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網野善彦 『日本の歴史 第00巻 「日本」とは何か』

「「異類異形にして世の常の人に非ず」といわれた人々の力が、中世の世の中には満ちあふれていた。」
(『日本の歴史 第00巻 「日本」とは何か』 口絵説明文より)


網野善彦 
『日本の歴史 
第00巻 
「日本」とは何か』



講談社 
2000年10月24日 第1刷発行
370p 口絵(カラー)8p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,200円(税別)/刊行記念特別定価1,500円(税別)
装訂: 間村俊一
装訂写真: 豊高隆三

月報 (8p):
特別対談 「日本」から世界に光をあてる (網野善彦・樺山紘一)/第一回同時配本案内/図版(モノクロ)3点



本文中図版(モノクロ)・地図多数。
本書は2008年に講談社学術文庫として再刊されていますが、アマゾンマケプレでハードカバー版が356円(送料込)で売られていたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。



網野善彦 日本とは何か 01



目次:

第一章 「日本論」の現在
 1 人類社会の壮年時代
 2 日本人の自己認識――その現状
第二章 アジア大陸東辺の懸け橋――日本列島の実像
 1 アジア東辺の内海
 2 列島と西方地域の交流
 3 列島の北方・南方との交流
 4 東方の太平洋へ
 5 列島社会の地域的差異
第三章 列島社会と「日本国」
 1 「倭国」から「日本国」へ
 2 「日本国」とその国制
 3 「日本国」と列島の諸地域
 4 列島諸地域の差異
 5 「日本・日本人意識」の形成
第四章 「瑞穂国日本」の虚像
 1 「日本は農業社会」という常識
 2 「百姓=農民」という思いこみ
 3 山野と樹木の文化
第五章 「日本論」の展望
 1 「進歩史観」の克服
 2 時代区分をめぐって

参考文献
索引




網野善彦 日本とは何か 02



◆本書より◆


「第一章 「日本論」の現在」より:

「それは、一九四五年八月六日、日本列島の広島に始まった。この日アメリカ空軍のB29が広島に落とした一個の原子爆弾によって、一挙に、二十万人近い人間が殺傷され、その放射能の影響は五十年以上の年月を経たいまも被爆者に及びつづけている。さらに八月九日、この爆弾は長崎にも投下され、「この世の地獄」といわれるほどの凄惨(せいさん)な状況の中で、やはり十万に及ぶ膨大(ぶだい)な人命が失われたのである。
 このアメリカによる原爆投下は、ごく短期的には「大日本帝国」の降伏、その敗戦をもたらす決定的な契機となったが、人類が自らを滅しうるだけの巨大な力を、自然の中から開発したという疑う余地のない厳粛な事実を、多大な犠牲を払って結果的に明確にしたという点で、人類の歴史に決定的な時期を画することになった。
 実際、これ以後の大国の間での核兵器開発をめぐる激しい競合の中で、人類は一歩、その歩みを間違えれば、頓死、死滅する危険にさらされるにいたったのであり、いまなおその危険がなくなったわけでは決してない。
 人類がたとえ多少の犠牲を払っても、豊かさを求めてひたすら自然の開発を推し進め、前進することになんの疑いも持たなかった「青年時代」は、もはや完全に過去のものになった。」
「人類の直面する死滅にいたる危険はこのような兵器だけではない。近年、高度成長期を中心に日本列島において、あとさきを顧みず、猛烈な勢いで進められた開発、生産の増大がひきおこした自然の破壊、それに伴う公害の人体に及ぼす深刻な影響に典型的に見られる事態は、地球全体にわたって広く進行しており、地球温暖化やダイオキシンなどの有害な物質の蔓延等、これまたことと次第によっては、人間の生存自体を脅(おびや)かす危険のあることがあきらかになってきた。
 たとえば日本の社会に即してみると、色川大吉編『水俣の啓示』(筑摩書房、一九九五年)がさまざまな角度から追及しているように、不知火(しらぬい)海によって育(はぐ)くまれた豊かな海の世界、芦北(あしきた)と水俣(みなまた)は、“チッソ”(日本窒素肥料)による有機水銀のたれ流しによって、無残な死の海と化し、恐るべき水俣病を発生させ、多くの患者を痛苦に陥(おとしい)れた。この世界最大の公害問題といわれた水俣病は、富国強兵をめざし、敗戦後も高度成長を追求してきた、日本の近代の持つ根本的な矛盾と歪(ゆが)みを明確に表面化させただけでなく、自然と人間の関わり方について、これまでのあり方を根底から考え直さなくてはならないことを、多くの人々に痛感させることになった。」
「河口堰(かこうぜき)の設けられた長良(ながら)川、その建設が問題となっている吉野川も、同様の危険に直面しており、川や湖をこのような形で人間の管理下に置き、開発に役立てようとする発想は、依然として根強いものがある。海辺の浜や潟(かた)、干潟(ひがた)を埋め立てて、農地や工業用地にしようとするのも、まったく同じ姿勢に基づいているが、農地のこのような大規模な開発は、江戸時代後期までは確実に遡(さかのぼ)り、こうした姿勢の根はけっして浅いものではない。
 しかし最近、諫早(いさはや)の干潟の干拓に当って、いわゆる“ギロチン”の堰によるしめ切りが大きな問題となったように、また吉野川の可動堰設置が住民投票によって阻止されようとしているように、自然を人間の支配、管理の下に置こうとするこれまでの対処の仕方に対して、きびしい批判、反省の気運も否応なしに高まってきた。そして、がむしゃらな開発による自然環境の破壊が、人類自身の生存を脅かすことになりかねないという自覚もしだいに深化しつつある。“壮年時代”らしい。思慮深く知恵のある生き方が、ここでも否応なしに、人類に求められており、それは歴史に対する従来の見方自体を大きく変えることになったのである。」
「現実のこのような展開の中で、近代以後の歴史学の根底を支えていた、人間は自らの努力で“進歩”していくという確信が、否応なしに揺(ゆら)いできた。人間による自然の法則の理解に基づくその開発、そこから得られた生産力の発展こそ、社会の“進歩”の原動力であり、それに伴っておこる矛盾をこうした生産力の担(にな)い手が克服し、“進歩”を実現していく過程に、人類の歴史の基本的な筋道を見出そうとする見方は、もはやそのままでは通り得なくなった。そうした自然の開発が、自然を破壊して人類社会の存立を危うくし、そこで得られた巨大な力、あるいは極微の世界が人類を死滅させる危険を持つにいたったのである。こにょうな事態そのものが、さきのような“進歩”史観の持つ根本的な問題を表面化させており、それを徹底的に再検討し、人類社会の歴史をあらためて見直し、“進歩”の名の下に切り捨てられてきたものに目を向けつつ、歴史を再構成することが、必須の課題になってきたといわなくてはならない。」
「これまでの歴史学は“進歩”の原動力としての農業・工業の発展にもっぱら目を注ぎ、他をほとんど顧みようとしなかった。(中略)こうした見方の偏りは、いまや現実の進展そのものによってあきらかにされたのであり、“進歩史観”によって無視され、切り落されてきた世界にまで広く目を配り、人類社会の歴史像の歪(ゆが)みを、その「壮年時代」にふさわしく正さなくてはなるまい。」
「日本列島の社会において山野河海の世界、そこで主として生きる人々を、本気で調査・研究しようともせず、一言の下で「少数派」「基本的な生産に関わりない」として切って捨てたうえで構成された社会のとらえ方が、まったく事実に基づいたものにならないことだけは、強調しておきたい。」

「長崎に原爆が投下された日から五十四年の年月を経た一九九九年八月九日、日本国の国会は、日の丸を国旗、君が代を国歌とする、政府の提出した国旗・国歌法案を、自民党・自由党・公明党と民主党の一部の賛成によって、圧倒的多数で可決、成立させた。
 この法案の提案者、賛成者にとって、これは一九四五年八月十五日の敗戦以後の、長年の「懸案」の解決であり、「国」を愛する心を日本人が持つことに寄与したいという意図で、法案成立が強行されたのであろう。
 私自身は、戦争中、友人を殴打(おうだ)、足蹴(あしげ)にしてはばからぬ軍人や軍国主義的教官の横暴を体験しており、その背後にたえず存在した日の丸・君が代を国旗・国歌として認めることは断じてできない。
 それは個人の感情といわれるかもしれないが、この法律は、二月十一日という戦前の紀元節、神武天皇の即位の日というまったく架空の日を「建国記念の日」と定める国家の、国旗・国歌を法制化したのであり、いかに解釈を変えようと、これが戦前の日の丸・君が代と基本的に異なるものでないことは明白な事実である。このように虚偽に立脚した国家を象徴し、讃えることを法の名の下で定めたのが、この国旗・国歌法であり、虚構の国を「愛する」ことなど私には不可能である。それゆえ、私はこの法に従うことを固く拒否する。」
「事実を見つめようとせず、虚構をそのまま押し通した政府・与党の責任はきわめて重大であり、いつか事実が白日(はくじつ)の下(もと)にさらされたとき、きびしい歴史の審判が彼等に下ることは間違いない。その日が一日も早く来るように、われわれはこれまでの「盲点」を埋めることに全力をあげ、正確な自己認識をわがものとするために、従来の思いこみを捨て、「『日本』とは何か」を徹底的に問い直さなくてはならない。」



「「第五章 「日本論」の展望」より:

「最近、たまたま「国賊作家」を自称する「国際的博奕打」、森巣博氏の『無境界家族』(集英社、二〇〇〇年)を一気に読み、そこできわめて明快に主張されている同氏の「日本人論」批判に、同感するところ多大であった。
 森巣氏は「日本国籍所有者という意味以外では、日本人なんてものは、ない」と主張する(中略)。前にものべた通り、私もまったくその通りだと思う。」
「「そしてもし、日本国籍所有者が日本人であるとするなら『日本人論』『日本文化論』『日本文明論』は成立し得ない」と、つづけて森巣氏は断ずる。ここで同氏のいう「日本人論」は、別の箇所で森巣氏がきびしい批判を加えた「日本人としての真性の自己同一性」を模索した江藤淳氏の「日本人論」(中略)をはじめ、「日本人のアイデンティティー」を求めてやまない「日本文化論」をさしているが、そうした論者に対し、森巣氏は烈しく詰問する。あなたの議論の対象としている「日本人」の中に、「アイヌやウイルタやニブヒ」などの「少数民(族)」が含まれているか。「沖縄や小笠原の人々を包摂して」いるのか。さらに「『元在日』であった二十万人を超す『帰化人』たる『元』朝鮮・韓国人たちはどうなるのだ」(中略)。この森巣氏の糺弾(きゅうだん)に、私は心からの拍手をおくる。」
「本書でもくわしくのべた通り、アジア大陸の北と南を結ぶ懸け橋であるこの列島で営まれた人類社会の深く長い歴史を背景に、日本列島にはたやすく同一視することのできない個性的な社会集団、地域社会が形成されてきた。それを頭から追究可能なアイデンティティーを持つ「日本人」としてとらえ、その文化、歴史を追究し、その特質を論じようとする試みは、「日本国」――国家に引きずられた架空の議論であり、本質的に成り立ちえない。実際、こうした「日本人論」「日本文化論」は否応なしに、多様な社会集団や地域社会を無視し、その多くを切り落した歪(ゆが)んだものになるか、前にくわしくのべたように、「孤立した島国」「瑞穂国」「単一民族」などの根拠のない「虚像」をつくり出すか、あるいはついに事実を追究することを放棄し「神話」「物語」によってアイデンティティーを捏造(ねつぞう)するか、いずれにせよ事実に即した「日本論」としては成り立たない議論とならざるをえないのである。
 またこれも前にしばしば強調した通り、「日本」がヤマトを中心に成立した国家の国号、「天皇」を王の称号と定めた王朝名であり、七世紀末にはじめて日本列島に姿を現わした存在である以上、「日本人」「日本文化」を論ずることは、どうしてもヤマトに収斂(しゅうれん)し、ヤマトを文化・歴史の最先進地域とする見方に導かれていくことになる。
 さらに「日本」が国名であることを意識せず、頭から地名として扱い、弥生人、縄文人はもとより旧石器時代人にまで「日本」を遡らせて「日本人」「日本文化」を論ずることも、ふつうに行われているが、これは「日本」が始めもあれば終りもあり、またその範囲も固定していない歴史的存在であることを意識の外に置くことによって、現代日本人の自己認識を著しくゆがめ、曖昧模糊(あいまいもこ)たるものにしているといわなくてはならない。」
「そして、近代歴史学の「鬼子」ともいうべき平泉澄氏の「皇国史観」に対する根底的な批判をめざして敗戦後に出発した「戦後歴史学」は、西尾幹二氏の『国民の歴史』(扶桑社、一九九九年)という新たな「鬼子」の出現を許した自らの根源的な自己批判に、いまようやく立ち向いつつある。」
「こうした「日本」に対する曖昧模糊たる認識は、「天皇」そのものについての認識を否応なしに不徹底なものにすることになっていった。その結果、「建国記念の日」、「元号法案」そして「国旗・国歌法制化」などが、「敗戦」を認めず、「国体」の「護持された」「終戦」としか言おうとしない人々によって、つぎつぎに実現され、ついに「日本は天皇を中心とする神の国」と公言する首相までが出現することになったのである。さきにものべたようにこうした事態の生れる余地をなお広く残した点について、もとより私自身もその中にいた「戦後歴史学」の責任は、きわめて重大といわざるをえない。」
「近年ようやく、「一国史観」を克服しようとする動きも本格的になってきた。
 本書でも多少ふれたように、日本列島の社会をアジア大陸をはじめとする世界の諸地域との関わりの中で考えようとする研究動向は、すでに完全に軌道にのったといってよいが、そうした列島外の諸地域との交流の中で、たやすく同一視し難い、深く長い歴史を持った個性的な地域が列島自体の中に形成されてきたことも明確に意識され、その学問的追究も開始されつつある。近年、各地で活発に推進されている地域史研究は、かつてのように「中央先進地域」の動向を「地方後進地域」に即してなぞるのではなく、それぞれの地域のかけがえのない個性をあきらかにすることを目ざしており、(中略)これまでの「一国史観」、「均質な日本」を頭から前提とした「日本人論」「日本文化論」を根底から覆(くつがえ)す試みが、着々と進められつつあるが、それはまた、川北氏(引用者注:川北稔)が「戦後歴史学」の特徴・欠陥の一つとしてあげた「進歩史観(発展段階論)」をも、根本から掘り崩すことになっていったのである。」
「「歴史は人間の努力によって進歩する」、あるいは「生産力の発展こそ社会の進歩の原動力」とする見方は、川北氏の指摘する「ヨーロッパ中心史観・生産重視・農村主義」と不可分の関わりを持ちつつ(中略)「戦後歴史学」の最も重要な支柱であったことは間違いない。それがいま、まさしく音を立てて崩れつつあるのである。」




◆感想◆


「第00巻」というのは、タロットでいえば「0」すなわち「愚者」でありましょう。「愚者」のカードの意味するところは「常識の否定」であり「意識の変革」であり「無縁・公界・楽」であります。
それはそれとして、本書に書かれていることのほとんどは同感するところ多大でありますが、ただひとつ、「人間はその初発から社会を意識して生活する動物だったと、私は考える。」(本書 p. 340)とあるのは、生まれつき社会性がないタイプであるわたしのような者からすれば、とんでもない偏見であり、自閉症者に対する差別的発言であり、たいへん遺憾です。百姓イコール農民ではないように、人間イコール社会的動物ではないです。これすなわち、「差別」意識がいかに本人も気づかないほど無自覚的で根深く根絶しがたいものであるかの例証でありまして(※)、「人間は社会的動物である」などというような体制(多数派)が作り出した「神話」は一日も早く崩壊するとよいです。というか、「ヒト」を指す「人間」というコトバが同時に「世の中」を指すコトバであるという点に偏見の根があるので、「人間」という呼称も「日本国」という国号同様、根本的に見直されてしかるべきなのではなかろうか。

※著者は歴史学者であり、歴史学は人間社会の歴史を対象とするものなので、いきおい人間社会的・人間中心主義的にならざるを得ないです。それ故、歴史学は人間でないもの――自然とか、カミとか――に従属する者たちを排除してきたわけで、そこにこそ人間社会における差別のあり方の反映をみるべきではなかろうか。つまり人間社会よりも動物やカミの世界に深くかかわろうとする者たちを人間社会は差別してきたわけで、今でもノラネコにえさをやれば村八分にされるし、宗教団体に入ると白い目でみられるのもそこに淵源があるのではなかろうか。ところでそういう部分を学問の対象としてとりあげたのが民俗学であって、民俗学の創始者たち――柳田国男・折口信夫・南方熊楠――がそろいもそろって自閉症的(AS的)傾向がみられる人々であったことは示唆的です。そして厭世的な新体詩人として出発し、初期には山人や妖怪を研究対象としていた柳田国男が、義務感ゆえに人間社会に過剰適応した結果が一国民俗学であり稲作中心民俗学であったのはそれこそ歴史の皮肉というべきでありましょう。

































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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