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『太平記 (四)』 兵藤裕己 校注 (岩波文庫)

「今、持明院殿(じみょういんどの)は、なかなか権を執(と)り運を開く武家に順(したが)はせ給ひて、ひとへに幼児の乳母(めのと)を憑(たの)むが如く、奴(やっこ)と等しくなりおはします程に、仁道(じんどう)の善悪これなく、運によつて形(かた)の如く安全におはしますものなり。これも御本意(ごほい)にはあらねども、理(ことわ)りをも欲心をも打ち捨ておはしまさば、末代(まつだい)邪悪の時、なかなかに御運を開かせ給ふべきものなり。」
(『太平記』第二十七巻「雲景未来記の事」 より)


『太平記 (四)』 
兵藤裕己 校注
 
岩波文庫 黄/30-143-4 


岩波書店 
2015年10月16日 第1刷発行
517p 
文庫判 並装 カバー
定価1,200円+税
カバー: 中野達彦
カバー図版: 楠正行、吉野の後村上天皇の御所に参上する(第二十六巻)/『太平記絵巻』第八巻より



本書「凡例」より:

「本書の底本には、京都の龍安寺所蔵(京都国立博物館寄託)の西源院本『太平記』を使用した。」


本文中地図1点、脚注に参考図版6点。



太平記 四



カバーそで文:

「貞和三年(一三四七)、楠正成の子正行が父の十三年忌に際して挙兵した。これに対し高師直は楠討伐に向かい、吉野南朝の皇居を焼き払った。その後観応の擾乱となったが、師直は観応二年(一三五一)武庫川で上杉能憲らに討たれ、高一族は滅亡した。(全六冊)」


目次:

凡例
全巻目次

第二十二巻 (欠)

第二十三巻
 畑六郎左衛門時能の事 1
 戎王の事 2
 鷹巣城合戦の事 3
 脇屋刑部卿吉野に参らるる事 4
 孫武の事 5
 将を立つる兵法の事 6
 上皇御願文の事 7
 土岐御幸に参向し狼藉を致す事 8
 高土佐守傾城を盗まるる事 9

第二十四巻
 義助朝臣予州下向の事、付 道の間高野参詣の事 1
 正成天狗と為り剣を乞ふ事 2
 河江合戦の事、同 日比海上軍の事 3
 備後鞆軍の事 4
 千町原合戦の事 5
 世田城落ち大館左馬助討死の事 6
 篠塚落つる事 7

第二十五巻
 朝儀の事 1
 天龍寺の事 2
 大仏供養の事 3
 三宅荻野謀叛の事 4
 地蔵命に替はる事 5

第二十六巻
 持明院殿御即位の事 1
 大塔宮の亡霊胎内に宿る事 2
 藤井寺合戦の事 3
 伊勢国より宝剣を進す事 4
 黄梁の夢の事 5
 住吉合戦の事 6
 四条合戦の事 7
 秦の穆公の事 8
 和田楠討死の事 9
 吉野炎上の事 10

第二十七巻
 賀名生皇居の事 1
 師直驕りを究むる事 2
 師泰奢侈の事 3
 廉頗藺相如の事 4
 妙吉侍者の事 5
 始皇蓬萊を求むる事 6
 秦の趙高の事 7
 清水寺炎上の事 8
 田楽の事 9
 左兵衛督師直を誅せんと欲せらるる事 10
 師直将軍の屋形を打ち囲む事 11
 上杉畠山死罪の事 12
 雲景未来記の事 13
 天下怪異の事 14

第二十八巻
 八座羽林政務の事 1
 太宰少弐直冬を婿君にし奉る事 2
 三角入道謀叛の事 3
 鼓崎城熊ゆゑ落つる事 4
 直冬蜂起の事 5
 恵源禅閤没落の事 6
 恵源禅閤南方合体の事、并 持明院殿より院宣を成さるる事 7
 吉野殿へ恵源書状奏達の事 8
 漢楚戦ひの事、付 吉野殿綸旨を成さるる事 9

第二十九巻
 吉野殿と恵源禅閤と合体の事 1
 桃井四条河原合戦の事 2
 道誉後攻めの事 3
 井原の石龕の事 4
 金鼠の事 5
 越後守師泰石見国より引つ返す事、付 美作国の事 6
 光明寺合戦の事 7
 武蔵守師直の陣に旗飛び降る事 8
 小清水合戦の事 9
 松岡城周章の事 10
 高播磨守自害の事 11
 師直以下討たるる事 12
 仁義血気勇者の事 13

付録
 系図(高氏系図/上杉氏系図)
 『太平記』記事年表4

[解説4] 『太平記』の本文(テクスト)




◆本書より◆


「戎王(じゅうおう)の事」:

「昔(脚注:「以下は、「後漢書」南蛮西南夷列伝を原拠とする話。古代中国の伝説上の五帝のひとり、高辛(こうしん)氏が西戎(せいじゅう)と戦ったとき、敵将の首を取った者に娘をやるというと、槃瓠(ばんこ)という飼犬が取ってきたので娘を与え、その子孫が後に南蛮族になったという。類話は、「捜神記」、「山海経」注など。」)、周(しゅう)の世まさに衰へんとせし時、戎国(じゅうこく)(脚注:「西方の蛮族の国。」)乱れて、王化(おうか)(脚注:「王の支配。」)に随はず。兵を遣(つか)はして、これを攻めらると云へども、官軍の戦ひ、利なくして、討たるる者三十万人、地の奪はるる事七千余里、国危ふく、土羞(はずかし)められて、諸侯(しょこう)皆かれに降(くだ)らん事を請ふ。ここに、周王これを愁(うれ)へて、玉扆(ぎょくい)(脚注:「玉座。扆は、玉座の後ろに立てるついたて。」)を安くし給はず。時節(おりふし)、御前(おんまえ)に犬の候ひけるに、魚肉(ぎょにく)を与へられて、「汝(なんじ)もし心あらば、戎国に下つて、ひそかに戎王を喰(く)ひ殺(ころ)して、世の乱れを鎮(しず)めよ。しからば、汝に三千の宮女(きゅうじょ)(脚注:「三千の後宮の女官。「後宮の佳麗三千人」(白居易・長恨歌)。」)を一人(いちにん)下(くだ)して、夫婦となし、戎国の主(あるじ)たらしむべし」とぞ、戯(たわむ)れて仰せられたりける。この犬、勅命(ちょくめい)を聴いて、立つて三声(みこえ)吠えけるが、則ち万里の路(みち)を過ぎ、戎国に下つて、ひそかに戎王の寝入りたる所へ忍び入つて、その王を喰ひ殺し、その頸(くび)を銜(くわ)へて、周王の御前にぞ参りける。
 これ等閑(なおざり)に(脚注:「いいかげんに。」)戯れて勅定(ちょくじょう)(脚注:「王の仰せ。」)ありし事なれども、綸言(りんげん)(脚注:「王の言葉。」)改(あらた)め難(がた)しとて、后宮(きさきのみや)を一人(いちにん)、この犬に下されて夫婦たらしめ、戎国をその賞にぞ行はれける。后、この犬に伴ひて、泣く泣く戎国に下つて、年久しく栖(す)み給ひしが、一人の男子(なんし)を産(う)めり。その質(かたち)は、頭(かしら)は犬にて、身は人に違(たが)はねば、子孫相続(あいつ)いで戎国を保てり。これによつて、かの国を犬戎国(けんじゅうこく)とは云ひけるなり。」



「正成(まさしげ)天狗(てんぐ)と為(な)り剣(つるぎ)を乞(こ)ふ事」より:

「四月十五日の夜に及んで、件(くだん)の堂の前に舞台をしき、桟敷(さじき)を打ち並べたれば、見物の輩(ともがら)群れをなせり。猿楽すでに半ばなりける時、遥(はる)かなる海上(かいしょう)に、装束(しょうぞく)の唐笠(からかさ)ばかりなる光物(ひかりもの)(脚注:「猿楽の装束につかう唐傘(広さ八尺程度)の大きさの光り物。」)二、三百出で来たり。海士(あま)の縄(なわ)たく漁(いさ)り火(び)(脚注:「「思ひきやひなの別れに衰へて海人の縄たき漁りせんとは」(古今和歌集・小野篁)。「縄たく」は、釣り縄をたぐりよせる意。」)かと見れば、それにはあらで、一村(ひとむら)立つたる黒雲(くろくも)の中に、玉(たま)の輿(こし)を舁(か)いて、恐ろしげなる鬼形(きぎょう)の物ども、前後左右に連(つら)なる。その跡に、色々に鎧(よろ)うたる兵百騎ばかり、細馬(さいば)(脚注:「よい馬。」)に轡(くつばみ)を嚙ませて供奉(ぐぶ)せり。近くなるより、その貌(かたち)見えず、黒雲の中に電光(いなびかり)時々して、ただ今猿楽する舞台の上に差(さ)し覆(おお)ひたる森の梢(こずえ)にぞ止まりたる。」


「持明院殿(じみょういんどの)御即位(ごそくい)の事」より:

「その十月に、行事所始(ぎょうじところはじ)めありて(脚注:「大嘗会を差配する役所の執務初めがあって。」)、すでに、斎庁所(脚注:「神饌を調える建物。」)を作られんとしける時、院の御所に、一つの不思議あり。三歳ばかりなる少(おさな)き者の頸(くび)一つ、斑(まだら)なる犬嚙(くわ)へて、院の御所の南殿(なんでん)の大床(おおゆか)(脚注:「南おもてにある正殿。大床は、広縁。」)の上にぞ置いたりける。平明(へいめい)に御隔子(みこうし)を進(まいら)せける御所侍(ごしょさぶらい)(脚注:「夜明けに格子戸を開けた御所の侍。」)、箒(ほうき)を持つてこれを打たんとするに、この犬、孫廂(まごびさし)(脚注:「寝殿造りの建物で、廂の間のさらに外側にもうけられた部屋。」)の方(かた)より御殿の棟(むね)に上(のぼ)つて、西に向かひ三声(みこえ)吠えて、いづくへ行くとも見えず失せにけり。」


「田楽(でんがく)の事」より:

「祇園(ぎおん)の執行(しゅぎょう)(脚注:「祇園社(八坂神社)の社務を管掌する僧職。」)行恵(ぎょうえ)、四条(しじょう)の橋を勧進(かんじん)(脚注:「寺社修造や公共事業のため浄財を募ること。」)して渡さんために、新座(しんざ)本座(ほんざ)の田楽ども(脚注:「新座は南都(奈良)の田楽、本座は京・白河の田楽。田楽は、曲芸的な舞に演劇的要素をあわせ持つ芸能。」)、老若(ろうにゃく)ともに楽屋(がくや)を構へて、能くらべ(脚注:「芸くらべ。」)の猿楽(さるがく)(脚注:「滑稽な物まねや歌舞・曲芸を演じる芸能。」)をぞせさせける。洛中洛外(らくちゅうらくがい)の貴賤男女(きせんなんにょ)、これ希代(きだい)の見物なるべしとて、われ劣らじと桟敷(さじき)(脚注:「芸能興行で組まれる仮設の見物席。」)を打ちけるに、五六、八九寸の安郡(あんのこおり)と云ふ材木(脚注:「幅五寸・厚さ六寸、幅八寸・厚さ九寸の長門国阿武郡産の良質の材木。」)にて重々(じゅうじゅう)に構へ上げて、廻(まわ)り八十三間(げん)(脚注:「柱の数が八十三本。」)に三重(さんじゅう)に組(く)み挙(あ)げたり。
 すでにその日になりければ、馬、車、輿(こし)、河原に充満(じゅうまん)して、見物の貴賤雲霞(うんか)の如し。幔幕(まんまく)風に飛揚(ひよう)して、薫香(くんきょう)(脚注:「香を焚いた香り。」)天に散満(さんまん)す。律雅(りつが)の調べ(脚注:「優雅な楽の調べ。」)清くして、颯声(さっせい)(脚注:「笛や鼓の鋭い音色。」)耳を冷(ひや)やかならしむる時、勢粧(せいそう)に紅粉(こうふん)を尽(つ)くせる容儀美麗(びれい)の童(わらわ)(脚注:「豪華な衣装に化粧を尽くした容姿美麗な少年。」)八人、一様に金襴(きんらん)の水干(すいかん)(脚注:「金糸を織りまぜた狩衣。」)着(ちゃく)して、東の楽屋より出でたれば、白く清らかなる法師八人、金黒(かねぐろ)(脚注:「お歯黒。」)にて、白金(しろかね)の乱紋(らんもん)打つたる下濃(すそご)の袴(はかま)(脚注:「銀の散らし模様の、裾に行くほど濃く染めた袴。」)に、白打手(しろうちで)の笠(脚注:「白打出綾藺笠(しろうちでのあやいがさ)の略。よくさらした藺草(いぐさ)で編み、裏に綾絹を張った笠。」)を傾(かたぶ)け、西の楽屋より出で会うたり。一(いち)の簓(ささら)には、本座の阿古(あこ)(脚注:「第一番目のびんざさら。阿古は不詳。」)、乱拍子(らんびょうし)は、新座の彦夜叉(ひこやしゃ)(脚注:「小鼓だけで拍子をとる舞。彦夜叉は不詳。」)、立ち会ひ畢(おわ)つて、日吉山王(ひよしさんのう)(脚注:「比叡山の守護神、日吉大社の山王権現。」)の示現利生(じげんりしょう)の新たなる事(脚注:「神が現れて示す霊験のあらたかなる事。」)をしけるに、見物の貴賤上下、喚(おめ)き叫(さけ)んで感じける程に、いかがして崩(くず)れ初(そ)めけん、三重に構へたる将軍の御桟敷、下桁(したげた)(脚注:「桟敷を支える横材。」)微塵(みじん)に打(う)ち砕(くだ)けて、鳴りはためく。「あれや」と、云ふ程こそありけれ、作り続けたる物どもなれども、何としても拘(とど)むる所はあるべきに、上下二百四十九間の桟敷ども、将碁倒(しょうぎだお)しをする如く、一度にどつとぞまろびける。
 若干(そこばく)の大物(だいもつ)ども(脚注:「多くの大木。」)、上が下に落ち重なりければ、やにはに打ち殺されたる人五百余人、腰膝(こしひざ)を打ち折られ、手足を打ち切られ、或いは己れと抜けたる太刀、長刀(なぎなた)に、ここかしこ突(つ)き貫(つらぬ)かれて、血にまみれ、或いは涌(わ)かせる茶の湯に身を焼きて、鳴(な)き喚(おめ)く。ただ衆合叫喚(しゅごうきょうかん)(脚注:「八熱地獄のうち、相対する鉄山が両方から崩れて罪人を圧殺する衆合地獄と、熱湯や猛火の鉄室に入れられた罪人が泣き叫ぶ叫喚地獄。」)の罪人も、かくやと覚えてあはれなり。」

「これただ事にあらず、いかさま(脚注:「必ずや。」)天狗(てんぐ)の所行(しょぎょう)にてぞあるらんと思ふに合はせて、後(のち)に事(こと)の由(よし)を聞きければ、山門西塔院(さんもんさいとういん)(脚注:「延暦寺の西塔の本堂。」)の釈迦堂(しゃかどう)の長講(ちょうこう)(脚注:「伝教大師最澄の忌日に西塔釈迦堂で行う長講会(法華経の講説)の役僧。」)、所用ありて下りける道に、山伏(やまぶし)一人(いちにん)行き合ひて、「ただ今、四条河原に希代(きだい)の見物の候ふ。御覧候へかし」と申しければ、長講、「日すでに、日中(にっちゅう)(脚注:「昼夜六時のうちの一つで、正午。田楽開始の時刻。」)になり候ふ。また、用意の桟敷なども候はで、ただ今よりその座に望みて候ふとも、中(うち)へもいかが入(い)り候ふべき」と申せば、山伏、「中へ安く入れ奉るべき様(よう)候ふ。ただわが跡に付いて歩(あよ)まれ候へ」とぞ申しける。長講、げにも聞こゆる如くならば、希代の見物なるべし。さらば行きて見ばやと思ひければ、山伏の跡に付いて、三尺ばかり歩むと思ひければ、覚えずふつと四条河原に行き至りぬ。
 早や中門口(ちゅうもんぐち)(脚注:「田楽で最初に(中門の出入り口で)演じられた曲目。」)打つ程になりぬれば、鼠戸(ねずみど)(脚注:「入り口のくぐり戸。」)の口も塞がりて、入るべき方(かた)もなし。「いかがして内へは入(い)り候ふべき」と侘(わ)ぶれば、山伏、「わが手に取り付かせ給へ。飛び越えて内へ入り候はん」と申す間、誠(まこと)しからずと思ひながら、手に取り付きたれば、山伏、長講を小脇に挿(さしはさ)みて、三重に構へたる桟敷の上を、軽々(かろがろ)と飛び越えて、将軍の御桟敷の中(うち)にぞ入りにける。
 長講(ちょうこう)、座席にして座中の人々を見るに、皆仁木(にき)、細川(ほそかわ)、高(こう)、上杉(うえすぎ)(脚注:「仁木・細川は足利一族。高は家老。上杉は外戚。」)の人々ならでは、交(まじ)りたる人もなければ、いかがこの座には居(お)るべき(脚注:「どうしてこの座におられよう。」)と、蹲踞(そんきょ)(脚注:「うずくまる。」)したる体(てい)を見て、かの山伏(やまぶし)、忍びやかに、「苦しかるまじきぞ。ただそれにて見物し給へ」と申す間、長講は、様(よう)ぞあるらんと思ひて、山伏と並んで、将軍の対座(たいざ)(脚注:「向かいの席。」)に居たれば、種々(しゅじゅ)の献盃(けんぱい)、様々(さまざま)の美物(びぶつ)(脚注:「美味な食べ物。」)、盃(さかずき)の始まるごとに、将軍、殊(こと)にこの山伏と長講とに色代(しきだい)(脚注:「あいさつ。」)ありて、替はる替はるに始め給ふ。座中皆酔(え)ひに和(か)して(脚注:「酔うにつれて。」)、簾(すだれ)を引き破り、幔(まん)を巻き挙げて、そぞろにはづみ懸かりたる処(ところ)に(脚注:「むやみに調子に乗りかけたときに。」)、新座(しんざ)の閑屋(しずや)(脚注:「「申楽談義」に「しづや、人かはりたる風体す」とある田楽法師。」)、猿の面(おもて)を着て五幣(ごへい)(脚注:「御幣。ここは五色の紙を幣束にしたもの。」)を差し上げ、渡橋(わたりばし)(脚注:「渡り廊。橋がかり。」)の高欄(こうらん)を一飛(ひとと)び飛びては拍子を踏み、踏みては五幣を打ち振つて、真(まこと)に軽(かろ)げに跳(おど)り出(い)でたり。上下の桟敷(さじき)これを見て、座席にもたまらず(脚注:「じっとしていられず。」)、「あら面白や。堪(た)へ難(がた)や。われ死ぬるや。これ助けよ」と、喚(おめ)き叫(さけ)びて感ずる声、半時(はんとき)ばかり(脚注:「約一時間。」)ぞののめきたる(脚注:「声高に騒ぐ。」)。この時に、かの山伏、長講が耳にささやきけるは、「余りに人物狂(ものぐる)はしげに(脚注:「我を忘れて馬鹿げて。」)見ゆるが悪(にく)きに、肝つぶさせて興(きょう)を醒(さ)まさせんずるぞ。騒ぎ給ふな」と云ひて、座より立つて、或る桟敷の柱を、えいやえいやと押すと見えけるが、二百余間の桟敷、皆天狗倒(てんぐだお)し(脚注:「原因不明の(天狗のしわざとされた)大音響とともに物が倒れること。」)に会(あ)ひにけり。余所(よそ)よりは、辻風(つじかぜ)(脚注:「つむじ風。竜巻。」)の吹くかと見えける。」



「雲景(うんけい)未来記(みらいき)の事」より:

「今、持明院殿(じみょういんどの)(脚注:「持明院統の帝。」)は、なかなか(脚注:「かえって。」)権を執(と)り運を開く武家に順(したが)はせ給ひて、ひとへに幼児の乳母(めのと)を憑(たの)むが如く、奴(やっこ)と等しくなりおはします程に、仁道(じんどう)の善悪これなく(脚注:「政道の善し悪しに関係なく。」)、運によつて形(かた)の如く安全におはしますものなり。これも御本意(ごほい)にはあらねども、理(ことわ)りをも欲心をも打ち捨ておはしまさば、末代(まつだい)邪悪の時、なかなかに御運を開かせ給ふべきものなり。」


「天下(てんか)怪異(けい)の事」より:

「また後(のち)の六月(脚注:「閏六月。」)五日の戌刻(いぬのこく)(脚注:「午後八時頃。」)に、巽(たつみ)の方(脚注:「南東。」)より、電(いなびかり)けしからず(脚注:「おびただしく。」)天地を閃(ひらめ)かす。例の夏秋の暑気の天に、穂の上照らす(脚注:「稲穂の上を照らす。」)宵の間(ま)の稲妻(いなずま)かと見る程に、また乾(いぬい)の方(脚注:「北西。」)より、電光(いなびかり)輝(ひか)り出(い)でて、両方よりの稲妻暉(ひか)り耀(かかや)く。その余光、百千(ひゃくせん)の燈(とぼしび)を虚空(こくう)に張るが如くなり。あな不思議やと見居たれば、かの両方の電寄(よ)り合(あ)ひて、戦ふ如くに、散りては寄り合ひ寄り合ひ、その映輝形耀(えいきけいよう)(脚注:「烈しい光り輝き。」)迸(ほとばし)りて、ただ猛火(みょうか)を打ち散らし、暴風焰(ほのお)を吹き立つるが如く、余光天地に満ちて、赤き事焼亡(しょうぼう)(脚注:「火災。」)に異ならず。この電の寄り合ふ姿、色々の異形(いぎょう)の者ども(脚注:「妖怪のたぐい。」)に見えしが、寅刻(とらのこく)(脚注:「午前四時頃。」)ばかりに、乾(いぬい)の光次第に退きて、巽(たつみ)の光頻(しき)りに進み行くやうに見えて、両方の光消え去る事卯刻(うのこく)(脚注:「午前六時頃。」)ばかりに失(う)せにけり。「これただ事ならず、いかさまにも天下の変(へん)なり」と申し合へり。」





こちらもご参照ください:

『太平記 (五)』 兵藤裕己 校注 (岩波文庫)













































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うまれたときからひとでなし
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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