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澤田瑞穂 『芭蕉扇 ― 中国歳時風物記』

「時間を空費することは、われわれが考えるような悪徳ではなく、実はそこに最も充溢した濃厚な自己の時間がある。解放されて充実した自己の時間、それを称して「清閑」というのである。」
(澤田瑞穂 「茶座永日」 より)


澤田瑞穂 
『芭蕉扇
― 中国歳時
風物記』
 


平河出版社 
1984年5月23日 初版発行
4p+377p 
四六判 丸背クロス装上製本 カバー
定価2,300円
装幀: 伊藤政芳/宮内淑子
俳画: 藪本積穂



本書「後記」より:

「四季おりおりの草木虫魚あるいは飲食遊楽に関することなど、すべて中国の歳時節物について記した長短の随筆小品、あわせて七十篇を収めて一書とする。時に事物の考証にわたるものもあるが、大半は往年の北京生活の追想および近年の再訪旅行の見聞より得た札記である。」
「孫行者が揮(ふる)う芭蕉扇ならぬ一柄の破扇、はたしてよく清風を起し得るや否や。所詮はいわゆる敝帚自珍の破れ団扇(うちわ)、あえて世の博雅諸君子の座辺に呈する。」



本文中図版(モノクロ)29点。



沢田瑞穂 芭蕉扇



帯文:

「中国歳時風物記
かつて北京に過ごした著者が、
折りにふれて目にした中国の歳時・風物。
それらを多くの詩文に渉猟博捜し、
風趣のある文をもって考証しつつ眼前に彷彿とさせ、
読む者に一陣の清風を送る。」



目次:

柳絮の章
 什刹海春景
 柳のわかれ
 柳を挿して
 桃苑処女
 碧桃花
 紫荊
 藤架小景
 太平瑞聖花
 菜花詩話
 諸葛菜
 春不老・雪裡紅
 咬春
 蓬餅その他
 菀豆黄
 桜桃異事
蛙鳴の章
 蜂の児
 蝗を食う話
 田雞のこと
 長命鎖
 蒲の葉は青かった
 花えんじゅ
 石榴と金魚
 杏仁豆腐
 芭蕉扇
 白雲観翻経
 茶座永日
 蓮花社後記
 夏の市
 浄業湖畔
 荷葉燈
楓葉の章
 紅姑娘のことなど
 断腸花
 月下の花
 水浮蓮を追って
 哈密瓜
 南瓜餅
 苦瓜は甘い
 棗
 西山の柿
 山裏紅
 長生果とは
 炒栗小記
 菊の羹
 蟹の秋
 楓はカエデとは限らない
 烏臼画趣
 落葉 長安に満つ
 翠微の落葉
 啄木鳥の来る庭
 湖畔の記憶
 景山の松ふぐり
 江南剪影
冬爐の章
 駱駝の瘤
 粟餅
 おこげの話
 雪弥勒
 氷戯史談
 冬すがた
 冬炉
 バカを売ろうよ
 迎春むかし菓子
 年画今昔
 東嶽廟の風ぐるま
 走馬燈の季節
喜鵲の章
 春泥の路
 小巫記
 養魚池異変
 喜鵲の歌――釈迢空在北京
 いつを昔の
 北京往日抄――昭和十七年・晩夏早秋

後記
写真図版の出典及び提供




◆本書より◆


「桃苑処女」より:

   「春の苑(その) くれなゐにほふ桃の花 下照る道に 出で立つ処女(をとめ)

 各句を体言で止めた大伴家持のこの歌、なんとなく「洛陽城頭桃李の花」式の唐詩の措辞に似たところがあって、詠(よ)みぶりは一本調子だが、またそれだけに印象は力づよく鮮明である。」

「この歌から、わたしにも想い出すことがある。
 某年の晩春、留学生の期限がきれて一時帰国する友人の送別を兼ね、その友人と二人で万寿山頤(い)和園に遊んだ。
 山の西麓の水辺にある西太后の石舫のあたり、山頂の仏香閣の方へ登る山の斜面には、幾株もの桃の木が植えられて林をなしており、小径はその満開の花の下を縫うように屈曲して上方へ続いている。桃の木は水辺ちかくにもあって咲き満ちている。
 付近の家屋から、ひとりの娘さんが出てきた。爽やかな紺色の中国服を着た二十歳前後の娘さんで、面長の品(ひん)のよい顔だちは、一見して娘さんというよりも良家の小姐(シャオチェ)とよぶにふさわしい。ハンドバックの類は手にしていなかったから、よそから遊びにきた遊覧客の一人とも思われず、園内のどこかに住むお嬢さんが、春の日永の所在なさに戸外へ出てみたというふうであった。彼女は水の近くに腰を屈めると、石ころを拾って水に投げる。やがて立ち上ると、桃の木のあたりをそぞろ歩きする……。まさしく「人面桃花、相映じて紅なり」であった。
 あっけないが、話はただこれだけである。(中略)しばらく見とれていたものの、やむなく友人のあとを追って山の斜面の小径を登っていった。」
「もし当時の彼女が今も存命であるとすれば、すでに六十年輩の老婦人になっている勘定だが、わたしの脳裏にある小姐は、あの時の姿のままで少しも齢をとらないのだ。」



「桜桃異事」より:

「唐・段成式『酉陽雑俎(ゆうようざっそ)』前集巻八に次のような奇妙な夢の話が記されている。
 段氏の親戚の裴(はい)元裕が語ったところによると、その従兄弟の中の一人が、隣家の娘に想いを寄せるようになった。男は娘から二顆(ふたつぶ)の桜桃を贈られた夢を見た。夢の中でその実を食べた。夢覚めてふと傍を見ると、枕もとに桜桃の核(たね)が落ちていた……。
 これは夢の話である。夢の中だから娘から贈られた桜桃というのも実物ではない。それなのに、覚めて後の枕もとには現に桜桃の核が落ちていたというのだ。夢の話には虚と実との区別がはっきりしないのが普通だが、この話は夢が現実によって証明されるのだから奇妙である。」
「女が意中の男に桃や李(すもも)などの果物を贈るのは、求愛または愛の受諾のしるしで、これは詩経の昔からの風習として知らぬものはない。」

「桜桃に関する奇談、みなこうした優美なものばかりかというと、そうでもなかった。月明りの下に桜桃の樹に登って実を貪り食う妖怪の話もあった。洪邁(こうまい)『夷堅志(いけんし)』支景巻三「永日亭鬼」の話である。
 南宋の乾道二年、呂(りょ)彦章という役人が鎮江府の知府だった当時、親しい李伯魚という人が頼ってきたので、李先生を役所の錦波亭の西の部屋に家庭教師として住まわせていた。陰暦四月の初め、蒸し暑い夜なので、窓をあけ放って涼を納れていた。ふと見ると、屋敷内の永日亭という建物の両側には、おりしも桜桃が熟れて今が盛りである。月明りの中で前方を眺めていると、桜桃を盗み食いするものがある。さては夜の当直の小者たちであろうと思い、叱りつけた。すると二つの白い物が木の梢からおりてきた。それぞれ身のたけは一丈ばかり。てっきり妖怪かと、大声で人々をよぶ。それを追跡すると、西南のかた十余歩ばかりのところで影を没した。この怪異を呂知府に報告すると、知府は法術の道士王洞元というものに命じて鉄の護符を書かせ、これを妖怪の消えた場所に埋めさせたところ、それより怪異は現われなくなったと。」
「ただの妖異鎮圧の話だから何の曲折もない。(中略)それにしても月下の園林で桜桃の樹を攀(よ)じてその実を貪り食う怪物というところが幻想画の趣があっておもしろい。」



「湖畔の記憶」より:

「什刹前海(シイチャチェンハイ)の西岸、水辺に柳の老樹が並ぶあたりは、湖に沿ってちょっとした広場になっていた。この広場に面して、東向きに門を構えた一郭があった。終戦を挟んで前後二年ばかり住んでいた一構えである。
 門前に一人の女が立ち、片手の掌をさし出して何かを乞う様子である。顔色は蒼く、髪も乱れて額に垂れている。門番の老趙(ラオチャオ)が門内からそれに応対して手を振っているのは、その物乞いを断っているのだ。女は去っていった。
 あとで老趙のいうところによると、女は麻薬中毒の患者で、薬を買うために物乞いをして歩いているらしい。そのことは女の蒼い顔いろからして一目で見当がついた。人家の門から門を訪ね歩いて、一日どれほどの銭が得られるか知らないが、たとえ薬を買うだけの額が得られたとしても、それで中毒はさらにひどくなり、心身ともに荒廃してゆくことはわかっているのに、さしあたっての薬断(ぎ)れに迫られ、こうして幽霊女のような姿で物乞いに歩いているのだろう。」

「ある冬の寒い朝だった。老趙の声に門外に出てみた。まだ朝靄がうっすらと漂っている湖畔の、水に近い柳の巨木の根方に蓆(むしろ)が被せられているのが見える。蓆の下は人間の死体らしく、脚がはみ出している。」
「老趙の話によると、行き斃れの男の死体だという。餓死だか凍死だか死因はわからないが、おそらく昨夜来ここに寝こんだか倒れたかして、夜の寒気のために斃死(へいし)したものと思われる。市内のことだから、ただの空腹のために餓死したものとは考えられない。食にありつく手段はいくらでもあるはずだから。すると、この男もまたいつぞやの蒼い顔の女と同様に麻薬の中毒患者で、衰弱のはて、払暁(ふつぎょう)の気温低下に、そのまま凍死したものと考えてよいようだ。」

「什刹海の風景は、柳絮の飛ぶ晩春の眺めや、池塘に人の群れる夏の市の賑いばかりではない。門前に立つ物乞い女の蒼い顔や、柳の根方に蓆をかけられた男の死体も、また湖畔の冬の記憶のなかにある。」



「春泥の路」より:

「老舎の長篇『駱駝祥子』を初めて読んだのは、もうかなり前のことだ。」
「主人公の祥子(シャンヅ)が「駱駝」というあだなをつけられるまでのこの小説の発端は、それまで作者老舎が世間に売りこんだ幽黙(ユーモア)にも乏しくないが、進むにつれて息苦しいほど深刻な自然主義風の小説になってゆき、ついに祥子が葬式の棺かつぎにまで落ちぶれはて、路上のモクを拾う以外には考える力も生きる力も失いつくすというこの小説の結末――「見栄坊で、強がりで、夢想家で、利己的で、個人主義で、強健で、偉大であった祥子、なんべん他人の葬式についていったことか。いつ、どこで自分自身を埋めることになるかも知れない、この落ちぶれた、身勝手の、不幸な、病める社会の産んだ児、個人主義の末路の亡者を!」の結句を読みおえて、わたしも思わず長い吐息をついた。個人主義の時代は過ぎた。矛盾に満ちた社会全体の根本的改革なくしては、個人本位のいかなる努力もすべて水泡に帰するということを、主人公の祥子はその成功と堕落の生涯をもって示した。」

「少女の名は韓淑芬(ハンシュフェン)。そのころ十二、三歳であった。いつからともなく門内に入りこんで、わたしの書屋の前にも姿を見せるようになった。細おもての、中国人の女に多い眼尻のすこしつりあがった顔だち。年よりもませて、機敏ではあるが、どことなく狡(ずる)そうな、いやしいかげがさしていた。たそがれどき、読書にもあきて、ぼんやりと階前の甃石(しきいし)にちらばった落葉をながめているころ、あるいは所在ない日曜日の朝など、いつの間にか窓の下に寄ってきて、にこにこしながら珍らしそうにわたしの机の方を覗きこんでいることが多かった。
 烟草がきれて街へ買いに出るにも億劫なとき、わたしはよくこの少女に使いを頼むことにした。そうして剰銭(つりせん)のうちいくばくかを駄賃として与えた。それが二度三度と重なるにつれて、少女はこの駄賃を目あてにして、烟草買いのお使いはないかと羞かしげにたづねるようにもなった。」
「そのうちに、わたしはこの少女を部屋掃除や洗濯をする通いの下婢として雇い、月々相応の手当を与えてもよいと考えた。そこで、その気持を述べて同じ一郭に以前から住む知人の一人に相談してみた。けれどもこの知人はあまり賛成できないというような口吻を洩らした。聴いてみると、淑芬は胡同を隔てた路南の雑院児(雑居の長屋)に住む車夫の娘で、早くから母を喪い、車夫の父親と二人ぐらしであるせいか、性質にも何となく狡猾で意地の悪いところも見えるから、それを雇って掃除や洗濯のことを任せるのは少し危険ではあるまいかというのであった。そういわれるとたしかにその危険はある。わたしは自分の観察の足らなかったことを思ってこの計画は棄てることにした。ただ烟草買いのお使いだけはやっぱり便利なので時おり頼むことにしていた。
 彼女の平素の身なりはかなり貧しく見えた。いつも垢じみた青衣を着て、泥のついた布の靴(くつ)をはき、頭は時にはほこりだらけの蓬髪で、顔にお化粧をするなどと思いもよらず、全体として不潔な感じがした。それでも、することだけは姉さんぶって、近隣の子供を相手に遊びながら流行歌を口ずさむ。当時流行の「春季到来柳満窓」の歌を、わたしもこの少女に教えてもらったものだ。
 しばらくの間、彼女の姿をわたしの窓の前に見ない日がつづいた。日頃は門の出入にもよく見かけたのが、ふっつりと消えたように見えなくなった。しかしわたしはさして気にもとめず、そのまま忘れるともなくこの少女のことを忘れていた。
 新しい年があけた。春とはいえ、巷にはなお冬の寒さが残っていて、家々の門扉に貼られた門神画や春聯の紅色がくっきりとして眼にしみるようなある日のこと、わたしは自分の寓居に近い胡同で、ふとこの少女に行き逢った。しかも顔には白粉を塗り、濃い頰紅さえさして、まったくあっと驚くばかりに美しくなっていた。立ち止った彼女は、媚びるような、また照れかくしに似た笑いを浮べてわたしの顔を仰ぎながら「羊尾巴胡同五号(ヤギバホウトンウウハオ)!」とからかうような調子でいった。それはわたしの寓居の地名番地であり、またそれまでもわたしの顔を見たときの挨拶代りに、ほとんど一つおぼえのように口にする言葉であった。わたしは彼女の常とは異なる厚化粧をいぶかしく思いながらも「好看(ハオカン)!」(きれいだね)とほめてやった。
 彼女の姿はそれ以後ふたたび胡同から消えうせていた。少女のゆくえには別段の興味もなかったが、あの貧しい車夫の娘としては度の過ぎるような厚化粧の顔だけは、一つの軽い疑問として、いつまでも印象に残っていた。
 幾月か経った。内城の東南隅に住む友人を訪ねての帰り、夕暮時分に東城の一小巷を通り過ぎた。その小路には古風な看板をさげた肉屋だの、饅頭屋だの、烟草屋だの、野菜屋だのが並び、それにまじって表だけ塗り直した怪しげな日本風の酒場も低い軒を構え、店の内からは雑音の多い卑俗なレコード音楽も聞えていた。狭くて薄暗い春泥の路には、じめじめした脂くさい悪臭が漂っていた。
 急ぎ足にこの小路を通りぬけようとしたわたしの鼻先に、ふと横の酒場から出てきた一少女がびっくりしたように立ち止った。夕闇にくっきりと浮いた白粉の顔、濃い頰紅の色。少女はわたしの顔を見て一瞬狼狽したようであったが、やがて歪んだような、それでいて媚びるような薄笑いを浮べていった――「羊尾巴胡同五号!」
 そうだ、韓淑芬だったのだ。わたしもはっと立ち止った。と同時に、それまでの疑問は彼女の声に弾かれたように一瞬に氷解した。彼女が門前の胡同からも、わたしの窓の前からも姿を消していた理由、かつて今と同じように厚化粧をしていた理由が、すべてこの小巷の怪しげな日本酒場にあったことを。」

「『駱駝祥子』には祥子の馴染で福子(フウヅ)とよぶあわれな一人の私娼が出てくる。そして淪落と絶望のはてに自殺によって自らを消してしまう。わたしは小説の福子に少女韓淑芬の運命を見ようとしたのではなかったか。異邦人の小説めいた想像と感傷とが、日本人経営の酒場に勤める一中国少女の厚化粧に、すぐ淪落を読み取ったのではなかったか。この小説の読後、中国庶民の生活が、小説ふうにすべて暗淡たるものとしてわたしの眼に映っていたことは事実である。だが淪落とは一体何だろう。それは生活の外形にあるものなのか、それとも内省の意識の上にあるものなのか。彼女自身がもしその化粧のできる新しい生活をたのしいものと考え、一つの出世と考えていたとすれば、これはまた福子の淪落とは別の道を通っているものだ。それならば、むしろ彼女の「出世」を祝福しなければならなかったはずである。わたしはそのとき彼女の勤める酒場に入って、彼女の心境を聴かなかったことを、今でもすこし残念に思っている。」
「ただわたしにとって、彼女はいつまでも十二、三歳の少女韓淑芬であり、北京におけるわが「忘れ得ぬ人々」の中の一人である。」




沢田瑞穂 芭蕉扇 02






こちらもご参照ください:

孟元老 『東京夢華録 ― 宋代の都市と生活』 入矢義高・梅原郁 訳注
巖谷國士 『アジアの不思議な町』
島尾伸三 『中国茶読本』 (コロナ・ブックス)
島尾敏雄 『夢のかげを求めて 東欧紀行』


































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Author:ひとでなしの猫
 
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分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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