記紀における彼の内性は、あまりに複雑で、学者によっても、しばしば論議の的となった。」
「彼が父神から任せられた地も、日月二神がそれぞれ高天原と夜の食国(おすくに)(記)だとか、天上(紀本文)とか、高天原と滄海原(あおうなばら)(紀の一書)とか、いろいろな国の支配を任せられているのに対し、海原(記、および紀の一書)とか根の国(紀の本文、および一書)とか、天下(紀の一書)とかであるが、ともかく宇宙を三分してその一を占める領域を持たせられるのである。「三貴子」の名にふさわしい。しかし、これほどの大きな地位と領国にもかかわらず、かれはこれを少しも治めようとしない。恐るべき、天上の秩序の反抗者・破壊者となる。
 かれが死んだ母のイザナミを恋い、「八拳(やつか)ひげ、心前(むなさき)に至るまで」泣き叫び、そのさまは、「青山は枯山なす泣き枯らし、河海はことごとに泣き乾(ほ)しき」(記)というように猛烈なものであった。その号泣は、また「国の内の人民(ひとくさ)を多(さは)に夭折(しな)しめ」(紀)たという。怒った父のイザナギが根の国に追放するのである。私は、この三貴子の一人が不肖の子であったために追放するというモチーフは、もとヒルコが流されたという話と結びついていたもので、後にスサノオがこれと入れ替わって主人公となったらしいことを、前に考察したことがある(中略)が、その考えは変わりない。
 スサノオが高天原を訪れるさまも、「山川ことごとに動(とよ)み、国土みな震(ゆ)りきし」(記)という、驚天動地の状態であることも、注意してよい。天帝の玉座を窺うギリシアや北欧の巨魔(ティタン)の神話を思いおこさせる。」

「後に述べるように、本来かれは漁村に崇拝せられた、豊饒(ほうじょう)神・マレビトであり、海や船、風雨などにも関係深い存在であったのである。」
「高天原世界におけるかれは、じつはいくつかの祭儀神話の邪霊役の重ね写真にすぎず、また無理に割りこまされたよそ者にすぎないのである。国生み神話におけるスサノオは、もともとヒルコの話であったものが、すり換えられたらしいことは、かつて述べた。もしかすると、「青山を枯山に泣き枯らした」のはスサノオではなくして、手足の立たない不具のヒルコであり、これが葦舟(あしぶね)ないし岩楠船(いわくすぶね)で流され、根の国(古くは海のかなたにあると信じられた)に追いやられた話であったのかもしれない。」
「この神の天上界での、神田荒しや新嘗の祭場荒らしは、宮廷の新嘗の神事や大祓(おおはらえ)式の縁起譚らしいかたちを持っている。(中略)この大祓は、古代の信仰行事で、世の中の災厄や罪穢(つみけがれ)を、天つ罪と国つ罪とに分け、年に二度(六月・十二月の晦日(つごもり))、国土から川を通じて、海のかなたの根の国にはらい流す行事である。」
「大祓式では、(中略)これらいっさいの罪穢を、形代(かたしろ)の人形に託し、川から海へとリレー式に流してしまうのである。この行事とスサノオとの結びつきは明白である。スサノオは、罪穢のにない手として流される人形の神話的原型である。これを流す行事は、宇宙をして、一時神代のいにしえに立戻らせ、国土を更新させるという呪的機能を持っていた。」
「私の考えとしては、(中略)「高天原的スサノオ」は、本来のスサノオではない。スサノオの原像は、むしろ地方の霊格である。(中略)このローカル神を、ある時期に朝廷で、大きくとりあげて、宮廷祭祀やその神話的世界における、悪役に仕立てたのである。」

「日本の農村では、稲の生育に必要な雨水を供給する神として、蛇体の水神・雷神がまつられ、またこれがしばしば農神・田の神と同一視されている。この蛇神は祭りを怠らなければ、適当な雨水をもたらし、豊饒の恵み手となるが、怠ると洪水や嵐をおこす、恐るべき存在であった。」
「八岐大蛇の神話の母胎地ともいうべき山陰地方では、今でも蛇体の農神をまつる行事は盛んである。」
「大蛇とイナダヒメとの関係は、もともと「怪物と人身御供」ではなくして、蛇体の水神・農神と稲田を象徴する女神との結婚であったのであり、(中略)スサノオが八岐大蛇のことを「汝は畏(かしこ)き神なり、敢て饗(みあえ)せざらむや」(紀)といい、酒を供したという話があるのは、その痕跡であろう。この蛇祭りのもとの意味が不明となり、(中略)かつて尊崇された蛇神は、英雄神に退治される邪悪な怪物とされ、結婚相手の稲田の女神は、あわれな人身御供の女とされてしまう話となる。」

「八岐大蛇(やまたのおろち)の神話は、前にも述べたように、『出雲国風土記』には見えないことで、この物語が出雲産であることを否定する学者もないではない。しかし、この説話ときってもきれない姫の名が、『出雲国風土記』にも登場する。この大蛇のゆかりの地の斐伊(ひい)川沿いの飯石郡熊谷郷(くまだにのさと)の条に、クシイナダミトヨマヌラヒメという女神が登場するのがこれだ。」
「クシイナダヒメは、おそらくこの熊谷を中心とした稲の女神であろう。この女神と水の神の大蛇との神婚がその祭りに演じられ、農民たちはそれによって稲のみのりを祈ったのであろうが、後に侵入してきたスサノオの崇拝によってその祭りにも、神話にも変化が生じたものと思われる。」
「斐伊(ひい)川流域での古代の蛇神の秘儀から出たと思われるもうひとつの話は『古事記』の垂仁の巻にある。例のホムチワケ皇子の話である。この皇子が出雲大神(オオナムチ)を拝して帰るとき、肥の川に、黒木の橋を作り、仮宮を建てて住み、さらにそこから檳榔(あじまさ)の長穂宮(ながほのみや)に住んだが、一夜ヒナガヒメという美女と婚した。ところが皇子がその乙女を窺うと、正体は大蛇だったので、驚き畏れて逃げ出した。その跡を大蛇となった姫は海原を照らして追いかけてきたという。」
「ヒナガのナガは、柳田国男(『西は何方』)、高崎正秀(『古典と民俗学』)などの諸氏が説くように、青大将をあらわすオオナガ、オオナギなどという方言、ウナギ、アナゴなどの蛇属類似の水中動物の名などを参照すれば、蛇体をあらわす語であることはわかっている。この話は、八岐大蛇の話とは男女裏返しであるが、この肥の川の流域での神婚の秘儀の由来話であったことは同じであろう。」

「出雲の砂鉄で作った刀剣は、古くから有名であったのだろう。「かんな流し」のさい、鉄分を含んだ赤く濁った水が川に流れるのは、大蛇の血によって肥の川の水が赤くなったという話をも連想させる。」
「大蛇の尾が刀剣を含んでいるという信仰は、古い民間信仰でもあったらしく、諸国のいくつかの口碑(こうひ)にも見える。(中略)龍蛇と刀剣とを結びつけるという信仰は、ヨーロッパやアジアに広く語られている。」

「神話を見ると、スサノオは出雲ばかりでなく、紀伊にも関係が深く、おまけにそこでは船や海や樹木などと結びついて語られている。」
「紀伊国は、古くから「木(き)(紀)の国」すなわち樹木の生産で知られ、また海人族の根拠地であった。この紀伊半島沿岸の海人たちは、この木材で遠洋航海用の浮宝を造り、これで中国や朝鮮まで押しわたって貿易したり、(中略)また遠洋漁業を行なったりして、五、六世紀ごろにさかんに活躍をしていた。
 スサノオは、もともとこのような紀伊の海人たちの奉じる神であり、海や船にも関係深く、また船材としての樹木の神でもあった。この神が海を支配せよと命じられたとか、韓土にわたったとかいう話はみなこの神を奉じる紀伊の海人(三保海人(みほあま)、加太(かだ)海人、熊野海人など)らが、朝鮮沿岸にまでも活躍したことをあらわしている。(中略)元来は海にこそゆかり深い神であった。」

「根の国とは、根の堅洲国(かたすくに)とも、根の国・底(そこ)の国とも呼ばれ、地下にある暗黒の死者の世界であるとされ、一般には黄泉(よみ)の国と同じものとされている。(中略)しかし、柳田国男氏などの研究(『海上の道』)によると、もっと古くは海のかなたにあると信じられた、死霊のいく他界であったらしい。ここには神々も先祖の霊魂も住んでいて、そこから時を定めて、国土を訪れる神の信仰があった。根の国のネという語は、生命の根源という意味で、ここは死霊ばかりでなく、あらゆる生命の源泉地でもあると考えていたらしい。」
「海のかなたに死霊・祖霊が住み、また神霊が住んでいるという、海上他界の信仰は、マレイ半島のサカイ、ジャクン族、メンタウェイ、ニコバル、ボルネオ、ワツベラ、ケイ、チモールラウト、サヴ、ロティ、レティ、ケイサル、メラネシアのソロモン、ニューカレドニア、ニューギニア、ポリネシア、オーストラリア東南部などの、東南アジアからオセアニアにかけて、広がっている信仰である。」
「スサノオも、おそらくもともと紀伊の沿岸地方一帯の海人たちが信じていた、海のかなたの根の国から来訪するマレビト神であったろう。」

「紀伊の海人たちによって出雲に運ばれたスサノオの崇拝は、まず安来(やすき)などの東部から広まり、大原郡、飯石郡と、しだいに西部に進出し、それにしたがい海洋性を失い、山奥の農神らしい内性となったものらしい。」
「水野祐氏などは、この神を奉じた集団を、朝鮮系の渡来者集団であり、また韓鍛冶部(からかぬちべ)族でもあり、シャマニックな巫覡(ふげき)集団でもあると述べている(『出雲神話』)が、私も前著で、ほぼ同様の考えを詳述した(『日本神話の形成』)。」

「出雲の他界信仰は、その原初のかたちでは、海上他界としての根の国や常世(とこよ)の国であったことは、はっきりしている。(中略)これは海人たちの信仰文化であった。
 『出雲国風土記』出雲郡宇賀郷(うかのさと)の条に見える、脳(なずき)の磯(いそ)の西にある岩屋戸(いわやど)(洞窟)は、奥行は深く、人が入ることを得ず、夢にこの窟の近辺にいたるものがあれば、その人はかならず死ぬと伝え、土地の人がこれを「黄泉の坂・黄泉の穴」と名づけたという。これは現在平田市の西北の猪目(いのめ)にある海岸洞窟で、ここからは先年多数の人骨・土器・木器・貝輪などが出ている。弥生時代から古墳時代にかけてのもので、ここは古い葬地であったものらしい。」
「同じ島根半島でも、東部のサルガ鼻洞窟にも繩文後期の人骨がたくさん出土し、埋葬遺跡である。加賀の旧潜戸(くけど)なども、後には仏教化した賽(さい)の河原(かわら)となっているが、もとはやはり海岸葬地であろう。鹿島町古浦の海岸砂丘の弥生時代の葬地も同様である。今は弓ヶ浜という長い岬となっているが、かつては島であった「夜見の島」や、大根島などの名も、折口信夫氏の説くように、海上他界の信仰の名残りであろう。こうした海上他界の信仰と海岸の葬法とは結びついていたと考えてよかろう。これらは海人の抱いた水平的世界観によるものであろう。
 スサノオのいった根の国も、最初は(中略)海洋的な他界であったのであろうが、この神を奉じる須佐族が、山奥の方に移動するに従って、海洋性を喪失し、(中略)黄泉平坂を隔てて現世と対立する、黄泉の国となっていったのであろう。しかし、この根の国は、イザナミのいった陰惨で、死臭の満ちた、暗黒の黄泉の国とは、かなり異なっている。八田間(やたま)の大室(おおむろや)のような大きな宮殿があり、スセリヒメのような美姫がいて、現世と少しも変わらぬ明るい世界である。こうした相違については、私は両説話を背景とした世界観の相違によるものであろうと考えている。」







































































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Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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