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谷川健一 『出雲の神々』 (カラー新書 セレクション)

「出雲の神々は征服者や加害者ではない。覇者の面影をもたない。出雲の風土としっくり合った魂が、そのまま人格神となったと考えられる。しかも出雲の神々の住居は、ひとつひとつがきわ立った個性をそなえている。」
(谷川健一 『出雲の神々』 より)


谷川健一
『出雲の神々』
写真: 石元泰博

カラー新書 セレクション


平凡社 
1978年3月8日 初版第1刷発行
1997年11月20日 新装版第1刷発行
144p(うちカラー64p)
新書判 並装 カバー
定価940円(税別)
カバー表紙デザイン: 上田敬



平凡社カラー新書の旧版は文字ページに変色しやすい用紙を使っていたので今では茶色っぽくなっていますが、新装(セレクション)版はコート紙なので今でも白っぽくてよみやすいです。



谷川健一 出雲の神々 01



カバー文:

「●古代の旅
縁結びの神として有名な出雲大社を中心に、出雲地方に今も残る神社。美保神社、佐太神社、熊野大社など。そしてそれらの神社には青柴垣神事、諸手船神事など、独特の神事が伝わっている。オオクニヌシ・スサノオが活躍した“記紀の世界”への旅。」



目次:

八雲立つ出雲 八十氏神のふるさと
 風土と神
  国引きの構図
青柴垣に隠れた神 事代主神
 美保神社の神事
  青柴垣神事
 美保神社の祭祀組織
  諸手船神事
光り輝く神 佐太大神
 佐太神社の神在祭
  佐太大神の誕生
 島根半島の浦々
  一畑寺と松尾神社
天の下造らしし神 大国主神
 出雲大社の雄姿
  杵築平野と意宇平野
 熊野大社の鑚火祭
  出雲国造神賀詞
 神魂神社と八重垣神社
  神社と祭神
荒らぶる神 須佐之男命
 スサノオと砂鉄
  目一つの鬼
 神々のやさしさ




谷川健一 出雲の神々 02



◆本書より◆


「青柴垣に隠れた神 事代主神」より:

「古事記によると、次の話が伝わっている。アマテラスとタカギの命令を受けて、タケミカヅチが国ゆずりの交渉に出雲にやってきた。それに対してオオクニヌシは即答を避け、自分の子のコトシロヌシに判断を一任した。コトシロヌシはちょうど美保(古事記では御大(みお))の崎にいっており、そこで鳥を狩ったり、魚を取ったりしている最中であったが、出雲の国をアマテラスの子孫に差出す決心をした。そして「天(あま)の逆手(さかて)」をもって、自分の乗っている船を青柴垣に変貌させ、その中に姿をかくしてしまった、とある。
 ここにいう「天の逆手」とは何か。本居宣長は『古事記伝』の中で、左右の手のひらを外側にむけ、また逆さまに打ちあわせる呪術であって、その呪術の力で船を青柴垣に変えたと説明している。そしてこのことは、コトシロヌシが海の底に入ってながく隠れたことを意味するとも述べている。というのは要するにコトシロヌシが水死したということである。では青柴垣は何の比喩であろうか。沖縄ではむかし人が死ぬと、青木の枝葉を折りとってその死体の上にかぶせたという。つまりそれは日本の古代でいう殯(もがり)に相当するものだった。こうしてみると、青柴垣の神事は、コトシロヌシの入水の故事を後代に儀礼化し、模倣したことになる。
 このことはたんなる伝承と受けとるべきであろうか。それとも古代には水のほとりの葬礼のあったことを物語るものであろうか。それをつきとめる術はもはやない。だが、江戸時代に書かれた『懐橘談(かいきつだん)』という書物に、大昔、出雲国造が死ぬと、現在の出雲市の東南にある菱根(ひしね)の池に、国造の死体を赤い牛にむすびつけて、沈めたと記されている。」
「表向きはともかく、地元の古老の間では青柴垣の神事は、船中において殯(もがり)を象徴しておこなわれるものと、信じられ伝承されてきている。とすれば、コトシロヌシの水葬儀礼を年ごとに模倣するこの神事は、ふしぎな祭のひとつにかぞえてよいであろう。神の死が人間の祝祭になるためには、海坂(うなさか)すなわち、水平線の彼方にたいするあこがれが前提とならずには叶うまい。今は美保神社の祭神は、土地の漁師や船乗りには、豊漁をもたらすえびす神として信奉されている。えびす神をまつる漁村は多いが、漁師にとっては、水死人もまたえびす神でめでたいものとされる。
 オオクニヌシの国土経営の協力者であるスクナヒコナは、オオクニヌシが美保の岬にいたとき、波の穂に乗って海の彼方から寄りくる神であった。そうして国造りが終ると、また常世(とこよ)国にかえってしまった、と古事記は伝える。コトシロヌシの死には常世神であるスクナヒコナに見るように、古代人の常世への憧憬が影を落としている。」



「光り輝く神 佐太大神」より:

「加賀の潜戸を西へたどる。目指す猪目(いのめ)洞穴への道は、島根半島のなかでもとりわけ人気(ひとけ)ない海ぞいの断崖をとおっていく。」
「出雲国風土記に「磯(いそ)の西のほうに岩穴がある。この洞窟のなかには人の出入りはできない。どの位の深さがあるかも知られていない。この磯の岩穴のあたりにいった、と夢に見るとその人はかならず死ぬ。それで世人は昔からここを黄泉(よみ)の坂といい、また岩穴を黄泉の穴と名付けている」とある。(中略)風土記はこのあたりは、脳磯(なづきのいそ)と呼ぶと記しているが、脳髄がむき出しになったように、でこぼこした海岸の風景だから、そういうのであろうという説がある。たしかなことはもとより、分からないが、脳磯という言葉はどこかぶきみだ。それはさきほどの夢の話があるからだろうか。
 洞穴は高さ十二メートル、幅三十六メートルの右を斜辺とした直角三角形で、奥へしだいに小さくなって三十七メートルにもおよぶ。(中略)一九四八年にこの奥から、縄文、弥生、古墳期の遺物と共に、人骨十数体が出土し、黄泉の穴がたんなる伝承の場所ではなかったことが判明した。母の胎から出たものは母の胎にかえるということから、沖縄では、墓は女陰をかたどったものとされている。」
「この黄泉への通い路はどこにつづくのだろうか。古代人が信じたように、私たちもまた信ずるとすれば、それは海の彼方の国につうじるのである。古代人は太陽は海ぎわの東の洞穴から出て、やはり海ぎわにある西の洞穴に沈むと考えていた。沖縄本島の斎場御嶽(さいばうたき)は太陽の生まれる洞穴とされているが、やはり母の胎に似て直角三角形だ。太陽神の子である佐太大神も海岸の洞穴で誕生した。そしてコトシロヌシが青柴垣の船にのって海のむこうへ身をかくしたように、この黄泉の穴も水平線の彼方の常世にたいする出雲びとの関心を物語っている。」

「いずれにしても出雲の国には、黄泉の坂、黄泉の穴、夜見島、闇見の国、伊賦夜神社という風に死者の国を思わせる場所が多い。これは他国の風土記に見られない特色だ。そこで大和から見ると、出雲は暗い、影の国と見なされた。(中略)出雲が根の国とみなされたのは、西北の方角は死者の魂があつまるところという古代人の考えによって、いっそう拍車をかけられたにちがいない。」



「神魂神社と八重垣神社」より:

「このように神話にからむ地名や神社名や伝承で、出雲と紀伊とは奇妙な一致を見せている。これは偶然ともおもわれないから、この事実が何を物語るかについて、さまざまな憶測がなされてきた。出雲の勢力が南下して紀伊に到ったとか、あるいはまたその逆だとか。しかし、決め手は見つからない。いずれにしても、出雲と紀伊が常世にもっとも近い国あと思われていたことはたしかだ。だからこそ、イザナミの黄泉国、スサノオの根の国の話が、出雲と紀伊を舞台にえらんで展開した、と見るのがもっとも妥当である。」


「荒らぶる神 須佐之男命」より:

「スサノオは高天原を追放され、出雲国の肥の河上の鳥髪(とりがみ)という地に降ったと古事記は伝える。日本書紀の一書は、スサノオは長雨の降るなかをミノカサ姿でさまよいあるいたが、どこの家でも泊めてくれるところはなかったと、その辛苦難渋のさまをややくわしく描いている。」
「スサノオという名前については古来幾多の解釈がなされている。(中略)スサノオのスサは荒れすさぶ男という意味をこめていると解する宣長などの説がある。これに対して水野祐氏はスサは朝鮮語で巫、つまりシャーマンをあらわすススングに由来するという説を立てている。(中略)つまり、スサノオは朝鮮半島方面から渡来した新羅系の外来神であり、飯石郡須佐がその神の出雲における本貫地であった。そこを中心にして、この神を祖神とする集団のいきおいが大原郡や神門郡に及び、一部は意宇郡や島根郡にも及んだというのである。(中略)もし砂鉄を原料にたたら炉で製鉄をおこなう技術者がきたとすればそれは朝鮮半島からにきまっている。朝鮮から出雲へは海流を利用すればたやすく航海ができる。したがってスサノオのヤマタノオロチ退治の物語は、朝鮮渡来の技術者が砂鉄にめぐまれた鳥上山のふもとで鉄穴流しの方法で砂鉄をとり、それをもって鉄をきたえた説と考えるのがもっともつじつまがあう。」
「鍛冶屋が呪力をもつとして恐れられた例証は日本の各地に見出される。スサノオの名がススング(巫)に由来するならば、偉大な破壊力と建設力を同時にそなえた神の一面を示すことになるだろう。スサノオが木の葉を頭に刺しておどったという出雲国風土記のエピソードもそのようにして理解されるだろう。
 しかしまえにもことわったようにスサノオの性格はふくざつで、一筋縄ではいかない。スサノオの犯した罪は古代法の主題をふくむ。それに霖雨のときに忌みごもる農民のタブーや、罪人としての追放刑に処せられたものが他所で救い主として迎えられるという伝承のパターンもみられる。災いとなるものを根の国に追いはらうというのは今日でも南島民の習俗にのこっている。スサノオの人格は朝鮮渡来の鉄の神と規定するだけでは不充分な複合体を形成している。」






こちらもご参照ください:

谷川健一 著/渡辺良正 写真 『民俗の神』 (淡交選書)
松前健 『出雲神話』 (講談社現代新書)
岡谷公二 『伊勢と出雲』 (平凡社新書)
























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