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『新古今和歌集 上』 久保田淳 校注 (新潮日本古典集成)

「行く末は 空もひとつの 武蔵野(むさしの)に 草の原より 出づる月影」
(『新古今和歌集』 より)


『新古今和歌集 上』 
久保田淳 校注 

新潮日本古典集成


新潮社 
昭和54年3月5日 印刷
昭和54年3月10日 発行
385p 
四六判 丸背クロス装上製本 貼函
定価1,800円
装画: 佐多芳郎



本書「凡例」より:

「本書は、『万葉集』『古今和歌集』とともに、古典和歌の一つの典型である『新古今和歌集』を読み味わうことを意図したもので、上下二冊から成る。上巻には序文から巻第十羇旅(きりょ)歌まで、下巻には巻第十一恋歌一から巻第二十釈教歌までの本文を収め、注解を加えた。」
〔本文〕
一、伝蜷川新右衛門尉親元(にながわしんえもんのじょうちかもと)筆室町時代書写『新古今和歌集』列帖装写本二帖を底本とした。
一、原則として底本の本文を尊重したが、底本の本文が明らかに誤っていると考えられる場合は、他本により校訂した。」
「一、仮名づかいは歴史的仮名づかいに、字体は通行の字体に改めた。
一、もっぱら読みやすさを考慮して、清濁を分ち、散文の個所には句読点を打ち(中略)、底本の表記にかかわらず、適宜仮名に漢字を宛て、または漢字を仮名に改め、必要と認めた場合には送り仮名を補い、振り仮名を付した。」
「一、真名序は、訓み下し文を先に、原漢文を後に掲げた。
一、和歌は各句の間を一字あけとし、歌頭にアラビア数字により『国歌大観』の歌番号を付した。」
〔注解〕
一、真名序・仮名序では、構成を示し、語釈を試みた頭注の他に、傍注(色刷り)を加えて、部分的に現代語訳を試みた。
一、歌集部分の頭注は、ほぼ次のような内容から成る。ただし、一首の和歌について、主題と現代語訳以外の部分は、とくに必要ないと考えられる場合は適宜省略した。
   各巻内における主題の指摘
   詞書の語釈
   和歌の現代語訳(色刷り)
   鑑賞注
   和歌の語釈」



第24回配本。



新潮日本古典集成 新古今和歌集 上 01



帯文:

「見果てぬ夢を追う春の曙、橘の香に偲ぶ過ぎ去った日々……めぐり逢っては別れてゆく人の世の哀しみを、四季折々の風物に託して歌う流麗優艶な詞華集。」


帯裏:

「世の有為転変をつぶさに見つめつつ、仏道修行の旅に生きた西行、その歌は祈りにも似た魂の表白。
 年たけて又越ゆべしと思ひきや
 いのちなりけり佐夜の中山

咲き乱れる花も所詮はつかのまの夢。いやされぬ心の痛みと孤独の悲しさを歌に託した式子内親王。
 花は散りその色となく眺むれば
 むなしき空に春雨ぞ降る

言葉への懐疑から出発、汚濁の現実世界を厳しく拒否した定家の歌は、この世ならぬ美の空間を創る。
 春の夜の夢の浮橋とだえして
 峯にわかるる横雲の空」



目次:

凡例

真名序
仮名序
巻第一 春歌上
巻第二 春歌下
巻第三 夏歌
巻第四 秋歌上
巻第五 秋歌下
巻第六 冬歌
巻第七 賀歌
巻第八 哀傷歌
巻第九 離別歌
巻第十 羇旅歌

解説




新潮日本古典集成 新古今和歌集 上 02



◆本書より◆


「巻第一 春歌上」より:

   「宮内卿
76 薄く濃き 野べのみどりの 若草に 跡(あと)までみゆる 雪のむらぎえ」


頭注:

薄かったり濃かったりする野辺の緑の若草によって、はっきりとわかります。雪があるいは速くあるいは遅く消えていった様子が。
「緑なるひとつ草とぞ春は見し秋はいろいろの花にぞありける」(『古今集』秋上、読人しらず)に対して、若草も一様でないとした、機知的発想の歌。」


「巻第三 夏歌」より:

   「五首歌人々によませ侍りける時、夏の歌とてよみ侍りける  摂政太政大臣
220 うちしめり あやめぞかをる ほととぎす 鳴くやさつきの 雨の夕暮」


頭注より:

大気はしっとりと湿りけを帯び、あやめがかぐわしい薫りを放っている。そしてほととぎすが声高く鳴く、五月の雨の日暮時。
本歌「ほととぎす鳴くやさつきのあやめ草あやめも知らぬ恋もするかな」(『古今集』恋一、読人しらず)。」



「巻第四 秋歌上」より:

   「西行法師すすめて百首歌よませ侍りけるに  藤原定家朝臣(ふぢはらのさだいへのあそん)
363 見わたせば 花ももみぢも なかりけり 浦のとま屋の 秋の夕暮」


頭注より:

見わたすと、春の花はもとより、秋にふさわしい紅葉すら何ひとつないよ。苫葺(とまぶ)きの海人(あま)の仮小屋が散らばるこの浦の秋の夕暮は。
すべてのはなやかな色彩を欠いた、蕭条(しょうじょう)たる秋の夕暮の海岸風景を、一切の主観的表現を用いずに描く。『細流抄』(『源氏物語』の古注釈書)は、「なかなか春秋の花紅葉の盛りなるよりは、ただそこはかとなう繁れる蔭どもなまめかしきに」(『源氏物語』明石(あかし))に拠ったと説く。古来解釈、評価の分れる作であるが、茶の湯ではわび茶の精神の象徴のごとくいわれる歌。」

   「五十首歌たてまつりし時、野径(やけいノ)月  摂政太政大臣
422 行く末は 空もひとつの 武蔵野(むさしの)に 草の原より 出づる月影」


頭注より:

はるかかなたは空も地と一つになっている広々とした武蔵野を行くと、草原の中から大きな月が出てきたよ。


「巻第六 冬歌」より:

   「題しらず  式子内親王(しよくしないしんわう)
605 冬寒み 木の葉晴れゆく よなよなに のこるくまなき 庭の月影」


頭注:

冷たく吹く風のために木々の葉がはらわれて、遮るものがなくなってゆく夜ごと夜ごとに、庭をくまなく照らし出すようになる月の光よ。
幽居の庭を容赦なく照らし出す冬の月を歌って、このような非情な風景を見つめているあるじの孤独な心をうかがわせる。」

   「百首歌の中に  太上天皇
683 このごろは 花ももみぢも 枝になし しばしな消えそ 松の白雪」


頭注:

冬のさなかのこの頃は、枝には目を楽しませる春の花も、秋のもみじとてもない。せめてしばし消えないでおくれ、松の白雪よ。
「降る雪は消えでもしばしとまらなむ花ももみぢも枝になきころ」(『後撰集』冬、読人しらず)の本歌取りだが、定家の三六三の影響を受けていると思われる。」







こちらもご参照ください:

『新古今和歌集 下』 久保田淳 校注 (新潮日本古典集成)
『和漢朗詠集』 大曽根章介 堀内秀晃 校注 (新潮日本古典集成)
『藤原定家歌集 附 年譜』 佐佐木信綱 校訂 (岩波文庫)
今川文雄 編訳 『明月記抄』
丸谷才一 『後鳥羽院』 (日本詩人選)
























































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