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『トマス・ド・クインシー 著作集  Ⅲ』 (全四巻)

「ケイトは常に不幸だったが、運は常に良かった。」
(トマス・ド・クインシー 「エスパニヤ尼俠伝」 より)


『トマス・ド・クインシー
著作集 
Ⅲ』


悪魔の骰子 高山宏 訳
ハイチの王 横山茂雄 訳
クロースターハイムあるいは仮面男 藤巻明 訳
タタール人の反乱 土岐恒二 訳
復讐者 土岐恒二 訳
エスパニヤ尼俠伝 南條竹則 訳


国書刊行会
2002年3月10日 初版第1刷印刷
2002年3月20日 初版第1刷発行
581p 訳者紹介1p 
A5判 丸背紙装上製本 貼函
定価8,600円+税
装幀: 高麗隆彦



第四回(最終回)配本・第三巻。
「タタール人の反乱」に地図(「タタール人の逃避行路図」)1点、ド・クインシー略伝に図版(「トマス・ド・クインシー(1850年頃)」)1点。



ド・クインシー著作集3



帯文:

「主要著作を集大成した初の作品集!!
男装の麗人の波瀾に充ちた冒険をたどる『エスパニヤ尼俠伝』。ドイツ三十年戦争を舞台に謎の仮面男が暗躍するゴシック・ロマンス『クロースターハイム』。笑いとナンセンスが渦巻くユーモア小説『ハイチの王』他、多彩な小説作品全6篇を収録。
付=ド・クインシー小伝。
全巻完結!」



目次:

悪魔の骰子 (高山宏 訳)
ハイチの王 (横山茂雄 訳)
クロースターハイムあるいは仮面男 (藤巻明 訳)
タタール人の反乱 (土岐恒二 訳)
復讐者 (土岐恒二 訳)
エスパニヤ尼俠伝 (南條竹則 訳)

訳註
霊妙なる蜘蛛の糸――トマス・ド・クインシー略伝 (藤巻明)
解説・脱線と恍惚 (横山茂雄)




◆本書より◆


「ハイチの王」より:

「グッドチャイルド氏は急に寒気を覚えた。実は、この刹那、子供の頃に聞かされた物語が記憶から蘇って氏の頭をかすめたのであった。すなわち、『ファウストゥス博士』が上演される際には、舞台に登場する悪魔たちの数が実際より一名多い事実が不意に露見し、その余分なひとりは芝居上の悪魔ではなく正真正銘本物の悪魔だと分ることがままある――そういう話である。」


「クロースターハイムあるいは仮面男」より:

「深い沈黙がかなりの間城中を支配していた。部屋に置いてある時計が四半時を告げる鐘を鳴らして一瞬その沈黙を破り、方伯が目を上げると、もう二時過ぎだった。夜の床に就こうとして立ち上がり、一瞬机に手を置いて思案に耽った。瞬間的に畏怖の感情が過(よ)ぎったのは、目を部屋の下手隅の暗がりに向けていると突然の思いに駆られたからだった――あれほど謎に満ち、しかもあれほど多くの障害を突き破ってクロースターハイムのあらゆる屋敷の内部へ入り込める人間ならば、間違いなくこの城を訪れることも十分ありうる、いやそれどころか、ほかならぬこの部屋の中へ入り込むことだって決してありえないことではなかろう、と。これまでに仮面男を撃退できた障害物などあっただろうか。そしておこがましくもその訪問時間を推定できる者などいるだろうか。ほかならぬ今夜が仮面男の選んだ時間かもしれないのだ。かくの如く考えながら、方伯は薄暗い姿が下手隅の戸から部屋に入ってくるのに突然気づいた。(中略)その人物の歩みは忍び足とはとても言えなかった。それどころか、動作、物腰、挙動はこの上なく威厳に満ち厳かだった。しかし、足音が全く聞こえないので隠れた意図の存在を窺わせた。影の動きだってこれほど音無しではない。そして、この情況のおかげで方伯の懐いた第一印象、すなわち、今やこのところ懐いている願いが叶い、あれほど畏怖の対象となり、あれほど広まった恐慌の生みの親である謎の人物にもうすぐ会えるという印象は正しかったと確認された。
 方伯は正しかった。実際それはいつものように cap-à-pié 頭の天辺から爪先まで(引用者注:「頭の天辺から爪先まで」に傍点)武装した仮面男だった。」



「タタール人の反乱」より:

「一七七一年初秋のとある晴れた朝、清国皇帝の乾隆帝は万里の長城の城外に広がる荒蕪の辺境で娯楽に興じていた。幾百平方里にもわたってその地方にはまったく住人がなかったが、いたるところに豊かな古木の森林がひろがって、狩猟のためのあらゆる珍獣が駆け回っていた。この孤独な地域の中心部に皇帝は豪華な狩猟小屋(木蘭囲場)を建て、そこへ毎年、娯楽と政務からの解放を求めて足を運んだ。猟獣を深追いするうちに猟場から二百マイルも離れた遠くまで足を踏み入れることになり、少し距離をおいて充分な護衛兵を従え、毎夜違う場所に野営の幕屋を張っているうちに、ついに中央アジアの広大な砂漠地帯の端まで到達してしまっていた。ここで皇帝がたまたま大テントの開口部に立って朝の日の光を楽しんでいたまさにそのとき、突然西の方に、巨大な雲のような蒸気が立ち昇り、それが次第に広がり、上昇し、ゆっくりと空一面に満ち広がっていくように思われた。やがて次第にこの一面の靄は地平線の近くで濃くなりまさり、大波のようにうねりつつ近づいてきた。(中略)最初はとほうもない鹿の大群か、さもなければ別の狩猟用の野生動物が、皇帝の動きか、あるいはひょっとすると餌を漁りまわる野獣のために安静を妨げられて森のねぐらから跳び出してしまったのが、もとの森のねぐらに戻ろうとして、邪魔される虞(おそれ)のないどこか遠い地点から森の中に入ろうと、遠回りをしているのかもしれないと想像された。しかしこの憶測は、ゆっくりと嵩を増してゆく砂塵と、その動きの変わらなさとによって振り払われた。それから二時間後にはこの巨大な現象はそれを見ている者たちのところから五マイル以内と判断される地点まで近づいてきていた。」


「復讐者」より:

「「あなたはなぜわたしを殺人者と呼ぶのですか。なぜわたしのことを、大地が血に汚されているときに、圧政者の足跡を追って燃えさかり、大地を清めてゆく神の怒りとは呼んでくださらないのですか」」

「私は、現在もなおそうだが、当時、事件の舞台として一躍悪名を轟かせたあの町の大学の教授であった。(中略)敢えて断言してもいいが、人知で予想できること、人間の創意でできることは、すべて手をつくした。しかし気の滅入るようなその結果はどうだろう。(中略)なんと別々の家で十件もの一家皆殺し事件がつぎつぎと起こって、そうした用心の方策がことごとく失敗に終わり、なんの役にも立たなかったとわかったときには、かえってそうした方策が恐怖心を、いや、なによりも畏怖の念を――摩訶不思議という感じを――いっそう助長することになったのである。」

「さていまやウィンダム氏の到来からすでに二ヵ月がたった。氏は当地の最上流の社交界のすべての成員に紹介され、言うまでもないことだが、誰からも好意をもって迎えられ、一目置かれていた。実際、彼の財力と貫禄、軍から授かったかずかずの栄誉、そして身のこなしのはしばしに現れる彼の性格の高貴さはあまりにも歴然としていたので、どんな社会においても彼が最高の配慮をもって遇されないということはあり得なかった。(中略)彼の性向はもともと開放的で率直、かつ人を信じやすいところがあった。人生の半分以上を野営地で過ごした放浪と冒険を好む生き方ゆえに、彼の態度には軍人以上の率直さがしみついてしまっていた。しかし彼に取りついた深い憂愁は、その原因がどこにあったにせよ、彼の物腰に生来そなわっていた自由闊達さを、固い友情か愛の力でそれをもとに復さないかぎり、いやおうなく凍結させてしまっていた。その結果、およそどんな集団にとっても彼の同席は気詰りで、当惑するようなものとなるのだった。」

「話を進める前に、ひとつには、ほとんど専らぼくひとりの所行のために無実の人が疑いをかけられることのないように、いやそれ以上に、神が、あなたがたの罪深い市を囲む城壁に、ぼくの手をして、血をもって書かせ給うた教訓と警告とが、まともな説明がなにもないためにむなしく消え去ることのないように、ぼくの臨終の告白をお聞きください、城壁に囲まれたあなたがたの市内の多くの家族を離散させ、家庭の炉辺を至聖所とせず、老齢をも保護のお墨つきとはしなかったあの一連の謀殺は、恐ろしい復讐のしもべたるぼくの、たとえ必ずしもつねに直接手を下したことではなくとも、この頭がそもそもすべて考え出したことなのです。」
「ぼくの哀れな家族にとって名誉と幸福を葬る墳墓となったあなたがたの市に近づくにつれて、ぼくの心臓は気も狂わんばかりの激しい感情に動悸がしてきます。(中略)ぼくたちが市の城門に近づいて行くと、旅券を調べていた役人は、母と妹たちがユダヤ女と書かれてあるのを見つけて――ユダヤ女であるということは(ユダヤ人が決して辱めを受けることのない地方に育った)母の耳には、つねに栄誉の称号として響いていたのでしたが――下っ端役人を呼びつけました。するとそいつは乱暴な言葉遣いで通行税を要求したのです。ぼくたちはそれを馬車と馬の道路税のことだろうと思ったのですが、すぐにその誤りに気づきました。僅かな金額ながら、妹たちと母との銘々に、同じ頭数の牛に対するのと同じ料金が請求されていたのでした。ぼくは、なにかの間違いだろうと思って、くだんの男に穏やかに話しかけました。(中略)ところが男はなにやら印刷された板紙を取りだしました。見るとそこには下等動物と並んで、ユダヤ人男女は一人あたり同額の料金となっているのでした。そのことについてぼくたちが議論している間、城門警護の役人たちはせせら笑うような薄ら笑いを浮かべていました。駅馬車の御者たちもいっしょに笑っていました。(中略)翌日やっと会えた父は、驚いたことに、まさに死に瀕しておりました。」
「父は拷問と屈辱にうちひしがれて息絶えたのです。」
「母は、いまや自分を律することができず、悲しみのあまり義憤に駆られて、公然と、また法廷においても、係官の取った行動を非難しました。」
「母は、小反逆罪に相当するなにかの罪で、あるいは高官誹謗のかどで、あるいは治安妨害の種を蒔いたことで、逮捕されました。(中略)くだんの犯罪に対して法が定めた罰は、キリスト教徒の女にとってさえ過酷なものでした。しかしユダヤ女に対しては、この迫害された民族に対して設けられた古い法律のひとつによって、ほとんどすべての犯罪に、遥かに重い、さらに屈辱的な刑罰が上乗せされていたのです。」
「そうして母はゆっくりと、明日というものを知らない永遠の眠りについたのでした。」

「いまやこの世はぼくにとっては砂漠でした。」

「さて、いまやすべては終わり、人道のための仇討ちは果たされました。それでもあなたがこの流血と恐怖とに対して苦情を訴えられるなら、ぼくにそのような権利を生じさせた非道な仕打ちを思い浮かべてください。(中略)諸侯の会議においてぼくの教訓を肝に銘じさせるためには、社会を震撼させ、社会に衝撃をあたえることの必要性を思ってください。」



「エスパニヤ尼俠伝」より:

「だが外に出て、星のきらめく夜空の下、ふたたび自由になったケイトは、どちらへ向かって行くべきであろう? 夜明け前に姿を消してしまわなければ、街全体が彼女にとっては(中略)一つの巨きな鼠取りの罠となるであろう。海だけが逃れ道だと彼女は一目で了解した。そして港へ急いだ。あたりは静まり返っていた。見張り番はいなかったので、彼女は一艘の小船に飛び乗った。櫂を使うのは危険だった。というのも、音を消す手段(てだて)がなかったからである。だが何とか帆を上げて、鉤篙(かぎざお)で舟を押し出し、たちまち港の口へ向かって水面(みなも)を渡りはじめた。風は弱いが順風だった。こうして脱出の難関を切り抜けると、彼女は横になり、いつのまにか眠りにおちた。」

「君達ははすべての女性に対すると同じく、ケイトのことを無躾(ぶしつけ)に語りすぎる。生来の懐疑的本能によって、真実の隠された深みというものをことごとく嘲弄するのだ。」
「だが、君らの(引用者注:「君らの」に傍点)背後に、わたしはもっと性質(たち)の悪い奴の姿を見る――そいつは陰気な狂信者、宗教的阿諛(あゆ)追従者で、自分自身の悪行とは全然違う種類の悪行を厳しく咎め立てることによって、己(おの)が仲間の罪を贖(あがな)おうとする。そこで筆者はケイトのために、せっかちな読者に向かって一言そいつの悪口を言っておかねばならない。
 この悪党は嘘を笠(かさ)に着て我等がケイトを攻撃する。というのも、市民社会の構造そのものに嘘がひそんでいるからである――犯罪の重大さについて我々の判断を誤らせる、必然的な(引用者注:「必然的な」に傍点)誤謬が。人は単なる“必要”に強(し)いられて多くの行為を大罪となし、重罰を課すのだ――そんなものはごく軽微な犯罪にすぎない、と理性はこっそりささやくのであるが。例えば、あの気の毒な叛兵あるいは脱走兵たちにしても、必ずしも弁解の余地がなかったとは限るまい。かれらは苛酷な扱いを受けていたかも知れぬ。しかし、戦争の緊迫した時にあっては、個々の言訳はどうであろうと、叛兵は必ず(引用者注:「必ず」に傍点)銃殺されねばならぬ。仕方がないのだ――ちょうど、皆が飢饉にあえいでいる時、一人の男が死にかけた子供たちに食べさせようとして、共同倉庫から食糧を盗むところを見つけたら、たとえその罪は神様の目にはとまらないにしても、我々は彼を(ああ! やむを得ず)撃たねばならぬ、それと同じことだ。」
「さて、ケイトを誹謗する我等が悪しき友・狂信家氏は、さような目的のために、社会があらゆる暴力に対して下す誇張された評価から己に優利な立場を引き出して、これを濫用する。身の安全という事が社会的結合の主たる目的であるから、我々はあらゆる形の暴力に対し、この結合の中心原理に敵するものとして眉を顰(ひそ)めざるを得ない。我々は暴力が全体としてもたらすところの結果から、これを評価せざるを得ない(引用者注:「せざるを得ない」に傍点)ので、それが発生した特殊な状況に基づいて考慮することは、滅多にないのだ。かくして、この種の行為に対して(哲学的に言えば)度を外れた嫌厭の念が起こり、警察の倫理が日々用いられるうち、いつの間にか宗教家の倫理にまで染み込んでしまったのである。しかしわたしは阿諛追従の狂信家に言ってやる――おまえは社会の否応(いやおう)なく歪められた偏見を笠に着て、ケイトを不当に罵っているのだ、と。」
「ケイトは多くの事に於いて高貴だった。彼女の最悪の過誤といえども、けっして利己心とか欺瞞(ぎまん)んとかの形をとらなかった。(中略)彼女は阿諛追従者や猫っかぶりを憎んだ。」
「粗暴な人間は必ずしも好きこのんで粗暴なのではなく、たぶん、状況がそうさせているのである。そして、ケイトの置かれた環境は、彼女に願いを実現する手段(てだて)をほとんど与えなかったけれども、もし可能ならば(引用者注:「可能ならば」に傍点)、彼女の願いが常に平和と脱世間的な幸福とであったことはたしかだ。」





こちらもご参照ください:

『トマス・ド・クインシー 著作集  Ⅳ』 (全四巻)
『マルセル・シュオッブ全集』
『江戸川乱歩全集 第7巻 黄金仮面』
























































































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Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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