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エドモン・ロスタン 『シラノ・ド・ベルジュラック』 辰野隆・鈴木信太郎 訳 (岩波文庫)

シラノ (中略)だが、それも大いに宜かろう。私は凡てに失敗した。死ぬ時までもだ。」
(エドモン・ロスタン 『シラノ・ド・ベルジュラック』 より)


エドモン・ロスタン 
『シラノ・ド・ベルジュラック』 
辰野隆・鈴木信太郎 訳
 
岩波文庫 赤/32-563-1 


岩波書店 
1951年7月5日 第1刷発行
1983年12月16日 第38刷改版発行
323p 
文庫判 並装
定価400円


Edmond Rostand
CYRANO DE BERGERAC
1897



巻頭に図版(モノクロ)1点(「一八九七年 初演におけるコンスタン・コクランのシラノ」)。



ロスタン シラノ 01



帯文:

「ご存知あの鼻のシラノの悲恋のドラマ。17世紀の実在の人物がロスタン(1868-1918)の劇化でフランスきっての人気者となった(改版)」


目次:

第一幕 ブウルゴーニュ座芝居の場
第二幕 詩人無銭飲食軒の場
第三幕 ロクサアヌ接吻の場
第四幕 ガスコーニュ青年隊の場
第五幕 シラノ週報の場

解説 (辰野隆・鈴木信太郎)




ロスタン シラノ 02



◆本書より◆


第一幕より:

第一の侯爵 シラノとは何者だい?
キュイジイ 剣にかけては、達人という男さ。
第二の侯爵 貴族かね?
キュイジイ まあそうだ。近衛の青年隊(カデエ)なんだがね。」
ラグノオ 詩人で!
キュイジイ 剣客で!
ブリッサイユ 理学者で!
ル・ブレ 音楽家だ!
リニエール それにあの顔ときたら、また飛切りだね!
ラグノオ まったくですよ。偉大なフィリップ・ド・シャンペエニュ大人だって、決してあの顔が描けようとは思えない。面妖(めんよう)で破天荒で言語道断で捧腹絶倒ですよ。つらつら惟(おも)んみるに、故人ジャック・カッロが、その似顔絵の中に獰猛な剣客の尤物(ゆうぶつ)を入れるとしたら、もってこいという代物(しろもの)ですな。帽子に三本の羽根飾、(中略)鶏(とり)の自慢の尾羽根のように、後(うしろ)にゃ華奢(きゃしゃ)に剣先(けんさき)の、ぴんとつき出るマントを引っかけ、(中略)ピュルシネッラ型の頸飾(くびかざ)りから、鼻つき出して濶歩なさるじゃ!…… ああ! 殿方、この鼻こそは、変化(へんげ)の鼻!」

ル・ブレ ええッ! 驚いたなあ、一体、その女は誰なんだ?……
シラノ 想うまいと思うが、何がさて生死の大事だ、考えまいと思うそばから、あの命取(いのちと)りの美しさ。思わず知らず落ち込む陥穽(わな)、蘭麝(らんじゃ)の薔薇花、恋の伏勢(ふせぜい)だ! あの微笑こそ完全無欠だ。静にして典雅、動にして霊秀。法螺貝(ほらがい)に打ち跨がった波の上の光るヴェニュスも、花咲く森に歩みを移すディアヌといえども、鸞輿(かご)に揺られて、巴里の町をねり歩く、あの御方(ひと)の姿には遠く及ぶまい!……
ル・ブレ 正に一大事だ! わかった。もう明瞭だ!
シラノ 朧ろだ。
ル・ブレ 君の従妹のマグドレエヌ・ロバンだろう?
シラノ そうだ、――ロクサアヌだ。
ル・ブレ そんなら! 願ったり適(かな)ったりだ! 君は想いこがれているのだね? 思い切って打ち明けるさ! 君は今日あの女(ひと)の眼の前で無上の名誉を獲たのだぜ!
シラノ ねえおい、俺を見てくれ。その上、この張出しがどれだけの希望(のぞみ)を残せるか教えてくれ! ああ! 俺にゃ自惚(うぬぼ)れなんか毛頭ないのだ!――とは云うものの、うん、それでもたまには、青く澄んだ夜なんざあ、やる瀬ない気にもなるのだ。夜風も薫る頃合いに、俺は庭園(にわ)にさまよい込む。で、ね、哀れなでっかい醜(みにく)い鼻で春の息(いぶき)をぐっと吸うのだ――銀の光線(ひかり)の漂う下で、一人の男の腕にすがって、何処の女だか歩いているのが目にはいる。そんな時には俺もなあ、月の光に楚々として腕にすがる女性を一人持ちたいと思って、夢中で、我を忘れて、……と、その拍子に気がついて見りゃ、庭の壁に俺の横顔が写っているのだ”
ル・ブレ (感動して)まあ、そう言うなよ!……
シラノ ええ、おい、俺でも、ふさぎ込む時があるのだ! 時々は、よくもこんなに醜いと思うと、ひとりぽっちで……
ル・ブレ (彼の手を取りながら激しく)泣くのかい?
シラノ なあに! そうじゃあない。泣くものか! いいや、こんな鼻の上をするすると涙が流れたら、見られた態(ざま)かい! 俺が身の程を忘れぬ限りは、涙の神々しい美しさを、こんな卑しい醜い鼻で汚(けが)させるものか!……ねえおい、涙より気高いものは無いのだ、無いのだぜ。」



第二幕より:

シラノ その男は青年隊(カデエ)なのですか?
ロクサアヌ 近衛の青年隊(カデエ)でございます。
シラノ 名前は?
ロクサアヌ クリスチャン・ド・ヌーヴィレット男爵。」

シラノ ロクサアヌは今晩、文(ふみ)を待ち焦(こが)れているんだよ。
クリスチャン 困ったなあ!
シラノ 何故だい、そりゃ?
クリスチャン 黙っているうちが花で、口をきいたらお終(しま)いなんです!
シラノ 何んだって?
クリスチャン ああ! まるで気がきかないんで、穴にでも入りたい位です!」
クリスチャン (中略)勿論私だって、一種の気軽な軍人気質はあります、が、女の前に出ちゃ、ぐうの音(ね)も出ないのです。唯、女の前を通り過ぎるだけなら、まんざらでもない秋波を送られるんですがねえ……
シラノ だから、停(た)ち止(どま)れば尚のこと女の心まで蕩(とろか)すだろうじゃないか?
クリスチャン 大違いです! 私はねえ――自分で知ってるのです……で、それが悩(なや)みの種なんですが!――到底恋を語り得ない木偶(でく)なんです。
シラノ ふむ!……俺の体をもっと念入りに作ってさえくれたなら、俺こそは恋を語ることの出来る人間なんだろうがな。
クリスチャン ああ! 物を典雅(みやび)に言うことが出来ればいいのだがなあ!
シラノ 颯爽として練(ね)り歩く美貌の軍人だったらなあ!」
クリスチャン (絶望して)華々しい弁舌が欲しいなあ!
シラノ (思い出したように)俺が貸してやろう! 君は、心を惑わす美しい肉体を貸してくれ。そして二人一緒に、小説の主人公になろうじゃないか!」



第三幕より:

ド・ギッシュ (中略)一体この男は、何処から落ちて来たのだ?
シラノ (しゃがんで、ガスコーニュ訛りで)月世界からだ!
ド・ギッシュ 月世(げっせ)?……
シラノ (夢現(ゆめうつつ)の声で)はて何時だろう?
ド・ギッシュ 気は確かなのかな?
シラノ はて何時(なんじ)だろう? はて何処(どこ)だろう? はて何日(いつ)だろう? 抑〃季節はいつなんだ?
ド・ギッシュ それどこでは無いわ……
シラノ 俺は眼を廻したんだ!
ド・ギッシュ 君……
シラノ 月世界から鉄砲玉のように墜落したんだ!
ド・ギッシュ (じれったがって)いい加減にしてくれ! ねえ君!
シラノ (起き上って、猛烈な声で)俺は墜落したんだぞ!
ド・ギッシュ (たじたじと退いて)わかった! わかった! 月世界から墜落したんだとも!……こりゃきっと気狂いだ!
シラノ (彼の方に進みよって)俺が墜ちたなあ、比喩噺(たとえばなし)たあわけがちがうぞ!
ド・ギッシュ そりゃ兎に角……
シラノ 想い起せば百年前、いや待てよ、一分前だったかな、――何時(いつ)墜ち始めて、何時墜ち切ったんだか、まるっきり無我夢中なんだ!――俺は何でも、サフラン色の世界にいたんだがなあ!
ド・ギッシュ (肩を聳(そび)やかして)そうだとも。通らしてくれ!
シラノ (さえぎって)ここは何処なんだ? はっきりさせて貰おう! 隠し立てをするものじゃない! ねえ君! 一体全体、抑〃身共は、虚空を貫く隕石(いんせき)の、何処のどの地に、墜ちたんだ?」
シラノ (中略)おはずかしい次第だが!――最近(いましがた)の竜巻(たつまき)に巻かれてやって来やした。まだ少々エーテルを覆(かぶ)ってるがね。何しろ偉(えら)い道中をして来たんだからね! 眼の中は、星屑(ほしくず)で一杯さ。拍車の先にゃ、まだ惑星のうぶ毛もくっついてらあ!
     (袖のあたりから何か除(と)りながら)
 どうでえ、俺の胴著(どうぎ)にぁ、彗星の尻尾(しりっぽ)の毛もぶら下ってるぜ!……
     (それを吹き飛ばす)
ド・ギッシュ (怒って)おい君!……」
シラノ 何を隠そう、我こそは天道様の御使者なるぞ!
     (腕を組んで)
 とは真赤(まっか)な詐り! 天国失墜の道すがら、ちらりと睨んだ天狼星、すっぽり被(かぶ)った軽羅の覆面、どうだい、まんざら嘘とも思えまい!」
ド・ギッシュ 頼む!
シラノ 俺様の口から、尋(き)きたいことはな、お月様はどんな風に出来上ってるかとか、その南瓜(かぼちゃ)形の円みの中にゃ誰(だれ)か住んでるか、とか言うことだろう?
ド・ギッシュ (叫んで)そんな事じゃない! 俺は……
シラノ どうやって俺が昇ったのだか知りたいのだろう。そりゃ俺様が発明した方法で昇ったんだ。
ド・ギッシュ (がっかりして)愈〃狂(ふ)れてるな!
シラノ (軽蔑した調子で)俺は、レジオモンタニュスのやったべら棒な鷲だの、アルキタスの臆病な鳩だのの、作り代えはやらないのだ!……
ド・ギッシュ 確かに狂(ふ)れてるぞ、――だが学者の気狂(きちがい)だな。
シラノ いいや、俺は誰か前にやらかした事なんざあ、これっぱかしも真似しやしない!
     (ド・ギッシュは通り過ぎるのに成功して、ロクサアヌの戸口の方へ歩む。シラノは彼を摑(つかま)えようとして、後から追う)
 俺(おり)ゃな、誰もまだ手を附けない処女(きむすめ)すがたの蒼空(あおぞら)を、存分自由にする術を、六つまで発明したんだぞ!
ド・ギッシュ (振り返って)六つだと?
シラノ (饒舌を弄して)裸(はだか)蠟燭よろしくの、すってんてんの丸裸(まるはだか)、小壜(こびん)に詰めた曙(あけぼの)の空の涙の朝露を、振りかけ振りかけ日に晒(さら)しゃあ、露を吸い込むお天道様の、吸い込みついでに俺までも、虚空遥かに吸い上げらあ!
ド・ギッシュ (驚いて、シラノの方へ一歩進んで)成程! そうだ。そりゃ一法だ!
シラノ (反対の方向へ彼を連れて行こうとして身を退(ひ)きながら)先ず手初めに柏香樹(セエドル)の箱を抱(かか)えて息(いき)を吹っ込み、二十の鏡で照り返しゃあ、中の空気が軽くなる。それを合図に空行く風を逆落(さかおと)し、風は下界に墜(お)ちて行き、箱は箱は天国へ昇って行かあ!
ド・ギッシュ (又一歩進んで)それで二(ふた)アーツと!
シラノ (絶えず後へさがりながら)さて又、身共はお聞き及びでもござろうが、機械(からくり)の名人、花火の親玉、細工はりゅうりゅう鋼のゼンマイ、仕掛けた玩具(おもちゃ)の蝗(いなご)に跨り、硫黄(いおう)の火気(かき)で、飛びも飛んだわ、星が草食う天の原だ!
ド・ギッシュ (思わず知らず彼に引かれて、指で数えながら)三ーツと!
シラノ 揚がる煙の昇天気質(かたぎ)、しこたま詰め込む、だん袋、ひらりと打乗り、ふうわりふわり!
ド・ギッシュ (同じ仕草、次第次第に驚きを増しながら)四オツ!
シラノ 弓張月の幼(おさな)くて、乳を求めて育つ時、牛の髄気(ずいき)を身に塗れば、月の世界に吸い上げらりょう!
ド・ギッシュ (驚歎して)五ーツ!
シラノ (喋りながら、辻の反対側まで彼を引っぱって来て腰掛(ベンチ)の傍で)さてどん尻のからくりは、ゆらりと乗った鉄の板、投(な)げる磁石は空へ行く! 此奴ァ妙計、鉄板(てついた)が磁石の跡を追っかける。投げりゃ追い著く、追い著きゃ投げる。投げりゃ追い著く、追い著きゃ投げる。投げりゃ追い著く……素敵だぞ! 昇るわ昇るわ際限ねえ!……
ド・ギッシュ 六ーツと!――だが六ツともに素晴らしい遣(や)り口(くち)だ!……ところで六ツの中、君はどの方法を選んだのかい!
シラノ 七番目の奴さ!
ド・ギッシュ えええ、驚いたなあ! どんなのだ?
シラノ そのくらいの方法(やりかた)ならお手のものよ!……
ド・ギッシュ こいつはだんだん面白くなって来るわい!
シラノ (大袈裟な神秘的な身振で浪の音を真似しながら)ドドドドド・ザザザザァ! ドドドド・ザザザァ!
ド・ギッシュ それがどうしたのだ!
シラノ 解(わか)ったのか?
ド・ギッシュ 解らん!
シラノ 干潮(ひきしお)の浪の音さあ!……月に曳かるる海原(うなばら)の、干潮時(ひきしおどき)を見計い、ざんぶり飛び込み一游(ひとおよ)ぎ、しっぽり濡(ぬ)れて砂浜に憩(やす)んだ処に――其処だよ。濡れた髪の毛はなかなか乾(かわ)くもんじゃない。だからさ――月が招くか海の水、ぬれた頭も昇り出す。天女のように静々と、夕雲棚曳く空一文字、なんの苦もなく一文字。とたんにどしんと衝(ぶつ)かる物音!……その時だあ……
ド・ギッシュ (好奇心に引かれて、長椅子(ベンチ)に坐りながら)その時に?
シラノ その時に……
     (普通の声になって)
 先ず先ず十五分相たち申した。もうお引留めは致さぬ、結婚の式も済みましたからな。
ド・ギッシュ (一跳(と)びに飛び起きて)南無三、ぬかった、してやられたか!……」
ド・ギッシュ (ロクサアヌに)あなたが!
     (クリスチャンとわかって驚いて)
 この男と?
     (感歎してロクサアヌにお辞儀しながら)
 あなたは実に聡明です!
     (シラノに向って)
 飛行機の発明者なる君に向って、俺(わし)はお祝いを申すよ。(中略)委(くわ)しく書き給え。そりゃ確かに一冊の本になる!
シラノ (礼しながら)閣下、その御助言は必ず服膺いたしましょう。」



第四幕より:

シラノ (中略)ところで我はデカルトを読まん哉だ。」


第五幕より:

ル・ブレ 何から何まで、私が前から言っている通りです。世の中からは捨てられて、見すぼらしい有様です! 公開状(エピイストル)で又もや新奇の敵を作っているので! 彼奴は似而非(えせ)貴族や、似而非(えせ)信者や、似而非(えせ)勇者や、剽窃作家や――誰でもかまわず片端から、攻撃するんですからねえ。
ロクサアヌ でもあの人の剣には、みんな恐れていますからねえ。誰だってあの人を負かす者はございませんわ。
公爵 (頭を振りながら)さあ、どうですかな?
ル・ブレ 私の恐れているのは闇討(やみうち)じゃあない、孤独や、餓死ですよ、あの暗い部屋の中に、こっそり入って来る十二月の寒さです。これこそ寧ろあの男を殺してしまう刺客なのですよ!――毎日のように、帯皮の一穴ずつ腹が細くなって行くのです。みじめな鼻は、古渡(こわた)りの象牙(ぞうげ)のような色合になって来ました。彼奴はもう黒いセル地の粗末な著物一著(ちゃく)きりしか持って居ないのです。」

シラノ 落葉か!
ロクサアヌ (首をあげて遠方の並木のある道を眺める)木の葉の色はヴェネチヤ風のブロンドでございますね。御覧遊ばせ、散りますわ。
シラノ 美しく散って行くなあ! 樹の枝から土までの短い旅だが、末期(まつご)の美しさを忘れないのが実に佳い、地に堕(お)ちて朽ちる恐れも何かは、散り行く命に飛翔(ひしょう)の栄(はえ)あれと云う心だなあ!」

シラノ (中略)だが、それも大いに宜かろう。私は凡てに失敗した。死ぬ時までもだ。」

シラノ (中略)私は永く女の優(やさ)しさを知らなかった。母は私を醜い子だと思ったのです。私には妹も無かった。男になってからも恋しい女の目に宿る嘲笑(あざけり)が恐ろしかった。唯あなたがいられたからこそ、少くとも、女の友達を一人持つ事が出来たのです。(中略)
ル・ブレ (樹の枝を漏れて来る月光を、シラノに指示しながら)彼処に、君のもう一人の女性の友も会いに来た!
シラノ (月に向って微笑しながら)解っている。」
シラノ なあル・ブレ、今日こそは、もう機械(からくり)を工(たく)らむにも及ぶまい、このまんま、朧(おぼ)ろに霞(かす)む月の世界に一足飛びだ……
ロクサアヌ 何んでございますって?
シラノ いや他(ほか)でもない、あの月の世界に送られて、其処で極楽往生を遂(と)げようと云う事です。月の中には一人ならず私の好きな人達が居る。恐らくソクラテスにもガリレオにも会(あ)えるでしょう!」

シラノ (中略)うん、貴様達は俺のものを皆奪(と)る気だな、桂の冠も、薔薇の花も! さあ奪(と)れ! だがな、お気の毒だが、貴様達にゃどうしたって奪(と)りきれぬ佳(い)いものを、俺(おり)ゃあの世に持って行くのだ。それも今夜だ、俺の永遠の幸福で蒼空(あおぞら)の道、広々と掃き清め、神のふところに入る途すがら、はばかりながら皺一つ汚点(しみ)一つ附けずに持って行くのだ、
     (彼は剣を翳(かざ)して躍り上る)
 他(ほか)でもない、そりゃあ……
     (剣は彼の手から離れ、彼はよろめいて、ル・ブレとラグノオの腕に倒れる)
ロクサアヌ (シラノの上に身をかがめてその額に接吻しながら)それは?……
シラノ (再び目を開いて、ロクサアヌを認めて、かすかに笑いながら)私の羽根飾(こころいき)だ。」




◆感想◆


シラノが何故デカルトを読むのかというと、シラノが恋敵の美男クリスチャンのために恋文の代筆をし、声色を使ってロクサーヌへの愛を語るうちに、ロクサーヌは美貌(身体)ゆえにクリスチャンを愛しつつも、クリスチャンを通してそれとは知らずにシラノの心意気(精神)を愛するようになるのですが、デカルト的心身二元論では精神の優位が説かれているので、それが本作の登場人物である醜貌恐怖症のシラノにとってはせめてもの慰めになるわけです。実在のシラノ・ド・ベルジュラックのデカルト観は本人の著書『日月両世界旅行記』第二部をご参照ください。
ロクサーヌとクリスチャンの結婚を邪魔されぬようシラノがド・ギッシュを押しとどめる場面は、梶井基次郎の短篇「Kの昇天」で「シラノが月へ行く方法を並べたてるところ」として言及されていますが、これらの方法についてはシラノ・ド・ベルジュラック本人の著書『日月両世界旅行記』第一部に詳述されています。
第四幕「ガスコーニュ青年隊の場」は、ロクサーヌが馬車でクリスチャンのいる陣営に乗り付けて兵士たちに御馳走をふるまう、いわば戦場のピクニックです。






こちらもご参照ください:

シラノ・ド・ベルジュラック 『日月両世界旅行記 第一部』 有永弘人 訳 (岩波文庫)
モルナール 『リリオム』 飯島正 訳
『アリオスト 狂えるオルランド』 脇功 訳
『シャルル・ノディエ選集 第一巻 パン屑の妖精』 篠田知和基 訳


















































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