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シラノ・ド・ベルジュラック 『日月両世界旅行記 第一部』 有永弘人 訳 (岩波文庫)

「すぐに私は、犬どもをこんなに私に向かって驅り立てているのが、ほかならぬ私の出發して來た世界だということに氣づいた。それは、犬どもは月に向かって吠えるのに慣れているので、ちょうど海の上から降りてからしばらくは一種の殘り香、即ち海風の匂いを保っている人のように、私が月からやって來てまだ月の匂いがしていることに感づいたからだった。」
(シラノ・ド・ベルジュラック 『日月両世界旅行記 第一部』 より)


シラノ・ド・ベルジュラック 
『日月両世界旅行記 
第一部』 
有永弘人 訳
 
岩波文庫 赤/32-506-1 


岩波書店 
1952年7月25日 第1刷発行
1985年11月7日 第2刷発行
178p 
文庫判 並装
定価350円



本書「あとがき」より:

「本書の題名は譯者が便宜つけたものにすぎない。その本文は、左の復元決定本によった。
 CYRANO DE BERGERAC, *l'Autre Monde ou les Etats et Empires de la Lune et du Soleil*, nouvelle édition revue sur les éditions originales et enrichie des additions du manuscrit de la Bibliothèque Nationale, avec une Notice bio-bibliographique par Frédéric LACHÈVRE, Paris, Garnier Frères, s. d. (1932).」
「『月世界』の部は、戰前一度弘文堂の世界文庫から拙譯を出したが、當時のこととて若干の伏字を用意しなければならなかった。こんど、(中略)續篇『太陽』をも新しく譯出、併せて岩波文庫から出すことになったのを好機に、舊譯をも全面的に再檢討して一應の定譯を得るに至ったことは、譯者の大きな悦びであり、(以下略)」



旧字・新かな。全二冊。



シラノ・ド・ベルジュラック 日月両世界旅行記 第一部



帯文:

「17世紀フランスの詩人シラノのユートピア小説。月世界に到着した主人公は月人から猿まがいの扱いを受け見世物小屋に放りこまれる。」


内容:

第一部 月世界諸國諸帝國

譯註
あとがき




◆本書より◆


「月は滿月、空は晴れわたり、晩の九時が鳴った頃、パリに近いクラマールからの歸途、(中略)、あのサフラン色の球が與えるさまざまの感想が、みちみちわれわれをひどく興がらせた。そこで、あの大きな天體に目を注いで、或る者はあれは天國のあかり窓で、あそこから、至福者たちの榮華をかいま見るのだといい、或る者は古代の神話を信じこんで、あれはきっとバッカスが、天國で酒場を經營していて、滿月を看板にぶらさげているのだろうといい、或る者はあれはディアナがアポロンの胸飾りを伸ばす火のし(引用者注:「のし」に傍点)だと斷定し、或る者はあれは多分、太陽自體にちがいあるまい、太陽が夕方になって、光線を脱ぎすて、自分の不在中、下界では何をしているのかと穴からのぞいているところだろうという。「で僕はだね、」と私は彼等にいった、「(中略)ただ僕は、月がこの世界と同じような一つの世界であるということ、その世界に對してわれわれの世界が月の役目をしていることを信じるだけなんだ。」すると同行の數人は爆笑をくらわせて私をみつめた。私はいってやった、「きっとそんなふうに、いま月の中でも、この地球を世界だと主張する別の誰かを嘲笑していることだろう。」しかしピュタゴラス、エピクロス、デモクリトス、またわれわれの時代では、コペルニクスやケプラーがこの意見であったことを主張してみても、だめであった。それはますます彼等を笑わせるだけだった。」
「私はもうあやうくそれに降參してしまうところだったが、奇蹟といおうか、椿事といおうか、神の攝理か幸運か、或は人呼んで幻影、虚構、妄想というものか、またお望みとあらば、狂氣の沙汰といおうか、それがこの問題を取り上げる機會を私に提供したのである。家に歸って書齋に上ってみると、置いたはずのない本が一冊、机の上に開けてあるのだ。それはカルダンの本だった(中略)。別にそれを讀むつもりもなかったが、引きずられるように目を落としたところが、ちょうどこの哲人の身の上話で、それによると、或る晩ローソクの明りで研究をしていると、閉(し)めたドアを突き抜けて、二人の丈の高い老人がはいって來るのが見え、彼等はカルダンからあれこれと質問されて、ようやく月の住人であることを答えた。と同時に姿をかき消してしまったというのである。私は獨りでそこへ足を運んで來た本を見て、偶然開かれているそのページといい、その時刻といい、すべてに呆然なすところを知らなかった。そこで私は、こうした偶發事のつながりをすべて、月は一つの世界なりということを世人に知らせるための靈感だと解釋した。」
「人から熱病の發作とでも名をつけられそうなこうした氣まぐれに、やがてそんなにすばらしい旅行を成功させたい希望がつづいた。そこでそれを仕遂げるため、私はかなりへだたった、とある田舎家に閉(と)じこもり、そこでこの問題にふさわしい若干の方法で、自分の夢想をたのしませたのち、大體次のようにして、天界へはいりこんだ。
 まず、露の一パイはいったガラスぶんを澤山からだのまわりにいわいつけた。その上に太陽が光線を強く突き射すと、どんな大きな雲でも熱が引きつけるように、ガラスびんも引きつけて、私のからだを高く持ち上げたので、遂に私は中層圏の上に出てしまった。しかしその引力があまり早く上昇させ、豫期した通り月に近づくかわりに、月は出發の時よりも遠方へ行ってしまったように見えた。そこで私はガラスびんを幾つかこわした。すると次第にからだの重みが引力に打ち勝ち、大地へ向かって再び降りていくのを感じた。(中略)それは出發した時からかぞえてみると、眞夜中のはずだった。ところが太陽はそのとき地平線上最高のところにあり、そこでは正午であることを知った。(中略)さらに私の驚きを増したことは、まっ直ぐに昇ったのだから、出發したのと同じ場所に降りたはずだと思ったのに、そのとき自分のいた土地を全然知らないということだった。」
「そこで私は、フランスはフランスだが、「新」フランスにいるのだと知った。結局しばらくしてから總督に引き合わされたが、(中略)私が彼に、パリから二里(中略)ほどのところから昇りはじめて、ほとんど垂直にカナダに降りたのだから、私の上昇中に地球が廻轉したにちがいないといったときにも、彼は少しも驚かなかった。」

「これほどに多くのすばらしいものを見て、胎兒が魂を注ぎこまれるときに感じるというあの快い痛みにくすぐられる思いをしたことは告白しなければならない。」
「「あなたのいわれることはほんとうです。この土地はあなたの地球から見える月です。そしてあなたの歩いているこの場所は樂園です。(中略)いままでに六人の者のほかには誰もはいったことがありません。即ち、アダムとエヴァと、エノクと、エリヤ老人である私と、福音傳道者聖ヨハネと、それから、あなたです。最初の二人がどうしてここから追放されたかはあなたもよく御存知でしょうが、彼等がどんなふうにしてあなたの世界に着いたかは御存知ないでしょう。それはこうです。彼等が二人とも例の禁斷の木(こ)の實(み)を味わったのち、アダムは神が自分の姿を見ていまいましくなってまた罰を重くするのをおそれ、あの月、即ちあなたの地球こそ、彼をつくった造物主の追手をのがれ得る唯一のかくれ家であると思ったのです。ところでその當時は、人間の想像力というものが非常に強烈で、というのは、放蕩によっても不消化な食物によってもまた惡質の病變によってもっまだくさっていなかったので、そのかくれ家に到達したい猛烈な欲望に刺戟された彼のからだは、この熱情の焰によって輕くなったので、彼は、よく哲人に見かけるのと同じ方法でそこへ奪い去られてしまったのです。つまり哲人の想像力というものは、何物かに強く傾倒すると、あなた方が恍惚境と呼ばれるあの喪神状態によって虚空へ持って行かれるのです。」」

「というのは、この國では、わずか二種類の言葉しか使われていないのだ。一つは大官連の用いるもので、一つは庶民に特有のものだった。
 大官連の言葉というのは、要するに、區切りのない音の高低にほかならず、大體われわれの、節(ふし)に歌詞をつけないときの音樂に似たものであり、實際これは、よく調和のとれた極めて便利な大變快い發明である。(中略)彼等はリュートとかその他の樂器を手にとって、これを聲と共に使用して思想を傳え合っていたのだった。」
「第二の、庶民の間に使われる言葉というのは、恐らく人の想像するようなものではないだろうが、四肢を振り動かすことによってなされた。というのは、われわれの身體の或る部分は、完全に一つのまとまった話を意味するからである。例えば、指、手、耳、唇、腕、目、頰などを動かすことは、それぞれ、すべての語句を備えた特定の單文や複文を構成するからである。他の部分は、額に寄せる皺(しわ)とか筋肉のさまざまなおののきとか、手を仰向けにするとか足をふみならしたり腕をねじるとか、そういった身振りは、單に語だけを表わすのに使われる。そこで彼等が話をするときは、彼等のはだかで歩く習わしと共に、その手足は彼等の思想を身振りで表わすのに慣らされ、非常に活潑に動き、一見人間が話しているのではなくて、一つの物體が振動しているように見えるのである。」

「「いや私は、」と彼が答えた、「あなたはもう、われわれの出て來たあの町のほうで、あなたの主人か誰かの食事するのをごらんになったこととばかり思っていたのです。ですからこの土地でどういうふうに食事するかお話しなかったのです。まだ御存知ないようですから申しましょう、ここでは煙ばかりを食べて生きているのです。料理法というのは、食物を料理するときそこから出て來る發散物を、特にそのためにつくった大きな器に詰めこむことなのです。で接待する客の食慾に應じて、數種の異った味の蒸氣を集めると、この匂いを集めた器の栓を抜き、それがすむとまた他のを取り出し、一座が滿腹するまでつづけます。(中略)」
 彼がそう言い終えるか終えないうちに、私は心地よい非常に滋養のある蒸氣が室の中に次から次にはいって來るのを感じ、結局、五、六分も經たぬうちに、全く滿腹してしまった。」

「「肉とかその他すべて感覺ある生命を持ったものを食べないということには私もそれほど驚きません。」と私は答えた、「われわれの世界でもピュタゴラス派の人々、それから若干の聖なる隱者たちまでこの精進を用いたものです。しかしたとえばキャベツを、それを傷つけるといけないからとてあえて切り得ないということは全くこっけいに思われますね。」――「ところで私は、」と魔神が答えた、「あの人の意見に多くのほんとうらしさを見出すのです。なぜなら、(中略)キャベツは、あなたと同樣に神の被造物ではありませんか。(中略)もしこの哀れな植物が身を切られるときに口がきけたら、實際こんなふうにいうだろうと考えませんか、『人間殿よ、親しき同胞(きょうだい)よ、私は死に値するどんなことを君にしたというのですか。私は菜園にしか生えません。安全に暮らすこともできる野原には決して見當りません。(中略)しかし君の園に種まかれるや否や、君にわが親愛を示そうと、私は花を咲かせ君に腕を差し伸べ、種粒としてわが子を君に捧げました。そしてこの愛想のお禮として、君は私の頭をちょん切るのです!』意志の表示ができたら、キャベツはこんなふうに述べ立てることでしょう。ねえ、これは一體なんたることです。不平を訴えることができぬといって、われわれは勝手に、彼の防ぐことのできぬ危害をみな加えていいという意味になりますか。もし私が、しばられている可哀そうな男を見つけたら、彼が防禦できないといって殺しても、罪になりませんか。(中略)どうです! 生物の全財産の中でキャベツの持っているのは、ただ、生長するということだけです。それをわれわれは奪い取るのです。人間を殺す罪も、他に何も希望のないキャベツの生命を奪うほどに大きくはない、というのは、人間は他日生まれかわるからです。あなたはキャベツを死なすことによってその靈魂を滅ぼしてしまうのです。しかし人間を殺すことによっては、あなたはただ靈魂の住居をかえるだけです。」」

「しかし彼が出て行くが早いか、私は熱心にその本や、箱、即ち表紙を眺めはじめたが、その豪華さは實にすばらしいものだった。一つの表紙は單玉のダイヤモンドで刻んであり、その光輝はわれわれのダイヤなどとは較べものにならない立派なものであった。第二のはただ一個の怪物のように大きな眞珠を二つに割ったものとしか思われなかった。(中略)ここにこの二卷の大體の體裁を説明しておこう。
 箱を開けると、中にわれわれの時計によく似た何かわからぬ金屬性のものがあり、何だか目に見えぬ小さなゼンマイや機械で一パイであった。それはなるほど本にちがいはなかったが、しかし小口も活字もないふしぎな本であった。要するにこれは覺えるのに目の不要な本で、耳だけが必要であった。そこで誰かが讀みたいと思うときには、その澤山な各種各樣の小神經によってこの機械にねじをかけ、聽きたいと思う章に針をまわせばいいのだ。と同時に、ちょうど人間の口とか樂器から出て來るように、そこから明瞭な各種の音が出て來て、それがこの偉大な月世界族の中で、言葉の表出の役目をするのである。
 それ以來、本をつくるこのふしぎな發明を考察してみたとき、あの國の靑年たちが、十六乃至十八歳でわれわれのごま鹽ひげたちよりも多くの知識を持っているのをみても私はもう驚かないのである。なぜなら彼等は話すことができれば直ちに讀むことができるわけで、決して讀書しないときがなかったからである。部屋の中であろうと、散歩中であろうと、町であろうと旅行中であろうと、彼等はポケットに入れたりバンドにぶらさげたりして、この種
本を三十冊ばかり持って歩くことができる、そしてただ一章だけ聞くためにはバネを一個、また全卷を聞きたい氣になれば數個、卷きさえすればよい。こうして諸君は、生きていようと死んでいようとすべての偉人を永久に身邊に持っているわけで、彼等は肉聲をもって諸君に語ってくれるのである。この贈り物は私を一時間以上もとらえて離さなかったが、結局私はそれを耳飾りのようにぶらさげて、散歩に出かけた。」

「意識を取り戻してみると、私はとある丘の斜面の灌木地帶にいた。そして數人の牧人に取り卷かれていた。彼等はイタリー語を話していた。(中略)彼等はそこから一マイルほどのと或る村へ私を連れて行った。着くが早いかその土地の犬どもが、むく犬から番犬に至るまで、一せいに私に跳びかかってきたので、一軒の家を見つけてそこ逃げこまなかったなら、私は食い殺されていたことだろう。(中略)すぐに私は、犬どもをこんなに私に向かって驅り立てているのが、ほかならぬ私の出發して來た世界だということに氣づいた。それは、犬どもは月に向かって吠えるのに慣れているので、ちょうど海の上から降りてからしばらくは一種の殘り香、即ち海風の匂いを保っている人のように、私が月からやって來てまだ月の匂いがしていることに感づいたからだった。そこで私はこの惡氣を拂いきよめるために屋上に出て、三、四時間太陽にからだをさらした。そうしてから下に降りてみると、犬どもは、私を自分たちの敵にしたその作用がもう鼻につかなかったので、吠えもせず、めいめいわが家へ歸って行った。」







こちらもご参照ください:

エドモン・ロスタン 『シラノ・ド・ベルジュラック』 辰野隆・鈴木信太郎 訳 (岩波文庫)
ルキアノス 『本当の話 ― ルキアノス短篇集』 呉茂一 他 訳 (ちくま文庫)
ジュール・ヴェルヌ 『月世界へ行く』 江口清 訳 (創元推理文庫)
たむらしげる 『フープ博士の月への旅』
Michel Butor 『Herbier lunaire』
M・H・ニコルソン 『月世界への旅』 高山宏 訳 (世界幻想文学大系)
谷川渥 『幻想の地誌学 ― 空想旅行文学渉猟』
松岡正剛 『ルナティックス』 (中公文庫)
















































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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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