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『千載和歌集』 久保田淳 校注 (岩波文庫)

「うつゝをもうつゝといかゞ定むべき夢にも夢を見ずはこそあらめ」
(『千載和歌集』 より)


『千載和歌集』 
久保田淳 校注
 
岩波文庫 黄/30-132-1 


岩波書店 
1986年4月16日 第1刷発行
368p 
文庫判 並装
定価550円



本書「凡例」より:

「一 本書は藤原俊成が撰んだ、第七番目の勅撰和歌集『千載和歌集』を翻刻し、簡単な脚注を付したものである。
一 奏覧本の形状を記す奥書を有する近世書写の一本(架蔵)を底本とし、同本に欠く部分は同系統と見られる東京大学国文学研究室本によって補った。
一 翻刻に際しては、歴史的仮名遣いに統一し、適宜底本の仮名を漢字に改め、漢字を仮名に改め、その他用字を改め、送り仮名を補い、振り仮名を付し、また(中略)底本独自の注記(中略)を省くなど、もっぱら読みやすさを主眼とした校訂を加えた。」
「一 和歌に『新編国歌大観』第一巻勅撰集編所収本と共通の通し番号を付した。」
「一 脚注は作品の解釈と鑑賞に必要と思われる語釈、大意、参考となる詩歌や本説、及び本文の異同などを掲げた。なお短歌の場合は第一句・第二句などを㊀㊁で示した。」
「一 巻末に解説と和歌索引・作者索引を付した。」




千載和歌集 01



帯文:

「幽艶さの中に静かな寂しさを湛え次の『新古今和歌集』の先がけとなる。全歌1288首、藤原俊成、1188(文治4)年成立。八代集の一。」


目次:

凡例


巻第一 春歌上
巻第二 春歌下
巻第三 夏歌
巻第四 秋歌上
巻第五 秋歌下
巻第六 冬歌
巻第七 離別歌
巻第八 羇旅歌
巻第九 哀傷歌
巻第十 賀歌
巻第十一 恋歌一
巻第十二 恋歌二
巻第十三 恋歌三
巻第十四 恋歌四
巻第十五 恋歌五
巻第十六 雑歌上
巻第十七 雑歌中
巻第十八 雑歌下 雑躰
巻第十九 釈教歌
巻第二十 神祇歌

補注
解説
和歌索引
人名索引




千載和歌集 02



◆本書より◆


「巻第一 春歌上」より:

   「帰る雁の心をよみ侍りける  左近中将良経
37 ながむればかすめる空の浮雲とひとつになりぬ帰るかりがね」


脚注:

「作者―藤原(九条)良経。㊂㊃浮雲にまぎれてしまった。」


「巻第三 夏歌」より:

   「撫子の花の盛りなりけるを見てよめる  和泉式部
206 見るかなほこの世の物とおぼえぬは唐撫子(からなでしこ)の花にぞありける」


脚注:

「㊀異文、みるになほ。㊁㊂唐撫子の華やかな美しさを賞美して言う。「この世」に日本(本朝)を暗示。」


「巻第四 秋歌上」より:

   「百首歌たてまつりける時、秋立つ心をよめる  待賢門院堀河
228 秋の来るけしきの森の下風に立ちそふものはあはれなりけり」


脚注:

「㊁大隅国の歌枕。上から「秋の来る気色」と続けて言う。」

   「皇太后宮大夫俊成
259 夕されば野べの秋風身にしみて鶉(うづら)鳴くなり深草の里」


脚注:

「下句―鶉の鳴く声が聞える深草の里(山城国の歌枕。現、京都市伏見区)。参考、年を経て住みこし里を出でていなばいとど深草野とやなりなん、野とならば鶉となきて年は経んかりにだにやは君は来ざらむ(古今・雑下、伊勢物語・一二三段)、俊成の自讃歌だが、俊恵は批判したと伝える。」

   「海辺ノ月といへる心をよめる  俊恵法師
291 ながめやる心のはてぞなかりける明石の沖に澄める月かげ」


脚注:

「㊃明石は播磨国の歌枕。現、明石市。月の名所。」

   「月照草露といへる心をよめる  藤原親盛
296 浅茅原葉末にむすぶ露ごとにひかりを分けてやどる月かげ」


脚注:

「大意―露の一つ一つに月光が宿るさまを詠む。」


「巻第五 秋歌下」より:

   「題しらず  大弐三位
302 はるかなるもろこしまでも行くものは秋の寝覚めの心なりけり」


脚注:

「大意―秋の夜長に寝覚めて抱く茫漠たる秋思を歌う。」

   「題しらず  仁和寺法親王道性
334 虫の音もまれになりゆくあだし野にひとり秋なる月のかげかな」


脚注:

「㊂山城国の歌枕と一応考えられるが、普通名詞とも解しうる。」


「巻第八 羇旅歌」より:

   「旅の歌とてよみ侍りける  法印慈円
533 旅の世にまた旅寝して草枕夢のうちにも夢を見るかな」


脚注:

「㊀㊁言ってみればこの世が既に旅の世、その現世で旅寝して。㊂「旅」の縁語。「枕」は「夢」の縁語。下句―人生は夢のようなもの、その夢の中でも夢を見るよ。」


「巻第十一 恋歌一」より:

   「百首歌よみ給いひける時、恋の歌  式子内親王
677 はかなしや枕さだめぬうたゝ寝にほのかにまよふ夢の通ひ路」


脚注:

「大意―枕の位置も決めないうたた寝に、ほのかに迷う夢の通い路ははかないこと。→補」

補注:

「参考、宵々に枕定めん方もなしいかに寝し夜か夢に見えけん(古今・恋一 読人不知)」


「巻第十七 雑歌中」より:

   「摂政右大臣の時家の歌合に、述懐歌とてよめる  源師光
1088 今はたゞ生けらぬものに身をなして生れぬのちの世にもふるかな」


脚注より:

「大意―今は死んだ者同然にこの身を見なして、生れてはいない後の世の生を送っている感じだ。」

   「右近中将忠良
1111 背かばやまことの道は知らずとも憂き世を厭ふしるしばかりに」


脚注:

「大意―仏道はわからなくても憂き世を厭離するしるしとして出家したい。」

   「題しらず  読人しらず
1125 憂きことのまどろむほどは忘られて覚むれば夢の心地こそすれ」


脚注:

「大意―「まどろむ」と「覚む」とを対比させて現実を夢のようだと見なす。」

   「百首歌たてまつりける時、無常の心をよめる  藤原季通朝臣
1128 うつゝをもうつゝといかゞ定むべき夢にも夢を見ずはこそあらめ」


脚注:

「下句―夢の中でも夢を見ないならばとにかく。実際には見るのだから。「うつゝ」と「夢」を対比させ、同語反復の技巧によって現実の頼りなさを歌う。」

   「山寺に籠りゐ侍りけるに、房にとゞまりたる人の、いつか出でんずると問ひて侍りければつかはしける  覚俊上人
1147 世を背き草の庵にすみぞめの衣の色はかへるものかは」


脚注:

「大意―遁世し草庵に住み初め、墨染の衣をまとったのですから、今更憂き世には帰りませんし、衣が色褪せる筈もありません。㊂「住み初め」に「墨染め」を掛ける。㊄「色」の縁語「かへる」に「帰る」を掛ける。」


「巻第十九 釈教歌」より:

   「菩提といふ寺に結縁の講しける時聴聞にまうでたりけるに、人のもとより、とく帰りねといひたりければつかはしける  清少納言
1206 求めてもかゝる蓮(はちす)の露をおきて憂き世にまたは帰るものかは」


脚注:

「菩提といふ寺―山城国阿弥陀ケ峰にあった寺か。大意―自身から求めても懸かりたい蓮の露なのに、それをさしおいて、再び憂き世に帰るものですか。「かゝる」は「斯かる」と「露」の縁語「懸かる」の掛詞。「蓮の露」は法華八講の比喩。「おき」は「措き」と「露」の縁語「置き」の掛詞。」







こちらもご参照ください:

『玉葉和歌集』 次田香澄 校訂 (岩波文庫)















































































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