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五味文彦 『梁塵秘抄のうたと絵』 (文春新書)

「京から淀川を下って西国に赴任する受領たちは、しばしば今様を謡う遊女を船に招いて宴を開いていたことが多くの文献からうかがえるが、白河院政期の歌人源俊頼の『散木奇歌(さんぼくきか)集』雑には、次のような詞書と歌とが見える。
    河尻に受領の下り船に遊女のこぎよせたる、語りかけるところを詠める
  謡ひくる蘆間(あしま)の声はちりならぬ 心もうごく物にぞありける」

(五味文彦 『梁塵秘抄のうたと絵』 より)


五味文彦 
『梁塵秘抄の
うたと絵』
 
文春新書 220 


文藝春秋 
平成14年1月20日 第1刷発行
220p 
新書判 並装 カバー
定価700円+税
装幀: 坂田政則



本文中図版(モノクロ)49点。地図3点。



五味文彦 梁塵秘抄のうたと絵



カバーそで文:

「梁塵秘抄と中世の絵巻に共通して登場する風景を見つけ出し、比較しながら、中世の人びとの生活と心情をたどる。また今様の謡い手と聴き手、謡われた場にも注目し、背景の社会構造を考察する。舟に乗る遊女の後生への祈り、山奥で修行をする聖(ひじり)の神秘的な姿、裕福な受領や武士の館のにぎわいから、信仰を集めた寺社の霊験記、洛中の庶民の祭りなどが繰り広げられる。いざ、中世への旅へ――。」


目次:

はじめに

一、淡路の歌と遊女
 淡路はあな尊
 文殊は誰か迎へ来し
 補陀落海にぞ浮かべたる
 難波の海にぞむかへたる
 謡ひくる蘆間の声
 書き写す山は高嶺の
 淡路の門渡る特牛こそ
 楠葉の御牧の土器造
 淀河の底の深きに

二、『法然上人絵伝』から
 遊女の好むもの
 いかに祭れば百大夫
 はかなきこの世を過すとて
 須磨の関和田の岬を
 上馬の多かる御館かな
 御厩の隅なる飼ひ猿は
 厳粧狩場に小屋並び

三、修行の歌と聖
 われらが修行せし様は
 聖の好むもの
 凄き山伏の好む物は
 土佐の船路は恐ろしや
 われらが修行出でし時
 春の焼野に菜を摘めば
 聖を立てじはや
 常に恋するは

四、『西行物語絵巻』から
 あか月静に寝覚めして
 舞ゑ舞ゑ蝸牛
 遊びをせんとや生れけむ
 覚束な鳥だに鳴かぬ奥山に
 熊野の権現は
 熊野へ参るには
 弥陀の誓ひぞ頼もしき
 大峰行ふ聖こそ

五、若宮の歌と巫女
 嫗が子どもはただ二人
 神の家の小公達は
 峰の嵐の烈しさに
 石清水思ふ心は
 八幡へ参らんと思へども
 鷲の棲む深山には
 住吉の一の鳥居に舞ふ巫は

六、『春日権現験記絵』から
 霊山御山の五葉松
 珍しき今日の春日の八乙女
 春日山神に祈れる
 鈴はさや振る藤太巫女
 我ゆかんゆきてあがめむ
 神ならばゆららさららと
 巫してこそ歩くなれ
 金の御嶽にある巫女の

七、京の歌と京童・京女
 木や召す 炭や召す
 この頃都に流行るもの
 男を辞せぬ人
 清太が造りし刈鎌を
 西の京行けば
 薬師の誓ひぞ頼もしき
 いづれか法輪にまいる道
 いづれか清水へ参る道
 観音験を見する寺

八、『年中行事絵巻』から
 釈迦の御法は浮木なり
 松の木蔭に立ち寄れば
 神も昔は人ぞかし
 人も皆桂挿頭して
 千早振賀茂の社の姫小松
 小夜ふけて鬼人衆こそ歩くなれ
 祇園精舎の後には
 彼処に立てるは何人ぞ
 君が愛せし綾藺笠
 いざれ独楽

九、笑いの歌と中世人
 熊野へ参らむと思へども
 勝れて速き物
 吹田の御湯の次第は
 尼はかくこそ候へど
 拘尸那城の後より
 をかしく屈まる物はただ
 頭に遊ぶ頭虱
 鼬が笛吹き猿舞で

十、『石山寺縁起絵巻き』から
 近江の湖は海ならず
 樵夫は恐ろしや
 天の御門より
 観音深く頼むべし
 東大津の西浦へ
 つはり魚に牡蠣もがな
 近江とて勢多とて来れば
 をかしく舞ふものは

おわりに

参考文献
図版出典




◆本書より◆


「二、『法然上人絵伝』から」より:

「遊女は、こうした武士の館にもよく招かれており、その様子を描いているのが『一遍聖絵』の筑前の武士の館の図である。
 建治二年(一二七六)、一遍は筑前国で念仏の勧進を行っていたが、たまたま訪れた武士の館では酒宴の最中だった。」
「その絵を見ると、館の主屋には客人の武士と遊女が招かれており、遊女の膝の上には鼓が置かれていて、今様が謡われていたのであろう。こうした絵から聴こえてくるのが、次の三五二番のような今様である。
  上馬(じょうめ)の多かる御館(みたち)かな 武者(むさ)の館(たち)とぞ覚えたる 咒師(じゅし)の小咒師(こずし)の肩踊(かたおどり) 巫(きね)ははかたの 男巫(おとこみこ)
   (立派な馬の多い御館だな。武者の館かと思われる。咒師や小咒師が肩踊りを行い、巫の芸ははかたの男巫であることよ)」
「咒師や小咒師の肩踊りとは、猿楽の芸能の一つの曲芸であり、「はかたの男巫」も猿楽の芸能の一つと見られるが、その内容はよくわからない。
 『今昔物語集』の巻二十八の二十七には、国司の館で傀儡子(くぐつ)が「歌を謡ひ笛を吹き、おもしろく遊」んだ話を載せている。伊豆の国司の館で文筆に秀でた目代(もくだい)が事務を執っていたところ、そこに傀儡子が館を訪れ、国司の面前で芸を披露したのだが、これを見ていた国司の代官である目代の手がそれにつれ動き出すや、たまらず歌まで謡いだしてしまい、傀儡子の前歴がばれてしまったという。」



「四、『西行物語絵巻』から」より:

「子供の声などを聴きながら、庵では出家した西行が脇息によりかかりながら、外を眺めている。その際の聖の心持ちを詠んだのが次の三五九番ではなかったか。
  遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声聞けば 我が身さへこそゆるがるれ
   (遊びをしようと生れてきたのだろうか。戯れをしようと生れてきたのだろうか。遊ぶ子供の声を聞くと、つられて自分の体さえ自然と動いてくるように思われる)
 『梁塵秘抄』の歌のなかでは最も著名な歌であるが、また解釈の分かれる歌でもある。遊女の境遇を謡ったとみる見解、遊女とは限らずに老いた身の人が詠んだものとみる見解などが提出されている。遊女を考えるのは、この歌の後に遊女の歌が続くことや、「遊び」「戯れ」の語が遊女の生業に関連していることによるものである。」
「遊ぶ子供の声で歌を謡う人は遊びに誘われているのである。遊びや戯れから離れたはずなのに、その声に身が引き込まれそうになったのである。そうなると、単に老境の身の人というよりも、具体的に「遊び」や「戯れ」を拒絶して生きてきた聖こそが最もふさわしいように思う。子どもの遊ぶ声が出家した聖の心を揺さぶったと見たい。
 しかし今様は謡う人によってその響きや内容も異なって聞こえてくるものである。もしこれを遊女が謡えば、同じ遊びや戯れも遊女のそれとしての響きをもったことであろう。」







こちらもご参照ください:

『新訂 梁塵秘抄』 佐佐木信綱 校訂 (岩波文庫)



































































































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