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H・ブラッドリ 『英語発達小史』 寺澤芳雄 訳 (岩波文庫)

「本来皮肉な用法から生じた新しい意味がもとのよい意味をすたれさせてしまった例が silly (愚かな)に見られる。この形容詞は古期英語の sǣlig に遡(さかのぼ)り、これに対応するドイツ語 selig と同様に「祝福を受けた」「幸福な」の意であった。ところが中期英語になって、ひやかし半分の羨望(せんぼう)あるいは嘆賞の口調で皮肉に用いられることが多くなったことから、今日のような侮蔑的意味が生じたのである。」
(H・ブラッドリ 『英語発達小史』 より)


H・ブラッドリ 
『英語発達小史』 
寺澤芳雄 訳
 
岩波文庫 青/33-659-1 


岩波書店 
1982年5月17日 第1刷発行
1985年5月20日 第5刷発行
337p 索引38p
文庫判 並装 カバー
定価500円



本書「凡例」より:

「本書は、英国の英語学者・辞書編纂者ヘンリ・ブラッドリ(Henry Bradley)(一八四五―一九二三)の代表的著作である原題 *The Making of English* (Macmillan & Co., 1904) をシメオン・ポッター(Simeon Potter)(一八九八―一九七八)による改訂版(Macmillan & Co., Ltd., 1968)により全訳したものである。」


本書「はしがき(初版)」(ヘンリ・ブラッドリ)より:

「現代英語を思想表現の手段と見るとき、その長所・短所はいかなる原因によって生じたのであろうか。この問題について、言語学に不案内な読者に多少の知識を与えようとするのが、本書の目的である。従って、英語の歴史も、この問題に関わる範囲内に限って扱うことにした。」


本書「はしがき(改訂版)」(シメオン・ポッター)より:

「第六章までは、時の経過が必要とした僅かな改変を別にすれば、ほとんど原著のままであるが、最後の二章と参考文献解題は私の補筆である。」



ブラッドリ 英語発達小史



カバー文:

「英語とドイツ語によく似た単語があるのはなぜかと説きおこすことから始めて、古期英語がいかなる道筋をへて今日の英語へと生成発展してきたかを平易明晰、興味つきぬ語り口で説き明かす。ブラッドリ(1845-1923)はOEDの卓越した編纂者。一般読者のために書かれた英語史として、類書中群を抜く入門書である。原題「英語の成立」の完訳。」


目次:

凡例
はしがき(改訂版) (シメオン・ポッター)
はしがき(初版)

第一章 序論
 一 ドイツ語と英語の類似点
 二 ドイツ語と英語の相違点
 三 古期英語の特徴
 四 本書の目的
第二章 英語文法組織の成立
 一 語形変化の単純化
 二 文法上の新素材
 三 言語変化に伴う得失
第三章 英語に対する外国語の影響
第四章 英語の造語法
 一 合成
 二 派生
 三 語根創造
第五章 意味の変化
第六章 英語形成の貢献者
第七章 英語の拡張
 一 ニューイングランドと合衆国
 二 カナダ
 三 南アフリカ
 四 オーストラレーシア
 五 インド
第八章 英語の現在と未来

参考書目抄

訳者註
解説
人名・地名・事項索引
語句索引




◆本書より◆


「第二章 英語文法組織の成立」より:

「-s 属格の語は、その支配する語の直前に来ること、両者の間に介在できるのは後者を修飾する形容詞とその形容詞を限定する副詞に限るという規則ができたため、現代英語では -s を事実上、他の要素から形態・意味上分離されるいわゆる自由形態素(free morpheme)として扱う習慣が生じた。そこで例えば the Duke of Devonshire's estates (デヴォンシア公爵の領地)のように、単一の観念を表わす連語全体に -s を付けることになる。とくに口語では、この語法は極端に走り、甚だ奇妙に見えることもある。That was the man I met at Birmingham's idea. (それがバーミンガムで会った男の考えだ)のような文を耳にすることがしばしばある。この場合書いて表わすことはできないが、その時の語調では the-man-I-met-at-Birmingham が一時的に一語となり、普通の名詞のようにそれに -s が付いたものと解釈できる。これがいわゆる群属格(group genitive)であるが、同義の of 属格より直截的で力強いという点で、英語の言語資源を豊かにした有用な形式である。」


「第五章 意味の変化」より:

「形容詞 sad (悲しい)は、古期英語では対応するドイツ語 satt の意味「飽き飽きした」「満腹の」「満足した」をもち、十四世紀に至るまでこの意味で使われていた。エドワード二世時代のある詩人は Seldom am I *sad* that semli for to se. (美わしきかの人を眺め飽くこと今はまれ)と歌っている。しかし快楽の欲望を満たした人は不安も興奮も感じなくなり、落ち着いた、真面目(まじめ)な態度で前よりも自分の仕事によく励むようになるものである。そこでチョーサーの作品の中では、sad は「落ち着いた」「真面目な」「信頼できる」などの意味をもつようになった。シェイクスピアでは、軽薄とか陽気の反語としてしばしば「真面目な」の意味に用いられている。この種の用法の有名な例に a jest with a sad brow (真面目くさった顔で言う冗談)、in good sadness (生真面目に、本気で)などがある。しかしすでにシェイクスピアにおいて Your sad (heart) tires in a mile-a. (悲しき胸は一哩(マイル)に倦(う)む)のように、sad は「真面目な」の意からさらに一歩進めた意味で多く用いられている。そして十七世紀になると、この語の用法は現行の「嘆き悲しむ」に限定された。また、英国の中部・北部方言では、この語の意味は奇妙な方向に派生変化している。真面目で容易に物に動じない人を形容するのに用いるところから、その類推で物体について「固い」「ぎっしりした」の意味で用いられるようになった。またヨークシア地方では、sad bread と言えばうまくふくれて(引用者注:「ふくれて」に傍点)いないパン、つまりちゃんとしたパンのように軽くふんわりしていないパンを指す。形容詞から派生した動詞 sad は、sad down では「きっちりさせるために圧しつける」を意味し、アイロンのことを金物屋の商品名で sad-iron というのはこれに由来している。」

「包括的用法を経由して新語義が発達することは、動詞の場合も名詞に劣らずよく起っている。古期英語の動詞 werian (現在の wear)の意味は単に「着ている、着る」であった。しかし、衣服を着る(引用者注:「着る」に傍点)という行為は、やがて糸が見え出したり、擦(す)り切(き)れて穴があき、着られなくなるという結果をもたらす。そこで中期英語になると、この動詞は着る行為とその結果の両方を表わす包括的意味を獲得した。さらに後代になると、結果だけについてもしばしば用いられるようになり、さらに意味の一般化作用によって、衣服以外の物にも適用されることになった。一六一一年出版の英訳聖書には The waters wear the stones. (水は石をうがつ)という言葉が見えるし、現代英語でも a face worn by troubles (悩みにやつれた顔)などと言う。このように二重の意味があると、語の意味が曖昧になることがある。a dress that is much worn は「流行している衣服」と同時に、「着古された衣服」の意にとれて曖昧であり、この wear を自動詞に使うと全く矛盾した意味さえ表わすことがある。I want a cloth that will wear. (長持ちする生地がほしい)と I want a cloth that will not wear. (すぐに擦り切れないような生地がほしい)とは、いずれも全く同じことを言っているのである。」

「deer もまた中期英語では、ドイツ語の Tier (動物)のように広い意味をもっていた。しかし、中期英語になると、この意味はフランス借入語の beast が表わすようになり、さらに後にはラテン語の animal が科学用語から一般的語彙に移った。これに対して、本来語 deer は十三世紀に至るまでその原義を保有しており、一二〇〇年ごろオルムは、Lamb is soffte and stille deor. (小羊は柔和(にゅうわ)でおとなしい動物である)と言っているし、さらに後になるとライオンについてもこの語を用いた例がある。しかし一方、すでに十三世紀においてさえ、狩猟の獲物すなわち鹿を意味する語となっていた。そして古義の方は、鼠の類を表わす small deer にのみ残ったが、この句はシェイクスピアが一三〇〇年ごろの古詩『ベヴィス卿』(Sir Bevis)の用法を映したものである。一四八一年に英国の最初の印刷者・翻訳者のキャクストン(William Caxton, ?1422-91)が deer を「動物」の意で用いた一例があるが、これはキャクストンがブルージュに長く住んでいた結果、母国語よりもフラマン語の方に慣れ親しんでいたために過ぎない。」







こちらもご参照ください:

ウィークリー 『ことばのロマンス ― 英語の語源』 寺澤芳雄・出淵博 訳 (岩波文庫)
小林章夫 『チャップ・ブック ― 近代イギリスの大衆文化』
桝井迪夫 『チョーサーの世界』 (岩波新書)
























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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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