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岡本綺堂 『半七捕物帳 (六) 新装版』 (光文社時代小説文庫)

「「銀之助は、その歳の暮に本家へ帰りました。そうしてぶらぶらしているうちに、慶応四年の上野の戦争、下谷の辺で死にました。と云っても、彰義隊に加わったわけじゃあない。町人の風をして、手拭をかぶって、戦争見物に出かけると、流れ玉にあたって路傍(みちばた)で往生、いかにもこの男らしい最期でした」」
(岡本綺堂 「薄雲の碁盤」 より)


岡本綺堂 
『半七捕物帳 
(六) 
新装版』
 
光文社時代小説文庫 お-6-21 


光文社 
2001年12月20日 初版1刷発行
413p 付記1p 作品年表8p 
文庫判 並装 カバー
定価648円+税
カバーイラスト: 堂昌一
カバーデザイン: 櫻舎



本巻所収「白蝶怪」は半七の登場しない番外編中篇小説です。



岡本綺堂 半七捕物帳 六



カバー裏文:

「欧米の探偵小説に造詣(ぞうけい)の深かった著者綺堂は、作品の舞台を江戸時代に置き、四十五歳から六十五歳まで、二十年間を費やして本作品を書き上げた。
 “捕物帳の教科書„ ともいえる不朽(ふきゅう)の名作、第六巻完結!
 「廻(まわ)り燈籠(どうろう)」「夜叉神堂(やしゃじんどう)」「二人女房(ににんにょうぼう)」等七編収録。(全六巻)
 推理小説として、また江戸の風物詩を伝える作品として名高い名作、より読みやすく新装刊。」



目次:

川越次郎兵衛(かわごえのじろべえ)
廻り燈籠(どうろう)
夜叉神堂(やしゃじんどう)
地蔵は踊る
薄雲の碁盤(ごばん)
二人(ににん)女房
白蝶怪(はくちょうかい)

解説 (岡本経一)

半七捕物帳作品年表




◆本書より◆


「川越次郎兵衛」より:

「「さっきもちょっと申し上げました田舎源氏の一件というのは、堀田原の池田屋の主人が友達や芸者太鼓持を連れて、柳亭種彦(りゅうていたねひこ)の田舎源氏のこしらえで向島へ乗り出したのです。田舎源氏は大奥のことを書いたとかいうので、非常に事が面倒になって、作者の種彦は切腹したという噂もあるくらいです。それを平気で、みんな真似をしたのですから、無事に済む筈はありません。関係者二十六人はみんなお咎(とが)めに逢いました。それでも懲りないで、とかくに変った事をやって見たがる。江戸の人気(じんき)がそんなふうになったのも、つまりは江戸のほろびる前兆かも知れません。」」


「廻り燈籠」より:

「「金蔵というのはどんな奴だ」
 「三十二、三で色のあさ黒い、痩せぎすな奴です。屋根の上の商売をしていただけに、身の軽い奴だそうで、番屋に連れて行かれた時にも、おれは酔っていたから手めえ達につかまったのだ。屋根の上へ一度飛びあがりゃあ、それからそれへと屋根づたいに江戸じゅうを逃げて見せるなんて、大きなことを云っていました」」

「「そこで、このお話ですが……。岡っ引が逃げて、泥坊が追っかける。まことにおかしいようですが、あの廻り燈籠を御覧なさい。いろいろの人間の影がぐるぐる廻っている。あとの人間が前の人間を追っかけているように見えますが、それが絶えず廻っていると、見ようによっては前の人間があとの人間を追っているようにも思われます。人間万事廻り燈籠というのは、こんな理窟かも知れませんね」」



「地蔵は踊る」より:

「「地蔵が踊る……」
 「笑っちゃいけない。そこが古今の人情の相違です。地蔵が踊るといえば、あなたはすぐに笑うけれども、昔の人はまじめに不思議がったものです。たとい昔でも、料簡(りょうけん)のある人達はあなたと同様に笑ったでしょうが、世間一般の町人職人はまじめに不思議がって、その噂がそれからそれへと広がりました。」」



「薄雲の碁盤」より:

「「ところで、その碁盤については怪談めいた由来話が付きまとっているのです。御承知の通り、高尾と薄雲、これが昔から吉原の遊女の代表のように云われていますが、どちらも京町(きょうまち)の三浦屋の抱妓(かかえ)で、その薄雲は玉という一匹の猫を飼っていました。すると、ある時その猫が何かにじゃれて、床の間に飛びあがったはずみに、そこに置いてある碁盤に爪を引っかけて、横手の金蒔絵(まきえ)に疵(きず)を付けました。もちろん大きな疵でもなく、薄雲もふだんからその猫を可愛がっているので、別に叱りもしないで其(そ)のままにして置きました」」
「「ある日のこと、薄雲が二階を降りて風呂場へゆくと、かの猫があとから付いて来て離れない。いくら可愛がっている猫でも、猫を連れて風呂へはいるわけにはいかないので、薄雲は叱って追い返そうとしても、猫はなかなか立ち去らない。ふだんと違って、すさまじい形相(ぎょうそう)で唸(うな)りながら、薄雲のあとを追おうとする。これには持て余して人を呼ぶと、三浦屋の主人も奉公人も駈けて来て、無理に猫を引き放そうとしたが、猫はどうしても離れない。
 こうなると、猫は気が狂ったのか、さもなければ薄雲を魅込(みこ)んだのだろうと云うことになって、主人は脇差を持って来て、猫の細首を打ち落とすと、その首は風呂場へ飛び込みました。見ると、風呂場の竹窓のあいだから一匹の大きい蛇が這(は)い降りようとしている。猫の首はその蛇の喉(のど)に啖(くら)付いたので、蛇も堪(た)まらずどさりと落ちる。その頃の吉原は今と違って、周囲に田圃(たんぼ)や草原が多いので、そんな大きな蛇が何処からか這い込んで来たとみえます。猫はそれを知って主人を守ろうとしたのかと、人々も初めて覚(さと)ったがもう遅い。薄雲は勿論、ほかの人々も猫の忠義をあわれんで、その死骸を近所の寺へ送って厚く弔(とむら)ってやりました。」」

「「お話は文久三年十一月、あらためて申すまでもありませんが、その頃は幕末の騒がしい最中で、押込みは流行(はや)る、辻斬りは流行する、放火(つけび)は流行る。将軍家は二月に上洛、六月に帰府、十二月には再び上洛の噂がある。猿若町(さるわかまち)の三芝居も遠慮の意味で、吉例の顔見世狂言を出さない。十一月十五日、きょうは七五三の祝い日だと云うのに、江戸城の本丸から火事が出て、本丸と二の丸が焼ける。こんな始末で世間の人気(じんき)は甚(はなは)だ穏かでありません。それに付けても、わたくし共の仕事は忙がしくなるばかりで、今になって考えると、よくもあんなに働けたと思う位です。
 その二十三日の朝のことでした。本所竪川(たてかわ)通り、二つ目の橋のそばに屋敷を構えている六百五十石取りの旗本、小栗昌之助の表門前に、若い女の生首(なまくび)が晒(さら)してありました。女は年ごろ二十二、三で、顔にうす痘痕(あばた)はあるが垢抜けのしたいい女。どう見ても素人らしくない人相、髪は散らしているので、どんな髷(まげ)に結っていたか判りません。その首は碁盤の上に乗せてありました」
 「碁盤……。薄雲の碁盤ですか」と、わたしはすぐに訊き返した。」







こちらもご参照ください:

岡本綺堂 『半七捕物帳 (一) 新装版』 (光文社時代小説文庫)







































































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Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
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Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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