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『トマス・ド・クインシー著作集 Ⅰ』 (全四巻)

「頭を蔽い庇護してくれる愛の傘も、孤独をあかあかと照らしてくれる希望もなく、(中略)独り暗闇に坐る女たちすべて――(中略)地下牢に呻吟する捕囚のすべて――裏切られた者、拒まれた者のすべて、因襲的な法律によって追放された浮浪者たち、遺伝的恥辱を受けて生まれた子供たち――これらすべての人々は、『われらの嘆息の貴婦人』と共に歩む者たちである。」
(トマス・ド・クインシー 「深き淵よりの嘆息」 より)


『トマス・ド・クインシー
著作集 
Ⅰ』
 

英吉利阿片服用者の告白 野島秀勝 訳
深き淵よりの嘆息 野島秀勝 訳
藝術の一分野として見た殺人 鈴木聡 訳
「マクベス」劇中の門口のノックについて 小池銈 訳


国書刊行会
1995年3月10日 初版第1刷印刷
1995年3月20日 初版第1刷発行
488p 訳者紹介1p 
A5判 丸背紙装上製本 貼函
定価6,800円(本体6,602円)
装幀: 高麗隆彦



本書「訳註」より:

「『英吉利阿片服用者の告白』(Confessions of an English Opium Eater)の底本には、『ロンドン・マガジン』(London Magazine)一八二一年九月―十月号掲載のテクストを使った。」
「『深き淵よりの嘆息』(Suspiria de Profundis)の底本には、Blackwood's Edinburgh Magazine 一八四五年三月―四月―六月―七月号掲載のテクストを使った。」



『トマス・ド・クインシー著作集』刊行案内掲載「刊行のことば」より:

「十九世紀イギリス・ロマン派の多士済々のなかで、特異な散文家として独自の光輝を放ち、『人工楽園』のボードレールや『異端審問』のボルヘスらに絶大な影響を与えたトマス・ド・クインシーは、わが国にあっても、谷崎潤一郎訳の「芸術の一種として見たる殺人について」、辻潤訳の「阿片溺愛者の告白」、佐藤春夫による「尼僧剣客伝」の原著者として夙に令名を馳せておりました。
 博大多方面にわたるこの不世出の文人の主要著作を集大成しようとする試みは、かつて七〇年代半ばに牧神社により、全六巻からなる「トマス・ド・クィンシー作品集成」として企画されました。しかし書肆の解散とともに、同集成は残念ながら結局一巻たりとも日の目を見ることなく、南柯の夢と終りました。その後、小社では、牧神社版の責任編纂者であった由良君美先生の御協力を得て、前「集成」を引き継ぐ形でのド・クインシー作品集の刊行準備に着手いたしました。しかしながら、直後に由良先生の御逝去にあい、編集作業は一時中断の止むなきに至っておりました。
 体勢を新たにここにいよいよ刊行の運びとなりました『トマス・ド・クインシー著作集』は、由良先生御生前のプランに基づきながら、全四巻として纏めあげたものです。収録の作品は、若干の変更をのぞき、由良君美先生の選択になる事を、この場をかりて明記させて頂きます。」




ド・クインシー著作集1



帯文:

「主要著作を集大成した初の作品集!!
美的想像力の友アヘンの力を用いて人間の〈夢〉の崇高さを開示するために書かれた著名な半自伝的作品『英吉利阿片服用者の告白』。その続篇である『深き淵よりの嘆息』。悪徳の美学を定式化した諧謔あふれる名エッセー『藝術の一分野として見た殺人』ほか全4篇を収録。
全篇新訳!」



目次:

英吉利阿片服用者の告白――或る学者の半生の記録 (野島秀勝 訳)
深き淵よりの嘆息――『英吉利阿片服用者の告白』続篇 (野島秀勝 訳)
藝術の一分野として見た殺人 (鈴木聡 訳)
「マクベス」劇中の門口のノックについて (小池銈 訳)

訳註
解説・深淵の季節 (野島秀勝)




◆本書より◆


「英吉利阿片服用者の告白」より:

「罪ある者、惨めな者は、自然の本能によって、公衆の眼を避けるものである。彼らは人目を憚る境遇、孤独を求める。己れの墓を選ぶ際にも、彼らは時に多くの人々が眠る教会墓地を避ける、あたかも人間という一大家族との誼(よし)みを謝絶し、(ワーズワス氏の感動的な言葉を借りれば)――

  独り悔恨の寂しさを
  つつましく表わす

ことを希っているかのように。」

「小生自身に関して言えば、わが人生は概ね哲学者の人生であった、と言っても別段、真実にも慎みにも違反しないと思う。小生は生まれついて知的人間であった、学童の頃からして小生の求める物も喜びも、最高の意味において知的なものであった。」

「「牡牛のことのみ話す」男が、万が一、阿片服用者になったら、多分、彼は(中略)――牡牛の夢を見ることだろう。しかし読者の面前にいるこの阿片服用者の場合、彼は誇らしげに哲学者を自称している。したがって彼の(引用者注:「彼の」に傍点)夢に去来する幻が(覚醒時であれ睡眠時であれ、白日夢であれ夜中の夢であれ)、哲学者たる資格において、

  Humani nihil a se alienum putat.
  人間ノコトハ何事ニマレ、ワレニ無縁ナリトハ心得ズ

と考える人間に相応(ふさわ)しいものであることに、読者は気づかれるであろう。
 というのも、この阿片服用者がいやしくも哲学者の名を称しそれを維持するために必要欠くべからざるものと見なす条件の中には、分析(引用者注:「分析」に傍点)能力に秀でた知性を所有していることは言わずもがな(中略)、さらには人間性が孕(はら)む幻と神秘を見とる内的視力と直感力とを恵む精神的(引用者注:「精神的」に傍点)機能の素質を持ち合わせていることも含まれているからである。」

「そう、私が日々の食餌の一つとして阿片を用い出したのは、快楽を生み出すためではなかった、この上なく苛酷な苦痛を和らげるためだったのだ。」

「苦難の前半期(中略)、私は宿無しだった、屋根の下で眠るのは極めて稀なことであった。(中略)しかしやがて、もっと寒い厳しい天候がやって来て、永らく苦難を重ねて来たせいで、私の衰弱状態は一段とその甚だしさを増し始めた。その時、例の朝食の御零れを恵んでくれた人が、自分が借りている大きな空家に寝るのを許してくれたのは、私にとって勿怪(もっけ)の幸いだった。(中略)しかしこの新しい棲家に腰を落着けてみると、そこには既に一人の同居人が住みついているのが分かった。それは友達一人いない可哀そうな子供で、どうやら年の頃十歳位。この女の子は飢えに苛まれている様子で、(中略)この独りぼっちの子から聞いたところによると、彼女は私が来る少し前からそこに一人で寝起きしていたのだった。(中略)私達二人は忌ま忌ましい法律書類の束を枕にして、床の上に横たわった。掛ける物といっては、大きな馭者用外套に類したものしかなかった。その後、屋根裏部屋で、古い長椅子の被いと膝掛けの小切れ、その他こまごました物を見つけて、これは私たちが温(ぬく)もるのに幾分かは役立った。」

「この家は既に言ったように、大きな家だった。それは人目を惹く場所、倫敦のとある有名な界隈に現在も建っている。(中略)現に一八二一年八月十五日、私の誕生日の今夜、十時頃――わざわざこの家を一目見ようと、私は牛津(オックスフォード)通りをゆく夕べの散策の道から逸(そ)れて行ってみた。今は歴とした堅気な一家がそこに住まっている。正面の客間の灯火で、多分、お茶にでも集まったらしい家族団欒の集いと知れたが、見るからに陽気で楽しげな様子。十八年前のこの同じ家の暗さ――寒さ――沈黙それから荒寥と比べて、私の眼にそれは何と驚嘆すべき対照と映ったことか。十八年前、ここに夜ごと住まっていたのは、一人の飢えたる書生と一人の身寄り無き子供とだったのだ!――ところでこの女の子のことだが、後年、私は彼女のその後の行方を探したが、遂に徒労に終ってしまった。」
「まことに残念至極の事であった。が、当時、実はもう一人、私がその後ずっとその行方を一層熱心に尋ね、探索に失敗して一層深く悲しみに暮れた人がいたのである。その人は若い娘で、売春の稼ぎで生活する不幸な階級の女であった。あの頃、私はそういった不運な境遇にいる多くの女たちと親しく付き合っていた、と公言しても、私は少しも恥かしいとは思わないし、恥かしいと思う理由(いわれ)もない。(中略)当時、私自身が已(や)むなく逍遥学派であり、街の放浪者であったので、その道の隠語で街ゆく女と呼ばれる女逍遥学派と出会うのが、普通の人の場合より頻繁だったのは自然のことであった。人家の戸口の階段に腰掛けている私を追い払おうとする番人に抗って、時折、私の味方になってくれたのは、これらの女たちだった。就中(なかんずく)、そもそも私がその人のためにこの話題を持ち出した当の女(ひと)は――いや、気高きアン――よ、(中略)私が世の中すべてに見棄てられた時、なにくれと私の困窮に助けの手を貸してくれたのは彼女であり、その恵みと同情がなかったなら、今日の私の命もありはしないのだ。――何週間も、夜毎、私はこの哀れな天涯孤独の娘と一緒に牛津(オックスフォード)通りをあちこちと歩き、あるいは人家の戸口の階段や玄関先の柱廊の屋根の下で、一緒に休んだりしたのだった。」
「今日でも牛津(オックスフォード)通りを夢みるような街灯の光を頼りに歩いていると、何年も昔、私と私の親しい仲間(いつも彼女をそう呼ばなければならない)を慰めてくれた筒風琴(バレル・オルガン)の奏でる歌の節を耳にして、私は屢々、涙に暮れる。そして、あのように唐突に、あのような運命の分かれ目の時に、私達二人を永遠に別離させた神秘的な天の配剤を沁々(しみじみ)と思う。」

「哀れなアンは如何なったのか。(中略)約束にしたがって、私は倫敦滞在中、毎日彼女を捜し、毎夜ティッチフィールド通りの町角で彼女を待った。アンを知っていそうな人なら誰にでも、その消息を尋ねてみた。倫敦滞在の時間が切れる土壇場になっても、倫敦に関する私の知識が示唆し、私の限られた能力が許す限りのありとあらゆる手段を尽して、彼女の行方を求めた。アンが住んでいた通りは知っていたが、その家は知らなかった。やっと思い出したことは、彼女が宿の主人から非道い仕打ちを受けたと嘗て話していたことだった、その話から察すると、私達が別れる以前に彼女は既に宿を引き払っていたとも考えられた。アンを知る人は皆無に等しかった、のみならず大抵の人は、(中略)それを私に明かそうとはしなかった(中略)。万策尽き、絶望的な最後の手段として、私は倫敦を去る当日、一、二度私やアンと一緒に居合わせたことがあるので、彼女の顔見知りに相違ない(と信じられる)唯一の人の手に、当時私の家族の住居(すまい)であった(中略)住所を書いて渡した。しかし今だに、アンの消息は杳として知れない。(中略)――もしアンが生きていたら、私達二人は時には同時に、倫敦の巨大な迷路の中を互いに捜し合っていたに違いない、ことによったらほんの数呎(フィート)しか離れていない所で――いや、それほど隔っていなくても、倫敦の街では、それが屢々、永遠の別れの定めとなるのだ!」

「以上、私は阿片のキルケー的魔法に囚えられていた四年間の各時期に多少とも当てはまる言葉で、私の知的麻痺の有様を語り例証してみた。惨めさと苦悩がなかったなら、実際、私は睡眠状態で生きていたと言っていいだろう。手紙一本、書く気になるのは稀有のことだった。受け取った手紙に僅か数語の返事を書くのが精一杯だった。しかもそれ(引用者注:「それ」に傍点)さえ、屢々貰った手紙が文机の上に何週間も、いや、何カ月も置き去りにされていた挙句の果てのことであった。」

「夜、眠れぬままに寝台に横たわっていると、幻影の大行列が憂愁に沈みながらも華麗に装って過ぎて行った。それは果てしなく続く物語の帯状装飾(フリーズ)のようで、あたかもオイディプースやプリアモスよりも前――ティルスよりも――メンフィスよりも前の時代に由来する物語のように、私には物悲しく荘厳に思えた。そして同時に、それに呼応する変化が私の夢の中に起こった。一つの劇場が私の脳裡に、忽然と現われ、あかあかと照らし出されたかと見えた。それは夜毎に、此の世のものとは思えぬ絢爛豪華な光景を呈示するのだった。」

「ずっと以前、ピラネージの『羅馬古蹟集』を見ていると、傍に坐っていたコウルリッジ氏が、同じ画家の『夢』と題された一連の銅版画の話をしてくれた。それは画家自らが熱病の譫妄(せんもう)状態で見た幻の光景を記録したものだという。その連作の中には(中略)、広大なゴシック様式の館が描かれ、その床の上にはありとあらゆる種類の機械や装置(からくり)、車輪、綱索、滑車、梃子(てこ)、投石具等々が置かれていて、いずれも途方もない力が発揮され、それに耐え遂には潰(つい)え去った抵抗の名残りを如実に物語っていた。壁づたいに這って行くと、一筋の階段があるのに気づく。その階段を手探りしながら登ってゆくのは、ピラネージその人だ。さらにもう少し階段を登ってゆくと、突然ぷっつりと切れていて、手摺りもない。この突端まで昇りつめたピラネージにはもう進める一歩の階段もない、進むとすれば、眼下の深淵に真っ逆さまの憂き目に遭うよりほかはない。哀れなピラネージはどうなるのか。いずれにしても彼の労苦はどうやらここで終りを告げることになるに違いない。いや、いや、眼を上げてもっと高い所にある第二の階段を見てみ給え。そこにはまたもやピラネージがいる、この度(たび)はそれこそ深淵の直ぐ縁に立っているではないか。さらに眼を高く上げて見給え、またまた空中高く一筋の階段が懸かっている。そして、またもや哀れなピラネージが、上へ上へと憧れ登ろうと懸命になっているのだ。上へ上へ、終(つい)には未完成の階段とピラネージは、諸共に館の天井の暗闇の中に呑まれてしまう。――これと同じ果てしない成長と自己増殖の力を帯びて、私の夢の建築は進んだ。」

「建築の夢に続いて現われたのは、湖水の夢――銀色に光る広漠たる水の夢。――この夢に憑かれて、私は(中略)、脳の水腫状態か何か、そういった徴候が、夢の姿を借りて(中略)自らを客観化(引用者注:「客観化」に傍点)しているのではないか、脳というこの知覚器官が自らを客体として投影(引用者注:「投影」に傍点)しているのではないかと、恐れた。」
「水は、今やその性質を一変させた――鏡のように光る透明な湖水から、今や海となり、大海原となった。そして今や凄絶な変化が起こり、それは何ヵ月もの間、まるで巻物のようにゆっくりと自らを繰り広げながら、永続する苦悩になる兆しと見えた。(中略)それまで人間の顔が私の夢の中に混じることは度々あったが、混じると言っても、それは暴君的な残虐さや、何か拷問にも似た殊更な力を帯びることはついぞなかった。が、今や私が人面の専制と呼ぶものが、繰り広げられ始めたのである。(中略)今や揺れ動く大海原の水の面(おもて)に、人間の顔が現われ始めたのだ。海は天を仰ぎ見る無数の人面でびっしりと敷き詰められているかと見えた。哀訴する顔、憤怒の顔、絶望の顔、顔、顔、顔が、幾千、幾万という人面が、幾代、幾世紀にも亙(わた)る人々の顔が、波濤に浮んで打ち寄せて来たのである――私の動揺は限りなかった――私の心も大海原と共に――激しく揺れ、波打った。」

「総じて、南亜細亜は恐ろしい形象と連想の宿る場所だ。人類の揺籃の地として、世界中でそこだけがその由緒にまつわる漠然たる畏敬の念を必ずや喚び起こさずにいない。(中略)亜細亜の事物、制度、歴史、信仰様式等々は、ただ古いというだけで、既に非常に感銘深く、私の眼には、この民族とその名の茫漠・蒼古たる齢(よわい)が、たとえ個々の人間は年若く見えようと、そんな個別の若さの感じなど圧倒し去っているかに見える。(中略)また、人は誰でも、ガンジス河やユーフラテス河の名を聞いて、畏怖せずにはいられない。このような感情を一層募らせるのは、南亜細亜がこの地上で最も人間の生命がうじゃうじゃと群り密集した場所、いわば偉大な officina gentium 種族ノ製造所(引用者注:「種族ノ製造所」に傍点)であり、何千年もそうあり続けて来たという事実だ。それらの地域では、人間は雑草である。」
「熱帯の酷暑と垂直に射す日光という連想に従って、私は熱帯地方に見出されるありとあらゆる生き物、鳥、獣、爬虫類、様々な樹木と植物、慣習と現象を一緒くたにし、それを支那とか印度とかに集合させた。これと類似の連想から、間もなく埃及(エジプト)とその全ての神々をも、同じ法則に従って、支那や印度とごたまぜにした。私は猿や鸚鵡(おうむ)や鸚哥(いんこ)に睨まれたり、ほうほうと野次られたり、にやにや嘲られたり、きゃっきゃっ、ぺちゃぺちゃ馬鹿にされたりした。私は寺の塔(パゴダ)に駈け込み、何世紀もの間、その塔頂や秘密の部屋に閉じ込められていた。かと思うと、偶像になり僧侶になり、崇拝され、犠牲(いけにえ)にもされた。私はブラーマの怒りを遁れて、亜細亜の森という森を経巡った。ヴィシヌは私を憎み、シヴァは私を待ち伏せしていた。突然、私はイシスとオシリスに出会った。彼らが言うには、私は埃及(エジプト)の聖鳥、朱鷺(とき)や鰐(わに)が身震いするような罪を犯したのだという。私は一千年の間、永遠のピラミッドの真ん中にある狭い部屋で、木乃伊(ミイラ)やスフィンクスと一緒に石棺に埋められたままであった。(中略)ありとあらゆる何とも名状し難いぬるぬるした生き物たちとごっちゃになって、私は葦やナイル河の泥土の中に横たわっていた。」



「深き淵よりの嘆息」より:

「社会的(引用者注:「社会的」に傍点)本能に衝き動かされるかくも激烈な生活によって害(そこな)われる人間内部の色々な力のなかで、最も酷(ひど)く害われるのは、夢見る力である。これを下らぬことと考えないでもらいたい。人間の頭脳に埋め込まれた夢見る仕掛けは、徒(あだ)や疎かに埋め込まれた訳ではないのだ。その機能は、闇の神秘と手を結んで、人間が妖しい影と密会する一つの偉大な反射望遠鏡となりおおせているのである。そして夢見る器官は、心臓、眼、耳と結び合って、無限なるものを人間の脳細胞の中に押し入れ、すべての生命の底に宿る永遠の暗い影を、眠る心の鏡面に投げかける見事な装置たり得ているのである。」

「嗚呼(ああ)、独りぼっちの子の独りぼっちの神への飛翔――」
「☆ Φνγη μονον προς μονον. 「孤独者カラ孤独者ヘノ飛翔」――プロティノス。」

「すべての深い感情が如何に確実に次の一点で同意するものであるか、それを見るのは興味深い。すなわち深い感情は孤独を求め、孤独によって育まれるということ。深い悲しみ、深い愛情、それらが宗教的感情と結びつくのに何の不思議があろう。これら三者、愛・悲しみ・信仰はすべて孤独な場所に寄り憑く者たちである。愛、悲しみ、夢想の情熱、あるいは祈りの神秘――これらは孤独を措(お)いて、一体、何であったろうか。終日(ひねもす)、そうするのが不可能でない時には、私は家の周りの地所や近くの原の一番静かで人気(ひとけ)ない隅に、隠れ場所を求めた。風ひとつ吹かぬ夏の正午が時折り帯びる怖いような静寂、霞(かすみ)がかった灰色の昼下がりの心に染みる静けさ――そこにはまるで魔法の如き魅惑があった。森や荒野の佇(たたずま)いを、そこ(引用者注:「そこ」に傍点)には何らかの慰めが潜んでいるかのように、私は眼を凝らして眺めた。」

「孤独は光のように沈黙しているが、光のように、あらゆる力の中で最強のものでもある。孤独こそ、人間の本質だからである。人はすべて此の世に独り(引用者注:「独り」に傍点)生まれ――此の世を独り(引用者注:「独り」に傍点)立ち去る。(中略)王も僧侶も、戦士も乙女も、哲学者も子供も、みんな独りであの天の広大な回廊を歩いて行かなければならない。それ故、此の世で子供の心を慄かせ、あるいは魅する孤独というものは、まさに彼がすでに通って来た遥かに深い孤独の反響(こだま)であり、これから先、通らなければならない(引用者注:「ならない」に傍点)一層深いもう一つの孤独の反響に他ならぬ。原初の孤独の反映――終末の孤独の予兆。」

「さて、palimpsest 見せ消ちのある羊皮紙というのは、繰り返しその上に重ね書きして、それで元の写本が拭い去られてしまった羊皮紙ないし巻物のことである。」

「人間の頭脳とは、自然の偉大な見せ消ちのある羊皮紙でなくて何であろうか。私の頭脳はそのような見せ消ちのある羊皮紙である。(中略)観念や形象や感情の永続する数多の層が、光のように柔らかく頭脳の上に折り重なっている。新しい層が形成される毎に、以前の層は埋もれて仕舞ったかに見える。が、実は如何なる層も消滅した訳ではないのである。」
「然り、読者よ、貴方の頭脳の見せ消ちのある羊皮紙の上に次々と刻まれて来た悲しみや喜びの謎めいた筆跡は、数知れぬものなのである。原生林の年毎に散り積む木の葉のように、あるいはヒマラヤに降り積もる溶けることなき雪のように、更にあるいは光を照らす光のように、限りなく重なる層が忘却の中で互いを蔽い隠していたのである。しかし、死の時が迫れば、熱病に襲われれば、阿片が身心に染み通れば、これらの層すべてが力を帯びて甦り得る。彼らは死んでいたのではなく、眠っていただけなのだ。(中略)何か知らぬ精神組織の強力な痙攣の中で、一切は旋回し、その原初の根源的舞台に舞い戻る。(中略)幼年期の深い深い悲劇は、一切の根底に潜みつづけ、最後の最後まで潜んでいるのだ。」



「「マクベス」劇中の門口のノックについて」より:

「殺人は、通常の場合、同情は専ら被害者の側に寄せられて、粗暴、俗悪なおぞましい出来事となる。それゆえ、人の関心はただ、我々が生にしがみつくという自然なしかし格別高尚でもない本能にのみ向けられる。」
「では詩人はいかにすべきか。人の関心を加害者に向けねばならぬ。我々の共感が殺人者の側になければならぬ(もちろん私が言うのは理解の為の共感、それによって彼の感情に入りこみ、それを理解するようになる共感であって、憐愍とか是認の共感(同情)ではない)。」
「被害者の心中では、あらゆる思念の葛藤、感情や意図のすべての消長も、一切を呑込む恐怖感(パニック)に押潰され、瀕死の怖れが「すべてを石と化す大槌もて」〔「失楽園」巻十〕彼を粉砕する。だが加害者、詩人が敢て描かんとする殺人者の心中では、さだめし、激情――嫉妬、野望、復讐、憎悪――の大嵐が荒狂っているに違いない、それが彼の内に地獄を作る。われわれの目を注ぐべきものはこの地獄なのである。」





こちらもご参照ください:

『トマス・ド・クインシー 著作集  Ⅱ』 (全四巻)
ジャン・コクトー 『阿片』 堀口大學 訳
R・D・オールティック 『ヴィクトリア朝の緋色の研究』 村田靖子 訳 (クラテール叢書)









































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うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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