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宮田登 『ケガレの民俗誌』

「気が人間の体内をめぐっている、それが渋ると、気の力が衰弱する、こういう状態は、要するに気枯れに相当するのである。」
(宮田登 『ケガレの民俗誌』 より)


宮田登 
『ケガレの民俗誌
― 差別の
文化的要因』



人文書院 
1996年2月15日 初版第1刷印刷
1996年2月25日 初版第1刷発行
270p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,472円(本体2,400円)



本書は2010年にちくま学芸文庫として再刊されていますが、単行本がアマゾンマケプレで850円(送料込)で売られていたので注文しておいたのが届いたのでよんでみました。



宮田登 ケガレの民俗誌



帯文:

「民俗に根づく不浄観と差別
被差別部落、性差別、非・常民の世界――日本民俗学が避けてきた穢れと差別のテーマに多方面から迫り、民俗誌作成のための基礎知識を提示。」



目次:

Ⅰ 民俗研究と被差別部落
 一 民俗学的視点
 二 “ケガレ”の設定
 三 食肉と米
 四 皮剝ぎ
 五 民話のなかの差別意識
  (一)予言
  (二)部落差別
  (三)血穢

Ⅱ 差別の生活意識
 一 非・常民の信仰
  (一)柳田国男の常民観
  (二)白山の視点
 二 力の信仰と被差別
  (一)力持のフォークロア
  (二)女性と怪力
  (三)力と信仰
 三 仏事と神事
  (一)仏教忌避の心情
  (二)仏教的盆行事の民俗化
  (三)神と仏のあいまいさ

Ⅲ 性差別の原理
 一 神霊に関わる男と女
 二 血穢の民俗
 三 成女の期待
 四 熊野の巫女
 五 血盆経
 六 血穢の否定
 七 血の霊力
  (一)経血に対する両義的な見方
  (二)聖なる血と穢れた血
  (三)女人禁制の否定

Ⅳ シラとケガレ
 一 六月朔日の雪と白山
  (一)富士塚と白雪
  (二)シラヤマの白
  (三)「長吏」の由来
 二 白と黒
  (一)河原巻物と「長吏」
  (二)喪服のフォークロア
  (三)「白と黒」不浄分化
  (四)白の中の黒
 三 シラとスジ
  (一)「シラ」=白不浄の世界
  (二)「シラ」から「スジ」へ
  (三)霊としてのスティグマ

Ⅴ ケガレの民俗文化史
 一 民俗概念としてのケガレ
  (一)ケガレの必然性
  (二)ケガレのとらえ方
  (三)ケガレの力
  (四)「エンガチョ」考
 二 穢気=ケガレの発生
  (一)神事の清浄性
  (二)腐敗と穢気不浄
  (三)出産・出血とケガレの発生
 三 祓え=ハラエの構造
  (一)大祓と延命長寿
  (二)祓えの呪ないと具
 四 ケガレ・祓え・ハレ
  (一)災厄除去と招運の祓え
  (二)ケのとらえ方
 五 呪ない儀礼とケガレ
  (一)呪うと呪なう
  (二)弘法大師の呪ない
  (三)雨乞いと供犠
  (四)天神=雷神の祭祀
  (五)民間巫者と陰陽道
  (六)巫者とケガレ

Ⅵ 今後の課題

結語
初出




◆本書より◆


「Ⅰ」より:

「ケガレは「不浄」或いは「賤」と認識する以前に「褻枯れ」を意味していた。そして二義的段階で「猥」「穢らわしい」といった漢字を用いて説明した。(中略)そこで「汚穢」の意味とは違ったものが別にあるのではないかということが、近年、主張されるようになった。
 柳田民俗学では「日本文化はハレ(晴れ)とケ(褻)から成り立つ」という前提がある。これは、例えば「聖俗二元論」というもの、つまり世界は〈聖なるもの〉と〈俗なるもの〉に弁別できるというデュルケム社会学の影響があり、〈浄・不浄〉もそうであるが、こうした二元論的な解釈によって、曖昧な文化内容が分析できるであろうという前提から進められたのである。」
「〈ハレ〉と〈ケ〉だけでは説明しきれないから、さらに両者の媒介項を入れて説明してはどうかということになり、一つのヒントになったのが、〈ケガレ〉という語だった。これは江戸時代に荒井白石や(中略)谷川士清がすでに使った言葉であるが、〈ケ〉に対して〈ケガレ〉と呼んで、前述のように「褻枯れ」という字をあてはめている。
 〈ケ〉というのは〈ハレ〉よりもはるかに日常的な語であるが、現代の日常生活は、〈ケ〉という普段の生活を送っている情況がつくりにくくなっている。日常的なリズムがつくれなくなって、だんだん生活力が落ちているのである。それをエネルギーの枯渇と単純に言えるかどうか分からないが、そういう状態に対して、〈ケガレ〉という言葉が当てはまるのではないか。谷川士清が先に「褻枯れ」と記したことの一つの根拠なのである。」
「「気」という言葉には、活力とか生命力とか、人間の生きていく根源に必要なものという意味がある。ケという状態は朝から晩までいつも順調にいくわけではなくて、何らかの条件が伴ってだんだん力が衰えていく。衰えていく時に、エネルギーを使って元のケに戻ろうとする情況が生じて、いわゆるハレという折り目を作る重要な時空間になる。〈ハレ〉と〈ケ〉の中間に〈ケガレ〉を用いることによってハレが説明される。ハレという状態はケガレを前提とするから、ハレとケガレが合体して大きなエネルギー、例えばお祭りとか行事とかの非日常的な情況をつくりだすということになる。
 これはハレとケガレの循環ということになるわけで、抽象的にいえば、例えば通過儀礼の中で、人が生まれ、やがてあの世に行くという生き死にの間に、〈ケ〉の状態が継続できず〈ケガレ〉てきて、それが〈ハレ〉になるという形が何度もくり返されることになろう。
 ケガレの問題を考えるとき、〈ケガレ〉には多義性がある。その多義性の中で、「汚らしい」ということにストレートに結びつく以前に、我々の認識の中には、ケガレていく、力が衰えていく、という共通する潜在的心意があるのではないだろうか。」



「Ⅱ」より:

「柳田民俗学に対する批判の多くは、なぜ常民以外をカットしたのかということを追究しているわけである。」
「常民に入らない人々の絶対量は少ないけれども、彼らの存在は、日本社会・文化に大きな影響を与えているにちがいないという考え方が当然ある。初期の柳田国男の仕事や、その後の宮本常一の仕事にそれは示されている。(中略)この問題は、文化人類学における異人論としてもとりあげられている。すなわち、異人は、常民に対してどういう位置づけなのだろうかということである。たとえば山民、漁民がおり、さらに職人集団のグループからも派生している。そして被差別民そのものも対象となる。こうした、主生業として農業にたずさわらない人々のグループの民俗を考えなくてはいけない、ということになるだろう。
 問題になるのは、柳田が大正の末から昭和の一〇年代に方法論を確立していく時に、農民を中心にしたわけであるが、常民ではない人々については未着手であったかというと、決してそうではなかった。明治末から大正にかけての柳田の民俗信仰論の中には、非常民の部分が絶えず含まれていたといえる。当時の柳田の用いた用語では、「特殊部落」が使われ、その沿革については、イタカ・サンカの問題を考えていたし、とくに山に住んでいる山人を研究しようという視点が用意されていた。しかし、研究対象としてそれについてエネルギーを傾注する以前に、一つの転換期を迎えた。結局現時点の民俗学では、そうした部分は未解決のまま残されてきているといえることは明らかである。」

「『譚海』十二に、次のような世間話が載っている。二人の姉妹が江戸に住んで、ひっそり暮していた。姉は尼として、妹は手習をして生計を立てていた。尼の方は時々むら気を出したり、ひとり言をブツブツ言ったりすることがあるが、日頃は物腰優しく、「うちむかひてかたらふときは、本性なる時、殊にうるはしくなつかしき人也」といわれた。ところがこの尼が思いがけず大力の持主だったというのである。ある時、頼まれた男が、台所の水がめに水を汲み入れていた。水を半分ほど入れたところで、水がめの台の位置がよくないので、どうしたらよいかと妹にたずねた。すると姉の尼が立ってきて、「水がめを持ち上げるからちゃんと直すように」といって、大きな水がめに水が入ったままのものを、左右の手で軽々と持ち上げて台を直させた。水汲みの男はその大力をみて、恐ろしくなって逃げ出してしまったという。
 この尼の素姓は、然るべき家の娘だったが、ある家へ嫁に入った。ある時、夫のふるまいに腹を立てて、夫を打ち伏せ、大釜を引き上げてかぶせたりしたので、不縁となり、頭を丸めて妹と一緒に住むようになったという。だが「折々本性のたがへる時は、妹をうちふせてさいなみける、力の強きまゝ、妹なる人も殊にめいわくして、後々わかれ/\に成ぬとぞ」という後日談となっている。」



「Ⅳ」より:

「慶長八年六月朔日(ついたち)に、江戸の本郷で雪が降ったという記録がある。」
「これによると、六月朔日に雪が降ったという故事は、富士の浅間信仰と深いかかわりがあることがわかる。六月朔日というのは、時期的には炎暑の候である。現在の真夏に近いころで、かなり暑い季節である。したがって、真夏の最中に雪が降ったという事実は、奇蹟の伝承と考えられる。これが富士の浅間信仰と関係があるという点が注目される。(中略)この事例のほかにも、同様に、関東地方一帯に、六月朔日に雪が降ったという伝説が語られていて、本郷の雪だけが特殊なのではなかった。たとえば、『新編武蔵風土記稿』巻之百九十一にのせられた「岩殿観音」の縁起をみると、この地にもやはり六月朔日に雪が降ったことが次のようにしるされている。
  坂上田村麻呂が東征した時、この観音堂の前で通夜をし、そこで悪竜を射斃したことがあった。ちょうど六月のはじめで、金をもとかす炎暑のさなかであった。ところが、突然、指をおとすほどの寒気が起こり、雪がさんさんと降ってきたので、人夫たちはかがり火をたいて雪の寒さをしのいだ。現在、六月朔日に家毎にたき火をたくというのはそのときの名残りであるとつたえている。」
「また「六月朔日」の民俗伝承として知られているものに「氷の朔日」がある。六月朔日になると、正月に搗いた氷餅を食べるという伝承は比較的多くつたえられている。(中略)ところが、中部、関東地方において、さきの雪が降ったという伝承と同じ地域には、この日をムケノツイタチあるいはキヌヌギノツイタチと称する口碑が多く語られている。たとえば新潟県十日市では、この日は、人間の皮が一皮むける日であると説明している。」
「このように、六月朔日には、新たなる正月が迎えられ、また人間が一皮むけて生まれかわるという伝承が集約されているといってよい。」
「栃木県佐野市にも同様の伝承がある。これをオベッカといっている。(中略)オベッカとは、つまり別火のことであり、(中略)精進・潔斎をして物忌みをすることと同じ意味である。」
「さて、関東、中部地方では六月朔日に白雪が積もり塚となる地点を富士浅間神社と称したが、そもそも富士山の信仰は、秀麗な山岳であるということと万年雪があるということ、つまり永遠に白雪が不滅であるということに根をおいて成り立っていると考えられる。この富士山と並び称されるのが、加賀の白山であり、同じように万年雪をいただく山として知られている。」
「周知のように、加賀白山の女神は、ケガレをはらう神格として知られる神で、この神が死のケガレでよごれきったイザナギノミコトを禊(みそぎ)させて新たにこの世に生まれかわらせたという話は、『古事記』『日本書紀』にしるされているとおりである。従来説いてきたように、白山とは、「白」そのものに多義的な面があり、その点は柳田国男が説明しているように、人の出産という意味、稲の生育という意味が含まれていて、このことは生命があらたまって生まれかわるということとかかわりがあると考えられる。」
「そこで、もうひとつ注意されることは、民間神楽、たとえば三河の花祭り、あるいは備前、備中、美作などの神楽、石見の大元(おおもと)神楽などにみられる白蓋(びゃっかい)または白蓋(びゃっけ)といわれるもので、(中略)簡単にいうと、この白蓋(びゃっかい)は神楽のシンボルであり、しかも生まれきよまることを説明する重要な意味が与えられている。」
「早川孝太郎の『花祭』の解説として折口信夫がしるした言葉できわめて印象的なものは、この白蓋の原型は白山という点であった。(中略)要するに、白山はひとつのいれものであり、しかも真っ白に彩られたいれものなのである。その白い装置のなかに人間が入り、出てくる。(中略)神事にたずさわる女が白い着物を着て、白い室に入ったということは、物忌み、あるいは精進・潔斎をすることであり、その白い部屋から出てきたということは、巫女として認められたことを意味した。つまりは、生まれかわって出てきたことを意味したのである。また天皇家の大嘗祭における真床追衾(まどこおぶすま)そのものが、やはり新たに天皇霊を身につけた天皇が、それにくるまって再び出てくるという表現にも通じていたのである。」
「安政二年以前に、愛知県北設楽(きたしだら)の奥三河で行われていた白山の儀礼はもっとストレートに表われていた。花祭りの最終段階に、浄土入りといういいかたで、六〇歳になった男女を白山のなかに入れて、その建物、つまり白山を破壊し、そのなかから新しい子どもとなった人々を誕生させるという行事であった。こうした白山のもつ意味は、生まれきよまるという意味を強くあらわすこととして注目されるものだが、(中略)このことと、被差別部落に白山権現がおかれているということの関連性が大きな問題になるのである。」
「ここで、被差別部落にのみつたえられている文書として、(中略)『長吏由来之記』をとりあげてみたい。」
「象徴的にいうと「長吏」は世界を統合する力をもつものとしてしるされていることがわかる。男女であればその両方にかかわる存在であり、白と黒ならばその両者にまたがる位置にある。すなわち常民において果たされない能力が長吏にあることを暗示している。このように世界の構成を二元に分け、長吏が、その両者にあいわたりうる力をもつ、つまり両義的な存在として描かれていることは象徴的意味として注目されるところである。」
「野辺幕布、門前竹、四本の幡棹、天蓋の竹とはどういうものかといえば、この四本の竹をつかって、竜天白山という天蓋をつくるのである。竜天白山は白山大権現と称するが、この天蓋は明らかに死者をいれるものである。野辺送りのときに、長吏が死体をこの天蓋にいれて墓までもっていき、それを埋める。いわゆる常民の方は死穢をおそれ、直接死体の遺棄にたずさわることができない。しかし長吏は、死の儀礼に直接にたずさわることができる。死の儀礼にたずさわることのできる力をもった存在が、いわゆる被差別民と称される人々であったことは、従来の指摘のとおりである。」
「かつて中世における不浄の観念において、被差別民を「きよめ」と称したのは、そうした穢れをはらい聖なるものに近づけうるという意味から出た表現であった。死の穢れの観念がどの段階で成立したかは、はっきりしていないが、死体の処理を聖なる儀礼とみるならば、それにたずさわる能力をもつものは、きわめて重要な存在なのであった。この白山のかたちをした死体をいれる道具、装置は、考えようによっては、民間神楽における白蓋ときわめて類似したかたちをもっている。つまり、(中略)それは生まれきよまるため、生まれかわるための装置であった。その装置をつかって、死者をそこから蘇らせる能力をもつものが、『長吏由来之記』からいえば、長吏の存在意義ということになる。」
「ひるがえって、被差別部落になぜ白山権現が多いのかという柳田国男の指摘にそって考えるならば、そもそも、白い塚、白い建物、白い山、いずれにせよ、そうしたものに総括される、死から生への転生を可能にする装置が想定されており、この装置を駆使できる存在があったということになるだろう。」



「Ⅴ」より:

「筆者の考えは、(中略)日常性を表現しているケの実態を前提としている。ケガレについては人間の生命力の総体というべき「気」が持続していれば日常性が順調に維持されるはずである。しかし、そういかなくなった場合、気止ミ(病気)や気絶という現象が現れ、この状態を気涸れ・気離れ・毛枯れと表現したものと想像しており、ケガレはケのサブ・カテゴリーとみている。重要な点は、ケからケガレに移行する局面と、ケガレからハレへ移行する局面であり、おそらく後者の場合衰退したケの回復のために相当量のパワーが必要とされるのであって、それは祭りなどの儀礼に現象化されているのであろう。ケ→ケガレ、ケガレ→ハレの状況をみると、ケガレが境界領域として存在していることは明らかなのである。
 こうしたケガレの本義からすれば、民俗知識化した汚穢・不浄に相当するケガレはその一面のみが拡大解釈されたのではないかと推察される。」

「メアリ・ダグラスのいうように、汚穢は孤立した現象ではなく、諸観念の体系的秩序との関連においてしか生じないのである。」




◆感想◆


社会秩序(コスモス)において「ケ」(自由エネルギー)が枯れた状態が「ケガレ」(エントロピーの増大)であり、それを無秩序(カオス)との接触によって元にもどすのが「ハレ」=祭(ネゲントロピー)である、ということなのではなかろうか。






こちらもご参照ください:

雪の聖母(ウィキペディア)
宮田登 『江戸の小さな神々』
赤坂憲雄 『東西/南北考』 (岩波新書)
メアリ・ダグラス 『汚穢と禁忌』 塚本利明 訳
井筒俊彦 『コスモスとアンチコスモス』 (岩波文庫)
湯浅泰雄 『気・修行・身体』
小松和彦 『異人論 ― 民俗社会の心性』
フレイザー 『金枝篇 (一)』 永橋卓介 訳 (岩波文庫)
































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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