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北原白秋 『桐の花 ― 抒情歌集』 (復刻)

「Gen-gen byō-soku-byō………Gen-gen byō-soku-byō………お岩稻荷大明神樣………南無妙法蓮華經………どうぞ商賣繁昌致しまするやうに………
 鷄頭、鷄頭、俺はもう氣が狂ひさうだ。」

(北原白秋 「ふさぎの蟲」 より)


北原白秋 
『桐の花
― 抒情歌集』



近代文学館 名著複刻全集
昭和44年4月
500p xi
17.5×11cm 
角背紙装(背バクラム)上製本 天金
カバー 保護函



北原白秋歌集『桐の花』、東雲堂書店版初版本(大正2年1月)の復刻です。
著者によるカット21点、扉絵1点、各章扉絵(別刷貼付)14点。

抒情歌集というので油断していたら「姦通罪」で勾留されたりしてかなりハードかつヘヴィな内容になっています。



北原白秋 桐の花 01



北原白秋 桐の花 02



北原白秋 桐の花 03



目次:

 歌
銀笛哀慕調
 Ⅰ 春
 Ⅱ 夏
 Ⅲ 秋
 Ⅳ 冬
初夏晩春
 Ⅰ 公園のひととき
 Ⅱ 郊外
 Ⅲ 庭園の食卓
 Ⅳ 春の名殘
薄明の時
 Ⅰ 放埓
 Ⅱ 踊子
 Ⅲ 淺き浮名
 Ⅳ 蟾蜍の時
 Ⅴ 猫と河豚と
 Ⅵ 路上
雨のあとさき
 Ⅰ 雨のあとさき
 Ⅱ 晝の鈴蟲
秋思五章
 Ⅰ 秋のおとづれ
 Ⅱ 秋思
 Ⅲ 清元
 Ⅳ 百舌の高音
 Ⅴ 街の晩秋
春を待つ間
 Ⅰ 冬のさきがけ
 Ⅱ 戯奴
 Ⅲ 雪
 Ⅳ 早春
 Ⅴ 寂しきどち
白き露臺
 Ⅰ 春愁
 Ⅱ 夜を待つ人
 Ⅲ なまけもの
 Ⅳ 女友どち
 Ⅴ 白き露臺
哀傷篇
 Ⅰ 哀傷篇序歌
 Ⅱ 哀傷篇
 Ⅲ 續哀傷篇
 Ⅳ 哀傷終篇

 小品
桐の花とカステラ
晝の思
植物園小品
感覺の小凾
白猫
ふさぎの蟲

集のをはりに




北原白秋 桐の花 08



◆本書より◆


「わがこの哀れなる抒情歌集を誰にかは献げむ
はらからよわが友よ忘れえぬ人びとよ
凡てこれわかき日のいとほしき夢のきれはし
                  Tonka John」



「桐の花とカステラ」より:

「短歌は一箇の小さい綠の古寶玉である、古い悲哀時代のセンチメントの精(エツキス)である。」
「その小さい綠の古寶玉はよく香料のうつり香の新しい汗のにじんだ私の掌にも載り、ウイスキイや黄色いカステラの付いた指のさきにも觸れる。而して時と處と私の氣分の相違により、ある時は桐の花の淡い匂を反射し、また草わかばの淡綠にも映り、或はあるかなきかの刺のあとから赤い血の一滴をすら點ぜられる。」
「古い小さい綠玉(エメロウド)は水晶の函に入れて戟刺の鋭い洋酒やハシツシユの罎のうしろにそつと秘藏して置くべきものだ。」

「鳴かぬ小鳥のさびしさ………それは私の歌を作るときの唯一無二の氣分である。(中略)さらにまだ鳴きいでぬ小鳥鳴きやんだ小鳥の幽かな月光と草木の陰影のなかに、ほのかな遠くの檞の花の甘い臭に刺戟されてじつと自分の悲哀を凝視めながら、細くて赤い嘴を顫してゐる氣分が何に代へても哀ふかく感じられる。」

「私の歌にも欲するところは氣分である、陰影である、なつかしい情調の吐息である。……

 (小さい藍色の毛蟲が黄色な花粉にまみれて冷めたい亞鉛のベンチに匐つてゐる……)
 私は歌を愛してゐる。さうしてその淡綠色の小さい毛蟲のやうにしみじみと私の氣分にまみれて、拙いながら眞に感じた自分の歌を作つてゆく……」



「銀笛哀慕調」より:

「銀笛のごとも哀(かな)しく單調(ひとふし)に過ぎもゆきにし夢なりしかな」

「いやはてに欝金(うこん)ざくらのかなしみのちりそめぬれば五月(さつき)はきたる」

「ああ笛鳴る思ひいづるはパノラマの巴里(パリス)の空の春の夜の月」

「薄暮(たそがれ)の水路(すゐろ)に似たる心ありやはらかき夢のひとりながるる」

「枇杷の木に黄なる枇杷の實かがやくとわれ驚きて飛びくつがへる」

「病める兒はハモニカを吹き夜に入りぬもろこし畑(はた)の黄なる月の出」

「日の光金絲雀(カナリヤ)のごとく顫ふとき硝子に凭(よ)れば人のこひしき」

「かかる時地獄を思ふ、君去りて雲あかき野邊に煙渦まく」

「たはれめが靑き眼鏡のうしろより朝の霙を透かすまなざし」




北原白秋 桐の花 04



「初夏晩春」より:

「草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寢(ね)て削るなり」

「よき椅子(いす)に黑き猫さへ來てなげく初夏晩春の濃きココアかな」

「魔法つかひ鈴振花(すずふりはな)の内部(なか)に泣く心地こそすれ春の日はゆく」




北原白秋 桐の花 05



「晝の思」より:

「六月が來た、なつかしい紫のヂキタリスと苦い珈琲の時節、赤い土耳古帽の螢が萎え、憂欝な心の蟾蜍(かへろ)がかやつり草の陰影(かげ)から啼き出す季節――而してやや蒸し暑くなつたセルのきものの肌觸りさへまだ何となく棄て難い今日此頃の氣惰(けだ)るい快さに、ふつくらと輕いソフアに身を投げかけて、物憂げに煙草をくゆらし、女を思ひ、温かい吐息と、眞晝マグネシヤの幻光の中に幽かな黄昏の思想を慕ひ恍惚の薄明(ツワイライト)を待つわかい男の心ほど惱ましいものはあるまい。」

「零時二十三分、日の光はヴエニス模樣の色硝子を透かして窻掛の浮織を惱まし、人も居ない珈琲店の空椅子には、今恰度眞白な猫がまるで乳酪の塊(かたまり)のやうにとろみかけてゐる。」

「目に見えぬ空の何處(どつ)かで花火が揚る。」



「薄明の時」より:

「美くしきかなしき痛き放埓の薄らあかりに堪へぬこころか」

「フラスコに靑きリキユールさしよせて寢(ぬ)ればよしなや月さしにけり」

「蟾蜍(ひきがへる)幽靈のごと啼けるあり人よほのかに歩みかへさめ」

「白き猫膝に抱けばわがおもひ音なく暮れて病むここちする」

「かはたれのロウデンバツハ芥子の花ほのかに過ぎし夏はなつかし」

「晝見えぬ星のこころよなつかしく刈りし穗に凭り人もねむりぬ」




北原白秋 桐の花 09



「秋思五章」より:

「ひいやりと剃刀(かみそり)ひとつ落ちてあり鷄頭の花黄なる庭さき」


「春を待つ間」より:

「歇私的里(ヒステリー)の冬の發作のさみしさのうす雪となりふる雨となり」


「白き露臺」より:

「なまけものなまけてあればこおひいのゆるきゆげさへもたへがたきかな」

「夕暮のあまり赤さになまけものとんぼがへれば啼くほととぎす」



「哀傷篇」より:

「またぞろふさぎの蟲奴(め)がつのるなり黄なる鷄頭赤き鷄頭」

「かなしければ晝と夜とのけぢめなしくつわ蟲鳴く蜩(かなかな)の鳴く」

「死ぬばかり白き櫻に針ふるとひまなく雨をおそれつつ寢ぬ」

「その翌朝(よくあさ)君とわが見て慄(ふる)へたる一寸坊が赤き足藝」

「ひなげしのあかき五月(さつき)にせめてわれ君刺し殺し死ぬるべかりき」

「あかんぼを黑き猫來て食みしといふ恐ろしき世にわれも飯(いひ)食(は)む」




北原白秋 桐の花 06



北原白秋 桐の花 07



「白猫」より:

「いかにも惱ましい晩だつたと思つた。歩行(ある)いてゐるとまるで自分の身體(からだ)が蒼白いセンジユアルな發光の中にひきつつまれて匂のふかい麝香猫か何ぞのやうに心までが腐爛してゆくかとさへ思はれた。
 霧、霧、濃密な深い麻醉の雰圍氣に新鮮な瓦斯が光り、電燈がぼやけ、アーク燈が濡れた果實のやうに香氣を放ち、葉柳のかげに、舗石に、店々の飾窓(シヤウウインドウ)に、さまざまの光澤と陰影とが入り亂れて息づかひ深く霧が愈ふりそそぐ。行きかふ人かげ、馬車や自働車の燈(ひ)のくるめき、電車の鐸(すず)――銀座の二丁目から三丁目にかけて例(いつ)も見馴れた淺はかな喧騷の市街が今はぼかされ搔き消されて、ただ不可思議な恍惚と濃厚な幻感とが恰度水底のキネオラマのやうに現出する。
 その底を私は歩行(ある)いてゐた。」

「私はまた靜かに寂しい闇の核心を凝視(みつ)めながら、更に新らしい靈魂の薄明(ツワイライト)を待たねばならぬ。」



「ふさぎの蟲」より:

「大正元年八月二十六日午後四時過ぎ、俺は今染々とした氣持で西洋剃刀の刃(は)を開く。庭には赤い鷄頭が咲いてゐる。細い四角の西洋砥石に油をかけ、ぴつたりと刃(は)を當てると、何とも云へぬ手あたりが軟かな哀傷の辷りを續ける。奇異な赤い鷄頭、縁日物ながら血の如(やう)な鷄冠(とさか)の疣々(いぼいぼ)が怪しい迄日の光を吸ひつけて、じつと凝視(みつ)めてゐる私の瞳を狂氣さす。
 鷄頭、汝(おまへ)はまるで寂寥と熱意との一揆のやうだ、何時でも汝(おまへ)の集團(むらがり)さへ見ると俺の氣分が欝(ふさ)ぎ出す。

 餘程眠りこけて居たのか、晝寢から俺が覺めた時にはもう誰一人家内(うち)には居なかつた(中略)。而して俺獨が装飾(かざり)も何にもないガランとした下座敷にぽつねんとかうやつて坐つて居る。何にも爲る事がない、ただもう倦怠(だ)るい、仕方が無いので妹の鏡臺を縁側に持ち出して又かうやつて剃刀の刃を當(あた)る。鶏頭が莫迦に光る、それかと言つてくわつと光つた外光の中に何かしら厭な陰氣さが嘲笑(あざわら)つてでもゐるやうに、赤い鷄頭(とさか)が眼に染(し)みる、莖が戰ぐ、その根元から小さい蜥蜴が走り出す。

 何處かで御大喪中の忍びやかな爪彈の音が洩れる。晝の三味線、赤い鷄頭、それが眞赤に陰氣にこんがらがると、今度はまたお隣のお岩稻荷から恐ろしいお百度參りの祈願と呪咀との咽び泣きが絶間(しつきり)もなく俺の後腦に鋭い映畫(フイルム)の閃光を刺し通す。」

「鷄頭、鷄頭、
 記憶に悲哀は再燃する、切迫詰(つま)つた俺の感覺が四(よつ)ん匍ひになつて剃刀を拾ひかける、ハツと靈魂(たましひ)が後から呼び返すと意久地もなくパタリと身體が平べつたくなる、苦しい涙がポトリポトリと額を抑えた手の甲に零れる………
 轡蟲が啼く………唐突(やには)に座り直して、ぐいと右の指を二三本白粉の瓶に突つ込む。ぐるぐると搔き廻してぺたりと面にぶつつける、………ふさぎの蟲がクスクス笑ふ………狂者(きちがひ)、狂者、まるで汝は狂者だ、恁(か)うして居る中にも頓狂な發作の陰謀(たくらみ)が恐ろしい心のどん底から可笑(をか)しいほどはしやぎ出す、白粉(おしろい)を水にも溶かさないでべたべた塗りつける、にとにとと面が突張(つつぱ)る、眼が光る、見る見る能のお面のやうに眞白に生色のない泣つ面(つら)が出來上る。」

「活惚、活惚、甘茶で活惚、鹽塩茶で活惚、ヨイトナ、ヨイ、ヨイ、………
 くるくると二つばかりとんぼがへりをする。ガランとした部屋の中に、たつた一人、眞白な面を緊張(ひきし)めてくるくるともんどりうつ凄さ、可笑(をかし)さ、又その心細さ、くるくると戯(おど)け廻つて居る内に生眞面目(きまじめ)な心が益落ちついて、凄まじい晝間の恐怖が腋の下から、咽喉から、臍から、素股から、足の爪先から、空一面(そらいつぱい)に擴がり出す。
 鷄頭が眞赤に眞赤にひつくりかへる。
 頭(あたま)の映畫(フイルム)がキラキラキラキラひつくりかへる、蜩(かなかな)が鳴く、お百度參りが泣く、三味線が囃し立てる。
 活惚、活惚……

 三味線がハタと止む………
 と、くるくると轉(ころ)がつてゐる俺自身が俺にももう恐ろしくて恐ろしくてたまらなくなつた、思はず投げつけられた盗賊猫(どろぼうねこ)のやうにぽんと起き直るとその儘パタパタと二階に駈け上つた。
 晝の蠟燭がまた幽かに取澄まして瞬く。

 それから暫時(しばらく)經(た)つて、殆素つ裸の俄作りの戯奴(ヂヤウカア)は外の出窓に兩脚を恍惚(うつとり)と投げ出して居た。而して今靈岸島の屋根瓦の波の上にくるくると落ちかかる眞赤な太陽の光を凝(ぢつ)と眺めて居る。雲の影ひとつ見えない大空の果に鳩が火の玉のやうに飛んで居る。煙突の煤烟がくさくさと渦を卷く、電線が光る。
 それでも、向ふの土藏の屋根の上に枯れかかつた名も知れぬ雜草がしんみりと戰ぐでもなく戰(そよ)いでゐるのが眼に付いた、その僅な二三本しかない幽かな草の戰ぎがぢつと熟視(みつ)めて居るうちに、先程の活惚騷ぎで取り落したふさぎの蟲をまた染々とぶりかへす。草が戰ぐ、また意久地なしの靈魂(たましひ)が滅入つて了ふ。悄氣(しよげ)る、欝(ふさ)ぐ………涙がホロホロと頰つぺたを流れる。
 と、Gen-gen, byō-soku-byō………Gen-gen, byō-soku-byō………
 急に寂しくなつて、まじまじと下を向く、とまた生憎な、目に入るでもなく庭の垣根越しに向ふの長屋の明け放した下座敷が見える。
 おや、もう電燈(でんき)が點いて居る。晝間の光に薄黄色い火の線と白い陶器(せともの)の笠とが充分(いつぱい)にダラリと延ばした紐の下で、疊とすれすれにブランコのやうに部屋中搖れ廻つて居る、地震かしらと思ふ内に赤坊(あかんぼ)が裸で匍ひ出して來た、お内儀(かみ)さんが大きなお尻だけ見せて、彼方(あちら)向いて事もあらうに座敷の中でパツと紺蛇目(じやのめ)傘を擴げる。かと思ふと何時の間に歸つて來たのか末の弟が厠の中から博多節か何か歌つて居る。
 變だ、何だか何處かで火事でも燃え出しさうだ、空が燒ける、子供が騷ぐ、遠くの遠くで音も立てずに半鐘が鳴る………をや、俺の腦髓(あたま)までが黄(きな)くさくなつて來たやうだぞ………犬までが吠え出した………何か起るに相違ない。
 南無妙法蓮華經………お岩稻荷大明神樣………
 苦しい、苦しい、汗が流れる。
 恰度こんな暑い日だつた、俺は監獄で………と戯奴(ヂヤオカア)が面を顰(しか)める……俺は監獄であまり監房(へや)の臭氣が陰氣なので、汚ない亞鉛の金盥に水を入れて、あの安石鹼を溶(とか)しては兩手で搔き立て搔き立て、強い彈ぢきれさうな匂を息の苦しくなるほど跳ね散らしてゐた。
 真白い細(こま)かな泡と泡とが、綠に、靑に、紅に、薄黄に、紫に、初めは紫陽花、終まひには、小さな寶玉に分解して數限りもなく夏の暑熱と日光とに光る、呟やく、泣く、笑ふ、嘲る………恍惚(うつとり)と見入つて居ると、コツコツと隣の厚い壁板を向ふで敲く。そこで、俺も泡まみれの手でコツコツと合圖をして「奈何(どう)したの。」と腰をかがめる。
 「今日(けふ)は盆の十六日ですねえ。」と氣のない疲れた聲が投げ出すやうにきこえる。
 「さうだ、盆の十六日。」と俺も一寸可笑(をか)しくなる。
 「もうつくづく厭になつちやつた、ああああ………」
 これがこの二月に淺草で友達を殺した男の聲かと思ふと、何となく變な、不憫な、厭(いや)あな氣がする。二月から入監(はい)つて、まだ一度か二度法廷に引つ張り出されたつきり、まだ刑も極らず、放(ほつ)たらかしにされて居るのである。飽き飽きするのも無理もない。
 暫時(しばらく)默(だま)つて居ると、またコツコツと甘へるやうに背後(うしろ)を敲く。
 「何だね。」
 「あの睾丸(きんたま)抓んだら死ぬんでせうか。」
 不意に俺の眼が笑ひ出した。
 「そりやあね、ギユツと抓んだら何時(いつ)でも死にます。」と口を寄せて、また物好きな道化心が笑ひ出す。
 「だが、一體誰(だれ)が抓むの誰の睾丸(きんたま)を。」
 「私(あつし)が抓むんですがね。」
 猫のやうに頓狂な聲がした。
 と、思ひ出すと、取り澄ました俄作りの戯奴(ヂヤオカア)が一時に眞白な顏の造作を破裂さした、はははは、自分でも吃驚(びつくり)するほどの大きな聲を擧げ乍ら、腹を擁えて出窓から疊の上に轉げ廻つた、而して又轉げ廻つて/\世界中がひつくりかへるやうに笑ひ續けた。
 ははははは……………………
 ははははは……………………」



「集のをはりに」より:

「數少きわが歌の中より、選びて僅に四百餘首を得たり。わが歌はかの銀笛哀慕調のいにしへより哀傷篇四章の近什にいたるまで、凡ては果敢なき折ふしのありのすさびなれども、今に及びては舊歡なかなかに忘れがたし、ただ輯めて懷かしく、顧みて哀愁さらに深し。
 處々に挿みたる小品六篇のうち、「桐の花とカステラ」「晝の思」の二評論は時折のわが歌に於ける哀れなる心ばえのほどを述べたれども、そはわが今のつきつめたる心には協はず、ただ詩のみ、餘情のみ、うはかはのただひとふれのみ。
 わが世は凡て汚されたり、わが夢は凡て滅びむとす。わがわかき日も哀樂も遂には皐月の薄紫の桐の花の如くにや消えはつべき。
 わがかなしみを知る人にわれはただわが温情のかぎりを投げかけむかな、囚人 Tonka John は既に傷つきたる心の旅びとなり。
 この集世に出づる日ありとも何にかせむ。慰めがたき巡禮のそのゆく道のはるけさよ。
  この心を誰か悲しく弄ばむやんごともなし
  やんごともなし」






こちらもご参照ください:

北原白秋 『思ひ出』 (復刻)
斎藤茂吉 『歌集 赤光』 (復刻)
西條八十 『砂金』 (復刻)


白秋と茂吉は「蛍」「剃刀」「狂気」の、白秋と八十は「金絲雀(カナリヤ)」「鶏頭」「地獄」のイメジャリーを共有しています。


































































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