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『集英社版 世界文学全集 42 悪の華/ペスカラの誘惑/架空の人物画像 他』 安藤元雄 他 訳

「彼は生涯のあいだ病める人であった。この世にたっぷりとは存在しない、あるいはまるで存在しない何物かを求める人でつねにありつづけた。」
(ペイター 「宮廷画家の寵児」 より)


『集英社版 世界文学全集 42 
ボードレール 悪の華
マイヤー ペスカラの誘惑
ペイター 架空の人物画像 他』
 
安藤元雄/小栗浩/菅野昭正/篠田一士/川村二郎 他 訳


集英社 
1981年5月30日 第1刷発行
587p 口絵(モノクロ)1葉
四六判 丸背紙装上製本 貼函 
函プラカバー
特大巻定価1,200円
装幀: 坂野豊

栞 (2p):
『ペスカラの誘惑』の登場人物/訳者紹介/次回配本



二段組。



悪の華 ペスカラの誘惑 架空の人物画像 01



目次:

ボードレール
 悪の華 (安藤元雄 訳)

マイヤー
 ペスカラの誘惑 (小栗浩 訳)

ペイター
 架空の人物画像
  宮廷画家の寵児 (菅野昭正 訳)
  ドニ・ローセロワ (土岐恒二 訳)
  セバスティン・ファン・ストルク (篠田一士 訳)
  ローゼンモルトのカール大公 (川村二郎 訳)
 家の中の子供 (菊池武一 訳)
 エメラルド・アスワート (富士川義之 訳)
 ピカルディのアポロ (土岐恒二 訳)

訳者後記・注解

本巻を編むにあたって (篠田一士)

解説
 ボードレール (安藤元雄)
 年譜 (原島恒夫 編)
 マイヤー (小栗浩)
 年譜 (小栗浩 編)
 ペイター (土岐恒二)
 年譜 (編集部 編)




悪の華 ペスカラの誘惑 架空の人物画像 02



◆本書より◆


「悪の華」「高みへ」より:

「沼を見おろし、谷間を見おろし、
山脈(やまなみ)を、森を、雲を、海原を見おろして、
太陽のかなたへ、エーテルのかなたへ、
星をちりばめた天球の果てより遠く、

わが精神よ、おまえは身軽に動いて行く、」

「幸いだ 力強いつばさをひろげて
輝かしく晴れわたる野づらへと飛んで行ける者は。

心の思いが、ひばりのように、
朝ごとに自由に空へ舞い上がる者、
――人生を下に見て、何の苦もなく
花々の 物言わぬものたちの言葉を解する者は!」



「宮廷画家の寵児」より:

「人間の一生を、冬の夜、あかあかと灯(とも)された広間を横切って、窓から窓へと一度だけ通りすぎてゆく一羽の鳥にたとえた作家の話を、わたしはいつか聞いたことがあるように思う。」

「彼は最近上流社会のひとびとと頻繁(ひんぱん)に交際しているにもかかわらず、持前のどこかよそよそしい、なにごとかに心を奪われているような態度を、まだ捨ててはいない――本当に、彼は誰にたいしてもそういう態度をとるのだ。それは成功を鼻にかけているせいだ、と或るひとたちは考えるかもしれないが、決してそうではない。なぜなら彼はいつでもそんなふうだったから。」

「わたし自身にとっては、どうやって時を通過しようかということが、ときおり――逃れようもなく――問題になる。そしてそれがまた、こんなにも短いわたしたちの一生にあっては、言いようもなく悲しいこととしてわたしの胸を打つのだ。長い雨の一日の陰鬱(いんうつ)さは、ちょうどいま、湿っぽい夕焼け空のひろがりに代ろうとしていて、夕陽は、この静かな世界の遠い地平線の彼方から、野原や柳の森を越えて、広場の塔――そこからお告げの鐘の音が鳴りひびいてくる――のよく動く風見と長く尖(とが)った窓を照らし、晴れた一夜の束の間の希望をいだかされる。」

「彼は生涯のあいだ病める人であった。この世にたっぷりとは存在しない、あるいはまるで存在しない何物かを求める人でつねにありつづけた。」



「ドニ・ローセロワ」より:

「のちに彼が苦境に立つことになったとき、それまでは彼の時めく人気のうちで何よりも人好きのするものと思われた一つの特徴が、逆に彼にとって不利なものに転じた――つまり不具に育った、あるいは奇形の、しかし潜在的には幸福な子らに対する溺愛(できあい)がそれだ。さらにまた、奇獣に対する偏愛もそうで、彼はそういった動物すべてに同情を寄せ、彼らの病気を治す術に長け、狩で追われた野兎を救ったり、羊を肉屋から買い戻すために、着ていたマントを売ったりした。(中略)彼はほんものの狼(おおかみ)を手懐(てなず)けて、犬のようにあとに従えて歩いた。」

「学僧エルメスは、昔読んだある本に、葡萄酒の神は、(中略)対照的な性格を、暗い、あるいは人に反感を抱かせるような側面をもっており、調和させることの困難または不可能な、二重人格のようなものである、と書かれていたことを思い出した。」



「セバスティン・ファン・ストルク」より:

「Schwindsucht (消耗性疾患=肺結核)――英語にはこれに当る言葉がない――に彼は情熱を感じ、くずれやすい砂の中にほとんど人の足もとをとどめぬあらがいがたい水のことや、いまは海中の深い水路として残っているにすぎないほろびた河の河床のこと、また、わずかな最後の住人がいなくなったのはそう遠いことではないのに、すでに空になった墳墓もろとも、洪水とともに流失してしまったある古代の町の遺跡のことなどを考えるのが快かった。」

「彼は、そういってよければ、死に恋しているようだった。夏よりは冬を好み、われわれの足下の大地が、太初の宇宙熱から永久に冷却しつつあると考えても、心が静まるだけなのだ。ものの色あせるさまや、かつては町の塁壁であった海中の長い砂の堤防が、時が来て流失してしまったのを、快く眺めるのであった。」

「離脱。ここから急ぎ去ること。脱ぎすてた衣服のごとく、おのれの全自我を畳(たた)むこと。彼が自分のなかに見出すことのできるような個人の力によって、自然自体が永遠の丘を平らにならしている緩慢な崩壊を先取りすること。――ここにこそ、平和の鍵、結局は本質的に幻にすぎぬ世界で可能なかぎりの威厳と真実を保つ鍵があるだろう。少なくともセバスティアンにとっては、世界も個人も同様に、あらゆる有効な目的を剝奪(はくだつ)されてしまっているのだ。」
「タブラ・ラサを回復するには、たえざる自己抹消の努力によるほかないのだ!」
「彼は、つぎのような原則を義務とした。すなわち、彼のいわゆる平衡の回復、本源の意識をそれ自身にもどすこと――かくも悪く作られ、かくも弱く夢想された世界の、不安な、気むずかしい、とるに足らない夢からの目ざめ――をできるかぎり妨げないこと、忘れ、また、忘れ去られること、である。」



「家の中の子供」より:

「部屋部屋のまわり、それから彫刻をした手すりがあり曲り角の薄暗い階段にそって、古風な低い腰羽目がしてあった。その羽目は途中、幅のひろい窓のところまでとどいていた。窓の下枠(わく)の下にはつばめの巣があった。四月も末になると、なしの古木の花が青空を背景にしてこの窓をのぞいていた。秋には、この古木の下に実の落ちているのを見つけることもあったが、かおりの高いその果汁はいかにも新鮮であった。次のかどには小部屋があって、そこの深い棚(たな)には極上等の陶器がのっていた。子供部屋の炉のまわりには小さな天使の顔と、細いたて溝(みぞ)の飾りが眼についた。それから、家のいちばんのてっぺん、薄闇(やみ)のなかを白ねずみが走りまわっている、大きな屋根裏の部屋の上に、まわりに手すりのついた平らな屋根があった。(屋根裏の部屋には、がらくたのあいだに、ガラス玉、からっぽのまだほんのりかおりののこっている香水のびん、絹の色糸のくず、など子供のたからものがあり、奥のしれない未探検の不思議の国であった)屋根からは近所の尖塔(せんとう)のかずかずがみえた。というのもわたしがいったとおり、この家は大きな都会の近くにあったからで、その都会は、まがった風見をこえてうずまく雲や煙のかたまりをふきあげているのもたびたびのことであった。」

「いまわたくしが物語っている子供は、こうしてしずかにここに暮していった。すぐ下に鳥籠(かご)がかかっていた窓のところに彼は毎日すわり、彼に本の読みかたを教える母は、彼がものを習いおぼえるのになんの苦労をしないことや、ものを記憶するすばやさに驚嘆していた。(中略)しなのき(引用者注:「しなのき」に傍点)の小さな花のかおりは、雨のように空から二人の上にふりそそいだ。時間は、空中にいる蜜蜂(みつばち)の羽音にあわせて、だんだんうごき方がおそくなるような気がした。そして六月のひるさがりになると、もうほとんどじっと止まってしまった。」



「解説 マイヤー」(小栗浩)より:

「夫を失って、息子と娘の養育をすべてまかされることになった母親ベッツィ(中略)は、敬虔な、良心的な人であったが、あまりに神経質で、それが息子コンラートの一生にとって大きな障害となった。幼い頃とびぬけて活発だったコンラートは、母親のきびしすぎる躾(しつけ)のために、反抗的な、内攻的な子になっていた。(中略)きまじめ一方の母親から見れば、コンラートは意志の薄弱な、学業に集中できぬ、だからまた先の見込のない子であって、少年自身、そういう母の判断をはねのける勇気もないままに、ただ沈鬱(ちんうつ)な日を送るばかりであった。チューリヒの政治機構は民主化されているから、名門の子だからといって市の要職につく当てはなく、母の期待に答えられないという不安な思いは次第につのり、ついにはひどい神経症におちいって、高校を退いて転地療養を必要とするまでになった。その頃ローザンヌに、父の友人でルイ・ヴュリマンという人がいて、少年はこの人の庇護(ひご)にゆだねられることになった。(中略)少年は暇にまかせて独・仏・伊の文学書を読みあさり、かたわら自分でも詩作の筆を取りはじめた。(中略)一旦(いったん)元気になってチューリヒにもどりはしたが、以前と同じ環境のなかで、彼はたちまちまた憂鬱(ゆううつ)症におちいらざるをえなかった。(中略)健康状態が思わしくないままに、それから三年の後、自分で決心してニュシャテル(=ノイエンブルク)のプレファルジエ神経科病院に入ることになる。(中略)数カ月で退院し、彼はふたたびローザンヌにヴュリマンを訪ねる。そのすすめによって、歴史の勉強とフランス書のドイツ語への翻訳に心がけ、この仕事はチューリヒにもどってからも続けられる。しかし病気は治ったわけではない。それどころか、沈鬱な夢想癖はますます高じて、はたから見ると、気がふれたと思われるような振舞も少なくなかったらしい。その頃彼は、日中は自室にとじこもり、夜になると家をぬけ出してあてもなくさまようことが多かった。時には、ポケットに石をつめこんで、湖上にボートをこぎ出すこともあった。母と妹はおろおろしながら彼が無事帰るのを待つ以外にはなかった。彼は悩んでいた。まわりの人間が、しかも彼を愛している母と妹がとりわけ自分のことで悩んでいると思うのがつらかった。(中略)が、一八五六年、思いがけぬ母の死によって、皮肉にも彼はようやく自分をとりもどすことができるようになる。それにはつぎのような事情がある。彼の家には、祖父の代から養子として育てられていた白痴の子がいた(敬虔なキリスト教徒の家庭では、こういう慈善行為が時として見られる)。その子が死んだとき、良心的にすぎる母はそれが自分のせいだと思いこむようになり、神経症のためついに息子と同じようにプレファルジエの病院に入ったが、チューリヒ湖に注ぐ川に投身して死んだのである。」
「祖父が面倒を見ていた養子が死んで、その遺産が入ったので、マイヤーは久しく念願していたパリでの生活を実現できることになった。(中略)しかしパリでの生活は幻滅に終わった。花やかな大都会の見るもの聞くものが、みな虚飾としか思われなかったのである。(中略)二年の予定で出かけたのに、彼はわずか四カ月でむなしく故郷にまいもどった。妹は、看護婦になる勉強をはじめるつもりでいたが、その前に、まだ将来の当てもない兄の身のまわりをみてやらなければならなかった。むくいられぬ恋があり、フランス語への、またフランス語からの翻訳の仕事があり、やがて一八五八年、妹ベッツィとともにイタリアへの旅に出ることになる。(中略)とりわけ、ミケランジェロの芸術は圧倒的に彼の心をとらえた。」
「ミケランジェロ体験によって、詩作こそわが天職という覚悟はできたが、(中略)あらたに生涯の伴侶(はんりょ)と思った人への求婚は不調に終わる。それまでの詩をまとめてライプツィヒの書店に送ったが、すげなく出版を断られる。シュトゥットガルトの「朝刊紙」もていよく掲載を辞(ことわ)ってくる。妹ベッツィを除いては、世の中で誰(だれ)ひとりまだ彼を詩人として認めていない。彼はつぎの詩句によってみずからを慰める。

  しなやかに立つひともとの木
  身をゆすればたわわな実 地におちる
  だがそれは楽園でのこと
  せちがらいこの世のことではない

 耐えかねた妹は自分で出版の交渉にのりだし、ようやくシュトゥットガルトのメツラー書店から出版されることになったが、むろん自費出版であり、それに伴うリスクはすべて著者自身が負うという条件であった。これが彼の処女作『一スイス人による二十篇(ぺん)のバラード』であり、時に一八六四年、マイヤーはもう四十歳になろうとしていた。」



「解説 ペイター」(土岐恒二)より:

「「セバスティアン・ファン・ストルク」は十七世紀オランダを舞台に、ハーレムの市長の息子セバスティアンの、スピノザを暗示させる瞑想(めいそう)生活への憬れを主題としているが、(中略)セバスティアンが心を引かれる言葉に、Schwindsucht (消滅への憬れ、絶えいることへの偏執)というのがあるが、この言葉はこの一篇のキーワードであるばかりか、ペイターの中心思想でもあるだろう。廃墟、遺跡、遺物、墳墓、墓碑名、古写本、美術品の破片、日記といった、時間の海に洗われて消滅(schwinden)してゆく過程においてかろうじて消えのこった壮麗な過去の残闕(ざんけつ)こそ、ペイターの想像力を刺激して彼に創作の筆を執らせていることが、ここに収められた諸篇を通じて明らかに読みとられるはずだ。」







こちらもご参照ください:

『ウォールター・ペイター短篇集』 工藤好美 訳
『マルセル・シュオッブ全集』
『ボードレール 『悪の花』 註釈』 多田道太郎 編 (全二冊)
ハーマン・メルヴィル 『幽霊船 他一篇』 坂下昇 訳 (岩波文庫)
伊藤勲 『ペイタリアン 西脇順三郎』
川村二郎 『日本文学往還』




































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うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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