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早川孝太郎 『花祭』 (講談社学術文庫)

「祭りの次第が進行して、地固めの舞から花の舞にはいる頃には、「せいと」は押せ押せの混雑で、濤(なみ)のようにもみかえしている。その中からたえず悪態の突撃がつづく。舞子がかわるたびに、そのかっこうから舞いぶりまであらんかぎりの酷評をやる。(中略)鬼が出るとまたやる。「さかき」「やまみ」などの重要な役に対してもけっして遠慮はせぬ。」
「こうした「せいとぶり」も、教えるでもまた習うわけでもない。祭りのたびにくりかえされる、ながい伝統の一端であった。」

(早川孝太郎 『花祭』 より)


早川孝太郎 
『花祭』
 
講談社学術文庫 1944


講談社 
2009年4月13日 第1刷発行
390p 編集部付記1p
文庫判 並装 カバー
定価1,200円(税別)
カバーデザイン: 蟹江征治
カバー図版: 愛知県豊根村下黒川の「朝鬼」(撮影: 渡辺良正)


「本書の原本は、一九六八年、岩崎美術社より刊行されました。」



三隅治雄による「序文」より:

「早川は、(中略)七年の月日を費やして、北設楽郡から信州・遠州にかかる山岳地帯を(中略)東奔西走(とうほんせいそう)し、二十三ヵ所の花祭の全貌を明らかにし、さらに周辺の芸能をも精査して、その成果を昭和五年(一九三〇)四月、前・後篇二巻の大著『花祭』に収めて、岡書院から出版した。そのうち、花祭の記録は前巻に収め、後巻には、先述の「地狂言雑記」をはじめ、南北設楽郡から三遠信国境地帯にかけて分布する神楽・御神楽・田遊び・田楽等の調査記録を収めた。」
「早川が享年六十八歳で没した昭和三十一年(一九五六)十二月の翌年、岩崎書店の「民俗・民芸叢書」の一冊として『花祭』を取り上げることになり、わたしが編者となって、前後二巻のうちの、二十三ヵ所の花祭を詳述した前巻をそっくり収載して刊行した。のち、昭和四十一年(一九六六)にも出版元が社名を岩崎美術社と変えて、同じ内容のものを再版した。今回の『花祭』は、その岩崎本の再録である。」



本文中に著者による挿絵93点、楽譜1点。
本書は角川ソフィア文庫版(2017年)も刊行されていますが、学術文庫版がもったいない本舗さんで566円(送料無料)で売られていたので注文しておいたのが届いたのでよんでみました。



早川孝太郎 花祭 01



カバー裏文:

「修験者たちによって天龍川水系に伝えられ、中世に始まるとされる民俗芸能「花祭」。湯を沸かし神々に献じ、すべてを祓い清める冬の神事に、人々は夜を徹して舞い続け、神と人と鬼とが一体となる。信仰・芸能・生活・自然に根ざした祈りを今に伝える奥三河地方の神事を昭和初頭、精緻に調査し、柳田や折口にも影響を与えた、日本民俗学の古典的名著。」


目次:

序文 (三隅治雄)

花祭概説
 問題の地域
 各種の祭り
 すべて二十三ヵ所
 二つの系統
 行事の概観
 冬の夜の祭り
 祭りの場所
 祭りの形式
 祭祀説明上の区分
祭祀の構成
祭場と祭具
 祭場
 祭場に要する祭具
 衣裳
 舞道具
儀式的行事
 記述の順序
 第一日の祭祀
 第二日の祭祀
 儀式開始より舞いにはいるまで
 舞いと、これにともなう儀式
 舞いおわって後の儀式
舞踊
 舞いの種目
 舞戸による区分
 市の舞
 青少年の舞
 面形による舞い
 魚釣りと「なかとばらい」
音楽と歌謡
 楽と拍子
 歌謡
祭りにあずかる者
 主体となるもの
 禰宜
 みょうど
 一般参与の者
 祭りにそえて

解説 (久保田裕道)




早川孝太郎 花祭 02



◆本書より◆


「花祭概説」より:

「天龍川の事実上の奥地を中心として行われていた各種の祭りの中で、伝播(でんぱ)のもっともいちじるしかったのは花祭である。花祭は一に花神楽(はなかぐら)ともいって、愛知県北設楽郡を中心に行われつつあった。その形式は一種の冬祭りで、歌舞を基調とするものである。」

「花祭二十三ヵ所の中、北設楽郡内のものをのぞいた他の三ヵ所は、(中略)同一の祭祀とはいいながら、現在ははなはだしい衰運におちいって、その次第においても一部分を行っているにすぎぬから、まず北設楽郡内のものについて見ると、すべて二十ヵ所のものは、信仰においても形式内容の点にも、いずれも甲乙なき状態にあった。
 そういってこれを観察するに、一をもって他の全部を推察することができるかというとそうかんたんにはかたづけられない。土地ごとに歴史があり伝統があったように、その根本となり基調となったものははじめはひとつであっても、ひさしい歳月を経る間には、各々に特色も変化も生じたのである。
 この事実から思い合わされるのは、花祭について村の人達の間に行われていたひとつの言葉がある。花祭をたんに「はな」ということで、どこの「はな」何村の「はな」という。実はなんでもないことであるが、この言葉の半面には、ひとつの思想が働いていて、すなわちこの「はな」によって、それぞれの土地の気風なり趣味がそれに現われているとしたのである。いいかえれば、何処此処(どこここ)の「はな」という言葉には、そこの村なり人なりの、特徴なり気風をいう意識が陰にあったので、村々の趣味や感情が、この「はな」によって表現される意があったのである。
 祭りの基調をなすものは、音楽なり舞踊なりのひとつの芸能であったから、いかに信仰に厚く伝統に忠実であっても、いつとなしに、それぞれの土地の個性がでてきたのである。」



「儀式的行事」より:

「古戸白山の高嶺祭り」
「高嶺祭りは現在は花祭とは関係なくなって、たんに閏年(うるうどし)ごとに行われている。一に、「たかねさま」または天狗(てんぐ)を祭るともいい、地内七組から代表が出て、村の西北方にそびえた白山(しらやま)の嶺に登り、そこに祀られている、白山妙理大権現社殿内の帳屋に、七日間の参籠(さんろう)をする。しかして、栗、榧(かや)、蕎麦餅(そばもち)、野老(ところ)、御幣餅(ごへいもち)などをそなえて厳重な潔斎のことがある。なお白山は海抜千米(メートル)近い峻険(しゅんけん)な山で、頂上に近く懸崖(けんがい)をようして社殿がある。社殿からさらに一町ほど登った地点に、聖小屋(ひじりごや)まやは岩小屋というところがあり、そこに奥宮として俗に「ひじりさま」と称する一間四方ほどの祠(ほこら)がある。
 伝説によると、昔この「ひじりさま」が白山権現の像を負い来りこの地に祀ったものといい、今ある御神体は、実見者の説には、高さ三尺程の騎馬木像とのことである。これに対して一方「ひじりさま」の本体は、釘づけの厨子(ずし)におさまっている直径二寸位の玉で、きわめて重い、質は石であろうという。これは同じような玉が祠の中におよそ四、五十個ほどあり、年によりいずれが御本体かきめがたいが、禰宜だけには年ごとにわかるともいう。」
「白山社殿の帳屋内に、七日間の参籠がおわって、十三日すなわち満願の日に、前いった玉をささげて禰宜の舞がある。これを一に「玉をはやす」といい、玉は白木の三宝におさめ下に榊の葉をしき、上を袱紗(ふくさ)でおおっている。舞いはいわゆる五方の舞で、つぎのような祭文がある。

 東方や観音の浄土でめぐり逢ふ 南方や薬師の浄土でめぐり逢ふ
 西方や弥陀の浄土でめぐり逢ふ 北方や釈迦の浄土でめぐり逢ふ
 中央や大日浄土でめぐり逢ふ」

「神入りの対象神
 神入りの対象となる神は、いわゆる八百万(やおよろず)の神であって、あらゆる神仏と考えられているが、これには元は中心となる神があったもので、諸神諸仏はそれに随従するものであったらしい。よって儀式の次第から判断すると、みるめ(見目)と称する神である。見目は祭りの中心と考えられた神で、引続いて勧請されるきるめ(切目)神と対立するものであった。」
「切目の王子は前いったようにみるめ(見目)と対立してもっとも重要な神と考えられているもので、土地によると(振草系小林)短冊に切目の王子見目の王子と書いて、神座に祀っておくのである。いかなる由来によってこれを重要とするか、共にいい伝えもはっきりせぬが、切目の王子はただ熊野三社に関係の深い、紀伊日高郡切目の荘の祭神と関係することは、想像されるのである。」

「行事の中心
 舞踊すなわち舞いは、行事のもっとも中心をなすもので、その種目においてもまた時間的経過においてももっとも長かったのである。したがって祭りの根本にはいったわけで、人も神も渾然(こんぜん)一律の渦をなして、舞戸を中心に宛然(えんぜん)神の世界と化したことはけっして誇張ではない。
 前段の行事がおわって、地固めの舞から、花の舞三ツ舞とすすんで、時刻はあたかも深夜におよんで、神格の表現とする「やまみ」「さかき」を中心とした鬼の舞が展開される。さらに四ツ舞をはさんで、「ねぎ」「みこ」「おきな」の出現となり、面申しから舞いと運ばれていって、夜のあけるにしたがって、一に釜あらいと称する青年の湯ばやしの舞となって、釜の湯を舞戸から神座、見物にことごとくそそぎかけふりかけてしまい、日の出とともに朝鬼、一に四ツ鬼の出となり、当夜出現した鬼がことごとく顔をそろえて、舞って舞って舞いつくして、行事の大部分をおわり、後は獅子舞(ししまい)があって舞戸は閉じられたのである。」

「「ごくう祭り」はべつに「神かえし」ともいう。しかして「ごくう」はなんの意かわからぬが、それだけに各所で名称が区々(まちまち)である。」
「「おぼろけ」の次第は、前の「ごくう祭り」とひとつづきの行事と考えられている。これも五方位にむかってつぎの唱えごとをくりかえし、そのたびに供物の包と祓銭をともになげる。

 伊勢や 伊勢の国のおぼろけや ひぼろけうけてかえり給え
 謹請(きんぜい)東方には一万三千宮の 大天狗小天狗大天白(だいてんぱく)小天白(しょうてんぱく)
 おぼろけ ひぼろけ われうけ なんぢちやうの神達
 ここよりあらわれてましまさば ここより給え 打ってまします

 なお南西北の方位によって、第三句謹請以下をかえることはいうまでもない。このとき土地によると(振草系下粟代)供物と祓銭をなげるかわりに、これをおいた棚も同時に覆(くつがえ)す。よって一に棚かえしともいう。
 「おぼろけ」の唱えごとは、土地によって、これまたことなっていて、つぎのようにいう場合もある。
 
 いにしへの 花のおぼろけ とこよのこんよの おぼろけと おぼろけうけて かえり給え

とあって、つぎの「おぼろけひぼろけ」以下を、

 ゆはなかからぬ神や なんじちやう ここより立現われましまさば ここよりかけてまします」



「祭りにあずかる者」より:

「花祭においては、見物もまた祭りを遂行する上に重要な分子である。しかして、この見物が、かねて祭りの事実上の対象でもあった。見物の種類は、あらかじめきめられた席によってほぼふたつに区分することが出来る。すなわち一般にいわれている神座(かんざ)の客と「せいと」の客である。
 「せいと」の客はこれを「せいと衆」またはたんに「せいと」ともいって、神座の客にくらべると、いくぶん軽い意味に考えられていたが、(中略)場合によってはこの方がかえって大切である。神座の客がこれを内容的に分類して、第一に一般部落内の婦女子、それに祭事に直接関係をもたぬ有力者――旦那衆――と、その他特別の招待客であるに対して、「せいと」の客は、大部分がいわゆるよそもので、祭りにもなんら交渉のないただの見物である。このよびかたはせいと(庭燎)から来たもので、庭燎のまわりに終夜立ちどおしているところからいった名である。それでこの場所の淋しいか賑わうかで祭りの景気が左右されたのである。したがって「せいと」が賑やかなほど、景気は引立ったのであるが、しかし時によっては、すこし迷惑な場合もある。」
「神座の客が、楽座の後に位置をしめて、静粛に見物していたのに対して、庭燎をかこんだ「せいと」の客は、なんの節制も統一もない群集である。舞子に対してはもちろん、その他神座の客や楽の座に対して、あるかぎりの悪態をあびせる。しかしてそのひまひまには、おたがい同士もまた悪態の吐きあいをやっている。」
「時刻の移るにつれて場内がざわついて来ると、まず楽の座の者などを目標にして、突拍子もない声で悪態の口がきられる。土地の人たちはそらはじまったくらいですましているが、事情をしらぬ者はなにごとがおこったかとびっくりするほどである。」
「「せいと」の客の悪態の文句には一定の型があったようである。たとえば烏帽子(えぼし)狩衣(かりぎぬ)姿の禰宜が祭文をやっていると「やいそこのめんぱ(引用者注:「めんぱ」に傍線)を被った爺(じじい)」とかあるいは「文句をごまかすと承知せんぞ」などと、一方太鼓をうつ者には「爺しっかり摺古木をたたけ」、また笛をふく者には「しっかり竹んつぼ(引用者注:「竹んつぼ」に傍線)をふけ」という類である。すなわち烏帽子を「めんぱ」(曲物にて農家で使用する弁当入)、太鼓の撥(ばち)を摺古木、笛を竹んつぼ(引用者注:「竹んつぼ」に傍線)または吹つぼ(引用者注:「吹つぼ」に傍線)などというのは「せいと」の常套語(じょうとうご)である。烏帽子の名をしらぬのでも、撥の名称がわからぬわけでもない。洒落(しゃれ)といえばそうもとれるものである。
 かつて民俗芸術誌上で、小寺融吉氏の発表された花祭の見聞記はおもしろく拝見したが、あの中の一、二の感想は、少しばかり誤解があったようである。
 振草系小林の「はな」で、太夫の年配が若く、狩衣の肩の切れているのを見て、一「せいと」の客が「われも嬶(かか)もらわんとかなわんな肩ほころびとる」とやった事実を評して、現代の農村青年は、狩衣の肩を、ほころびと誤解したといっていられるが、実はこの悪態などは、あの童顔の太夫さんにはまさに金的にあたいする諧謔(かいぎゃく)であった。用語は粗末で下品でも、内容としては秀逸である。(中略)こうした舌鋒で、相手により時に応じてきたないことやさもしい生活などのあるかぎりをならべて、満場を笑わせ、へこませることを得意としたのである。」

「祭りの次第が進行して、地固めの舞から花の舞にはいる頃には、「せいと」は押せ押せの混雑で、濤(なみ)のようにもみかえしている。その中からたえず悪態の突撃がつづく。舞子がかわるたびに、そのかっこうから舞いぶりまであらんかぎりの酷評をやる。やれその腰付はどうしたの、そんな手振りじゃ嬶が嘆くだろのと、かりに激励としても、はるかに度をこえた文句である。そうかと思うと、ふっと気がかわって「やあれ舞ったよう舞った」とはやし立てて、一緒に舞子の中へとびだして、おどりかつ舞うのである。鬼が出るとまたやる。「さかき」「やまみ」などの重要な役に対してもけっして遠慮はせぬ。」
「こうした「せいとぶり」も、教えるでもまた習うわけでもない。祭りのたびにくりかえされる、ながい伝統の一端であった。」

「前いったように「せいと」は悪態と、狂躁をくりかえしていたのであるが、一方また舞いに対して、特有の囃し詞を用いる。ことに鬼が出るとかならずやるのはつぎの文句である。

 鬼が出たにたあふれたふれ

 この文句をくりかえしながら、拍子にのって舞いの真似をする。「たあふれ」は、べつに「てえふれ」ともいい、鬼の舞には、若者が前後にあって松火を振るところから、たい(松火の略称)またはてえ(引用者注:「てえ」に傍線)をふれという意味ともいうが、以前の意義は別であったらしい。ついでに「せいと」の囃し詞の二、三をあげると、

 一 ハア鹿でも喰ったかよう飛ぶな  二 ハア鳥でも喰ったかよう舞うな
 三 ハア香煎喰ったかよう飛ぶな  四 ハア猿でも喰ったかよう飛ぶな」

「何分やじり気で、節制のないのが立前としてある「せいと」のことだから、真面目に舞っている者のそばに立って、手出しをせぬというだけで、あらんかぎりの邪魔をしたり茶化したりする。そうして舞いばかりではない、神座から出る「うたぐら」のまねもやる。
 ちかごろの「せいと衆」は、流行歌をやったり、神座と同一の歌を出したりしているものも大分見受けるが、古くは模擬の「うたぐら」を盛んに出していたようである。その文句がまた「せいと」一流で聞かれたものでなかった。厳粛な神事の歌をやっている一方で、猥褻(わいせつ)きわまる文句をならべたてるのである。」
「「せいと」の特徴としては、いまひとつ妙な名乗りめいたことがある。さんざん悪態の吐きあいをやった後で、こうみえても阿兄様(にいさま)などは、名古屋の黄金の鯱鉾(しゃちほこ)で逆立ちをしたの、米の飯で御育ちあそばしたとか、ときには藪の陰の道陸神などともやるのである。
 この場合に自己称呼を、いまでは吾輩などというのも出て来たが「にいさま」というのが通例である。もちろん名乗りといっても、われはなに村の某などと、実際生活にからんだものではない、平素はろくろく口もきかないで、むっつりした青年が、ここに立つとまるっきり態度が変って、とんでもないことをいうのである。神座の客から楽座の者、舞子へとさんざんあたりちらして、そんな下手な笛なら「にいさま」にわたせ、扇の持方をしらねば教えてやるのと声をからしていう態度は、承知しつつも正気のさたとは思われぬほどである。
 自分などもたびたび見物する間には、いくどとなくこの洗礼をうけた。背広など著(き)ているものだから、そんな可怪(おかし)な著物をどこから盗んで来たとか、高い所にすわってえらそうな面をするな、研究なら「にいさま」に頭をさげてこいとか、ときには村方のふるまいの御幣餅に手を出して、東京から御幣餅を食いに来たかなどとやられて、閉口したものである。
 いまではそれほどでもないが、ひところ神座の客などに対して、私事をあばきたてる風があってずいぶん迷惑する者もあったという。村の誰様といわれるほどの者が、どこの誰とも知らぬ者から頭から吐き下されても、ただ笑っているよりほか策はなかった。」

「こうして夜を徹して、あらんかぎりの狂態をつくしているうち、さてだんだん黎明(れいめい)がちかづいて、夜の明けるころには湯ばやしの舞になり、ここでまたひとわたりさわいだはてに、みんな湯ばやしの湯を頭からあびて、ちりぢりに蜘蛛(くも)の子をちらすように退散する。これが最後で、みんなつかれた顔をして村へかえるのである。あたりが明るくなっては、もう「せいと衆」の存在の意義はなかった。土地によると、夜が明けても行事はまだ中途にあるが「せいと」の客は、退散しないまでも態度があらたまる。明るくなって顔中を煤煙にしているところは、前夜の人とは別であったのも不思議である。」






こちらもご参照ください:

早川孝太郎 『猪・鹿・狸』 (角川ソフィア文庫)
























































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