FC2ブログ

レーモン・ルーセル  『ロクス・ソルス』  岡谷公二 訳 (平凡社ライブラリー)

「月光が、敷石の小穴からいっぱいに差しこんでいた。詩人は、好奇の眼を見開き、興奮して、この魅惑の美術館の中に集められた宝石、織物、楽器、小像をうっとりと眺めた。」
(レーモン・ルーセル 『ロクス・ソルス』 より)


レーモン・ルーセル 
『ロクス・ソルス』 
岡谷公二 訳
 
平凡社ライブラリー 511/る-3-1


平凡社 
2004年8月9日 初版第1刷
2019年5月30日 初版第6刷
387p 
B6変型判(16.0cm) 並装 カバー
定価1,500円(税別)
装幀: 中垣信夫
カバー・マーブル制作: 製本工房リーブル
カバー図版: ミシェル・カルージュ『独身者の機械』より水月千春が着彩


「本書は一九八七年五月、
ペヨトル工房から刊行された。」



「平凡社ライブラリー版 あとがき」より:

「ライブラリー化にあたり、全般にわたって旧訳に手を入れた。」


『ロクス・ソルス』(ペヨトル工房)は子どものころからの愛読書ですが、平凡社ライブラリー版の存在が気になっていたので、遅ればせながらそっちもよんでみました。


ルーセル ロクスソルス 平凡社ライブラリー


目次:

ロクス・ソルス
 Ⅰ~Ⅶ

訳者解説

平凡社ライブラリー版 あとがき (岡谷公二)
ルーセルと音楽 (青柳いづみこ)




◆本書より◆


「Ⅲ」より:

「ごく近くに来てみれば分るように、実際には、ダイヤモンドと見えたのは、水をみたした大きな水槽にほかならなかった。その波打つ水の中には、明らかになにか特別な成分が含まれていた。光を放っているのは、ガラスの面ではなく、水だったからで、その光は、水のどの部分にも存在するように思われた。」
「真中では、肉色のタイツを着た、若い、上品な、ほっそりした女が、底に立ち、完全に水に浸かりながら、静かに頭を左右に振って、美しい、魅力的な仕草の数々を演じていた。
 彼女は、唇に明るい微笑を浮べていて、全身を包みこむ液体の中にあっても、らくらくと呼吸しているように見えた。
 水の中に広がりきった、そのブロンドのすばらしい髪は、彼女の頭上にはるかに浮き上がろうとしていたが、水面まではとどかなかった。髪の一本一本は、水の鞘のようなものに包まれていて、少しでも動くと、流れる水とこすれあって振動した。こうして絃と化した髪は、その長さに従い、高低さまざまな音を発するのだった。(中略)この器用な女性は、首を振る時の力強さや速さにさまざまな変化をつけることで、クレッシェンドやディミヌエンドを巧みに調節しながら、音楽を意図してつくり出していたのである。音階、走句、アルペジオは、旋律豊かにある時は高く、ある時は低く、少なくとも三オクターヴの範囲にわたって演じられた。しばしば演奏者は、頭を軽く、そっと振るだけにして、ごく限られた音域の中に閉じこもったままでいた。それから、上半身に大きな、たえまのない回転運動をさせるために腰を振り、この奇妙な楽器のもつ可能性のすべてを使って、音に最大限の広がりと響きとを与えるのだった。
 このふしぎな伴奏は、どこか悩ましい水の精を思わせる女の美しいポーズとこの上なく一致していた。音が水の中に広がるせいで、音色には奇妙な風趣があった。
 時々、一匹のぎょっとするような動物が、彼女の前を通り過ぎ、軽快に泳ぎながら、巨大な水槽の中を探りまわっていた。爪のある四つ足という体の構造からして、明らかに地上に棲む動物だった。一本も毛のないそのばら色の肌は印象的で、見る者をとまどわせた。しかし目を見れば、それがどのような動物かがはっきり分った。それは、疑う余地なく、猫のものだったからである。
 右手には、なにやらぶよぶよした物が、糸のさきに吊られ、五十センチほどの深さのところに浮んでいた。これは、人間の顔から、骨、肉、皮膚のすべてを取り去ったあとの残りだった。つまり手つかずのまま残った脳で、その中では、筋肉と神経がその複雑な網目を四方八方に広げていた。そのすみずみをそっと支えている、ほとんど目に見えない、細い骨組みのおかげで、全体が原形を保っており、神経や血管の叢を見るだけで、頰や、口や、目の場所をはっきりと見分けることができた。それぞれの繊維は、水の精の髪を包んでいた細い鞘を思わせる、ただしもっと分厚い水の被膜にくるまれていた。三つに分れた糸の先端が、それぞれ、脳の真下の骨組みのまわりに結びつけられていて、全体を支えていた。」

「カントレルは、この動物は、すっかり毛を抜き去った本物の猫で、コン=デク=レンという名前だと言った。アカ=ミカンス――先生は、私たちの眼前の、きらきら輝く水をこう呼んだ――は、特殊な酸素化作用の結果、さまざまな珍しい特性をそなえており、とくに、純粋の地上の生物が、その中ではなんの不自由もなく呼吸できるのだった。だから、髪をなびかせて音楽を演奏する女性――私たちは、カントレルの口から、彼女が踊り子のフォスティーヌにほかならぬことを知った――も、猫同様、水中深く沈んでいても、一向に平気だったのである。
 先生は、身振りで私たちの視線を右手に向けさせ、脳だけ、すなわち筋肉と神経だけから成る人間の頭を指し、これは、ダントン(一七五九―九四年。フランス革命期の有名な政治家)の頭の残りのすべてであり、はるか以前、さまざまな事情の末、彼のものとなったのだ、と言った。」



「Ⅳ」より:

「ジェラールはオードの計画を練った。その詩の中では、異教徒となって、死後の生を与えられた彼の魂は、エレボスにやって来て、さまざまな幻を見るのだった。」
「創作するに際し、彼は、きちんと規則正しく仕事をするのは嫌いで、仕上がるまで、寝食を忘れて一気呵成にやってしまうのが常だった。そのあとでは、怖ろしい虚脱感に襲われて、長いこと、なにか創り出そうとする気などいささかも起きなかった。確実無比の記憶力の持主だったので、ペンをとる前に、心の中ですべてを仕上げた。
 ジェラールは、一刻も休まず、六十時間ぶっつづけに、己に課した規則に従ってオードを作り、夜が明けそめる頃に完成した。」

「ロラン・ド・マンドブールは、一一四八年にブルボネ地方の貴族の家に生れた。この地方では当時、奇妙なしきたりに従い、名家の子供はみな生れるや、占星学者の手に委ねられた。彼は、どのような星が子供の生誕を司ったのかを探し、特殊な方法を用いて、組合せ文字の形で、子供のうなじにその名前を彫りつけたものだった。学者は、用途にかなった道具を用い、用心しいしいそっと、うなじの皮膚に深く、皮膚とは垂直に一本一本、すばらしく細くて、ごく短い、さきが磁気を帯びている針を差しこみ、最後に、表皮の下に見える、その密集した針のかたまりが、計画通りの、そして今後は永久に消えることのない形をとるよう按配した。この手術の目的は、被術者に一生の間、指定された星との連絡を保ちつづけさせることにあった。星からの放電は、磁気を帯びた針の先端にキャッチされて、彼を守り、導くはずだった。
 空から来る放電が十中八九、脳を横切り、こうして、思考を司る場所に貴重な光を注ぐことができるようにするため、針を植える場所として、うなじが選ばれた。」



「Ⅵ」より:

「ある朝、マルセイユの美しい通りの一つで、大きな時計商フランケルの店のショーウィンドウの中に、平たい時計が横向きに展示されているのを見て、発明心に富むフェリシテは、厚みのほとんどない側の中に、複雑な装置が明らかに入っているのに驚き、圧縮方法を極度に利用して、神秘のアトラクションを作り上げ、実演に花を添えようと考えた。つまり、彼女が毎日使っている古いタロットカードの内側に、一見しては分らない、音楽を奏する装置を仕込むならば、曲の性質やリズムの如何が、占いをする際、新しい、貴重な材料になるだろう、というわけだった。
 しかしその目的に適うよう、音楽が地球外から来る諸力によって呪術的に支配されている、と思わせるためには、めざとい目がすぐに見破ってしまうようなバネ仕掛けではだめで、音楽がひとりでに生れる必要があり、しかもその音楽は、通常の作品とは一切無関係な、偶然にできた、一種支離滅裂なものでなければならなかった。彼女は、カードそのものの中に閉じこめられた生き物だけが、希望通り、全く自発的に、たえず思いがけない曲を演奏することができるのだ、と思った。
 彼女の住む屋根裏部屋の五階下にある埃だらけの店に、沢山のぞっき本を買っては、古本の値をつけて売っている、老博物学者のバジールが住んでいた。
 近所つき合いのあるバジールの店へ出かけていって、フェリシテは、自分の目的に合うような、昆虫に関する著作はないかと訊ねた。
 老人は、挿絵の沢山入った数冊の昆虫学の本を渡してくれた。彼女はそれらをゆっくり時間をかけてひもといた。
 さまざまな研究を重ねたのち、彼女は、エムロー(引用者注:「エムロー」に傍点)(émeraud、この綴りの末尾に e を加えると、フランス語でエメラルドの意)の絵に行きあたった。それは、その体の極度のうすさで彼女の注意をひいた。
 その絵についている簡潔な説明によると、スコットランドの中央部に生える特殊な植物、カレドニア鹿蹄草(pyrole calédonienne)に寄生する貧翅類の昆虫であるエムローは、時折夜、自分より高い、体全体と平行した、体からは全く離れた場所に一種の緑色の円光を間欠的に生み出す性質をそなえているとのことだった。この昆虫は、発光現象が続く間、普段は白いのに、円光のせいで、その名の由来となった濃淡に富むエメラルド色を帯びた。
 フェリシテは、うすい隔てがあってもたぶん輝きを失うことなく、タロットカードの上に奇蹟のように浮んで、相手をあっと言わせるような占いを下すのに恰好の材料となるこの円光に惚れこみ、エムローを使うことに決めた。」
「音楽上の成果はというと、音は非の打ちどころのないほど澄んでいて、望み通りの意外性をそなえていた。しばしば、隔てなどものともせずに、円光がタロットカードの上に輝き、その存在――音楽を演奏する虫たちのひそかな聴く喜びから明らかに生れているのだが――によって、コンサートのさわりの部分を一層ひき立てるのだった。」
「タロットカードのなんの変哲もない外観と相まって、ひとりでに聞こえてくるシンフォニーと、燃えるような光輪の謎は、見物人に強い印象を与え、その数は次第に増えていった。
 その即興演奏の際、エムローたちは、ある固定観念に支配されているかのようにしばしば、フェリシテの気づくところとなった特徴のある旋律をヘ長調でひとふし奏でるのだったが、それを続けようとしても続けることができなかった。ある晩、いつもの人だかりに立ちまじっていた一人のイギリス人の観光客が、最初のタロットカードが伏せられるや否や、その奇妙な、虫たちにとっては悩みの種の主題を聞いて、それがイギリスの哀歌の最初の部分であると知り、すぐに全曲を歌ってみせた。エムローたちは、そのあとについて、あんなに繰り返し探し求めていた曲を、二オクターヴ離れたソプラノとバスの音域で同時に演奏しながら、鮮やかな円光を生み出した。その光のかつてない強烈さは、宿望達成の喜びを示しているように見えた。」
「群集に訊ねられて、イギリス人は、その曲は『スコットランドの釣鐘草』という題の、スコットランドの民謡だ、と言った。
 エムローたちがスコットランドから来ていることを思い出したフェリシテは、好奇心から、その題名を記憶しておき、翌日出来事の一部始終を話す際に、バジールに伝えた。」
「六本のカレドニア鹿蹄草は、テイ川のほとりの、豊かな牧草地の多い場所にある、若い牧者がしばしば坐りにやって来ては、羊の群を遠くから見守りながらバグパイプを演奏する石のベンチの近くで摘まれたものだった。青年のお気に入りの曲である『スコットランドの釣鐘草』は、もともとヘ長調で演じられたのだが、たえず繰り返されたため、エムローたちにもすっかりお馴染みになっていた。虫たちは、のちに音楽を演奏する力を与えられるや、記憶の中に眠っていたモチーフを、なんとか奏でようと努力したのだった。そして今日、先導者を得てその全曲を奏することができた、というわけである。円光の輝きの極度の増大によって示された喜びは、故郷の冷たい気候が束の間思い起こされて、彼らをうっとりさせたにちがいなかった。」

「パラケルススは、人体の各部分を、思考能力をもつ個体とみなしていた。この個体は、それぞれ独自の、物を見る力を持つ心をそなえていて、ために誰よりも己を知っており、病気の場合、どのような治療法が一番いいかを心得ていた。このような貴重な情報を得るには、自分の真の役割をよく心得た医者が巧みな質問をするだけでいいのだった。
 この着想から出発して、彼は、プラセット(引用者注:「プラセット」に傍点)の名のもとに、明確な、それぞれに異なる効能をそなえた一定数の種類の白い粉末を作り上げた。
 これらはいずれも、質問を代行するもので、各器官に特別に作用した。すると器官の方はすぐに、求められた薬となる、簡単に集めることのできる未知の物質を、答えの形で分泌するのだった。」
「コントによると、パラケルススは、ワクチンの原理の神学的時代を代表する人物であった。」
「カントレルにとって、十六世紀においてすでに、プラセット(引用者注:「プラセット」に傍点)という語が懇請を指すのに使われていたという、研究の末に得た確信は、パラケルススが、懇請の対象であった体の各部位の至上権を認め、その自由意志を信じていたことを裏書きするものであった。」





こちらもご参照ください:

レーモン・ルーセル 『ロクス・ソルス』 岡谷公二 訳
ミッシェル・カルージュ 『独身者の機械』 高山宏+森永徹 訳
丸尾末広 『パノラマ島綺譚』
『谷崎潤一郎文庫 第二巻』 (新装版)
『小栗虫太郎傑作選Ⅳ 潜航艇「鷹の城」』 (現代教養文庫)






















































関連記事
スポンサーサイト



プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本