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石川達夫 『黄金のプラハ ― 幻想と現実の錬金術』 (平凡社選書)

「「オドラデク(Odradek)」という名前は、チェコ語的な形態を持っていて、チェコ語の odradit (断念させる、不興をかう)から派生した名詞のように思えるし、odpadek (ゴミ、クズ)や odpadlík (背教者、変節者、離反者、脱落者)を連想させもする。だが同時に、「オドラデク」が星形の糸巻のように見えるということからすると、ドイツ語の Rad (紡ぎ車)と関係のある言葉のようにも思われる。」
(石川達夫 『黄金のプラハ』 より)


石川達夫 
『黄金のプラハ
― 幻想と現実の
錬金術』
 
平凡社選書 205 


平凡社 
2000年5月24日 初版第1刷発行
393p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,800円(税別)
基本デザイン/カバーデザイン: 中垣信夫+吉野愛
カバー写真: カレル・プリツカ「美しき祖国」1979年から



本文中図版(モノクロ)47点、図表3点。巻頭にプラハ市街図1点。



石川達夫 黄金のプラハ



帯文:

「ヨーロッパの歴史と文化の十字路
宗教改革、民族運動、ナチズム、社会主義、民主化、……
歴史の激動に翻弄されながらも、その記憶と伝説によって夢幻の美に
彩られた、中欧の古都プラハ。幾重にも積み重なった記憶の深みに分け入り、
幻想と歴史が織りなすプラハの魅力へと読者を誘う。」



カバー裏文: 

「ゲルマンとスラヴ、プロテスタントとカトリック、ナショナリズムとナチズム、社会主義と民主化、……プラハは、ヨーロッパの十字路として、民族、宗教、イデオロギーのさまざまな対立と抗争を身に被りながら、それを記憶と伝説に形象化し、夢幻のうちに共存する新たな現実を生み出していった。輻輳する文化と歴史の坩堝の中で、錬金術さながら形成・変容されてきたこの町には、多様性の中にも統一性を保つ、独特の地霊がある。「黄金のプラハ」とか「百塔の町」とか呼ばれ、中世以来の美しい町並みを保つ、幻想と現実の錬金術の町プラハに、我々はヨーロッパ文化の一つの典型的なあり方を見ることができよう。」


目次:

序――ヨーロッパの十字路、プラハの地霊(ゲニウス・ロキ)

Ⅰ プラハの名前をめぐって
 一 「鴨居」から「敷居」へ
 二 「モルダウ」から「ヴルタヴァ」へ
 三 「民族劇場」から「国民劇場」へ
 四 「牢獄の廊下」から「黄金の小道」へ

Ⅱ プラハの歴史をめぐって
 一 創設からマニエリズムまで
 二 バロックからネオ・ルネサンスまで
 三 アール・ヌーヴォーから現代まで

Ⅲ プラハの聖者像をめぐって
 一 聖ヴァーツラフとブルンツヴィーク
 二 聖ヤン・ネポムツキーとプラハの幼子イエス
 三 ヤン・フスとヤン・ジシュカ

Ⅳ プラハのユダヤ人街をめぐって
 一 チェコのユダヤ人とプラハのユダヤ人街
 二 ラビ・レーフとゴーレム伝説
 三 フランツ・カフカとプラハのユダヤ人

跋――夢を育み、夢に育まれる町


プラハ年表
人名索引




◆本書より◆


「Ⅰ プラハの名前をめぐって」より:

「一八一七年に、東ボヘミアの町ドゥヴール・クラーロヴェーの教会の地下室で、古いチェコ語の手稿(『ドゥヴール・クラーロヴェーの手稿』)が「発見」された。それは、それまで知られていたあらゆるチェコ語の文学作品よりも古い、一三世紀のものと思われる作品で、より大きな手稿の「断片」だった。更に、慾一八年には、西ボヘミアの町ネポムクのゼレナー・ホラの城の地下室で、やはり古いチェコ語の手稿(『ゼレナー・ホラの手稿』)が「発見」された。それは、『ドゥヴール・クラーロヴェーの手稿』よりも更に古い、一〇世紀のものと思われる作品で、やはりより大きな手稿の「断片」だった。」
「『手稿』は、偽作説も出されたにもかかわらず、チェコ人社会に熱狂的に受け入れられ、また各国語に訳されて、『手稿』に関心を抱いた外国人たちにも受け入れられ、ゲーテやグリムにも感銘を与えた。」
「こうして、『手稿』はチェコ民族の誇りとなり、チェコ民族主義の活性剤となった。『手稿』は、実際には偽作だったのだが、文学的に優れた作品も含まれていて、一九世紀のチェコの芸術家たちに大きな影響を与え、彼らの霊感を呼び起こした。(中略)チェコの一流の芸術家たちが『手稿』から霊感を得て作品を作った。」
「更に、有名な歴史家パラツキーなどの学者も影響を受けて、『手稿』に描かれた古代チェコ人の姿を取り入れた学問的著作を書いた。つまり、『手稿』は、チェコ人の歴史(像)をも変容させたのである。
 『手稿』については、その後、その真偽をめぐって激烈な「手稿論争」が展開された後、ようやくそれを偽作とする見方が根付いた。現在では、『手稿』は、反ドイツ的なチェコの民族主義者だった詩人ハンカと作家リンダが作ったものと考えられている。
 実は、『手稿』のような偽作は、この二つの作品だけではなくて、チェコの「民族復興運動」の「ユングマン時代」と呼ばれる、プレ・ロマン主義的、ロマン主義的時代には、偽作が横行していたのである。それは、当時のチェコの社会的・文化的貧困を偽作によって補おうとする志向、幻想によって現実を補おうとする志向の産物であると同時に、当時の芸術的規範の所産でもあった。チェコの文芸学者マツラが指摘しているように、「ユングマン時代」には mystification がはやり、「偽作」と「真の創作」との区別が極めて曖昧だった。(中略)更に、「ユングマン時代」には、偽作と遊技・冗談の区別も曖昧で、ふざけた偽作も少なからずあったという。」
「このような偽作者たちはみな、一種の錬金術師だったと言えるかもしれない。その中でも、いわば偽金を金貨に仕立て上げた上に、幾つもの本物の金貨まで創り出させたハンカとリンダは、一流の錬金術師だったのだと言えるかもしれない。」

「プラハでは、現実が幻想を生むばかりか、それ以上に幻想が幻想を生み、それどころか幻想が現実を生んできた。考えてみれば、プラハはリブシェが幻視して出来たというリブシェ伝説がもしも事実だったとすれば、「黄金のプラハ」の町そのものも、そもそもリブシェの幻想が生み出した現実ということになる。プラハとその文化は、幻想と現実が双方向に影響し合い、支え合い、混ざり合って、形成されてきたものである。つまり、Praha は、幻想と現実の práh (敷居・境界)の上にある町なのである。」

「「民族復興運動」は、自分たちの祖国の様々な名前を取り戻す闘いだったとも言える。ドイツ語の「プラーク」をチェコ語の「プラハ」に、ドイツ語の「モルダウ」をチェコ語の「ヴルタヴァ」に……。自分たちの言葉チェコ語で発音した時に初めて、自分たちの町も川も、祖国のすべてのものが、疎外されたよそよそしいものではなくて、自分たちに近しい、本当に自分たちの祖国のものとして感じられるようになったはずなのである。」



「Ⅱ プラハの歴史をめぐって」より:

「産業の発展、チェコ民族運動の高揚、記念博覧会、「衛生化措置」、技術革命などと共に進行したプラハの近代的変容は、「黄金のプラハ」という表象を流通させるようになった。」
「ところが、主としてチェコ人の間で「黄金のプラハ」というイメージが流通する一方で、主として非チェコ人の間では魔術的・オカルト的なプラハ、いわば「黒鉛のプラハ」というイメージが一九世紀中葉から国際的に流通し始め、それは世紀転換期のデカダン派および表現主義において頂点に達し、プラハは両極的な二つのイメージに分裂する。これは恐らく、世界的に近代化が進行する中で、ロンドンやパリなどに比べれば近代化の後発都市であり、中世以来の古い町並みを多く残し、かつてヨーロッパ最大のユダヤ人街を擁していたプラハに、ある種の人々が非近代的で魔術的・オカルト的な闇の部分を(懐旧的に)求めた結果であろう。プラハに生まれて生涯をプラハで過ごし、プラハを舞台にした怪奇的作品も書いたドイツ語作家レッピンは、『古きプラハの思い出』(一九一七)というエッセイの中で次のように書いているが、ここにもそのような心性が認められよう。

  ひたすら真昼の栄光を求め、その達成のみを望む新しいプラハは、偉大で有能かもしれない。活気あふれる未来を約束された、まばゆく輝くプラハ。しかしそこには、もはや何の不思議も奇跡もない。

 既にフランスの女流作家ジョルジュ・サンドは、長編小説『コンスエロ(Consuelo)』(一八四二~四三)の中で、神秘的な夜のプラハを描き、フス派の将軍ジシュカの生まれ変わりで千里眼を持つ超能力者を登場させている。サンドは実際にはプラハを訪れずに資料だけで描いたようだが、イギリスの女流作家ジョージ・エリオットは実際にプラハを訪れ、そのときの印象をもとに、彼女の作品としては異色の怪奇小説『かかげられし帷(The Lifted Veil)』(一八五九)を書き、その中でやはり、(中略)千里眼を持つ人物を登場させている。またアメリカの作家クロフォードも、長編小説『プラハの妖術師』(一八九一)の中で、妖しい女妖術師を登場させ、プラハを魔術的・オカルト的な闇の町として描いている。そして、このような系譜の頂点が、ヴェーゲナーの映画『ゴーレム』(一九一四)とマイリンクの小説『ゴーレム』(一九一五)などに代表されるゴーレム文学・映画である(中略)。
 もっとも、非チェコ人のみならず、チェコ人作家・詩人でも、デカダン派の中には、このような「黒鉛のプラハ」の系譜に繋がる作品を書いた者たちがいる。「衛生化措置」による歴史的なプラハの破壊に対する反対運動の先頭に立ったムルシュチークは、その小説『サンタ・ルツィア』(一八九三)において、プラハを、「ヴルタヴァ川の白い霧のネグリジェの中に隠れた、黒い女誘惑者」として表象している。」
「このような、不幸をもたらす魔性の女としてのプラハは、オリヴァの絵「黄金のプラハ」に描かれた、幸福の象徴としてのリブシェ的女神の表象の対極にあるものである。この対極的な二種類の女性像は、近代化の光と闇の二面性の表象化と言えるだろう。
 プラハはまた、その中を(とりわけ夜)人がさまよう一種の迷宮として捉えられる(中略)。そして、ババーネクの詩「プラハの上に」(一九一二)におけるように、夜さまようときに闇の中に浮かんで見えるプラハのシルエットは、オリヴァの「黄金のプラハ」の絵などに描かれたシルエットとは対極的に、暗く悲劇的なものの象徴となる。

  僕は夜の中を歩く。幻影のように、大聖堂が過ぎ去った時代の中から空へと聳え、
  かつての栄光が、黙した墓のように……。
  そして、川向こうの、霧と煙の中、そこではもはや別の日々を
  疲れた町がまどろみ、不安な夢を見ている。」

「ヴルチェクによれば、「過去は、デカダン派的様式化の主要なモチーフの一つとなった。過去への接近によって、デカダン派詩人は、自らの存在の意味と、人間の運命と町との神秘的な関係を問うのである」。そして、マイリンクに代表されるプラハのドイツ文化は、「チェコ文化よりも更に明瞭に、古いプラハの神話に刻印されている。プラハのドイツ文化にとって、古いプラハは、消えゆく静かな故郷の世界へのノスタルジックな回想だった。チェコ文化は日に日に、より際立った力となり、ますます己れの未来に目を凝らした。それとは逆に、プラハのドイツ文化は、その芸術的表現において、より切実に過去を、プラハの神秘的な絆と魅力を問い、それを何よりもまず自らの遺産、自らの生の絆と見なしたのである」。
 確かに、プラハを詠ったリルケの詩集『家神への捧げ物』(一八九五)も、ノスタルジアとメランコリーに満ちている。」
「リルケは、(中略)「古時計」という詩で、あやうく時を告げることが許されなくなるところだった旧市街市庁舎の古時計のことを詠っているが、更にドイツ語詩人ザルスは、日に一度だけそれが指している時間と出会う、完全に止まった時計についての詩を書いている。ドイツ系詩人・作家の作品において、プラハは、ザルスの詩に出てくる、止まった時計に象徴されるものとなり、プラハを詠う音調におけるノスタルジアとメランコリーが強まり、プラハの表象における幻影性・夢想性が高まったのである。」



「Ⅳ プラハのユダヤ人街をめぐって」より:

「かつてのユダヤ人街から残ったもののうち、ユダヤ市庁舎もまた、その特異さでプラハの訪問者の目を引くものである。この建物の上部には、通常の大時計のほかに、ヘブライ文字盤の大時計も付けられ、その針は時計回りとは逆に回るのである。これについて、フランスの詩人アポリネールは、その詩集『アルコール』(一九一三)の冒頭の詩「地帯(Zone)」の中で、「ユダヤ人街の大時計の針が逆向きに動き/君も自分の人生をゆっくりと逆行する」と詠っている。」

「先に紹介した旧ユダヤ人墓地の奇妙な光景は、次のようにして出来た。ユダヤ教では、死者の墓を壊してはならない。そこで、この墓地に空き地がなくなると、既にある墓の上に土を盛って、その上に次の墓を作っていった(場所によっては、一二層も墓が重なっているという)。その際、前の墓の墓碑は、土の上に出るように持ち上げられた(墓地の壁に埋め込まれた墓碑も多い)。これを繰り返すうちに、奇妙な墓碑の集積が生じたのである。」

「「完全なドイツ人」ではないのにドイツ人と見なされている、「完全なユダヤ人」ではないユダヤ人が、矛盾した自己像から逃れる道は、自分のユダヤ性を極力消し去って完全な同化――しばしば「完全なドイツ人」以上に完全な同化――に努めるか、さもなければ逆に、意識的にユダヤ性へと回帰して「完全なユダヤ人」に戻るように努めるかの、どちらかであろう。」

「前述のように、チェコスロヴァキア共和国成立後、チェコ人、ドイツ人、ユダヤ人の間には確かに緊張・軋轢関係が残ってもいたが、三者は同じチェコスロヴァキア国民として接近・交流を深めてもいった。そして、しばしばユダヤ人が、その仲介者として重要な役割を果たしたのだった。
 それからもう一つ指摘しておくべきことは、先に指摘した、ユダヤ人における同化と回帰との間の揺れという現象は主に、いわば社会・文化的エリートにおける現象であり、下層の庶民的レベルでは別の現象も見られる、ということである。
 それは、カフカと同様にプラハ生まれのユダヤ系ドイツ語作家であるハース、ウルツィディール、ヴェルフェルなどがその生涯について書き留めている、ユダヤ人の放浪者ヴァイセンシュタイン・カレルのような場合である。ドイツ語作家たちがたむろしていたプラハのカフェ・アルコに出入りしていたこの放浪者は、ドイツ語とチェコ語とイディッシュがまぜこぜになった言葉を話していたという。同化か、さもなくば回帰か、という二者択一ではなく、三つの民族の町プラハの混合状態をそのままに生きる、ある意味で逞しい生命力を持ったユダヤ人もまた、もちろんいたのである。」








こちらもご参照ください:

ヴラスタ・チハーコヴァー 『新版 プラハ幻影 ― 東欧古都物語』
グスタフ・マイリンク 『ゴーレム』 今村孝 訳 (河出海外小説選)
Klaus Wagenbach 『Franz Kafka: Bilder aus seinem Leben』
澁澤龍彦 『ヨーロッパの乳房』
巖谷國士 『ヨーロッパの不思議な町』 (ちくま文庫)
フェルナンド・ペソア 『ペソアと歩くリスボン』 近藤紀子 訳 (ポルトガル文学叢書)
石井洋二郎 『パリ ― 都市の記憶を探る』 (ちくま新書)
陣内秀信 『ヴェネツィア ― 水上の迷宮都市』 (講談社現代新書)
池内紀 『ウィーン ― ある都市の物語』 (ちくま文庫)





















































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