富士川英郎 『儒者の随筆』

富士川英郎 
『儒者の隨筆』


小澤書店 
昭和58年8月20日 初版発行
261p 
A5判 丸背布装上製本 貼函 
定価3,500円



本書「あとがき」より:

「本書は「儒者の隨筆」と「短檠漫筆」の二部から成っている。
 「儒者の隨筆」は雜誌「新潮」の昭和四十九年八月號から翌五十年九月號まで、十四囘にわたって連載された。江戸時代の儒者たちが漢文で書いた隨筆や雜記のうちから、筆者がかねて興味を以て讀んでいるものを十数冊選びだし、それを一般に紹介しようとして執筆したものである。特に漢文で書かれているものだけに限ったのは、それらの興趣の深い隨筆が、漢文で書かれているというだけの理由で、こんにちではもはや讀まれもせず、まったく忘れ去られていることを、筆者はかねがね遺憾に思っているからである。篇中、菊池五山の『五山堂詩話』についての一章は、嘗て筆者の前著『鴟鸺庵閑話』(筑摩書房)のなかにも收録したことがある。
 「短檠漫筆」は雜誌「海」の昭和五十四年二月號から五十六年十二月號まで、三十三囘にわたって連載されたが、このたびそれを本書に收めるに当って、さらに二項目を増補した。主として江戸時代の詩や詩人についての逸事や閑話を次第もなく書き綴ったもので、筆者の前著『鴟鸺庵閑話』と姉妹篇をなすものと言ってもよいが、なかに二三、この前著のなかのそれと重複する記事があることをお斷りして置く。」



正字・新かな。函(表・背)と本体表紙に題箋が貼付されています。


富士川英郎 儒者の随筆 01


帯文:

「江戸時代の儒者によって漢文で書かれた隨筆十四篇を紹介する「儒者の隨筆」、江戸期の詩や詩人の逸事を三十五囘に亙って誌す「短檠漫筆」。豐かな學識に支えられた二つの隨想は、樂しい語り口で讀者を興趣つきぬ近世文藝の詞藻の園へと誘ふ。


帯背:

「近世文藝の
詞藻の世界」



富士川英郎 儒者の随筆 02


目次:

儒者の隨筆
 林梅洞 『史館茗話』
 祇園南海 『湘雲瓚語』
 永富獨嘯庵 『葆光秘録』
 西山拙斎 『間牕瑣言』
 賴春水 『在津紀事』
 尾藤二洲 『靜寄餘筆』
 菊池五山 『五山堂詩話』
 田能村竹田 『隨縁沙彌語録』
 北條霞亭 『霞亭渉筆』
 西島蘭溪 『慎夏漫筆』
 長野豐山 『松陰快談』
 故賀侗庵 『侗庵筆記』
 東夢亭 『鉏雨亭隨筆』
 中根香亭 『香亭雅談』

短檠漫筆
 鐘馗の詩
 花影滿簾春晝永
 蘭人短命の説
 凡山凡水
 肉食僧
 豚の詩
 富士山
 化政期の江戸
 儒者の言葉
 漢字の遊戲
 聯句
 對句
 咸宜園
 夢の詩
 徒然草
 餅搗きの詩
 漢文の書簡
 蘭館の詩
 外國詠史
 佛郎王歌
 那波列翁傳
 讀那波列翁傳
 佛蘭王詞
 横槊深山看晩花
 依卜加得賛
 倫敦禽獸園
 上野動物園
 女學校
 汽車の詩
 讀罪與罰
 蠅の詩
 蟻の詩
 蚯蚓の詩
 幽靈の詩
 百鬼夜行圖

あとがき




◆本書より◆


「夢の詩」より:

  「身踞芙蓉頂  身は芙蓉の頂きに踞し
  天關手自開  天關手自(みづか)ら開く
  夢中知是夢  夢中に是夢と知り
  猶恐喚醒來  猶(なお)恐る喚び醒しに來(きた)るを

 これは廣瀨淡窓の「記夢」という題の詩である。富士山(芙蓉)の頂上に腰をおろし、自分の手で天の門をあけている夢をみている一方で、それを自分で夢だと知りながら、誰かがそんな自分を起しに來はしまいかと恐れているというのである。その一生の間、九州の外には一歩も出なかった淡窓が富士山の夢を見たというのも面白いが、その富士山の頂上に坐って、天に通ずる門を自分の手であけているというのも、珍しい夢と言えよう。だが、同じく淡窓の

  夢裏逢吾友  夢裏(むり) 吾が友に逢い
  相携花下迷  相い携えて 花下に迷う
  醒來見孤蝶  醒め來って 孤蝶を見る
  飛在小欄西  飛びて小欄の西に在り

 という五絶の夢は、ロマンティックで、美しい夢である。夢のなかで友と會い、ともにつれだって、櫻の花の下で遊んだ夢を見て、醒めてみると、一羽の蝶が小さな欄(てすり)のほとりに舞っていたという。
 だが、淡窓はいつもこのような明るい夢ばかりを見ていたわけではもちろんなく、時には凶夢とも言うべき、ずいぶん不吉な夢も見たらしい。例えば文化十一年二月末、淡窓は一夜、地上に燒けた灰のようなものがうず高くつもっているのを何者(なにもの)かが手で拂いのけながら、「南冥先生この下にあり」と叫んだ夢を見た。南冥先生とは淡窓が曾てその門に學んだ筑前の儒者龜井南冥のことであるが、事實、その後まもなくして、福岡の龜井家に火事があり、老齢の南冥は燒けおちた壁の下敷きになって死んでいたという。淡窓の見た凶夢は不思議にも正夢となって現われたのであった。
 さらに淡窓は、夢のなかで詩を作り、目覺めたのちにその夢中で得た句をもとにして、五言乃至は七言の詩にしたことも、しばしばあったらしい。(中略)彼の詳しい自敍傳である『懐舊樓筆記』にはそれらの夢中で得られた詩句が、かなり多く書き留められている。その一例をあげると、天保四年七月四日の夜、淡窓は何處かの古戰場を過ぎた夢を見て、その夢のなかで

  天空野闊望茫然  天空 野闊 望めば茫然たり
  竹杖行吟落日邊  竹杖 行吟(こうぎん)す 落日の邊(ほとり)
  借問戰場何處是  借問(しゃもん)す 戰場は何(いず)れの處か是れなる
  唐時流水漢時畑  唐時の流水 漢時の畑

 という七絶を賦したという。淡窓はこの詩について、「結句通ジ難シ。但シ廿八字、皆夢中ノ得ル處ニシテ、一字ヲ改メズ」と言っているが、さらに奇抜なのは、彼が文政十二年二月二十八日の夜の夢のなかで作った

  修竹當窓三兩枝  修竹 窓に當る 三兩枝
  此中城市即天涯  此の中 城市 即ち天涯
  娟娟獨愛雲端月  娟娟(えんえん) 獨り愛す 雲端の月
  落入池中魚不知  落ちて 池中に入りて 魚(うお)知らず

 という七絶である。この詩について淡窓自身は、「ソノ意通ジ難シ」と言っているが、これはまるでシュールレアリズムの詩のように面白い詩ではあるまいか。」














































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