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服部幸雄 『江戸の芝居絵を読む』 

「仁左衛門は犬神遣(つか)い伊豫(いよ)の太郎の役を演じていた。(中略)この男、犬神の妖術を使い、平将門(たいらのまさかど)の髑髏(どくろ)を奉持(ほうじ)して天下国家を自分のものにしようと狙っている大悪逆人であるらしい。市井の番太郎の扮装ながら、鋭い眼光、いかにもふてぶてしい顔付と姿勢のうちに、「国崩(くにくず)し」とも呼ばれる実悪の役の性根(しょうね)をのぞかせ、迫力を感じさせる絵になっている。」
(服部幸雄 『江戸の芝居絵を読む』 より)


服部幸雄 
『江戸の
芝居絵を
読む』 



講談社 
1993年11月25日 第1刷発行
281p(うちカラー40p)
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,000円(本体2,913円)
装幀: 山崎登
カバー図版: 表 一筆斎文調「山下京之助の後面の所作事」/裏 歌川豊国「役者舞台之絵姿 高らいや」



本書「あとがき」より:

「本当のことを言うと、江戸の歴史と風土と人間の生活と文化を全身に負うて成立している浮世絵は、その分野の如何を問わずすべてにわたって、多かれ少なかれ、鑑賞の前提となる知識と、それらを駆使して行う丹念な「読み」が必要とされているはずである。」
「芝居絵を鑑賞するために必要な最低の知識は、(一)狂言の「世界」および当該の作品の内容についてある程度は知っていること、(二)個々の役者に関して何がしかの知識をもつことである。江戸時代の芝居興行についての常識や、芝居小屋の状態に関する興味があれば、なおいい。」
「こうして知識を身につけ、楽しみかたを知ってみれば、芝居絵のおもしろさと魅力とは他の分野の浮世絵からは味わい得ない独自のものであることに思い至るに違いない。
 私は、そういう芝居絵だけが展開する「美の世界」があることを、多くの人に知ってもらいたいと思う。(中略)そのために、いくつかの例によって、芝居絵を「読む」こころみを書いてみたいと思った。これまでそういう本がまったく出ていなかったからである。」
「本書の内容は、『季刊 MOA美術』に平成元年第二九号から平成四年第四一号に至る足かけ四年間にわたって連載した「芝居絵を読む」の諸稿と、『秘蔵浮世絵大観』(講談社刊)の各巻に私が執筆した文章の中からいくつかを選んで構成した。それに序章の概説を書き下ろして添え、それぞれの文章には加筆、補訂を施した。」



図版161点。
本書はアマゾンマケプレで857円(送料込)で売られていたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。表紙の絵がかわいいです。



服部幸雄 江戸の芝居絵を読む 01



帯文:

「江戸文化の粋と美意識を伝える芝居絵
歌舞伎のことがわかれば、芝居絵は生き生きと輝いてくる。芝居絵の世界に心を遊ばせれば、見たことのない江戸歌舞伎の舞台が、役者が見えてくる。――歌舞伎研究・芝居絵研究の第一人者がいざなう“江戸の芝居”と“芝居絵”の世界。」



目次 (初出):

芝居絵――その多彩な内容と魅力
 「絵」を見る庶民たち
 絵のようになる
 絵の背後にあるもの
 芝居絵の種類
 芝居絵の形式
一 芝居小屋と興行
 1 歌舞伎誕生
 2 芝居小屋の内を見る
 3 正徳五年の江戸三芝居
二 役者に憧れる
 1 「大小(だいしょう)の舞(まい)」を舞う若衆(わかしゅ)役者
 2 山本花里(はなさと)の照手(てるて)の姫
 3 『絵本舞台扇(ぶたいおうぎ)』の役者たち
 4 「役者舞台之絵姿」のシリーズから
 5 役者の似顔絵――七代目片岡仁左衛門の場合
三 芝居を楽しむ
 1 「忠臣蔵」七段目
 2 「先代萩(せんだいはぎ)」の床下(ゆかした)
 3 不破(ふわ)・名古屋の狂言
 4 宮城野(みやぎの)・信夫(しのぶ)の敵討ち狂言
 5 江戸の初春狂言
 6 歌舞伎十八番の暫(しばらく)・助六・不動
 7 狂言を絵でたどる
四 絵の背後に広がる〈知〉の領域
 1 名古屋山三郎(さんざぶろう)物語絵巻の世界
 2 初春の摺物(すりもの)の絵を読む
 3 極楽の芝居と盛り場の幻想
 4 三猿・白魚・長縄(ながなわ)――大川をめぐる断章
あとがき




◆本書より◆


「一 芝居小屋と興行」より:

「江戸時代の幕開きを告げる一六〇三年(慶長八)の春、右近(うこん)の馬場の桜が満開の京北野神社境内に、一人の女性芸能者が現れて歌舞伎踊りを始めた。その女性は遠く出雲国(島根県)の生まれ、出雲大社の巫女(みこ)おくにと名のる者で、はるばると都へ上(のぼ)ったのだ宣伝した。(中略)男装してみずから歌い活発に踊り狂う。その歌は男女の恋情を歌った小歌。身のこなしは、なかなかに官能的で、煽情的にも見えた。この踊りが、十七世紀初頭の町の人々の求めているところと合致した。
 都の貴賤、老若、男女を問わぬ群衆が、おくにの歌舞伎踊りに憧れて、見物に集まって来た。折しも春、どこもかしこも満開の桜である。ただでさえ陽春は人の心を浮き立たせずにいない。陽の気に誘われて寺社に詣で、河原に遊ぶ人は溢れ、町々は混雑した。非日常的な〈場〉に出かけていく人々は、それぞれはなやかで美麗をつくしたハレ着を着飾って行く。(中略)既成の倫理、道徳といった社会秩序をはみ出したいと思う欲望が、むくむくと頭をもたげてくる。その思いが激してくると、いっそ世間の常識に反抗して生きようというエネルギーにも転化する。自由奔放に、何の抑制もなく気儘(きまま)に楽しく遊んで暮らしたいという共同の幻想がひろがる。これが「かぶく」思想であり、「かぶく」衣裳、「かぶく」行動であった。それらを、舞台の上でたしかなものとして実現して見せるとき、歌舞伎は誕生した。だから、歌舞伎という芸能は本質的に春の陽気、桜満開の雰囲気(ムード)と不可分の関係を持っているのである。」



「二 役者に憧れる」より:

「第45図は、MOA美術館所蔵の肉筆浮世絵の中で、屈指の名作だと思う。(中略)落款はなく、絵師の名は不明だが、様式や類画から推して、万治・寛文ごろ(一六五八~七三)の制作と考えられている。
 美しい色調、上品かつ繊細な描線、女性か男性かさえも定かではないような、不思議な艶と色気が画面いっぱいに漂っている。この何とも言えないあでやかさ、明るさ、祝言的なめでたさの雰囲気は、いったいどこから来ているのだろう。
 役者の扮装をよく眺めてみよう。髪は男色的な――その意味で官能的な若衆の色気を象徴するとされた前髪(まえがみ)のあるスタイルで、演者が若衆あるいは若衆方(わかしゅがた)の役者であることを示している。一見女性と見まごうような可愛らしい顔、しかも髪には紅白のきれいな花さえ挿して飾っているけれども、この髪型を見れば、演技者が男性であることが決定される。ただし、ことさらに「男かと見れば女、女かと見れば男」という、いわば中性的な美しさをねらった役と持ち芸であったことが、おいおい理解していただけると思う。
 頭に着ているのは金色もあざやかな折烏帽子(おりえぼし)だ。烏帽子は古来舞を舞う芸能者がかぶったもので、神事芸能にたずさわる者の象徴(シンボル)であった。」
「烏帽子の紐を顎(あご)の下でくくり、房の付いた両端を長く胸の前まで垂らしている。衣裳は女性用と見まごうばかりの美しい振袖の重ね着で、下に「秋月」の文字額や大きな花柄の中に「大」「小」の文字を配した大胆な模様、その上に、深い紺地に水車と波形をデザインした美しい振袖を重ねて着ている。そして、片肌脱ぎになって下の衣裳を見せ、上着との配色の妙とあざやかさを演出している。胸もとと袖口に赤い襦袢がのぞいて見えているのが、いっそう色っぽさを印象づけている。
 腰には立派な刀をさしている。衿に扇を差し、右手は懐に入れている。少しまるくした背には大きな御幣(ごへい)があり、この舞の芸能の特殊な性格を象徴的に示している。両の足は踵(かかと)を揃えた、いわゆる束(そく)に立った形であることがわかる。」
「この芸能は、いったい何だろう。」
「従来、この図柄の絵は、「男舞」「男舞図」「寛文男舞図」のように名づけられ、解説されてきたものだった。たしかに、女性と思われる人物が、烏帽子を着、腰に太刀を差し、扇を手にして舞うのだから、かの王朝時代の白拍子の芸だった「男舞」と見たのもそれなりの理由はあった。しかし、演者が中性的とはいえ、れっきとした若衆であるし、水干ならぬ艶めかしい振袖を着ている。何よりも背中に付けた大きな御幣は説明ができないのではないだろうか。
 この絵の芸能は万治・寛文のいわゆる野郎歌舞伎時代に、若衆方の役者によって演じられた独特な祝言芸能たる「大小の舞」を描いたものなのである。
 「大小の舞」という芸があった。別の名を「業平舞(なりひらまい)」ともいう。なぜ、「大小の舞」を「業平舞」とも呼んだかというと、主役が美貌の若衆もしくは若衆方の役者で、王朝の貴公子在原業平の中世美に憧れた近世初頭の人たちの美意識を反映していたからであり、かつ実際に業平の役として舞ったからでもある。若衆歌舞伎の時代に、万之助という若衆の美しさを鑚仰(さんぎょう)して、「女かと見れば男の万之助、ふたなりひらの是(これ)も面影」と詠んだ歌がある。「ふたなり」とは両性具有者(アンドロギュヌス)の称であり、これを美男子の「業平」の音(おん)に掛けた技巧である。」
「女歌舞伎の舞台を物語風に描いた『かふきのさうし』(松竹大谷図書館蔵)という草子がある。その中に、業平に扮した主役が恋の小歌の心をつくして踊る場面があり、「金の風折(かざおり)(烏帽子)ひきかづき、色ある小袖を上着にして、帯を腰にずりさげて、太刀を佩(は)きてのその有様、女かと見れば男、又男かと思へば女房なり」「さながら昔の業平の再び現(うつつ)にまみへ給へる有様なり」などと書いてある。そして、これにも二人の狂言師らしい男役者が出て、それぞれ「せうそろよ大そろよ」「大そろよせうそろよ」と囃(はや)しているように、文字が書きこんである。これから推すと、「二人の者大小を争ふ」とあったのは、一方が「大候よ、小候よ」と言えばもう一方が「小候よ、大候よ」と受けて、二人で騒々しく囃し立てたのだろうと想像がつく。こういう演出を伴った舞狂言を「大小狂言」と呼んでいたらしい。」
「重要な疑問がもう一つ残っている。それは、背中に差した白い立派な御幣の持つ意味である。」
「ここで、にわかにクローズアップされてくるのが鹿島(かしま)の事触(ことぶれ)と言われた風俗である。
 鹿島神社の禰宜(ねぎ)(神官)たちが、烏帽子、水干に刀を差し、扇を手にし、御幣を衿に差したり担いだりした姿で諸国をまわり、今年一年の月の大小を言い立てた。そういう下級神職たちによる初春のほかい人たちが町や村を歩きまわっていた。町々では商売繁盛、福徳聚財を、村々では五穀豊穣を予祝して行ったのである。その大流行を示した時期は、あたかも若衆歌舞伎から野郎歌舞伎初期の時代に重なっていた。」
「若衆歌舞伎は、この市井の初春風俗を取り込んだのに違いない。そのとき、月の大小を言い立てていくのを、二人の男に争わせる演出にしたのであろう。①白拍子の男舞の今様化(当世風に変貌させること)、②業平の芸能にしたこと、③鹿島の事触の風俗を習合させたこと、この三つを実にみごとに合体させて生まれたのが、祝言芸である「大小の舞」だった。(中略)第45図は、そういうおめでたい絵である。」
「MOA美術館所蔵の「大小の舞」図は、類型の諸作に比して絵としての価値が高いのは勿論だが、私にとっては格別の思い入れがある。この絵を若衆歌舞伎の「大小の舞」であることを最初に考証したのは、私だからである。(中略)今日では、もうこの種の類型作を「男舞図」と誤認する人はいなくなった。」




服部幸雄 江戸の芝居絵を読む 02



服部幸雄 江戸の芝居絵を読む 03



服部幸雄 江戸の芝居絵を読む 04







こちらもご参照ください:

守随憲治 校訂 『役者論語』 (岩波文庫)
守随憲治 校訂 『舞曲扇林・戯財録 附 芝居秘伝集』 (岩波文庫)
若桑みどり 『イメージを読む ― 美術史入門』 (ちくまプリマーブックス)
『郡司正勝 刪定集 第六巻 風流の象/総索引』




















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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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