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『太平記 (三)』 兵藤裕己 校注 (岩波文庫)

「追手(おって)の兵、一堆(いったい)の灰を払ひのけてこれを見るに、傍(かたわ)らに女性(にょしょう)かと覚しき人、懐妊したるよと見え、(中略)胎内にある子、刃(やいば)の先に懸かりながら、腹の内より半ばばかり出で懸かりて、血と灰とにまみれたり。」
(『太平記』第二十一巻「塩冶判官讒死の事』 より)


『太平記 (三)』 
兵藤裕己 校注
 
岩波文庫 黄/30-143-3 


岩波書店 
2015年4月16日 第1刷発行
2016年4月15日 第2刷発行
520p 
文庫判 並装 カバー
定価1,200円+税
カバー: 中野達彦
カバー図版: 新田義貞、越前府城を攻略する(第十九巻)/『太平記絵巻』第七巻より



本書「凡例」より:

「本書の底本には、京都の龍安寺所蔵(京都国立博物館寄託)の西源院本『太平記』を使用した。」


本文中地図3点、脚注に参考図版9点。



太平記 三



カバーそで文:

「建武三年(一三三六)五月、足利軍との戦いに敗れた楠正成は湊川で自害し、暦応元年(一三三八)閏七月新田義貞も流れ矢に眉間を射られて討死した。南朝勢力が衰える中、武家は公家を軽んじ、二年八月後醍醐天皇も病をえて死去した。(第十六―二十一巻)(全六冊)」


目次:

凡例
全巻目次

第十六巻
 西国蜂起の事 1
 新田義貞進発の事 2
 船坂熊山等合戦の事 3
 尊氏卿持明院殿の院宣を申し下し上洛の事 4
 福山合戦の事 5
 義貞船坂を退く事 6
 正成兵庫に下向し子息に遺訓の事 7
 尊氏義貞兵庫湊川合戦の事 8
 本間重氏鳥を射る事 9
 正成討死の事 10
 義貞朝臣以下の敗軍等帰洛の事 11
 重ねて山門臨幸の事 12
 持明院殿八幡東寺に御座の事 13
 正行父の首を見て悲哀の事 14

第十七巻
 山攻めの事、并 千種宰相討死の事 1
 熊野勢軍の事 2
 金輪院少納言夜討の事 3
 般若院の童神託の事 4
 高豊前守虜らるる事 5
 初度の京軍の事 6
 二度の京軍の事 7
 山門の牒南都に送る事 8
 隆資卿八幡より寄する事 9
 義貞合戦の事 10
 江州軍の事、并 道誉を江州守護に任ずる事 11
 山門より還幸の事 12
 堀口還幸を押し留むる事 13
 儲君を立て義貞に付けらるる事 14
 鬼切日吉に進せらるる事 15
 義貞北国落ちの事 16
 還幸供奉の人々禁獄せらるる事 17
 北国下向勢凍死の事 18
 瓜生判官心替はりの事 19
 義鑑房義治を隠す事 20
 今庄入道浄慶の事 21
 十六騎の勢金崎に入る事 22
 白魚船に入る事 23
 金崎城詰むる事 24
 小笠原軍の事 25
 野中八郎軍の事 26

第十八巻
 先帝吉野潜幸の事 1
 伝法院の事 2
 勅使海上を泳ぐ事 3
 義治旗を揚ぐる事、并 杣山軍の事 4
 越前府軍の事 5
 金崎後攻めの事 6
 瓜生老母の事 7
 程嬰杵臼の事 8
 金崎城落つる事 9
 東宮還御の事 10
 一宮御息所の事 11
 義顕の首を梟る事 12
 比叡山開闢の事、并 山門領安堵の事 13

第十九巻
 光厳院殿重祚の御事 1
 本朝将軍兄弟を補任するその例なき事 2
 義貞越前府城を攻め落とさるる事 3
 金崎の東宮并びに将軍宮御隠れの事 4
 諸国宮方蜂起の事 5
 相模次郎時行勅免の事 6
 奥州国司顕家卿上洛の事、付 新田徳寿丸上洛の事 7
 桃井坂東勢奥州勢の跡を追つて道々合戦の事 8
 青野原軍の事 9
 嚢砂背水の陣の事 10

第二十巻
 黒丸城初度の合戦の事 1
 越後勢越前に打ち越ゆる事 2
 御宸翰勅書の事 3
 義貞朝臣山門へ牒状を送る事 4
 八幡宮炎上の事 5
 義貞黒丸に於て合戦の事 6
 平泉寺衆徒調伏の法の事 7
 斎藤七郎入道道猷義貞の夢を占ふ事、付 孔明仲達の事 8
 水練栗毛付けずまひの事 9
 義貞朝臣自殺の事 10
 義貞朝臣の頸を洗ひ見る事 11
 義助朝臣敗軍を集め城を守る事 12
 左中将の首を梟る事 13
 奥勢難風に逢ふ事 14
 結城入道堕地獄の事 15

第二十一巻
 蛮夷階上の事 1
 天下時勢粧の事、道誉妙法院御所を焼く事 2
 神輿動座の事 3
 法勝寺の塔炎上の事 4
 先帝崩御の事 5
 吉野新帝受禅の事、同 御即位の事 6
 義助黒丸城を攻め落とす事 7
 塩冶判官讒死の事 8

付録
 系図(赤松氏系図/佐々木氏系図)
 『太平記』記事年表3

[解説3] 『太平記』の歴史と思想




◆本書より◆


「金崎城(かねがさきのじょう)落(お)つる事」より:

「由良(ゆら)(脚注:「新田の家来で、群馬県太田市由良町出身の武士。」)、長浜(ながはま)(脚注:「埼玉県児玉郡上里町長浜に住んだ武士。武蔵七党の丹党。」)二人(ににん)、新田越後守(にったえちごのかみ)(脚注:「義顕。義貞の子。」)の前に参つて申しけるは、「城中の兵、数日(すじつ)の疲れによつて、矢の一つをもはかばかしく仕(つかまつ)り得(え)候はぬ間、敵、すでに一、二の木戸を破つて攻め近づいて候ふなり。今はいかに思(おぼ)し召(め)すとも、叶(かな)ふべからず。東宮(とうぐう)(脚注:「皇太子、恒良親王。」)をば、小舟に乗せまゐらせて、いづくの浦へも落としまゐらせ、自余(じよ)の人々は、一所(いっしょ)に集まつて、御自害あるべしと存じ候ふ。その程は(脚注:「その間は。」)、われら攻め口へ罷(まか)り向(む)かひて、相支(あいささ)へ候はんずるなり(脚注:「敵をふせぎましょう。」)。見苦しからんずる御具足(おんぐそく)ども(脚注:「敵に見られたくない道具類。」)をば、皆海へ流させられ候へ」と申して、御前(おんまえ)を立ちけるが、余りに疲れて足も立たざりければ、二の木戸の脇に射殺されて臥したりける死人の腹の肉を切つて、二十余人の兵ども、一口づつ食うて、これを力にてぞ戦ひける。」

「由良(ゆら)、長浜(ながはま)は、これまでもなほ木戸口(きどぐち)に返して、喉乾(かわ)けば、己れが瘡(きず)より流るる血を受けて飲み、力疲るれば、前に臥したる死人の肉を切り食ひて、皆人(みなひと)の自害しはてんまでと戦ひけるを、安間六郎左衛門(あまのろくろうざえもん)(脚注:「淡路(兵庫県南あわじ市阿万)の武士。」)、走(はし)り下(くだ)つて、「いつを期(ご)と(脚注:「いつ勝機があるかと思って。」)合戦をばし給ふぞ。大将早や御自害候ひつるぞ」と申しければ、「いざさらば、とても死なんずる命を、もしやと(脚注:「どうせ助からぬ命だから、もしかして敵の大将と差し違えることができるかもしれぬので。」)寄手(よせて)の大将どもの辺へ紛(まぎ)れ寄(よ)つて、よからんずる敵どもと差し違へて死なん」とて、五十余人の兵ども、三所(みところ)の木戸を同時に開(あ)けて打つて出づるに、攻(せ)め口方(くちかた)の寄手三千余人を追ひまくり、その敵に交(まじ)り、高越後守(こうのえちごのかみ)が陣へぞ近づきける。いかにすれども、城より出でたる者どもの体(てい)、枯渇憔悴(こかつしょうすい)して(脚注:「痩せ衰えてやつれ果て。」)、尋常(よのつね)の人に紛(まが)ふべうもなかりければ、人皆これを見知つて押(お)し隔(へだ)てける間、一人(いちにん)もよき敵に逢ふ者なくして、所々(しょしょ)にて討たれにけり。
 すべて城の中に籠(こ)もる所の勢(せい)八百三十人、その中に降人(こうにん)になつて助かる者十二人、岩の中に隠れて活(い)きたる者四人、その外(ほか)八百十四人は、一時(いっし)に皆(みな)自害して、戦場の土となりにけり。今に至るまで、その怨霊(おんりょう)この地に留(とど)まつて、月陰(くも)り雨暗き夜は、叫呼求食(きょうこくじき)の声啾々(しゅうしゅう)として、人の毛吼(もうく)を寒からしむ(脚注:「月が曇り雨が降って暗い夜は、食を求めて叫ぶ亡霊の声が悲しげに響き、人をぞっとさせる。「新鬼煩冤(はんえん)し旧鬼哭す、天陰(くも)り雨湿(うるお)ふときは声啾々たり」(杜甫・兵車行)。」)。」



「一宮御息所(いちのみやみやすどころ)の事」より:

「かかる処(ところ)に、梶取(かんどり)、船底より這ひ出でて、「この鳴渡(なると)と申すは、龍宮城の東門に当たつて候ふ程に、何にても候へ、龍神の欲しがらせ給ふ物を、海へ沈め候はねば、いつもかやうの不思議ある所にて候ふ。これはいかさま、屋形に召されて候ふ上臈女房(じょうろうにょうぼう)を、龍神の思ひ懸けまゐらせたりと覚え候ふ。申すも余りに邪見(じゃけん)に情けなく候へども(脚注:「申し上げるのも余りに無慈悲で冷酷ですが。」)、この御事(おこと)独(ひと)りのゆゑに、若干(そこばく)の者どもが皆非分(ひぶん)の死を仕(つかまつ)り候はん事、不便(ふびん)の事にて候へば(脚注:「大勢の者が非業の死を遂げますのは、気の毒なことですので。」)、この上臈を海へ入れまゐらせて、百余人の命を助けさせ給ひ候へかし」とぞ申しける。元来(もとより)情けなき田舎人(いなかびと)なれば、かくても、もしわが命や助かる(脚注:「こうすれば、わが命が助かるかもしれぬ。」)と、松浦五郎(まつらのごろう)、屋形の内に参りて、御息所(みやすどころ)を荒(あら)らかに引き起こし奉り、「余りにつらき御気色(みけしき)をのみ見奉るが、本意(ほい)なう存じ候へば(脚注:「あまりに薄情なご様子ばかり拝見するのが、残念に思われますので。」)、海へ沈めまゐらすべきにて候ふ。御契(おんちぎ)り深く候はば(脚注:「前世からの因縁で宮と深く結びついておられるなら。」)、土佐(とさ)の畑(はた)へ流れ寄らせ給ひて、流され宮と一つ浦に住ませ給ひ候へ」とて、情けなく掻(か)き懐(いだ)きまゐらせて、海へ投げ入れ奉らんとす。これ程の事になつては、何の御言(おんこと)の葉(は)かあるべきなれば(脚注:「もはや何も言うことができずに。」)、ただ夢のやうに思(おぼ)し召(め)して、つやつや息をも出ださせ給はず、御心の中(うち)に仏の御名(みな)ばかり唱へさせ給ひて、早や絶(た)え入(い)らせ(脚注:「気を失う。」)給ひぬると見えたり。
 これを見て、僧の一人(いちにん)便船(びんせん)したりけるが、松浦が袖をひかへて、「いかなる御事にて候ふぞ。龍神と申すも、南方無垢(なんぽうむく)の成道(じょうどう)を遂(と)げて(脚注:「「法華経」提婆達多品(だいばだったぼん)で説かれる龍女(娑竭羅〈しゃから〉龍王の八歳の娘)の故事。法華経の力で南方の無垢世界(浄土)に赴き成道(成仏)したとされる。」)、仏の授記(じゅき)(脚注:「仏が修行者に与える成仏の保証。」)を得たるものにて候へば、全く罪業(ざいごう)の手向(たむけ)(脚注:「罪深い供物。」)を受くべからず。しかるを、生きながら人を取つて海中へ沈められば、いよいよ龍神怒つて、一人も助かる者や候ふべき。ただ経を読み、陀羅尼(だらに)を満(み)て、法楽(ほうらく)に備へられ(脚注:「陀羅尼(梵語の呪文)を十分唱え、法楽(神仏への手向けの業)として捧げ。」)候はんこそ、しかるべく覚え候ふ」と、堅く制(せい)し留(とど)めければ、松浦、理(ことわ)りに折れて、「さらば暫(しばら)く」とて、御息所を屋形の中(うち)に荒らかに投げ捨て奉る。「さらば、僧の儀に付いて(脚注:「意見に従って。」)祈りをせよ」とて、異口同音(いくどうおん)に観音の名号(みょうごう)を唱へけるに、不思議の物ども、浪の上に浮かび出でて見えたり。
 先(ま)づ一番に、退紅(たいこう)(脚注:「薄紅の狩衣(しもべの着衣)。」)着たる仕丁(じちょう)(脚注:「公家に仕えるしもべ。」)が、長櫃(ながびつ)を舁(か)きて通ると見えて、打(う)ち失(う)せぬ。その次に、白葦毛(しろあしげ)なる馬(脚注:「白毛の多い葦毛(白毛に黒または茶の毛が混じった馬)。」)に白鞍(しろくら)(脚注:「縁を銀で飾った鞍。」)置いて、舎人(とねり)(脚注:「馬や牛を引く従者。」)八人引きて通ると見えて、打ち失せぬ。その後(のち)、先日大物(だいもつ)の浦(うら)にて腹切つて死したりし右衛門府生秦武文(うえもんのふしょうはたのたけふん)、火威(ひおどし)の鎧(脚注:「緋色の糸で縅(おど)した鎧。」)に、五枚甲(ごまいかぶと)(脚注:「錣(しころ=鉢から垂らす首おおい)の板が五段からなる兜。」)の緒(お)をしめ、黄鴾毛(きつきげ)なる馬(脚注:「黄色がかった鴾毛(葦毛で赤みを帯びた馬)。」)に乗つて、弓杖(ゆんづえ)にすがり、松浦が船に向かつて、紅(くれない)なる扇を揚げ、その船止まれ、止まれと、招くやうに見えて、浪の底へぞ入りにける。
 梶取(かんどり)これを見て、「灘(なだ)(脚注:「潮流の速い航行の難所。」)を走る船に、不思議を見る事は、常の事にて候へども、これはいかさま、武文(たけふん)が怨霊(おんりょう)と覚えて候ふ。その験(しるし)を御覧ぜんために(脚注:「その証拠を確認するために。」)、船中の艇(かこ)(脚注:「小舟。底本・神田本「カコ」。玄玖本「艇(カコフネ)」。」)を一艘(いっそう)引き下ろし、この上臈女房(じょうろうにょうぼう)を乗せまゐらせ、浪の上につき流して、龍神の心をいかにと御覧候へかし」と申せば、「この儀、げにも」とて、艇を一艘引き下ろし、水手(すいしゅ)と御息所(みやすどころ)とを乗せ奉り、渦(うず)の漲(みなぎ)つて巻き返る浪の上にぞ浮かべける。
 かの早離(そうり)、速離(そくり)(脚注:「摩涅婆咜(まねばだ)国の早離・速離兄弟が、継母により南海の孤島に捨てられ、餓死したという話(観世音菩薩浄土本縁経、宝物集ほか)。底本「蒼利則利」。)の海岸(かいがん)(山(さん))に放たれし、飢寒(きかん)の愁へ深うして、涙尽(つ)きせずと云へども、人住む島の中なれば、立ち寄る方もありぬべし。これは浦にもあらず、いかに鳴渡(なると)の浪の上に、身を捨て舟の(脚注:「身を捨てると捨て舟(乗る人のない舟)を掛ける。「恨みても身を捨て舟のいつまでと寄るべも波に袖濡らすらむ」(続後拾遺和歌集・藤原行朝)。」)浮き沈みに、塩瀬(しおぜ)に廻(めぐ)る水の泡の、消えなん(脚注:「潮流に流される水の泡のように消える。」)事こそ悲しけれ。龍神ただ得成(えな)らぬ仲(脚注:「あってはならない仲。御息所と松浦の仲。」)をや裂けられけん、風俄(にわ)かに吹き分けて、松浦(まつら)が船は、西を指して吹かれ行くと見えけるが、一谷(いちのたに)の奥(脚注:「兵庫県神戸市須磨区の海岸。」)より武庫山(むこやま)おろし(脚注:「六甲山(武庫山)から吹き下ろす風。」)に放たれて、行き方知らずなりにけり。
 その後(のち)、浪静まり、風止(や)みければ、御息所の御舟に乗せられたりつる水手、かひがひしく舟漕ぎ寄せて、淡路(あわじ)の六島(むしま)(脚注:「武島とも。南あわじ市の沼島(ぬしま)。」)と云ふ所へ付け奉る。」



「金崎(かねがさき)の東宮(とうぐう)并(なら)びに将軍宮(しょうぐんのみや)御隠(おかく)れの事」より:

「東宮(とうぐう)は、連枝(れんし)(脚注:「兄弟。」)の御兄弟に将軍宮(しょうぐんのみや)(脚注:「成良(なりよし)親王。征夷将軍。母は、東宮と同じく新待賢門院(阿野廉子)。」)とて、直義朝臣(ただよしあそん)の先年鎌倉へ申し下しまゐらせられたりし先帝の第七宮(だいしちのみや)と、一つ御所に押(お)し籠(こ)められて御座(ぎょざ)ありける処(ところ)へ、氏光(うじみつ)、薬を一裹(つつ)み持参して、「いつとなく(脚注:「いつも。」)かやうに打ち籠もりて御座(ござ)候へば、御病気なんどの萌(きざ)す御事もや候はんずらんとて、三条殿(さんじょうどの)(脚注:「足利直義。京都の三条坊門高倉に邸があった。」)より調進(ちょうしん)せられて候ふ。毎朝(まいちょう)に一七日(ひとなぬか)(脚注:「七日間。」)の間(あいだ)聞こし召し候へ」とて、御前(おんまえ)にぞ差し置かれける。
 氏光罷(まか)り帰(かえ)つて後(のち)、将軍宮、この薬を御覧ぜられて仰せられけるは、「病(やまい)の未だ見えぬ前(さき)に、かねて(脚注:「前もって。」)療治(りょうじ)を加ふる程に、われらをいたはしく思ふならば、この一室の中に押し籠めて、朝暮(ちょうぼ)物を思はすべしや。これ必ず病を治(じ)する薬にはあるべからず。ただ命を縮(しじ)むる毒なるべし」とて、庭へ打ち捨てんとせさせ給ひけるを、東宮、御手に取らせ給ひて、「そもそも尊氏(たかうじ)、直義等(ら)、それ程に情けなき所存を挟(さしはさ)むものならば、たとひこの薬を飲まずとも、遁(のが)るべき命(脚注:「助かる命。」)にても候はず。これ元来(もとより)願ふ所の成就(じょうじゅ)なり。ただこの毒を飲んで、世を早くせばや(脚注:「早く命を終えよう。」)とこそ思ひ候へ。「それ人間の習ひ、一日一夜を経(ふ)る程に、八億四千の思ひあり」(脚注:「人の常として一日一夜を経ると無数の煩悩・悪念が生じる。「人世間に生まれて、凡そ一日一夜を経るに八億四千万の念有り」(道綽〈どうしゃく〉・安楽集)。」)と云へり。富貴栄花(ふっきえいが)の人に於て、なほこの苦しみを遁(のが)れず。況(いわ)んや、われら籠鳥(ろうちょう)の雲を恋ひ、涸魚(かくぎょ)の水を求むる如くに(脚注:「籠の中の鳥が雲を恋い、水のない所にいる魚が水を求めるように。「唯(ただ)籠鳥の雲を恋ふるの思ひ有り、未だ轍魚肆(みせ)に近づくの悲しみを免れず」(本朝文粋・平兼盛・勘解由次官図書頭を申す状)。」)なつて、聞くに付け見るに随ふ悲しみ(脚注:「聞くにつけ見るにつけて増す悲しみ。」)の中に、待つ事もなき月日を送らんよりは、命を鴆毒(ちんどく)のために縮めて、後生善処(ごしょうぜんしょ)(脚注:「来世には極楽浄土に生まれること。」)の望みを達せんには如(し)かじ」と仰せられて、毎日に法華経(ほけきょう)を一部あそばされて、この鴆毒をぞまゐりける(脚注:「召し上がった。」)。将軍宮、これを御覧じて、「誰(たれ)とても浮世(うきよ)に心を留(とど)むべきにあらず。同じ暗き路(みち)に迷はん後世(ごせ)までも(脚注:「煩悩の闇路に迷う来世でも。」)、御供申さんこそ本意(ほい)なれ」とて、もろともにこの毒を七日までぞまゐりける。
 やがて東宮は、その翌日(つぎのひ)より御心地(おんここち)例に違(たが)はせ給ひけるが、御終焉(ごしゅうえん)の儀閑(しず)まりて(脚注:「ご臨終のさまは平静で。」)、四月十三日の暮(くれ)程に、忽(たちま)ちに御隠れありてけり。将軍宮(しょうぐんのみや)は、二十日余りまで恙(つつが)もなくて御座(ぎょざ)ありけるが、黄疸(おうだん)と云ふ御労(おんいたわ)り(脚注:「肝臓の障害で皮膚が黄色くなる症状。」)出で来て、御遍身(ごへんしん)(脚注:「体中。」)黄(き)にならせ給ひて、これもつひにはかなくならせ給ひにけり。」






こちらもご参照ください:

『太平記 (四)』 兵藤裕己 校注 (岩波文庫)













































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うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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