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岡本綺堂 『半七捕物帳 (二) 新装版』 (光文社時代小説文庫)

「この職業の者には、一種の暗示がある。俗に、「虫が知らせる」ということが不思議に的中するためしがしばしばある。」
(岡本綺堂 「鷹のゆくえ」 より)


岡本綺堂 
『半七捕物帳 
(二) 
新装版』
 
光文社時代小説文庫 お-6-17 


光文社 
2001年11月20日 初版1刷発行
2003年7月10日 3刷発行
450p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価648円+税
カバーイラスト: 堂昌一
カバーデザイン: 櫻舎



全六巻。
捕物帳は推理小説の一種なので、せっかくの怪談も合理的に説明されてしまうのでがっかりですが、しかしあまりにも人間的な合理的な犯罪といえども結局のところ、この世の秩序を乱さんとする怨霊たちのしからしむるところなので、それはそれで怪談といってよいです。



岡本綺堂 半七捕物帳 二



カバー裏文:

「ご存じ、半七(はんしち)老人が語る捕物談傑作集。著者綺堂が探偵役の半七に「江戸時代のシャーロック・ホームズ」であれと願っただけに、奇怪な事件も、論理的な推理手法で解決されている。捕物帳の原典!
「鷹のゆくえ」「向島(むこうじま)の寮(りょう)」「小女郎狐(こじょうろぎつね)」等十三編収録。(全六巻)
 本格推理小説と江戸の風物詩が一体となった文学史上の一大傑作、より読みやすく新装刊。」



目次:

鷹のゆくえ
津の国屋
三河万歳(みかわまんざい)
槍突き
お照の父
向島(むこうじま)の寮
蝶合戦
筆屋の娘
鬼娘
小女郎狐(こじょうろぎつね)
狐と僧
女行者
化け銀杏(いちょう)

解説 (森村誠一)




◆本書より◆


「鷹のゆくえ」より:

「その時、店の入り口で何か物音がきこえたらしいので、眼のはやい半七はふと見かえると、いつの間に来ていたのか、かのお杉が柳のかげから一心にこちらを覗いているらしかった。彼女は半七の顔を見ると、身をひるがえして一目散に逃げ出した。
 「こん畜生、丁度(ちょうど)いいところへ来た」
 半七は辰蔵を突き飛ばして表へ飛び出すと、足の早いお杉はもう三、四間(けん)も行きすぎていた。咄嗟(とっさ)のあいだに思案した半七は軒先に立てかけてある長い黐竿をとって駈け出して、お杉のあとを追いながら、竿のさきで彼女の頭を押えた。蟬やとんぼを捕る子供の黐竿とは違って、本職の鳥さしの鳥黐であるから、お杉は右の横鬢(よこびん)から銀杏返しの根へかけてべっとりとねばりついた黐をどうすることも出来なかった。彼女は雀のように半七の黐竿に捕えられてしまった。それを無理に引き放そうとあせっているところへ、半七は竿を捨てて追い付いて来た。
 「さあ、来い」
 お杉も辰蔵の店へ引き摺(ず)り込まれた。黐竿で人間をさしたのを初めて見た老人は、眼を丸くして眺めていた。」



「津の国屋」より:

「「そりゃあそうさ。まして師匠はあすこの家まで幽霊を案内して来たんだもの」
 「いやですよ」と、文字春は泣き声を出した。」



「三河万歳」より:

「「節季師走(せっきしわす)に気の毒だな。あんまりいい御歳暮でも無さそうだが、鮭(しゃけ)の頭でも拾う気でやってくれ」
 「かしこまりました」
 半七は受け合って八丁堀を出たが、どこから手をつけていいかちょっと見当が決まらなかった。」

「「なぜ殺したんだろう。だしぬけに踊り出したのかえ」と、半七は訊いた。
 「そうなんですよ。踊り出したんですよ」
 女房の説明によると、富蔵は自分の飼っている白い仔猫に踊りを仕込むために、長火鉢に炭火をかんかん熾(おこ)して、その上に銅の板を置く。それは丁度かの文字焼を焼くような趣向である。その銅の板の熱くなった頃に仔猫の胴中を麻縄で縛って、天井から火鉢の上に吊りさげて、四本の足が丁度その銅の板を踏むようにすると、板は焼け切っているから、猫はその熱いのにおどろいて、思わず前後の足を代る代るにひょいひょい揚げる。それを待ち設けて、富蔵は爪弾きで三味線を弾き出すのである。勿論はじめのうちは猫の足どりを見て、こっちで巧く調子を合わせて行かなければならないのであるが、それがだんだんに馴れて来ると、猫の方から調子にあわせて前後の足をひょいひょいと揚げるようになる。更に馴れて来ると、普通の板や畳の上でも三味線の音につれて自然に足をあげるようになる。観世物小屋で囃し立てる猫の踊りは皆こうして仕込むので、富蔵もふた月ほどかかってこの白猫を馴らした。
 根気よく馴らして教えて、猫もどうやら斯(こ)うやら商売物になろうとしたところを、かの男に突然撲ち殺されてしまったのである。勿論、殺した方にも相当の理窟はあった。かれは框(かまち)に腰をかけてぼんやりと待っている退屈まぎれに、壁にかけてある三味線をふと見付けて、少し酔っている彼はその三味線をおろして来てぽつんぽつんと弾きはじめると、長火鉢の傍にうずくまっていた白猫が、その爪弾きの調子にあわせて俄かに踊り出した。彼は実にびっくりした。うす暗い夕方の逢魔(おうま)が時(とき)に、猫がふらふらと起(た)って踊り出したのであるから、異常の恐怖に襲われた彼は、もう何もかんがえている余裕もなかった。かれは持っている三味線を持ち直して猫の脳天を力任せになぐり付けると、猫はそのままころりと倒れて死んだ。そこへ飼い主の富蔵が帰って来た。」

「「そういう次第で、わたくしも途方に暮れて居りますうちに、宿の女中から不図(ふと)こんなことを聞きましたのでございます。昨年の夏頃から宿に奉公して居りましたお北という若い女中が主(ぬし)の定まらない胤(たね)を宿して、だんだん起居(たちい)も大儀になって来たので、この七月に暇を取って新宿の宿許(やどもと)へ帰って、十月のはじめに女の児を無事に生み落しました。ところがその赤児はどうした因果か、生まれるときから上顎に二本の長い牙(きば)が生えている鬼でございまして、本人は勿論、兄弟たちも世間へ対して外聞が悪いと申して、ひどく困っているということを聞きましたので、わたくしはすぐにそのお北の家へたずねて参りました。お北とは顔馴染みでございますので、本人に逢ってその赤児をみせて貰いますと、なるほど立派な因果者でございます。」



「槍突き」より:

「明治廿五年の春ごろの新聞をみたことのある人たちは記憶しているであろう。麹町(まち)の番町(ちょう)をはじめ、本郷、小石川、牛込などの山の手辺で、夜中に通行の女の顔を切るのが流行(はや)った。若い婦人が鼻をそがれたり、頰を切られたりするのである。幸いにふた月三月でやんだが、その犯人は遂に捕われずに終った。
 その当時のことである。わたしが半七老人をたずねると、老人も新聞の記事でこの残忍な犯罪事件を知っていた。
 「犯人はまだ判りませんかね」と、老人は顔をしかめながら云った。
 「警察でも随分骨を折っているようですが、なんにも手がかりが無いようです」と、わたしは答えた。「一種の色情狂だろうという説もありますが、なにしろ気ちがいでしょうね」
 「まあ、気ちがいでしょうね。昔から髪切り顔切り帯切り、そんなたぐいはいろいろありました。そのなかでも名高いのは槍突きでしたよ」
 「槍突き……。槍で人を突くんですか」
 「そうです。むやみに突き殺すんです。御承知はありませんか」
 「知りません」
 「尤(もっと)もこれはわたくしが自分で手がけた事件じゃあありません。人から又聞きなんですから、いくらか間違いがあるかも知れませんが、まあ大体はこういう筋なんです」と、老人はしずかに語り出した。「文化三、丙寅(ひのえとら)年の正月の末頃から江戸では槍突きという悪いことが流行りました。くらやみから槍を持った奴が不意に飛び出して来て、往来の人間をむやみに突くんです。突かれたものこそ実に災難で、即死するものも随分ありました。その下手人(げしゅにん)は判らずじまいで、いつか沙汰やみになってしまいましたが、文政八年の夏から秋へかけて再びそれが流行り出して、初代の清元延寿太夫も堀江町(ほりえちょう)の和国橋の際(きわ)で、駕籠(かご)の外から突かれて死にました。(中略)山の手には武家屋敷が多いせいか、そんな噂はあまりきこえませんで、主(おも)に下町(したまち)をあらして歩いたんですが、なにしろ物騒ですから暗い晩などに外をあるくのは兢々(びくびく)もので、何時(いつ)だしぬけに土手っ腹を抉(えぐ)られるか判らないというわけです。文化のころの落首(らくしゅ)にも『春の夜の闇はあぶなし槍梅の、わきこそ見えね人は突かるる』とか、又は『月よしと云えど月には突かぬなり、やみとは云えどやまぬ槍沙汰』などというのがありました。今度はもう落首どころじゃありません。うっかりすると落命に及ぶのですから、この前に懲(こ)りてみな縮み上がってしまいました。」

「それは、生まれて初めて江戸という繁華な広い土地を見て、どの人もみんな綺麗に着飾っているのを見て、初めは唯びっくりしてぼんやりしていたんですが、そのうちにだんだん妬(ねた)ましくなって来て……。羨ましいだけならばいいんですが、それがいよいよ嵩(こう)じて来て、なんだかむやみに妬ましいような、腹が立つような苛々(いらいら)した心持になって来て、唯なんとなしに江戸の人間が憎らしくなって、誰でもかまわないから殺してやりたいような気になったんだそうです。」



「向島の寮」より:

「慶応二年の夏は不順の陽気で、綿(わた)ぬきという四月にも綿衣(わたいれ)をかさねてふるえている始末であったが、六月になってもとかく冷え勝ちで、五月雨(さみだれ)の降り残りが此の月にまでこぼれ出して、煙(けむ)のような細雨(こさめ)が毎日しとしと(引用者注:「しとしと」に傍点)と降りつづいた。うすら寒い日も毎日つづいた。半七もすこし風邪をひいたようで、重い顳顬(こめかみ)をおさえながら長火鉢のまえに鬱陶(うっとう)しそうに坐っていると、町内の生薬屋(きぐすりや)の亭主の平兵衛がたずねて来た。
 「お早うございます。毎日うっとうしいことでございます」
 「どうも困りましたね。時候が不順で、どこにも病人が多いようですから、お店も忙がしいでしょう」と、半七は云った。」

「「化け物でも出るんですか」と、半七はほほえんだ。「それとも、油でも舐(な)める娘でもいるんですかえ」
 「まあ、それに似寄った話でございます」と、平兵衛はひたいに皺をよせた。「その寮というのは寺島村の奥で、昼でも狐や河獺(かわうそ)の出そうな寂しい所だそうでございます。近い隣りには一軒も人家はございません。そこへ行ってから小半月ほどは、お通も唯(ただ)ぶらぶらしていたんだそうですが、それから寮番夫婦に云い付けられて、土蔵のなかへ三度の食事を運ぶことになりました」
 「土蔵の中へ……」
 「土蔵の中には大きな蛇が祀(まつ)ってあるんだそうで……。それに三度の食物を供える。」



「狐と僧」より:

「九月の末には陰(くも)った日がつづいた。神田の半七は近所の葬式(とむらい)を見送って、谷中の或る寺まで行った。ゆう七ツ(午後四時)過ぎに寺を出て、ほかの会葬者よりも一と足さきにぶらぶら帰ってくると、秋の空はいよいよ暗くなった。寺の多い谷中のさびしい道には、木の葉が雨のように降っていた。まだ暮れ切らないのに、どこかの森のなかで狐の声がきこえた。」





こちらもご参照ください:

岡本綺堂 『半七捕物帳 (三) 新装版』 (光文社時代小説文庫)



































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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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