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岡本綺堂 『探偵夜話 ― 岡本綺堂読物集 四』 (中公文庫)

「僕はだん/\に暗くなつてゆく海の色をしばらく眺めてゐた。頭の上の白い雲が雪のやうに溶けて消えるのをぼんやりと瞰(み)あげてゐた。」
(岡本綺堂 「剣魚」 より)


岡本綺堂 
『探偵夜話
― 岡本綺堂
読物集 四』
 
中公文庫 お-78-1


中央公論新社
2013年10月25日 初版発行
301p 著者・編者略歴1p 付記1p
口絵(カラー)1葉
文庫判 並装 カバー
定価686円+税
カバー画: 山本タカト
カバーデザイン: ミルキィ・イソベ


「本書は、一九三二年(昭和七)六月に春陽堂から刊行された日本小説文庫『綺堂讀物集四 探偵夜話』を底本とし、一九二七年(昭和二)五月に春陽堂から刊行された『綺堂讀物集乃四 探偵夜話』を適宜参照しました。さらに、「女教師」と「密漁」は初出誌を底本としました。」
「正字を新字にあらためた(一部固有名詞や異体字をのぞく)ほかは、(中略)歴史的かなづかいをいかし、踊り字などもそのままとしました。ただし、ふりがなは(中略)新かなづかいとし、明らかな誤植は修正しました。」



口絵は山本タカト「狸尼」。カバー絵は「医師の家」の主人公の不具の与助です。
本書はヤフオクで500円(3,000円以上購入で送料無料)で出品されていたのを落札しておいたのが届いたのでよんでみました。
本書所収「山の秘密」は『近代異妖篇』所収「水鬼」と同テーマで、出世主義で差別主義な理系エリート登場人物がいたいけな少女(本作ではサンカ少女)を弄んで復讐される話で、のちの松本清張の社会派推理小説を先取りする作品であるといってよいです。



岡本綺堂 探偵夜話



カバー裏文:

「死んだ筈の将校が生き返った話、山窩の娘の抱いた哀切な秘密、駆け落ち相手を残して変死した男の本当の死因、空き家に出入りする娘は本当に毒婦か、娘義太夫の美貌の太夫に毒を盛ったのは誰、など、探偵趣味の横溢する奇譚を集めた好調第四集。附録として単行本未収載の短篇二篇を添える。」


目次 (初出):

探偵夜話
 火薬庫 (「面白倶楽部」 大正9年10月/のち『子供役者の死』に収録)
 剣魚 (初出誌未確認/『慈悲心鳥』に収録)
 医師の家 (「ポケット」 大正8年3月/原題「医者の家」、のち「医師の家」と改題して『慈悲心鳥』に収録)
 椰子の実 (「ポケット」 大正9年1月/のち『慈悲心鳥』に収録)
 山の秘密 (「婦人倶楽部」 大正10年1月/原題「山女(やまめ)」、のち「山窩の娘」と改題して『子供役者の死』に収録)
 蛔虫 (「ポケット」 大正7年11月/原題「置去り」、のち「蛔虫」と改題して『慈悲心鳥』に収録)
 有喜世新聞の話 (「文藝倶楽部」 大正15年1月/原題「有喜世新聞の話 鯔の腹の状袋」)
 娘義太夫 (「ポケット」 大正7年12月/のち『慈悲心鳥』に収録)
 穴 (初出誌未確認/青蛙房版『岡本綺堂読物選集 六』には大正14年9月作「写真報知」とある)
 狸尼 (「ポケット」 大正9年2月、3月/のち『慈悲心鳥』に収録)
 狸の皮 (「ポケット」 大正8年2月/のち『慈悲心鳥』に収録)
 百年前の黒手組 (「新小説」 大正13年4月)

附録
 女教師 (「ポケット」 大正8年1月)
 密漁 (「ポケット」 大正10年4月)

解題 (千葉俊二)




◆本書より◆


「剣魚」より:

「町から海岸の方へ出ると、水沢のうしろ姿は一町(いっちょう)ほど先に見えた。(中略)僕は相変らずぶら/\歩いてゆくと、青い大空には秋の雲が白く流れて、頭の上にはまだなか/\暮れさうもなかつたが、水の上は磯端(いそばた)の砂の色とおなじやうに薄暗く濁(にご)つて来た。沃度(ようど)を採るために海草を焚(た)く白い烟(けむり)が海の方へ低く靡(なび)いてゐた。
 僕はだん/\に暗くなつてゆく海の色をしばらく眺めてゐた。頭の上の白い雲が雪のやうに溶けて消えるのをぼんやりと瞰(み)あげてゐた。」



「医師の家」より:

「与助は村の医師(いしゃ)の一人息子で、今年十六の筈(はず)であるが、打見(うちみ)はやう/\十一二位(ぐらい)にしか見えない、殆(ほとん)ど不具に近い発育不全の少年であつた。耳は多少きこえるらしいが、口は自由にまはらない。たゞ時々に野獣のやうな牙を剝(む)き出して、『あゝ。』とか『むゝ。』とか奇怪な叫び声をあげるに過ぎなかつた。しかし容貌(ようぼう)は醜(みにく)くない。かれは死んだ母に肖(に)て、細(ほそ)く優しげな眼(め)と紅(あか)い脣(くちびる)とを有(も)つてゐた。
 彼が幼いときの経歴は倉部巡査も直接には知らない。しかし村の者の伝へるところによると、不具の少年の経歴は惨(いた)ましい暗い影に掩(おお)はれてゐた。」
「なんでも一人息子の与助が二歳(ふたつ)の秋の出来事であつたと伝へられてゐる。相原医師(いし)の妻は与助を背負つて、近所の山川(やまがわ)へ投身した。妻は死んだが、幼(おさな)い子(こ)は救はれた。併(しか)しその時に彼の身体(からだ)にどんな影響をあたへたのか、与助はその後一種の白痴に近い低能児になつてしまつて、学齢に達しても小学校へ通(かよ)ふことも出来なくなつた。」
「しかし彼は普通の小買物(こがいもの)をするくらゐの使歩(つかいある)きには差支(さしつか)へなかつた。町の人達もみな彼の顔を知つてゐるので、彼の突きならべた銀貨や銅貨の数から算当してそれに相当の品物を渡してよこすのを例(れい)としてゐた。彼(かれ)はむしろ喜んで父の使(つかい)に駈けあるいてゐた。」



「椰子の実」より:

「『誰も悪いいたづらをした訳ぢやないんです。』と、安井君は更(さら)に新しい事実を教へてくれた。『この近所のスマトラ島では土人が猿を飼つてゐます。こゝでも飼つてゐる者があります。それは椰子の実を取らせるためで、自分たちが梯子(はしご)をかけて登るよりは楽ですからね。木の下へ行つて猿を放してやると、猿めは梢(こずえ)へする(引用者注:「する」に傍点)/\と登つて行つて、熟した椰子の実をもぎ取つて咬(かじ)らうとするが、皮が硬くて歯が立たないので、癇癪(かんしゃく)を起して投(ほう)り出(だ)して、更(さら)にほかの実を取つて咬つてみると、これも矢(や)はり硬いので又投り出すのを、土人は下にゐて片つ端から拾ひあつめる。かういふわけで、こゝらの土人の中(うち)には猿を飼つてゐるのが随分あります。小鉄の頭の上に椰子の実を投り落したのも矢はりその猿で、番人の目を偸(ぬす)んでぬけ出して、木から木を伝つてゐるうちに、熟した椰子の実を見つけてもぎ取つたが、例の通り硬くて食(く)へない。自棄(やけ)になつて上から投り出すと、小鉄が運悪くその下に立つてゐて、脳天を打たれたと云ふわけです。」


「山の秘密」より:

「『あの児はどこの児です。』
 『どこの児だか判りませんよ。』と、老爺は苦笑ひをしてゐました。『どこかに親も兄弟もあるんでせうが、なにしろあんな人間でございますからね。』
 『やつぱり山窩(さんか)とかいふんですか。』
 『さうですよ。こゝらの山の中にはあんな者が棲(す)んでゐて、時々に村へ降(お)りて行つて色々の悪さをして困りますよ。』
 『山女を売りに来たんですか』
 『なに、売りに来たんぢやありません。あゝして自分の捕つたのを持つて来てくれるんですよ。』
 『その代(かわ)りにこつちでも何か食物(たべもの)でも遣るんですか。』と、わたくしはまた訊きました。
 『なにか食物を遣ることもありますが……。毎日のやうに煩(うる)さく来るので、この頃(ごろ)は相手にならずに追ひ返してしまふんです。考へてみりやあ可哀相(かわいそう)のやうでもありますけれど……。』
 『まつたく可哀さうですわね。』
 『毎日あゝして山女を捕つて来てくれるんですからね。まつたく涙が出るやうに可哀相なこともありますけれども、どうにも斯(こ)うにも仕様がありません。あんな者のことですから、そのうちには又どうにかなりますよ。』」



「穴」より:

「かういふ事情で建腐(たちぐさ)れのまゝになつてゐた空屋敷を、わたしの父が廉(やす)く買ひ取つて、それに幾らかの手入れをして住んでゐたのであるから、今から考へるとあまり居心のよい家ではなかつたらしい。第一に屋敷がだゝつ(引用者注:「だゝつ」に傍点)広(ぴろ)い上に、建物が甚(はなは)だ古いと来てゐるから、なんとなく陰気で薄つ暗い。庭も広過ぎて、とても掃除や草取りが満足には出来さうもないといふので、庭の中程(なかほど)に低い四(よ)つ目垣(めがき)を結(ゆ)つて、その垣(かき)の内(うち)だけを庭らしくして、垣の外はすべて荒地(あれち)にして置いたので、夏から秋にかけては芒(すすき)や雑草が一面に生(お)ひ茂つてゐる。万事がこの体(てい)であるから、その荒涼たる光景は察するに余りありともいふべきであるが、その当時は東京市中にもこんな化物屋敷(ばけものやしき)のやうな家(うち)が沢山(たくさん)に見出されたので、世間の人も居住者自身も格別に怪(あや)しみもしなかつたらしい。
 わたしの家(うち)ばかりでなく、周囲の家々(いえいえ)も先(ま)づ大同小異といつた形で、しかも一方には山や森をひかへてゐるのであるから、不用心(ぶようじん)とか物騒(ぶっそう)とかいふことは勿論(もちろん)であると思はなければならない。人間ばかりでなく、種々(しゅじゅ)の獣(けもの)も襲つてくるらしい。現に隣の家(うち)では飼鶏(かいどり)をしば/\食ひ殺された。それは狐(きつね)か貉(むじな)の仕業(しわざ)であらうと云ふことであつた。ゆふ方(がた)のうす暗いときに、なんだか得体(えたい)のわからない怪獣がわたしの家(うち)の台所をうかゞつてゐたと云つて、年のわかい女中(じょちゅう)が悲鳴をあげて奥へ逃げ込んで来たこともあつた。夏になると、蛇がむやみに這い出して、時には軒先(のきさき)からぶらり(引用者注:「ぶらり」に傍点)と長く下(さが)つて来ることがある。まつたく始末に終(お)へない。」

「耳をすますと、がさ(引用者注:「がさ」に傍点)/\といふ音は庭さきの空地(あきち)の方から低く響いてくるらしい。前にもいふ通り、こゝは四つ目垣を境(さかい)にしてたゞ一面の藪(やぶ)のやうになつてゐるので、人の丈(たけ)よりも高い芒(すすき)の葉に夜露の流れて落ちるのが暗いなかにも光つてみえる。父は四つ目垣のほとりまで忍んで来て、息をころして窺(うかが)ふと、恰(あたか)もその時、そこらの草叢(くさむら)がざわ(引用者注:「ざわ」に傍点)/\と高く騒いで、忽(たちま)ちにきやつ(引用者注:「きやつ」に傍点)といふ女の悲鳴がきこえた。
 女の声はすこしく意外であつたので、父もぎよつ(引用者注:「ぎよつ」に傍点)とした。しかしもう猶予(ゆうよ)はない。父は持つてゐる枝をとり直して、四つ目垣をまはつて空地へ出ると、草むらはまた激しくざわ(引用者注:「ざわ」に傍点)/\とゆれて戦(そよ)いだ。芒や雑草をかきわけて、声のした方角へたどつて行つたが、不断(ふだん)でもめつたに這入つたことの無い草原(くさはら)で、しかも夜中のことであるから、父にも確(たしか)に見当はつかない。父は泳ぐやうな形で、高い草のあひだを潜(くぐ)つて行くと、俄(にわか)に足をすべらせた。露(つゆ)に滑(すべ)つたのでもなく、草の蔓(つる)に足を取られたのでもない。そこには思ひも付かない穴があつたのである。はつ(引用者注:「はつ」に傍点)と思ふ間(ま)に、父はその穴のなかに転げ落ちてしまつた。
 落ちると、穴の底ではまたもやきやつ(引用者注:「きやつ」に傍点)といふ女の声がきこえた。父がころげ落ちたところには、人間が横たはつてゐたらしく、その胸か腹の上に父のからだが落ちかゝつたので、それに圧潰(おしつぶ)されかゝつた人間が思はず悲鳴をあげたのである。その人間が女であることは、その声を聞いたゞけで容易に判断されたが、一体どうしてこんなところに穴が掘つてあつたのか、またその穴のなかに何(ど)うして女が潜(ひそ)んでゐたのか、父にはなんにも判らなかつた。
 『あなたは誰ですか。』と、父は意外の出来事におどろかされながら訊(き)いた。
 女は答へなかつた。あたまの上の草むらは又もやざわ(引用者注:「ざわ」に傍点)/\と乱れてそよいだ。」








こちらもご参照ください:

岡本綺堂 『今古探偵十話 ― 岡本綺堂読物集 五』 (中公文庫)


































































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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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