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岡本綺堂 『半七捕物帳 (一) 新装版』 (光文社時代小説文庫)

「神隠し――この時代に生まれた半七はまんざらそれを嘘とも思っていなかった。世の中にはそんな不思議がないとも限らないと思っていた。」
(岡本綺堂 「朝顔屋敷」 より)


岡本綺堂 
『半七捕物帳 
(一) 
新装版』
 
光文社時代小説文庫 お-6-16 


光文社 
2001年11月20日 初版1刷発行
453p 
文庫判 並装 カバー
定価648円+税
カバーイラスト: 堂昌一
カバーデザイン: 櫻舎



久しぶりに半七シリーズを通読してみました。事件の背景にあるのは迷信と世間の目、探偵方法は盗み聞きと顔色を見ることです。



岡本綺堂 半七捕物帳 一



カバー裏文:

「岡(おか)っ引(ぴき)上がりの半七(はんしち)老人が、若い新聞記者を相手に昔話を語る。十九歳のとき、『石燈籠(いしどうろう)』事件で初手柄をあげ、以後、二十六年間の岡っ引稼業での数々の功名談を、江戸の世態・風俗を織りまぜて描く、捕物帳の元祖! 「お文(ふみ)の魂(たましい)」「半鐘(はんしょう)の怪(かい)」「山祝(やまいわ)いの夜(よ)」等十四編集録。(全六巻)」


目次:

お文(ふみ)の魂
石燈籠(いしどうろう)
勘平の死
湯屋(ゆうや)の二階
お化け師匠
半鐘(はんしょう)の怪
奥女中
帯取りの池
春の雪解(ゆきどけ)
広重(ひろしげ)と河獺(かわうそ)
朝顔屋敷
猫騒動
弁天娘
山祝(やまいわ)いの夜(よ)

解説 (都筑道夫)




◆本書より◆


「お文の魂」より:

「Kの家はわたしの家から直径にして四町ほどしか距(はな)れていなかったが、場所は番町で、その頃には江戸時代の形見という武家屋敷の古い建物がまだ取払われずに残っていて、晴れた日にも何だか陰(かげ)ったような薄暗い町の影を作っていた。雨のゆうぐれは殊(こと)にわびしかった。Kのおじさんも或(あ)る大名屋敷の門内に住んでいたが、おそらくその昔は家老とか用人(ようにん)とかいう身分の人の住居であったろう。ともかくも一軒建てになっていて、小さい庭には粗(あら)い竹垣が結(ゆ)いまわしてあった。
 Kのおじさんは役所から帰って、もう夕飯をしまって、湯から帰っていた。おじさんは私を相手にして、ランプの前で一時間ほども他愛もない話などをしていた。時々に雨戸をなでる庭の八つ手の大きい葉に、雨音がぴしゃぴしゃときこえるのも、外の暗さを想わせるような夜であった。柱にかけてある時計が七時を打つと、おじさんはふと話をやめて外の雨に耳を傾けた。」

「半七は先に立って歩いた。二人は安藤坂をのぼって、本郷から下谷の池の端へ出た。きょうは朝からちっとも風のない日で、暮春の空は碧(あお)い玉を磨いたように晴れかがやいていた。
 火の見櫓(やぐら)の上には鳶(とんび)が眠ったように止まっていた。少し汗ばんでいる馬を急がせてゆく、遠乗りらしい若侍の陣笠のひさしにも、もう夏らしい光りがきらきらと光っていた。」



「勘平の死」より:

「私はいつもの六畳に通された。それから又いつもの通りに佳(よ)いお茶が出る。旨い菓子が出る。忙しい師走の社会と遠く懸け放れている老人と若い者とは、時計のない国に住んでいるように、日の暮れる頃までのんびり(引用者注:「のんびり」に傍点)した心持で語りつづけた。」


「湯屋の二階」より:

「三馬の浮世風呂を読んだ人は知っているであろう。江戸時代から明治の初年にかけては大抵の湯屋に二階があって、若い女が茶や菓子を売っていた。そこへ来て午睡(ひるね)をする怠け者もあった。将棋を差している閑人(ひまじん)もあった。女の笑顔が見たさに無駄な銭を遣いにくる道楽者もあった。」


「半鐘の怪」より:

「風はないが、底寒い日であった。薄い日の光りがどんよりと洩れたかと思うと、又すぐに吹き消すように消えてしまった。昼でもあまり暗いので、鴉も途惑(とまど)いをしたらしい、ねぐらを急ぐように啼き連れて通った。半七はふところ手をして、まず町内の鍛冶屋のまえに立つと、そこの店からは大小の蜜柑がばらばら飛び出すのを、小児(こども)たちが群がって拾っていた。きょうは十一月八日の鞴祭(ふいごまつ)りであることを半七はすぐに覚った。」

「往来へころがる蜜柑の数もだんだん減って、子供たちの影も鍛冶屋の店さきを散ってしまうと、家主は権太郎を呼びに行った。半七は煙草をのみながら表を眺めていると、壁色の空はしだいに厚くなって来て、魔のような黒い雲がこの町の上を忙がしそうに通った。海鼠(なまこ)売りの声が寒そうにきこえた。」

「霰は又ひとしきり降って止んだが、雲はいよいよ低くなって、一種の寒い影が地面へ掩(おお)いかぶさって来た。昼でもどこの家も静まりかえっていた。掃溜(はきだ)めをあさりに来る犬もきょうは姿を見せなかった。」



「帯取りの池」より:

「「今ではすっかり埋められてしまって跡方も残っていませんが、ここが昔の帯取りの池というんですよ。江戸の時代にはまだちゃんと残っていました。御覧なさい。これですよ」
 半七老人は万延版の江戸絵図をひろげて見せてくれた。市ケ谷の月桂寺の西、尾州家の中屋敷の下におびとりの池という、かなり大きそうな池が水色に染められてあった。
 「京都の近所にも同じような故蹟があるそうですが、江戸の絵図にもこの通り記(しる)してありますから嘘じゃありません。この池を帯取りというのは、昔からこういう不思議な伝説があるからです。勿論、遠い昔のことでしょうが、この池の上に美しい錦の帯が浮いているのを、通りがかりの旅人などが見付けて、それを取ろうとしてうっかり近寄ると、忽ちその帯に巻き込まれて、池の底へ沈められてしまうんです。なんでも池のぬしが錦の帯に化けて、通りがかりの人間をひき寄せるんだと云うんです」」



「春の雪解」より:

「慶応元年の正月の末であった。神田から下谷の竜泉寺前まで用達(ようたし)に行った半七は、七ツ半(午後五時)頃に先方の家を出ると、帰り路はもう薄暗くなっていた。春といっても此の頃の日はまだ短いのに、きょうは朝から空の色が鼠に染まって、今にも白い物がこぼれ落ちそうな暗い寒い影に掩われているので、取り分けて夕暮が早く迫って来たように思われた。先方でも傘を貸してやろうと云ってくれたが、家(うち)へ帰るまで位はどうにか持ちこたえるだろうと断わって、半七はふところ手でそこを出ると、入谷田圃へさしかかる頃には、鶴の羽をむしったような白い影がもう眼先へちらついて来たので、半七は手拭を出して頰かむりをして、田圃を吹きぬける寒い風のなかを突っ切って歩いた。」

「「変な話だね」と、半七は笑った。「どういうわけで気味が悪いんだろう。判らねえな」
 「わたくしにも判りません。ただ何となしに襟もとから水を浴びせられたように、からだ中がぞっ(引用者注:「ぞっ」に傍点)とするんです。眼が見えませんからなんにも判りませんけれど、なにかこう、おかしなものが傍にでも坐っているような工合で……。まったく変でございますよ」
 「一体あの寮には誰が来ているんだね」
 「誰袖(たがそで)さんという花魁でございます。二十一二の勤め盛りで、凄いような美(い)い女だそうでございますが、去年の霜月頃から用事をつけて、あの寮へ出養生に来ているんでございますよ」
 「暮から春へかけて店を引いているようじゃあ、よっぽど悪いんだろうね」
 それ程でもないらしいと徳寿は云った。勿論、盲人の彼には詳しい様子もわからないが、いわゆるぶらぶら病いで寝たり起きたりしているらしいとの事であった。それにしても、その辰伊勢の寮がなぜそれほどに気味が悪いというのか、その仔細が半七には判らなかった。徳寿がもうたくさんだと辞退するのを、無理に蕎麦の代りを取らせて、かれは酒を飲みながらおもむろにその仔細を訊き出そうとした。
 「それが何と云って、お話のしようもないんですよ」と、徳寿は顔をしかめてささやいた。
 「まあ、旦那。聞いてください。わたくしが奥へ通されて、花魁の肩を揉んでいますと……大抵いつも夜か夕方ですが……花魁のそばに何か来て坐っているような工合で……。いいえ、それが新造(しんぞ)衆や女中達じゃありません。そんな人達ならば何とか口を利くでしょうが、初めから終(しま)いまで一度も口を利いたこともないので、座敷のうちは気味の悪いほどにしん(引用者注:「しん」に傍点)としているんです。まあ、早く云えば、幽霊でも出て来て、黙っているんじゃないかと思われるようで……。」」



「朝顔屋敷」より:

「「安政三年……十一月の十六日と覚えています。朝の七ツ(午前四時)頃に神田の柳原堤(どて)の近所に火事がありましてね。なに、四、五軒焼けで済んだのですが、その辺に知っている家(うち)があったもんですから、薄っ暗いうちに見舞に行って、ちっとばかりおしゃべりをして家へ帰って、あさ湯へ飛び込んで、それからあさ飯を食っていると、もうかれこれ五ツ(午前八時)近くになりましたろう。そこへ八丁堀の槇原という旦那(同心)から使が来て、わたくしにすぐ来いと云うんです。朝っぱらから何だろうと思って、すぐに支度をして出て行きました」」

「水道橋を渡っても、冬の夜はまだ明けなかった。蒼ざめた星が黒い松の上に凍り着いたように寂しく光って、鼠色の靄(もや)につつまれたお茶の水の流れには水明かりすらも見えなかった。ここらは取り分けて霜が多いと見えて、高い堤(どて)の枯れ草は雪に埋められたように真っ白に伏して、どこやらで狐の暗く啼(な)く声がきこえた。」

「この時代には神隠しということが一般に信じられていた。子供ばかりではない、相当の年頃になった人間でも、突然に姿をかくして五日、十日、あるいは半月以上、長いのは半年一年ぐらいも其のゆくえの知れないことがしばしばある。そうして、ある時に何処からともなしに飄然(ひょうぜん)と戻って来るのである。その戻ってくる場合も常とは違って、ある者は門前に倒れているのもある。ある者は裏口にぼんやり突っ立っているのもある。甚(はなは)だしいのは屋根の上でげらげら笑っているのもある。だんだん介抱して様子を聞きただしても、本人は夢のようでなんにも記憶していないのが多い。ある者は奇怪な山伏(やまぶし)に連れられて遠い山奥へ飛んで行ったなどと云う。その山伏はおそらく天狗であろうと云い伝えられている。」

「神隠し――この時代に生まれた半七はまんざらそれを嘘とも思っていなかった。世の中にはそんな不思議がないとも限らないと思っていた。」

「「嚇かすな」と、平助はまたあざ笑った。「両国の百日(おででこ)芝居で覚えて来やあがって、乙な啖呵(たんか)を切りゃあがるな。そんな文句はほか様へ行って申し上げろ。お気の毒だが辻番が違うぞ」」



「猫騒動」より:

「路地のなかは思いのほかに広かった。まっすぐにはいると、左側に大きい井戸があった。その井戸側について左へ曲がると、また鉤(かぎ)の手に幾軒かの長屋がつづいていた。しかし長屋は右側ばかりで、左側の空地は紺屋(こうや)の干場(ほしば)にでもなっているらしく、所まだらに生えている低い秋草が雨にぬれて、一匹の野良犬が寒そうな顔をして餌をあさっていた。」

「七之助はもう三吉のところに行かずに、まっすぐに死に場所を探しに行ったのであろう。(中略)磔刑(はりつけ)に逢わないうちに自滅した方が、いっそ本人の仕合わせであったろうかと半七は思った。」







こちらもご参照ください:

岡本綺堂 『半七捕物帳 (二) 新装版』 (光文社時代小説文庫)















































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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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